表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
76/111

19. 奥方様(仮)たちのお茶会

 正殿の中庭は見事な薔薇園とすごく立派な噴水があって、大きなサンルームが建っていた。美しいドレスを纏った貴婦人達の姿と王宮の侍従達がワゴンを押して準備しているのが見える。スラリと背の高い黒髪の貴婦人がこちらに気づいて、皆を呼び集めた。


「いらっしゃったわよ」


「セラ、こちらよ!」


 ちょっとドキドキしながらサンルームに足を踏み入れると、ルチアを含めて六人の貴婦人達が待っていた。それぞれが立ち上がり優雅に一礼して自己紹介が始まった。まずは先ほどの黒髪の美女が名乗りを上げる。セラよりも二つ、三つ上だろうか。優しいクリーム色のドレスを纏った淑やかな雰囲気の彼女の左手には輝く指輪が嵌っていた。


「皆様、初めまして。私はセラフィナ・エイルと申します。どうぞお気を安く、セラとお呼びくださいませ」


「マーシア・ヴィルーズと申します。夫からセラ様のお話を聞いてずっとお会いしたいと思っておりました。今日は夫の名代でご機嫌伺いに参りましたの」


「私はラミラ・メイユ。兄がお世話になっております!」


 勝気そうな灰色の瞳に黒髪をきりっと後ろ頭で髪を結った、唯一騎士服姿の女性がハキハキした声で挨拶して騎士の礼をする。トラウゼン以外で初めて見る女性騎士だ。


「は、初めまして、テレシアと申します……。セラ様にお会いできて本当に嬉しいです……。あの、私はジューリオ様の、えと、その……」


 華奢で可憐な美少女が、淡い亜麻色の髪を揺らして貞淑なお辞儀をした。赤い顔に深緑色の瞳を揺らしながら小さな声で「あの、その」を繰り返している。恐らくあの熊さん騎士ジューリオの良き人だと思うのだが、セラは言葉の先をニコニコ笑顔で待った。


「テレシア、テリィは兄の許婚なんです。今日は奥方同士の顔合わせだから絶対来るべきだと思って引っ張ってきました。ちょっと内気ですけど、よろしくお願いします!」


「なんでも二人はレーヴェ卿に憧れているそうですわよ?」


マーシアがクスクス笑うとラミラは慌てて首を振った。


「ち、ちがっ! 騎士としてです! 私も騎士なので! テリィもだよね?! 物語に出てくる高潔な騎士様みたいで素敵だなーって!」


「相変わらず騒がしいこと……。私はレギーナ・フォーレンハイト。私も西方諸侯ですが会談は婚約者に任せてきました。どう考えてもかわいい友人達と一緒に美味しいお菓子を食べておしゃべりするほうが楽しいに決まってますもの。フフ、どうぞよろしく」


 堂に入った淑女の礼をした豪奢な赤毛の迫力美女が、セラに片目を瞑った。同じ女性なのに仕草も素敵で見つめられると何だかドキドキしてしまう。

最後に銀髪の青い瞳をした、襟の詰まった深紫色のドレスを纏った女性が人好きのする笑顔で颯爽と立ち上がってお辞儀をした。服装と縁なし眼鏡も相まって、できる女官といった感じに見える。


「私はクラリッサ、ルッツ・アークライトと婚約中です。ルッツともどもクレヴァ様に師事していますので、同い年だけど姉弟子になりますね。レーヴェ卿には学生時分から大変お世話になっております。どうぞ今後とも末永くよろしく! さてさて、ここに取り出したるは」


「アレをもう出すの!」


「? 何ですか?」


「ついにあの物語が完結しましたので冊子にいたしました! ちなみに装丁はこのわたくし、クラリッサでございます!」


 じゃーん! と効果音付きで取り出された本はセラとユリシーズを元にした吟遊詩人の草紙だった。立派な装丁が施されて本屋に並んでいてもおかしくない一品に仕上がっている。


