表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
80/111

23. 宝物

 仲良く戻ってくると、クラリッサと彼女の婚約者が待ちわびた顔をして立っていた。


「どこに行っていたのですか、ユリシーズ。探してしまいましたよ」


「そりゃ悪かったな。セブラン殿下のご両親に呼ばれてたんだよ」


「あ……。それは失礼を」


「何かあったのか?」


「いえ。セラフィナ様が公に貴方の婚約者としてお披露目されたので、我らの動向が気になるところなのでしょう」


 ユリシーズとルッツはさり気なくセラの前に立つと大広間に目線を投げる。何人かのフィア・シリス王国上層部、元強硬派と親しくしていた貴族と目が合い、ユリシーズはスッと目を細めてから静かに視線を外した。クラリッサが白い羽の付いた扇をぱちんと閉じ、セラの横に移動して口を開いた。


「ところで、いつセラをルッツに紹介してくれるのかな?」


「ああ、すまん。セラは初めて会うんだっけ。彼はルートヴィヒ・アークライト。士官学校時代の俺の後輩で、皆ルッツって呼んでる」


「初めまして、セラフィナ様。正軍師としてクレヴァ様の名代に立っていたからずっと入れ違いでしたね。お会いできて嬉しいです」


「こちらこそ初めまして。セラフィナと申します。できれば様はつけないでいただけると嬉しいです」


「うーん……困りましたね。ではクレヴァ様と同じく、セラとお呼びしますね」


「はい。よろしくお願いいたします」


「ルッツ、君いろいろ聞きたいって言ってたよね?」


「もちろんだよ。精霊騎士団がどのような戦略をもって動いているのか興味が尽きないからね」


「あ、あの。大変申し上げにくいのだけど。私は軍師過程も出ていないし、女官見習いだったから深い知識はないんです……」


「ご謙遜を。貴女の戦略概論の小論文を読みませて頂きました。とてもわかりやすく、細かく書かれてあって素晴らしい内容でしたよ。第三者にわかるように記述するのは官吏として当然のこと。軍師の基本適性の一つと言ってもいいでしょう。なぜなら専門訓練を受けていない民兵、経験の浅い兵。彼らにわかる命令を出すには」


「よせルッツ。お前の話は長くなる。だいたい何でお前セラの小論文を読めたんだ。俺も読んだことないのに……!」


 ユリシーズが悔し気に顔を歪めて、セラは「問題そこなの?!」と思わず突っ込みを入れた。


「クレヴァ様がシーグバーン女史に写しを送ってもらったそうですよ。言えばお借りできるのでは?」


「そうする」


「やめてよ〜」


 セラは袖を引いて必死になって「やめて」を繰り返した。最前線に立って戦う騎士から見れば、実戦にでたことのない見習い女官の書いた戦略論の小論文など絵に描いたお菓子だ。それをユリシーズに読まれるのが恥ずかしい。静観を決め込んでいたクラリッサが場の流れを変えようとルッツの襟首をむんずと掴んで引っ張った。


「そろそろ音楽が始まるよ? セラ、またあとでね。ルーッツ、いくよ」


「うわ、ちょっとクラリィ、引っ張らないでくれませんかっ」


 ほっそりした美女が子犬系貴公子をずりずり引っ張りながら大広間の輪の中に戻っていく。途中でテレシアを伴ったジューリオに揶揄われているのが見えた。


「ルッツ様って解放軍の正軍師だったの? ユーリの後輩だったら私と同じ年くらいだよね?」


「俺の一つ下だから十九だな。あいつはいわゆる天才だよ。ルッツはクレヴァ様の遠縁なんだけど、あの方の家系はたまにそういう傑出した軍師が出てくるんだ。性格も能力も非の打ち所がない男だが、難点は話が長いことだな」


「すごい方なのね……。それにクラリッサと息ぴったりって感じでお似合いだし。それより! 私の小論文は読まないで! ユーリに読まれるのすっごく恥ずかしい」


「恥ずかしがる姿がまたそそるな。余計読みたくなってきた」


「やめてぇ〜」


「ほら、手を貸せ。指揮者が出てきたからもう始まるぞ」


「あ、まってまって。扇が」


「寄越せ。まったく世話の焼ける」


 仕方なさそうに笑ってユリシーズが扇をさっと手から抜いて懐に仕舞うと、再びセラの手を取った。


「こんな大勢の中で踊るの緊張しちゃう……」


「余計なこと考えないで、足が自然と出る方に動かせ。あとは俺がリードするから」


「うん」


 ワルツの前奏が始まり、お作法の通りにドレスの端を片手で摘まんで膝を軽く折ってお辞儀をする。軽い力で腰を引かれて寄り添うようにユリシーズに身を預けると、そっと押されるように身体が傾いて右足が自然と前に出た。そのまま流れに身を任せ、真紅のドレスを華麗に広げながらゆっくりとターンする。


