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85話 引きの力

 昨日、定食を食い切れなかったガキがいた。

 原因は、二つ。


 一つは単純に量が多い。

 ウーマロたち大工が食って満足出来るような量なのだ。ガキには重過ぎる。当然、飯の量は調整出来るが、それも限度がある。


 そしてもう一つは、華がないのだ。

 今現在、ここ陽だまり亭はかなりイケている。JK風に言えば「マジヤバくな~い?」だ。

 ケーキはあるし、パスタはあるし、お好み焼きはあるし…………何屋だよ。食堂だよ。

 そして食品サンプルとかまであるのだ。

 ガキとは、好奇心が服を着て歩き回っているようなものだ。意識はすぐ別の場所に向き、そうなれば食欲はシャットアウトされる。

 ガキが好きなのは、遊ぶこととおやつを食うことだけだ。飯も睡眠も面倒くさいものなのだ。覚えがないだろうか? 自分が子供だった頃、早く遊びに行きたくて仕方ないのに「ご飯食べてから」と言われて煩わしく思ったことが。そんな時、白米や、母親の手料理が物凄く美味しくなさそうに見えていたりはしなかっただろうか? 

 飯に楽しみを見出せるのはもう少し大きくなってからだ。

 家庭料理のありがたさに気が付くのは大人になってからだと言っても過言ではないだろう。

 鮭の切り身で白米を掻き込んで幸せを感じるガキは、きっと少数派だろう。

 それよりも食品サンプルを見てる方が楽しいし、ケーキ食ってる方が嬉しい。


 つまり、ガキにとって食事とは「つまらないもの」なのだ。


「そこで、ガキ専用のメニューを作ろうと思う」


 俺は、陽だまり亭に集まったお馴染みの面々に向かってプレゼンをしている。

 昨日と今日の日中、四十二区内を駆け回って約束を取り付け、陽だまり亭が閉店した後、顔馴染みの『仲間』たちに無理を言って集まってもらったのだ。


「子供用のメニューって、結局なんなのさ?」


 自分で考えることを放棄したエステラがテーブルに肘をつきながら聞いてくる。

 お前は……こういうところですぐ答えを求めようとするから乳が育たないんだぞ。


「わたしが子供の頃、祖父はよく『おこげ』を作ってくれました。……とても美味しくて、大好きでした」


 ジネットの思い出の味なのだろうが……渋いぞ、ジジイ。まぁ、それで喜ぶ子供だったんだから、ジジイの選択は正しかったのか。


「ワタクシの幼少期は、プロの栄養士が十人掛かりで栄養バランスを考えに考え抜いた、それはもう豪華なお食事が……」

「じゃあ参考に出来ないですね。他に何か思いついた人いないです?」


 ロレッタがイメルダの長くなりそうな自慢話をバッサリ切って捨てる。

 ナイスだ、ロレッタ!


「君は、子供の頃どんなものを食べていたんだい、ロレッタ?」

「え…………?」


 エステラが何気なく投げた問いかけに、ロレッタの顔色が蒼くなっていく。


「か……川辺の草を、こう……ずっと噛んでいると……なんとな~く『甘いかなぁ~?』みたいな気がしてきてですね…………それでその……」

「分かったロレッタ! すまなかった! 完全にボクが悪い! 今度ケーキをご馳走するからもう黙ってくれないかっ!? 涙で明日が見えなくなるから!」

「いや、でも、当たりの草はこの世のパラダイスかというほどに……っ」

「もういいんだ、ロレッタ! 何も言わなくて! ケーキを三つ奢るから!」


 このように、どこに地雷があるか分からないから、他人の過去の話は無暗に突くものではない。

 いい勉強になったなエステラ。


「あ、あの。ナタリアさんはどうですか? 子供の頃に好きだった食べ物とかありますか?」

「私ですか?」


 ここでジネットが上手く話題を転換する。エステラに付いてきているナタリアにナイスパスだ。


「私が幼い頃というより……お嬢様が幼い頃、まだ何も知らない無垢なお嬢様のあれやこれやを色々な方法で堪能するのが堪らなく好きでしたね」

「おい、そいつを黙らせろ!」

「いや、むしろ詳しく聞かせてくれないかい!? 幼いボクの、何に何をしたんだい!?」


 くっそ!