「ひえぇ」


「こちら親愛のしるしに特別装丁したものです。いやぁ、私と同じ本の虫だとレーヴェ卿から聞いていて、まことに勝手ながらセラ様にとぉーっても親近感を持ってました」


「あ、ありがとうございます。嬉しいです」


「顔真っ赤ですねぇ。一番最初に口伝で広まった版はお二人のことが匂わせてあったけど、二度目の版からは消えてますよ。あれはクレヴァ様の情報操作の一環でしたからね」


「ふふふ! ね、言ったでしょ? セラはとっても可愛いらしい方だって。レーヴェ卿がでろっでろになるのもわかるわ」


ルチアがニコニコしながらクラリッサに笑いかけた。


「私もあの会食の後、控室でルッツとお互いの肩を叩きながら見た!? 見た?! ってなりましたよ。レーヴェ卿があんな優しい顔で笑えるのかって」


「ああ、見たかったわ。セルジュが遠征に行っていなければ私も参加できたのに……残念」


マーシアは心底残念そうに肩を落とした。


「みなさまから見た私の婚約者っていったい何者なんですか……」


 セラの呟きにレギーナが「鉄面皮」と笑顔で言うと、ルチアが優しい顔で「氷の黒騎士」と続けて、クラリッサがニヤリと笑って「血の色が青い」と続ける。ついでに「合理主義が服着て歩いてる」と付け足した。

セラと目が合うとラミラとテレシアは慌てたように首を振り「騎士の見本のような方です」と声を揃えた。


「社交場で綺麗なレディに囲まれても顔色一つ変えないし、浮いた話がまったくないから男色家の噂もありましたわね」


ルチアが口元に指を当てながら考え込むと、マーシアも頷いた。


「ああ、あったわね。私もセルジュに確認したもの。本当にそうだったらトラウゼンはどうなるのって聞いたら、うちの人泣きそうになってたわ」


「需要ありそうだよねって言ったら、ルッツに『猟犬』に殺されるから冗談でもやめてって懇願されましたっけ」


「クラリッサ……何を考えているの本当に。でもまた例の本を出すなら一枚かませてくださる?」 


ルチアが真面目な声でそんなことをのたまった。


「もうやめてぇ。血の色が青いってなんなの……青いのは目ですぅ……」


 セラはとほほ、と涙目になった。彼女達に一切悪気がないのはわかるし、何もセラを苛めようと思って言っているわけではない。聞いたのは自分なのだ。

セラの知らないユリシーズは「感情を表に出さない冷静沈着な騎士・領主」らしい。東屋の黒騎士達が爆笑している声がここまで聞こえるのが癪に障った。


「あはは! おなかいたい! 胎教にわるい!」


「ルチア、本当にお腹の赤ちゃんがびっくりするわよ。あなたはこちらのハーブティーにしなさいね」


 呆れた顔でマーシアが硝子のポットから綺麗な桃色のハーブティーを注ぐとふわっと薔薇の香りが漂った。クラリッサがはりきって給仕を呼んで、ワゴンごとテーブルの傍へ運ばせる。


「さ、持ち寄ったお菓子を頂きましょう! セラは何が好きなの? クリームのお菓子が好きだって聞いたから、そればかり買って来たのよ」


「うわぁ……美味しそう」


 コゼーとカバーが外されると燦然と輝くお菓子が現れて、お昼ごはん抜きだったセラのお腹の虫が「たべた〜い」とばかりに鳴き始める。給仕が淹れたての紅茶を貴婦人達に供して、お茶会が始まった。




「あらあら、いつになく私のサンルームが華やかねぇ」


「! 女王陛下!!」


 のんびり素敵なお庭を眺めながらおしゃべりをしていたセラ達は、さっと立ち上がって淑女の礼で女王陛下のお成りを待った。セラは隣に座るルチアに手を貸しながらゆっくり立とうとした。


