25. 西方の英雄に捧ぐ剣
西方諸侯達はあくまでも「国外からの招待客」なので、神聖なる王家の儀式には参加できない。礼拝所を出て、軽く挨拶をして帰途につく者や、王太子の演説を聞いて今後の動向を図る者。各々が思うように動いている。セラとユリシーズはこれから公園のそばにある墓地で父の弔いだ。
「クレヴァ様も俺達と一緒に行かれますか?」
「私はバハルト将軍と合流してから向かいます。先に行きなさい」
お付きを山ほど連れたクレヴァと正殿入り口の前で別れると、すでに先に出て待っていたヴィルーズ領主夫妻とジューリオがやってきた。
「セラフィナ様、これからジュスト様の埋葬があると聞きましたが」
「我々は遠慮しておこう、ジューリオ。私は公園周辺に人が寄らない様に兵を配置しましょう。セラフィナ様、お父上のこと。お悔やみを申し上げます」
青い軍服姿のセルジュは静かな声で悼む言葉をかけてくれた。隣に立つマーシアの濡れた黒い瞳が気遣わしげにセラを見て、胸の前で両手を組み合わせて深々と頭を下げた。
「……ありがとう、セルジュ様。マーシアもありがとう」
「セラのお父様はフィア・シリスのご出身だったのね。一人娘の手で故郷の土に還れるのなら、きっと喜んでくださるわ」
「よぉし。人払いは俺とセルジュにまかせておけ。ユリシーズ、お前これから西の辺境に行くんだろ? 気を付けていけよ」
「ありがとうジューリオ。また酒でも飲もうぜ」
ごつんと拳同士を合わせると「樽で用意しとけ!」と豪快に笑い、ジューリオはセラに騎士の礼を捧げると数名の部下を連れて去っていった。セルジュも笑顔でユリシーズの胸を拳でトンと軽く叩いてから妻に「行こう」と声をかけた。
「セルジュの遠征が終わったらトラウゼンに遊びに行くわ。また会いましょう、セラ」
「ええ。また会いましょうねマーシア。ゆっくりお喋りしましょ」
「もちろんよ。それではね、セラ」
名残惜しそうに去っていく友人達を見送り、セラとユリシーズは正殿の控室に戻った。セラは暖かみのある薄紅色の内着と群青色の踝丈のコルセに着替えて、その上から黒騎士のマントと同じ布で作った漆黒のケープを羽織る。遺灰を納めた小箱を絹のスカーフに丁寧に包んで大切に持った。
新しい王太子誕生に沸く宮殿を後にして、城外に続く広場で待っていた黒騎士達と合流する。ユリシーズはいつもの騎士服姿で漆黒の軍馬に跨り、セラの乗る馬車に併走して公園へと向かった。
人々の姿で賑わう城外も、ほとんどが宮殿へ出かけているのかあまり人影がない。おかげで前に馬車を止めた所に全員が馬を止めてもまだ余裕があった。セラはユリシーズに手を繋いでもらって白い小花の咲き誇る小道を歩き始めた。
「セルジュ達のおかげもあるけど、城下も城外もほとんどの人が宮殿の近くに行ってるんだろうな。だーれもいねぇや」
「そうみたいね。あ、ちょっと待って。お花が摘みたい」
「お花。しまった。俺としたことが花の手配を忘れていた」
「んじゃ摘んでいきなよ。俺が皆連れて先行ってるから」
「俺はさっきの広場でクレヴァ様達を出迎えます」
珍しく帯剣している側役達と別れて、セラとユリシーズ、腹心の側近四人は顔を見合わせた。腕を組んで考え込んでいたユリシーズに「どのくらい欲しい?」と聞かれて、セラはとっさに答えた。
「えと、抱えるくらい……?」
アルノーが「それなら一人二十本くらいだね」と頷き、マルセルが「ところでジュスト様の好きな花って?」と首を傾げた。