 子供用メニューの会議だから『そーゆー』話にならないようにレジーナをあえて除外したのに……こんなところに伏兵がいるとは……この常識人の皮を被ったド変態めっ!


 っていうか、ロレッタ。

 領主のところのメイド長のナタリアがエステラを思いっきり「お嬢様」って呼んでるんだぞ? 何か気が付くところがないか? ん? ないのか? そうか、とても残念な娘なんだな、お前は。


 あぁ、そういやウーマロも『領主のお嬢様』とは何度も会ってるはずなんだが……


「ウーマロ」

「ひゃいっ! あ、ぅお、ぉ、あぅ……オイラ、こ、こんなに女性が多いと……あの、ちょ、ちょっときききききききききき……きんちょうするるるッス……」


 うん。まるで周りが見えてないらしい。

 これ……俺が教えてやらなきゃ、こいつら一生気が付かないんじゃないだろうか?

 まぁ、どうでもいいんだけど。


「デリアさんは、どんなのだと思いますか!?」


 ウーマロの補佐として付いてきたグーズーヤがデリアに尋ねる。つか、こいつはさっきから何をニコニコと……あ、そっか。こいつはデリアのファンなんだっけか?


「子供の飯だろ? だったらあれしかないだろう」

「な、なんですかっ!? 僕、超聞かせてほしいですっ!」

「イクラだ!」


 うん、デリア……それは子供用の飯じゃなくて、子供そのものだな、鮭の。


「も~ぅ、デリアちゃん。そうじゃないでしょう? 子供が好きな食べ物を考えるんだよぉ?」


 無理を言って参加してもらったマーシャが、デリアのクマ耳をもふもふする。


「ぅにゃわっ!? や、やめろよな、マーシャ!?」

「うふふぅ☆ デリアちゃん可愛い~ぃ」

「はいっ! 可愛いですっ! 超可愛いですっ!」


 あぁ……うるさい。


「じゃ、じゃあ、マーシャは分かるのか? 子供用の飯!?」

「ちょっと考えればすぐ分かるよ~ぅ」


 人差し指をピンと立て、左右に振りながら、水槽の中の水をちゃぷちゃぷ言わせつつ、マーシャが名探偵然とした雰囲気で推理を始める。


「子供用ってことは、子供がよく食べていて、私たちがあんまり食べないもの……尚且つ、ヤシロ君が思いつきそうなものって言ったら、『アレ』しかないじゃな~い」

「あ……」

「……あぁ」

「あ~……」

「あっ!」

「…………ぁ」


 その場にいた者たちがそれぞれに声を漏らす。

 全員、何かを思いついたようで、全員の視線が一斉にこちらを向く。


「みんな、分かったぁ? じゃ~ぁ、せ~ぇのっ!」

「「「「「「「「「「おっぱい」」」」」」」」」」

「……って、おい!」


 そんなもんを商品として提供出来るか!?

 だいたい、誰のおっぱいを使うんだ!?


「幸い~ぃ、ここの店長さんは、立派なものを持ってるからね~ぇ」

「ひゃうっ!?」


 一同の視線を一身に受け、ジネットが胸を抱き隠すように蹲る。

 耳の先が真っ赤だ。


「なるほどっ! 有りだな!」

「無しですよ、ヤシロさん!? ダ、ダダダ、ダメですからね!?」

「もしそれがメニューに載るなら、俺は従業員割引で注文出来るのか?」

「メニューには載りませんっ! もう! 懺悔してくださいっ!」


 言い出したのは俺じゃないのに……理不尽だ。

 まぁ、いつだって神は理不尽なものさ。それは、その神とやらの信者も同じなのだろう。

 あ~ぁ、嫌な世の中だ。


「で……結局、正解はなんなんだい?」


 少々焦れたようにエステラが問いかけてくる。

 もう夜だしな。あまりダラダラ話を長引かせるのもよくないか。頼みたいこともあるし。


 そんなわけで、俺は胸を張り、再度一同の顔を見渡す。


「陽だまり亭で、お子様ランチを作るぞ」


 そう!

 ガキ用の飯と言えば、何はなくともお子様ランチだろう!