「ああ、いいのよ。身重なのだから無理せず座ってらして。若い娘さん達におばあさんも混ぜて頂戴な」


「恐れ入ります、女王陛下……」


「よろしくってよ。んまぁ、『ルリジューズ』のシュー・クリームじゃない! 私はこれに目がないのよ」


「セラは随分落ち着いているのね。もしかして女王陛下がお越しあそばされるの知ってた?」


ルチアの面白がる声にセラは笑って頷いた。


「ほほほ。皆のびっくりした顔を見るのが楽しいのよね。うちの料理長が若き奥方達に捧げたいとお菓子を用意したの。ぜひ召し上がっていって」


「わぁ……!」


 給仕が恭しく供したトレイにはかわいらしいプティフールがのっていた。

セラ達レディの口に一口でおさまってしまう小さなケーキ達は、どれもこれも凝った出来ばえだ。ホールのケーキを切り分けたのではなく、一つ一つをホールのケーキのように仕上げてある。見ていて楽しいばかりではなく非常に美味しそうだ。


「すごい。プティフールに見えませんね。それに見たことないケーキばかり。もしやこれは」


 クラリッサの呟きに女王陛下は片目を瞑って笑い、優雅な仕草でカップを手に取った。


「ふふ、ほかのみなさんには内緒ですよ? これから流行らそうと思っているの」


 セラは女王陛下に「どうぞ」と勧められて、さっそく小さなベリーが乗ったケーキを選ぶ。真っ白なクリームの上に真っ赤なベリーが一粒のケーキは、口に入れると瑞々しく甘酸っぱい風味が広がって、さっくり焼き上げたメレンゲの感触が軽くていくらでも食べられそうだ。


「お、美味しい……!」


「セラは何にしたの?! 私もそれが食べたいわ。あとナッツのミニタルトも美味しそう」


ルチアのお皿にセラはさくさくとベリーとナッツのプティフールをのせてあげた。


「では、私はこちらのチョコレートを」


「えっ、私もチョコレートが……あ、ひどいレギーナ様ったら二個も! 一個にしてください、一人一個!」


「控えなさいラミラ殿、女王陛下の御前ですよ」


 ルチア達は互いを牽制しながら美味しいケーキを頂いている。セラはケーキセーバーと綺麗な小皿を手にすると、隣に座るテレシアに微笑みかけた。セラよりも年下で、こういった華やかな社交には明らかに慣れていない風に見える。付き添いのラミラは完全に友人のことを忘れているので放っておけなかった。


「テレシア様は何がよろしいですか? 良ければお取りしますよ?」


「あの、えっと、では、セラ様と同じものを」


「はい、ベリー終了のお知らせ。こちらの緑色のケーキはどんなお味でしょうか」


 クラリッサが興味深い目をして綺麗な緑色をしたケーキを見る。確かにセラも気になっていたので、ベリーの次はこのケーキにしようと思っていた。セラ達の疑問に答えるべく、女王陛下がシュー・クリームをちゃっかり手にしたまま口を開いた。