「……!」


「上手くなったじゃないか」


「えへへ」


「この曲のターンは全部右回りだから、回る方に足を出せばいいんだ。ほら」


「きゃ……!」


 連続ターンをいとも簡単に決めて、セラは思わず笑い声を上げそうになった。笑顔は許されても声を立てて笑うのはお作法に反する。満面の笑みを浮かべたままユリシーズを見上げると、彼も笑いを堪えて肩が揺れていた。


「足を床にべったりつけんなよ」


「うん!」


 内回りの輪から外回りの輪に移るために、ユリシーズが少し広い足幅でステップを微妙に変えた。セラは苦手な爪先立ちのまま、ゆっくりとターンする。しっかりと力強い腕が支えてくれているので安心感があった。


「上出来」


 優雅に一回転して再びユリシーズの腕の中に納まると耳元で甘く低い声が響く。それがたまらなく心地よかった。

 そのまま二曲を連続で踊り、少し息の上がったセラは休憩を要求してダンスの輪から抜けてもらった。壁際に下がると通りがかった給仕からユリシーズが飲み物を受け取り、セラに手渡してくれた。黄金色のそれは細かな泡がグラスの底からしゅわしゅわと立ち上っていて、一口含むとほのかな酒精の風味と林檎の瑞々しい香りが広がった。


「楽しかったぁ。この飲み物美味しいね」


「楽しんで頂けて何よりだ」


 他愛のないおしゃべりをしながら林檎酒の炭酸割りを楽しんでいると、そばを通った貴族らしき男性が「……あれが本当にあの方の娘だと思うか……」と呟き、連れ立っていた西方諸侯が「まさか」と鼻で笑って通り過ぎていった。彼らが戻っていく先にいる集団からの冷たい視線がいたたまれなくてユリシーズの服の袖を握って俯いた。怜悧な目元を険しくしてユリシーズが彼らを一瞥すると、集まっていた集団は慌てたように散っていった。


「お貴族様の揚げ足取りなんか気にするな。弱い奴ほどよく吠える、ってな」


「うん……」


「行こう。ここにいると興を削がれる」


 こくん、と頷くと、しっかりとユリシーズの腕がセラの腰に回ってその場から離れる。ガルデニア王国に反王政派がいるように、西方諸侯も一枚岩ではない。大昔は敵対関係だった者同士もいると聞いていたから、今のように感じの悪いことを言われるのも理解できるが、全然知らない人から揶揄されるのはあまりいい気分ではなかった。


「……帰るか?」


「ううん、平気。私も女官になろうって思ってたんだもん。あれぐらいで凹んでられないわ」


「わかった。無理はするなよ」


 さりげなく抱き寄せられて頭のてっ辺に口づけされる。また甘々だ、と思う間もなく見知った人達が集まって来た。西方諸侯達は口々に「お久しゅうございます、セラフィナ嬢」と丁寧な会釈をしてくれて、少し緊張しながら略式の礼で応じる。ユリシーズかクレヴァが何か言ってくれたのか誰も「姫様」と言わないことにホッと胸をなで下ろした。

 だがそれも一瞬のこと。西方諸侯達のお連れの貴婦人達から「どちらで知り合われたの?」「告白はどちらから?」「あの物語はどこまで真実なの?」と間髪入れずに質問されまくりでセラはタジタジと後ずさった。


 一生懸命皆からの質問に答えるうちに、セラは生来の懐っこさで貴婦人達とも打ち解け、自然に笑って話す余裕が出てきた。小一時間ほど談笑した後、繋いだ手が軽く引かれて振り返ると、ユリシーズが「帰るぞ」と目配せした。


「そのへんにしてやってくれるか? そろそろ俺達は失礼する」


「え、もう?」


「はい。皆様とお話しできてとても楽しかったです。それではごきげんよう」


 セラは西方諸侯達に丁寧にお辞儀をして辞去を告げると、ユリシーズの差し出した腕に自分の腕を添えて歩き出した。皆の別れを惜しむ声に見送られつつ控室に戻ると、お付きの面々が「待ってました!」という顔で待ち構えていた。


「おつかれ、二人とも。上から見てたけどめちゃくちゃ目立ってたよ」


 バルコニーに腰かけたリオンがニシシと笑うと、アルノーが「デイムのドレス、ひらひらしてて綺麗だった……」と呟いた。その様子を見ていたマルセルが「アルノーって、やっぱりそういう趣味が」と笑うと、アキムがその頭をわしづかみにして二、三回振った。


「あるわけないだろう。ユーリ様、もうよろしいのですか?」


「うん。用は済んだ。迎賓館でゆっくりしたい」


「そうだね。明後日から遠征だし」


 アルノーが頷くとマルセルが「皆に知らせてくる」と足早に控室を出て行き、ハンナも控室付きのメイドに辞去を伝えに行った。バルコニーの階下からはロンドを楽しむ人々の明るい声が聞こえてくる。まだまだ夜会は続くのだろう。セラは煌びやかな世界から抜け出せた安堵感にふう、と軽くため息をついた。