 美味しいものが全部食べられる夢の食べ物だ。

 もっとも、こっちの世界でオモチャまではつけられないだろうが……オモチャはゆくゆくだな。

 けれど、それの他に、ガキどもが食いつきそうな『求心力』は考えてある。


 だが、その前に、内容の説明だ。


「ピラフ、ハンバーグ、パスタ、エビフライにオレンジジュース。この辺りのものを一つのプレートに盛りつけて提供するんだ」

「へぇ、そりゃあ美味そうだな!」


 デリアがぺろりと唇を舐める。

 その様子を間近で目撃したグーズーヤが「はぅっ!? セクシー過ぎるっ!」と、胸を押さえて悶絶死した。……あ、生きてるっぽいな。床に倒れてピクピク痙攣してる。生きてるならよし! 無視しよう。


「残念ながら、経費の関係でお子様ランチはガキ限定だ」

「なんでだよ!?」

「だから、経費の関係だ!」


 ガキが好きそうなものを全部載せるのだ。こんなもん、大人にまで提供してたら他のものが売れなくなる。お子様ランチはあくまで客引きなのだ。利益がそうそう大きくない。

 ガキが食べたいとねだれば、親はしょうがないなと店にやって来る。ガキをダシにその両親から利益を得ようというわけだ。


「なぁ、子供って、いくつまで子供だ? 二十代はどうだ?」

「アウトに決まってんだろ! 成人してるとアウトだよ!」

「……ふふふ……マグダはまだ未成年」

「あ、十二歳以上もアウトな」

「……未成年なのにっ!?」


 マグダをOKにすると赤字になりそうでな。マグダ未満で線引きさせてもらう。


「十歳を越えれば、大人と同じ料理でも食えるだろう。お子様ランチは十歳までとする」

「なたりあ、じゅっちゃいです!」

「おい、そこの黒いメイドを摘まみ出してくれ!」


 ナタリアを呼んだのは間違いだったかもしれん……話が逸れる。


「それでだな、お前たちに……『大のなかよし』であるお前たちに頼みたいことがあるんだが……」

「きたッス……グーズーヤ、目を合わせないようにするッス」

「……ウス」

「ナタリア、ボクたちも」

「かしこまりました」

「デリアちゃん、どうするぅ?」

「あたいはヤシロの味方だぞ」

「きゃ~! 乙女ちゃんなんだからぁ~!」

「なっ!? バッ、バカッ! そんなんじゃねぇよ! へ、変なこと言うと、アバラを粉々にしちまうぞ、このやろぉ~!」


 いや、怖ぇよ、デリア……きゃっきゃうふふみたいな雰囲気醸し出してっけどさ……

 で、ウーマロとグーズーヤはあとでお仕置き、エステラとナタリアは拒否権剥奪の刑だ。


「とりあえず試作品を作ってみるからちょっと待っててくれるか?」

「あの、ヤシロさん。お手伝いは?」


 ジネットが椅子から腰を浮かすが、それを手で制止する。


「大丈夫だ。夕方のうちに下ごしらえはしてある。あとはほとんど温めるだけだから」

「あぁ、夕方されていた作業は、このためだったんですね。では、お待ちしています」

「その間に、新味のポップコーンでも試食しておいてくれ」

「やったぁ!」

「……では、今喜んだデリア。手伝って」

「えぇ!? あたい、食べる係がいい!」

「……お手伝いしてくれた娘には、ちょっと多めになるサービス有り」

「やる! あたいが手伝ってやる!」


 砂糖が手に入ったことで、キャラメルポップコーンが作れるようになったのだが、これがなかなか味が安定しない。混ぜる段階でキャラメルのかかる量にムラが出来てしまうのだ。その練習もかねて、全員に試食してもらい、今後の広報活動に大いに役立ってもらうことにした。

 まぁ、あっちこっちで「美味かった!」と言いふらしてくれればそれでいい。こういうのはあちらこちらで複数回耳にすることが重要だからな。

 情報は一度耳にしただけではさほど記憶には残らない。しかし、一度聞いたことを別の場所でもう一度耳にすると、「あれ、これって前に聞いたことあるな……え、重要なことなの?」と脳が勝手に勘違いしてくれるのだ。