「それは東方から輸入した粒子の細かい粉状のお茶をクリームに混ぜたのですよ。生地には黒糖を使って東方風に仕上げたと言っていたわ。甘味が控えめでなかなか素敵よ?」


「では私はそちらにいたします。東方のお茶は本当に種類が豊富なのですね。勉強になります」


「はい、クラリッサ。まだ杏のケーキがあるけど?」


マーシアがクラリッサのお皿にお茶のプティフールをのせてやった。


「あ、栗がのってる子もよろしく」


「あ、あの」


テレシアが杏のケーキをチラチラ見ている。


「はい、テレシア様も杏をどうぞ。お持ちいただいたお菓子も杏でしたから、お好きなのかなって」


「……! はい、大好きです。ありがとう、ございます。あの、私のこともテリィと、お呼びください……」


「はい。ふふ、テリィは何だか森の子リスのようにいたいけでかわいらしいわ」


 ニコニコと和みあう様子に女王陛下も穏やかに笑んで、持っていたカップをそっと戻した。


「セラは不思議な子ですね。本当に皆と初対面なのですか? もうすっかり打ち解けられたのね」


「はい。皆様とても優しくて気さくな方々ばかりで。良くして頂いて、とても楽しく過ごしております」


「よかったわ。西方諸侯達は良き伴侶を得て、これからもきっと西方大陸の発展に尽力できるでしょう」


「陛下」


侍従長と思しき紳士が少し離れたところに控える。多忙な女王陛下は仕方なさそうにため息をついた。


「わかったわ。それでは皆さん、ごきげんよう。またこちらに集うことがあったら遠慮なく言って頂戴な。王宮の隠れた名所を提供するわ」


 優雅な仕草で立ち上がる女王陛下に合わせて、その場にいる全員が目を合わせて静かに立ち上がり、ドレスの端を摘まんで女王陛下に礼を捧げた。

鷹揚に頷いて「ではね」と皆に背を向けて女王陛下は衣擦れの音とともに立ち去って行った。正殿入り口で控えていた従者や家臣達がさっと集まり、その後ろに続いて行くのが見えた。


「ふわぁ、さすがに陛下がおられると緊張しますね」


「どの口が言うのかしら。私とケーキ争奪をしておきながら」


ラミラの呟きにレギーナが仕方なそうに苦笑する。


「式典前日でお忙しいはずなのに、何とありがたいことでしょう。私達の伴侶は随分と高く買って頂いているのね。言外に内助の功で夫を支えよ、とおっしゃっておられたわ」


 セラもマーシアの言葉に頷いた。伴侶を支えて西方大陸の更なる発展に力を尽くせ。そうセラにも聞こえた。

廃嫡されたセブランの父、前の王太子も四年前の『大戦役』で負った怪我もとで起き上がることもままならないと聞いている。セラ達の親世代に当たる層は長く続いた戦争で亡くなるか、怪我などで一線を退くことを余儀なくされたから、西方大陸のこれからは若い世代が担うのだ。女王陛下の発破は皆の心に火をつけた。


「私達もいまここで諸侯同盟を結ぶ? サンルームの誓いね」


 マーシアがセラ達の顔を見回して「異論はないようね」と笑うと、ルチアが目の前のカップを持ち上げた。


「よくってよ! さ、皆もカップを持って」


「我ら奥方と奥方(仮)は、つねに夫を愛し支え、時には尻を叩き、西方大陸のために尽くします」


 皆笑いを堪えて口元が震えている。クラリッサの真面目腐った「締結されました」の声に、朗らかな笑い声がサンルームに木霊した。笑いがおさまると自然と皆がセラを見て、この場を設けてくれた皆のために、セラも少し居住まいを正した。


「誓いは半分おふざけだけど。私は今日皆さまとお会いできて、これからも支え合って行けたら嬉しいなと思っています。これからもどうぞ良しなに」


 ルチアが「こちらこそ!」と笑うと、ラミラとレギーナが笑顔で「もちろん」と頷き、テレシアも「私もです」と一生懸命に何度も頷く。マーシアも穏やかな顔を少しだけ引き締めて「よろしく」と頷いた。


「私もセラとまったく同じ気持ちよ。ということなので、西方大陸をウロウロしているクラリッサを上手く使って連携をしていきましょうね」


「私ほっつき歩いてるわけじゃなくてよ。どれもこれも仕事でしてよ、ヴィルーズ公爵夫人! お土産買って行かないわよ?!」


 クラリッサが眼鏡をクイッと押し上げる仕草が芝居がかっていて、セラも皆も心の底から楽しい笑い声を上げた。

北方大陸で得た友人達のように、こちらでも気の置けない友人ができればと思っていたことが叶いそうで、心の内がほわっと暖かくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