「とっても楽しそうでしたわね、セラ様」


「うん。楽しかった。でもやっぱり緊張しちゃうね」


 エマにケープを着せかけてもらってセラはドレスの裾を払って立ち上がった。アルノーが先導に立ち、ユリシーズのエスコートで再び宮殿の廊下を歩く。物語や友達から聞く夜会は華やかで素敵なものだったが、実際に参加してみると大変なことばかりだ。ユリシーズは「夜会が苦手」と言っていたから、どうしても外せない時以外はセラがおねだりでもしない限り出席しないだろう。それが少しだけ有難かった。




 迎賓館に戻ってくると夜の九時を少し回った所だった。セラとユリシーズは寛げる平服に着替えてから、用意されていた軽食に手をつけた。とはいっても夜の九時、セラは三枚のビスケットを何もつけずに食べてあとはお茶でお腹の隙間を埋めることにした。向かいに座るユリシーズは軽めの赤葡萄酒で晩酌としゃれこんでいる。食べても太らない謎の仕組みが羨ましかった。


「えっと、ここをこうして」


 セラはああでもないこうでもないと寄木細工の箱を抱えて、ついでに自分の頭も抱えた。決まった手順で仕掛けを操作しないと開かないのに、箱はまったく開く気配がない。


「お祖母さんの形見、壊すなよ」


「うう、だって開かないんだもん」


「それなら俺が開けてみようか?」


 最後の見回りを終えたリオンがひょっこり姿を現して、セラはずいっと持っていた寄木細工の箱を差し出した。


「お願い。錠前の仕組みがわかるなら、寄木の箱なんてちょちょいのちょいだよね?」


「開かなかったら赤っ恥だね……」


 リオンは半笑いで寄木細工の箱を手に取った。軽く触ってずれる箇所を探し、かすかな手ごたえを確認してまた別の個所を少しずらしを繰り返した。カコカコ、カコンと軽い音を何度もさせながら、リオンの手が器用に動いて寄木の細工を少しずつ解いていく。


「ずいぶん凝った仕掛け箱だねぇ。普通は十回くらいで開くんだけど」


 カツンと何かがはまる音がして、寄木細工の箱の蓋がひとりでに開いた。


「わぁ、すごいすごい! 開いた!」


「何だこれ。楽譜と紙包み?」


「あ、これ『夢で逢えたら』の楽譜だわ。これは何かしら」


 紙包みを注意深く開くと割れた翡翠が入っていた。裏面が綺麗な平面になっているので元は首飾りで、台座から無理やり外したように見える。白っぽくてやや透明感のある翡翠は初めて見る色だ。


「この箱は宝箱だったのかな」


「そうみたいね……」


 中身は好きにしていいと二人が言っていたので、セラは楽譜だけ預かって翡翠は元のように包み直して父の欠片を入れた絹の袋と一緒に箱に戻した。翡翠が隠されるようにしまわれたことを考えると、このまま埋葬したほうがいい。先代皇帝が下賜したものであれば尚更だ。仕掛けを押して蓋を元通りに閉じた。


「何でジュスト様の遺灰をしまうんだ? 箱は持って帰るんだろ?」


「せっかくだからジュディスさんの宝箱に入れてお弔いしてあげようと思って。親子でゆっくり眠れるように」


 セラの言葉にユリシーズが「そっか」と小さく呟いて古びた楽譜を手に取った。


「こっちの楽譜は?」


「持って帰って私の宝箱にしまうわ。どんな曲なのかな」


「弾いてやろうか? これぐらいの難度なら初見でもいけそう」


「弾けるの?!」


「ユーリ様、士官学校に入るまで鍵盤楽器習ってたからね。俺が言うのも何だけど、すごく上手だよ」


「ちょっと下のホールに行ってくる。皆にはもう休めって言っておいて」


 リオンに言付けると二人で静まり返った一階までやってきた。鍵盤楽器の周りにある室内灯に明かりを入れると、薄明るいホールにセラとユリシーズの影が長く伸びた。


「こんな遅くにいいのかな?」


「ホールは防音対策してあるから大丈夫。久々だから指動くかなぁ」


 長い指で鍵盤を軽く叩いて簡単な練習曲を一曲披露してくれたのだが、滑らかに指が動く様子に目が釘付けになった。ちゃんとした教師について学んだ人の指の動きだ。普段のやんちゃな姿で忘れがちだが、そういえばセラの婚約者は良家の若様だった。


「ユーリって本当に色々できるね」


「まぁな」


 ニッと不敵な笑みを浮かべると、乾いた音をさせる楽譜を譜面台に置いて最初の小節を弾き始めた。


 愛するあなたと夢の中でも逢いたい、そうすればいつでも傍にいられる。

もしも夢の中でも出逢えたなら、もう逢えないあなたと出逢えたら。

どうか夢よ覚めないで、このまま目が覚めなくても構わない。あなたとともに居たいから。


 明るい曲調とは裏腹に、楽譜に書かれた歌詞の内容はとても切ない恋の歌だった。流行り歌だったと夢の中のジュディスが言っていたけれど、今の世でこの歌が流行らないで欲しいと心から思う。夢の中でしか愛する人と逢えない、本当にそうしなければいけない人が多すぎて。つん、と鼻の奥が痛んで涙が頬を伝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