 重要度の上がった情報は脳に蓄積され、脳に蓄積されたもの……所謂「知っているもの」に対して人は、親近感にも似た感情を抱く。


 ま、ステマだ、ステマ。


 そんなわけで、盛大に試食し、盛大に言いふらすのだ。

 ちなみに、今回ベルティーナを除外したのは……あいつは食うばかりで広報しないからだ。ほとんど教会から出ないしな。

 あと……試食で大赤字を出すつもりはない。


 マグダとデリアを中心にワイワイと盛り上がり始める一同を置いて、俺は厨房に入る。

 そして、下ごしらえしておいた材料を引っ張り出してくる。

 ガキのデコに貼れそうなサイズの小さいハンバーグに、ポテトサラダ。そして、エビフライだ。

 この世界では、エビやカニ、タコやイカというものはあまり食されないらしい。一部地域の者が好んで食べる程度だと、アッスントが言っていた。それ故に漁獲量が少なく出回っていないと……

 だが、こっちにはマーシャがいる。ちょっと多めに捕ってきてと頼めば「いいよぉ~☆」と大量に捕ってきてくれるのだ。

 競り合う相手がいないから、それらはほぼ陽だまり亭へと卸される。お好み焼きとかやってるから非常に助かる。

 で、エビフライを思いついたわけだ。硬くて凶器にしかならないパンも、パン粉にしてしまえば、歯ごたえのしっかりしたいい味を醸し出してくれる。サックサク、いや、ザックザクの新食感だ。微妙に嵌る味で、俺はちょっと気に入っている。

 で、飯なのだが。

 最初はオムライスもありかなと思ったりもしたのだが……薄焼き卵は微妙に難しく、注文が殺到すればきっと重荷になる。

 そこで、まとめて作っておけるエビピラフにしたのだ。バターとコンソメがあればフライパンでささっと作れる。どうせ食うのはガキだ。本場の味を追求する必要もない。なんちゃってピラフで十分だ。


 それに、ピラフでないと『アレ』が映えないしな。


 というわけで、昨日の晩にいそいそとこしらえた、俺特製お子様プレート(屋台の形)に料理を盛りつけていく。

 屋台といえば、この四十二区ではウチの二号店と七号店なのだ。とりわけ、ポップコーンを売っている二号店は子供に大人気だ。その形を模したプレートに盛りつければ、この区のガキどもは泣いて喜ぶって寸法だ。ふふん、チョロいぜ、ガキども。


 肉と野菜をバランスよく、且つ、見た目に楽しく華やかに。

 もう二度と、食い残しなんてさせねぇ。

 ……ガキの食い残しを見て寂しそうな顔をしていたジネット。あいつはあんな顔しなくていいんだ。いつだって、バカみたいに笑ってれば、それでいいんだよ、あいつは。


「ふん……別に、だからなんだってことはねぇけどよ」


 俺以外誰もいない厨房でひとりごちる。

 なんで独り言なんか言ってんだかな、俺は。


「さぁ、出来た出来た。試食だ試食」


 単純な話で、独り言が嫌なら一人でいなければいいのだ。実に分かりやすい、明確な解決法ではないか。


 出来たお子様ランチを持って、俺は食堂へと戻る。

 と、そこには――


「はぁ~…………ハニーポップコーンとは違う美味しさがあって……これはこれで、幸せの味ですねぇ」


 ――ベルティーナがいた。


「……なんでここにいる?」

「こちらの方から、とてもいい香りがしましたもので」

「犬か!? いや、犬もビックリだ!」


 どんな嗅覚をしてんだ、こいつは!?


「ぽりぽりぽり……ヤシロさん。酷いですよ。私に内緒でこんな美味しいものを……ぽりぽり……」


 もう、こいつには何を言っても無駄なのだ。さすがに俺も学習した。

 無駄な労力を使うだけバカを見るのだ。

 ……もう、好きにしろ。


「くすくす」と、ジネットが嬉しそうに微笑んで俺を見ている。


「まるで親子のようですね」


 ……え、俺が親?

 このエルフ、確実に三桁生きてるんですけど?