「これだよ」
ユリシーズが笑ってリネアリスの白い花を指さすと、四人はしげしげと見てから散っていった。
「ジュスト様の家があった辺りにしかないかと思ったけど、よく見たらそこらじゅうに咲いてるな」
「うん。これ株で増える品種みたいよ。ちょっと持って帰ってみようかな」
「これ使え」
群生している花壇の前にしゃがんで手で折ろうとしていると、ユリシーズが小さな短剣を貸してくれた。見覚えのあるそれに口元が緩む。
「あの武器屋で買った短剣ね?」
「よく覚えてんなぁ」
「覚えてるわよ。ユーリが二本買うからまけてくれ、って言ってたのも良く覚えてる」
「金はあるけど、値切れるなら限界まで値切りたいんだ俺は」
ユリシーズは軽口をたたきつつも手際よく花を刈って、あっという間にセラより先に二十本摘んで手渡してくれた。同じ花壇で摘み取り過ぎないようにする念の入れようにセラは声を立てて笑った。
「やっぱセラは笑ってる方がいいな」
「!」
甘く笑うユリシーズに見惚れていると、すごく申し訳なさそうなアルノー達が反対側の花壇からひょっこり顔を出した。そちらに背中を向けていたユリシーズが振り返ると、四人ともさっと目を逸らす。
ユリシーズが「さっさと来い」と手招きするとアルノーが「一応空気は読んだよ?」と悪びれない顔でやってきて、気まずそうな顔をしたエーリヒが「……読み切れなかったけどな……」とぼそりと呟いた。フーゴは「俺、隊長みたいにあえて空気を読まないっての苦手で」としょんぼり俯いている。
セラはそれはそれでいいのでは? と思ったが何かが違う気がして黙っておいた。
「クレヴァ様の馬車が着いたから急がなきゃって思いました」
「作文か。それを早く言えよ。行こう、セラ」
大真面目な顔のマルセルの言葉に、ユリシーズは呆れた声を上げてセラの背を優しく促す様に押して再び歩き出した。墓地に近づくにつれざわつく気配がする。不思議に思っていると、同じことを思ったのかユリシーズが蒼い瞳を眇めて大きな桃花の木を見た。
「こいつは驚いた。王太子様の演説はいいのかい?」
「……びっくり」
墓守りの老人、酒場の親父さんといった風情の人、恰幅の良い女将さん。杖をついたご老人。色々な風体の老若男女が集まっていた。
「王太子様のありがたい演説も大事だけど、あの悪たれが帰って来たってんなら、出迎えてやらにゃあな」
「違いねぇ。嬢ちゃんがあのジュストの娘か。目の色が同じだなぁ」
「顔をよく見せておくれな」
わいわいと寄って来た城外の人々に囲まれて、セラは困惑しつつも笑顔で応えた。父を知る人々が最後のお弔いに集まってくれたことは嬉しかったが、フィア・シリス王国の大事な世継ぎの初めての演説を聞く機会を逃しているのではと思うと申し訳ない気がした。アキムの先導でクレヴァとバハルト将軍が姿を現すと集まった人々が驚きの声を上げた。クレヴァは西方解放戦争の立役者、解放軍の指揮を執った英雄だ。時の人が街の片隅にある墓地に現れるとは思いもしなかったのだろう。
「姫様!」
「あれまぁ、バハルト様! いいのかね、セブラン様のお付きがここに来ても」
「殿下のはからいだ。陛下と殿下のお話は正午の鐘の後、半刻頃だ。お前達も行きなさい」
町の人々に囲まれている老武人と大貴族を眺めつつ、セラはユリシーズの袖を引いて耳打ちした。
「セブラン様、このこと知ってるの?」
「みたいだな。あのじー様が喋ったんだろ」