「ぽりぽり……生涯扶養家族です……ぽりぽり」


 恐ろしい宣言をするんじゃない。このエンゲル係数アッパーめ。


 とりあえず、ベルティーナが座っているテーブルだけは避けて、お子様ランチのお披露目をする。

 テーブルにお子様ランチを置くと、「わぁっ」だの「おぉっ」だの「いただきますっ」だのという声が漏れた。……おいっ、誰かベルティーナを押さえつけとけ!


「これが、お子様ランチなんですねっ!」


 大きな瞳をキラキラと輝かせて、ジネットが俺とお子様ランチを交互に見る。


「かわいいです……っ!」


 後半が声になっていない。それほどまでに感激したのだろう。……ちょっとオーバーだけどな。


「確かに、これなら子供は大喜びしそうだよね」

「……色々見るべきところがあって、飽きない」

「こ、これ、これって、全部一人で食べるですか!? こんなの、無敵ですよ!?」

「う~ん……さすがの焼き鮭も……こいつ相手では分が悪いかもなぁ……」

「デリアちゃ~ん。お子様的にはこっちの圧勝だと思うよぉ?」


 エステラとマグダが感心し、ロレッタがなぜか取り乱し、デリアが訳の分からない対抗心を燃やして、それをマーシャがぶった切る。

 概ね、好評なようだ。


「ヤシロさんっ!」


 そんな中、険しい顔をしたイメルダが人垣をかき分けて俺の目の前に進み出てきた。


「ワタクシ、もしかしたら九歳で成長が止まっているかもしれません!」

「そんなわけあるか!」

「しかし、誰にも確認を取ったことなどありませんし、その可能性を完全に否定出来るものではありませんわ!」


 どうしてそう堂々と嘘を吐けるのかなぁ……いや、「かもしれない」だからギリセーフなのか? 確かに、可能性は否定出来…………いや、出来るだろ。


「ちょっといいかい、イメルダ」


 自信たっぷりにアホな主張をするイメルダに、エステラが呆れ顔で話しかける。

 まぁ、イメルダの暴走はエステラに任せておけばいいか。


「君、天才かい?」

「……マグダも、九歳で止まってる可能性が」

「あたしもです!」

「なぁ、マーシャ! あたいは?」

「可能性は否定出来ないねぇ~☆」

「ぽりぽり……私も……ぽりぽり……可能性くらいは……ぽりぽり」


 ……こいつら…………全員揃ってカエルにでもなればいい。


「分かった! あとで試食はさせてやる! だから、その後はガキどもから奪うようなマネはするなよ!」

「はっはっはっ。ボクたちがそんなことするわけないじゃないか、ヤシロ」

「……マグダたちは、空気が読める大人」

「ばっちり信じていいですよ、お兄ちゃん!」


 ……こんなにも空虚な言葉が、いまだかつてあっただろうか。


「でだ! このお子様ランチはまだ完成じゃない」


 ザワッ……と、波が引いていくように、陽だまり亭の中に不気味な静寂が落ちる。


「こ、こんなに可愛いのに、まだ、完成じゃないんですか?」


 ジネットの頬を、大粒の汗が流れ落ちていく。

 その通りだ、ジネット。

 このお子様ランチはまだ未完成、不完全なんだ。

 こいつには、まだ、……『引き』がない!


「そこで、お前たちに相談がある。まぁ、そのために集まってもらったわけだが……」


 ここにいる連中の協力が得られれば、このお子様ランチは完成する。


「これは、あくまで試作だ。ここでしか使わないし、許可が出来ないのであればすぐさま廃棄する。だから、怒るなよ?」


 そう前置きして、俺は事前に作っておいたものをズラリとテーブルに並べた。


「こっ、これはっ!?」


 エステラの声と共に、一同が驚きの声を漏らす。

 そこに並べられたのは、つまようじに四角い紙が取り付けられた小さなフラッグ。

 そう! お子様ランチといえば、ピラフの上に旗を立てなきゃ完成しないだろうがっ!


「これ……領主の紋章じゃないか……」

「海漁ギルドの紋章もあるよ~ぅ?」

「川漁ギルドのもだ」

「木こりギルドの紋章もですわ!」

「あ、あの、ヤシロさん。これは一体……?」


 説明を求めるような視線が俺に集中する。

 こういうのは大抵、論より証拠とか、百聞は一見に如かずってなもんで、実際やって見せた方が、説得力があるのだ。


 というわけで、俺は領主の紋章が描かれた旗をピラフの頂上に突き立てた。

 瞬間、お子様ランチは完全体へと変貌し、目も眩むような圧倒的な存在感を放ち始めた。


「「「「「おぉっ!?」」」」」


 その場にいる者の魂が震え、世界がそれに共鳴する。

 思わず漏れた声は、オッサン美少女問わず、みんな低っくい、野っ太い声だった。


「す、素晴らしいよ、ヤシロッ! ま、まるで、領主を称えた料理のようだっ!」


 エステラが、顔全体の筋肉を弛緩させてにまにま笑いながら、なんだか訳が分からない感じで感涙している。

 言葉では言い表せない、そんな感情が渦巻いているのだろう。


「ヤ、ヤシロさんっ! ワタクシの旗もそこに立ててくださいませんこと!?」

「い、いや! あたいんとこの、川漁ギルドの旗をっ!」

「ダ~メッ! 次は海漁ギルドのって決まってたのぉ☆!」


 イメルダが、デリアが、そしてマーシャが各々の旗を持ち押し合いへし合いしている。

 誰が最初にピラフにたどり着けるのか!? 勝者だけが、その頂に己の標を掲げられるという! ……って、そんなムキにならなくてもいいだろうに…………


「凄いですね、ヤシロさん。この様子でしたら、大ヒット間違いなしですね!」

「いや……旗を立てる方が盛り上がるようなもんじゃないんだがな、本来は」


 ふと見ると、マグダとロレッタ、ついでにベルティーナが何やらもくもくと作業をしている。


「……これはマグダの紋章。狩猟ギルドの紋章をモチーフに、トラ人族のイメージを押し出した先鋭的なデザイン」

「あたしはたくさんいる弟妹を全部書き込むです! 凄く時間かかるですが、頑張るです!」

「『お子様ランチとケーキのセットが食べたいです。ベルティーナ』……っと」


 なんか、こいつらも自分の旗が欲しくなったらしい。

 つか、ベルティーナは七夕がちょっと混ざってる気がするんだが?


「でも、どの旗を刺せばいいんでしょうか?」


 お子様ランチの旗は、子供の心を晴れやかにもするし、地獄へ突き落としもする。

 甘く見られがちだが、責任重大なのだ。


 日本の国旗がいいなぁ、と思っていたら、どこだか分からない国の見たこともないような国旗だった時のあの喪失感……ピラフが紙粘土みたいな味に思えたもんだ……


「刺す順番は俺が決める。子供が泣こうがねだろうが、俺の決めた順番で出せ」

「は……はい! わたし、頑張ります!」


 現在、目の前で繰り広げられている壮絶なバトルを目の当たりにして思う……ひょっとして、とんでもない領域に踏み込もうとしているのかもしれない……と。


 なんて、大袈裟だっつの。


「おい、旗はもういいから、誰か試食してくれ」

「「「「「どうでもよくないっ!」」」」」

「えぇ~…………」


 あのベルティーナまでもが『食』よりも『旗』を優先させている。

 お子様ランチの旗……お前、やっぱすげぇ存在だったんだな。


「じゃあ、お前ら。旗の使用は許可してくれるんだな?」

「「「「「「もちろん! だからこの旗を使って!」」」」」」ですわ!」


 満場一致。全員即決。

 なんだかなぁ……

 こいつら、こんなチョロくていいのかねぇ……

 ギルドや一族の紋章なんだろ、それ。


「あ、あの、ヤシロさん!」

「なんだよ?」

「陽だまり亭の旗とか、作れないですかね!?」

「……いや、この店紋章とかないだろ?」

「はぅ…………そうでした…………」


 ジネットまで、熱にあてられてそんなことを言い出す始末だ。

 これはまた、ブームにでもなってくれるかもしれねぇな。


「じゃあ、今度何か考えてみるか」

「はい! ヤシロさんならきっと素敵な紋章を作ってくださるって、信じてます!」


 いや、そんな信頼されても……


「……ヤシロが、陽だまり亭の紋章を……?」


 マグダの呟きで、店内が一瞬で静まり返る。

 全員が腕を組み、何か、深く考え込むような素振りを見せる。


「ヤシロのことだから、陽だまり亭らしさや……ジネットちゃんっぽさみたいな要素を含んでくるだろうな……」


 ん?