ユリシーズの小声が聞こえたのか、じと目でこちらを見ているバハルト将軍が「じー様とはわしのことか、そこの金髪坊主」とニヤリと悪い顔で笑った。
「ほかに誰がいるんだよ」
「まーったく、口の減らん奴だ」
「まぁまぁ。それでは、始めましょうか。さぁセラ、こちらへ」
セラはクレヴァに手招きされて絹の包みと自分で摘んだ花を手に桃花の木の元へ向かった。ユリシーズが皆からリネアリスの花を預かってセラの後ろに続いた。黒騎士達が列をなしてセラとユリシーズの進む道を守る様に立つその間を進む。桃花の根元にはクレヴァとバハルト、神官服を身に着けたクレヴァの側近の一人が待っていた。
すでに墓守りの手によってジュディスの眠るすぐ隣に深く小さな穴が場所が開けられていて、セラはそっとその前に跪き、摘んできた花を傍らに置いた。ユリシーズも隣に跪いてリネアリスの花束を置いてから静かにその場を離れた。
「有翼獅子の騎士よ。西方の英雄、ジュスト・ファレルに剣を捧げよ」
ユリシーズの良く通る低い声と、シャン!という音が背後で響いてセラは後ろを振り返った。黒騎士達が抜き放った長剣を胸元で天にかざす様に構えていて、刀身が午後の日差しをキラキラと弾いてとても綺麗だった。
「セラ……。ジュストをゆっくり眠らせてあげましょう」
クレヴァに促されて、セラは父の遺灰を納めた小箱をそっと穴の中に置いた。クレヴァとバハルト将軍が膝が汚れるのも構わず跪いて丁寧に両手で土を被せていくのを、祈る様に両手を組みながら見守る。少しずつ艶やかな茶色が見えなくなって視界が滲んだ。
「ごらんなさい。正騎士三十名の儀仗はそう見れる物ではありませんよ」
クレヴァの言葉にセラは零れ落ちそうになる涙を堪えながら振り返った。両手で捧げ持った剣をゆっくりと左へ振り下ろし、右手に持ち替えて次は大きく右から左へ薙ぎ払う。そうして軽々と長剣を振るうユリシーズの姿に目を瞠った。
本来の葬礼は神官が錫杖で『破魔の祓』を行うのだが、騎士の葬礼では同じ騎士が死出の旅を逝く魂の安寧を祈るために行うのが慣例だ。父を英雄として、一人の騎士として送ってくれる黒騎士達の気持ちが嬉しくて頬に涙が伝った。
複雑な軌跡を描く剣の光に添うように黒騎士達のかざす長剣が煌めく。ユリシーズが再び剣を天にかざし、ヒュンと風切音をさせてから真正面に振り下ろす。静かな声で「納刀」と号令を出すと、一切の音を立てず全員がまったく同じ動作で剣を鞘に納めた。ほう、と儀式を見守っていた人々から感嘆の声が漏れる。セラは溢れる涙を手巾で抑えながら「ありがとう、ユーリ。みんな」と呟いた。
苔むした墓石の隣に真新しい白い墓石が置かれるのを見て、ひとつの区切りがついた気がしてゆっくりと肩の力を抜いた。本当なら母もここにいるべきだったのにセラが一人で決めてしまったから、いつか必ず二人でここに来ようと固く心に誓った。
神官の鎮魂の祈りを聞きながら、セラは自分で摘んだ花と一緒にユリシーズ達が摘んでくれた抱えきれないほどのリネアリスの花を父の墓前に手向ける。跪いて「どうかゆっくり眠って。輪に戻る旅の無事を祈ります、お父さん」と小さな声で呟いた。
本当はもっとたくさん色んな話をして、お手製のお菓子を食べてもらって。
ほんの少しでいいから父と母と三人で、家族で一緒に過ごしてみたかった。
思い出すのは最後に微笑んだ顔と、温かな手の感触、優しい声。
夢でしか逢えなくなった父を思い、瞑った眦から暖かいものが溢れていくつも伝っていった。