 なに、エステラ。お前さり気なくハードル上げてんの?


「店長さんっぽくて、お兄ちゃんが考える紋章………………あっ!」


 ロレッタの声と同時に、考え込んでいた全員が同時に顔を上げる。


「「「「「「「「「おっぱいっ!」」」」」」」」」

「お前らなぁ……」

「も、もうっ! ヤシロさん、懺悔してくださいっ!」

「なんで俺だ!?」


 とばっちりもいいところだ。

 こりゃあ、しばらく陽だまり亭の紋章は保留だな。


 ……なんか、そう言われたからか…………おっぱいモチーフの紋章しか思い浮かばなくなった。うん、一回時間をあけよう。これからガキどもを呼び込もうって矢先に、それはないよな。うん。ないない。



 こうして、確かな手応えと共に、陽だまり亭の新メニューが誕生した。







いつもありがとうございます。




今回で、

(挿話を含めて)


第100部ですっ!


そして、総文字数 1,000,000文字っ!(プラス端数)ですですっ!


ひゃくまんもじー!

くまんもじー!

まんもじー!

んもじー!

もじー!

じー!

じじぃー!



……おいっ、今ジジイって言ったの誰だ!?


何はともあれ、いっぱい書かせていただきました。



――今、この文章を読んでいるということは、

あなたもきっと、1,000,000文字を読んだということでしょう。


……乙ぽん。(←「おつかれ」を可愛く言った感じのヤツです)



もっとも、こちらの文字数……



『本編のみ』の文字数となっております。



あとがきは含みません。

当然、感想返しも含みません。



なので、ガッツリとお付き合いくださっている方は、

もっとたくさん読んでくださっているということに………………あの、大丈夫でしょうか?

なんか、体に異変とか出てませんか?

作者とか……伝染してませんか?


「あ~、お腹空いたなぁ……そうだ。ピザでも頼もうっと。え~っと、0120-081-081、フリーダイヤル、おっぱいおっぱい……って!? どこに電話しようとしてんだ、俺はっ!?」


みたいな症状現れてませんか?

手洗いうがいをしっかりしてください。

たぶん、予防は出来ませんけども!

なんかもう、喉の粘膜なくなるほどうがいしてください。

それでも、予防は出来ませんけどもっ!




っというわけで、

ひとしきり区切りを喜んだところで、新しいお話のスタートです!


そうです。

街門作ります! 


「……がいもん?」


って、内容を忘れちゃった方は、どうか今一度、『32話』あたりを読み返してみてください。



………………アライグマが洗われてるーっ!?



あ、すみません。まったく関係ない回でした。

『53話』あたりからですね、街門作ろうって話をし始めるのは。

随分前な気がしますねぇ…………


と、そんな街門の工事に取りかかります。

完成まで時間がかかるので、しばらくはゆる~くまた~りと遊び呆けようかと思います。




レジーナ「あ~、えぇ天気やなぁ~…………」


――山で摘んできたマンドラゴラを手に持ち、揺らす


レジーナ(マンドラゴラ)「そうやねぇ。えぇ天気やねぇ」

ヤシロ「……何やってんだよ、お前は?」

レジーナ「うひゃあ!? な、なんや、いつからおったん!?」

ヤシロ「いや、今来たとこだけどよ」

レジーナ「音もなく忍び寄るやなんて……はっは~ん、さては自分、アレやな!? ほら、あの~……なぁ? アレやんか、アレ。あの、まぁるぅてふわふわ~っとした……」

ヤシロ「考えがまとまってからしゃべれよ」

レジーナ「アホか!? ボケはスピードが命や! タイミングを外したボケほど寒いもんはないからな!」

ヤシロ「じゃあ、バシッと決めろよ」

レジーナ「それが出来たら自警団いらんわっ!」

ヤシロ「いるわ! めっちゃ必要!」

レジーナ「でも、どうやって入ってきたん?」

ヤシロ「いや、ドア開いてたぞ?」

レジーナ「そんなわけないやろ!? ウチ、誰も寄せつけへんように確実に戸締まりしとんのに!」

ヤシロ「なんでお前はそう閉じこもろうとするのかねぇ……もっと人と交流しろよ」

レジーナ「せやかて、人前に出るんは………………恥ずかしいやん」

ヤシロ「いや、お前はそれ以上に恥ずかしいことを臆面もなくやらかしまくってるだろうが」

レジーナ「けど、不思議やなぁ……なんでドアが開いてたんやろ?」

ヤシロ「閉め忘れとかじゃねぇの」

レジーナ「あり得へんよ。陽だまり亭の店長はんが、実は偽パイやっちゅうほどあり得へん」

ヤシロ「そんなことあり得るかぁ! あってたまるか! もしそうなら、こんな世界など、この俺が滅ぼしてくれるわぁ!」

レジーナ「……どんだけ大事やねんな、あのデカパイ……」

ヤシロ「でもよぉ、ちゃんと鍵もかけたんだろ?」

レジーナ「当然や。客も入れとぉないからな」

ヤシロ「……商売しろよ」

レジーナ「ちゅうことは、中から何かが出て行った……っちゅうことか?」

ヤシロ「何かってなんだよ? お前、一人暮らしだろ?」

レジーナ「な、……なんで今、そんなこと聞くん? ……もう、いややわぁ、自分……ホンマ、妄想桃色タイフーンやなぁ」

ヤシロ「何を照れてんのか知らんが、ピンクなのはお前の頭ん中だよ」

レジーナ「ウチは確かに一人暮らしやけど、ウチに黙って店を抜け出しそうなヤツならおるで」

ヤシロ「……? お前のほかに誰かいるのか?」

レジーナ(マンドラゴラ)「やぁ、ボク、マンドラゴラ。マンドラゴっちゃんって呼んでなぁ」

ヤシロ「あだ名、もうちょっとスッキリ出来なかったのかよ……語呂悪ぃよ」

レジーナ「ひのふのみの……あぁ、やっぱりや。一本足らへん」

ヤシロ「マンドラゴが逃げ出したのか?」

レジーナ「そうみたいやね」

ヤシロ「……なんで動くんだよ、その気持ちの悪い大根が?」

レジーナ(マンドラゴラ)「大根ちゃうわ! カブや!」

ヤシロ「カブでもないんだろ!? 腹話術はいいから! こいつ、マジで動くのか?」

レジーナ「生命力の強いヤツは、たまに逃げ出しよんねん。今回も一本、そういうんが混ざっとったんやね」

ヤシロ「探さなくていいのか?」

レジーナ「まぁ……そこそこの値段がするもんやけど……わざわざ探しに行く労力を考えたら、諦めた方が安上がりになるわ」

ヤシロ「探し回るほど貴重ではないんだな」

レジーナ「そうや。もしどっかで見つけたら保護して持ってきてくれるか?」

ヤシロ「あぁ。分かった。帰り道でそれとなく探してみるよ」

レジーナ「ほんで、今日はなんの用なん? ……ウチ、今晩両親おらへんねんけど…………」

ヤシロ「いや、お前ん家ずっと両親いねぇじゃん」

レジーナ「なんやねんな、自分!? ちょっとはトキメキぃや!」

ヤシロ「マンドラゴラ握りしめてる女にときめけとか……無茶も休み休み言えよ」

レジーナ「マンドラゴラ! 名前がなんかエロいやろ!?」

ヤシロ「あ~……今ので一気に冷めたわぁ……ベーキングパウダー頂戴。早急に。すぐ帰りたいから」

レジーナ「なんやんねんなぁ、ヘタレやなぁ」

ヤシロ「いやいやいや……」


――陽だまり亭


ヤシロ「ただいまぁ……無駄に疲れた」

ジネット「あ、ヤシロさん! 見てください。とっても可愛い大根さんです!」

ヤシロ「見つけた、マンドラゴラァ!?」

ジネット(マンドラゴラ)「やぁ、ボク、マンドラゴラのマンドラゴっちゃん。ヨロシクね」

ヤシロ「だから、あだ名もっとスッキリ出来ないのかって!?」




――こんな、日常によくある風景をいくつか書ければなぁと………………よく、ある?




今後ともよろしくお願いいたします。



宮地拓海

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