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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
番外編
110/111

番外編 「幕の下りた後で」

最終話のすぐ後のお話。結婚お披露目の模様をお送りいたします。

 結婚式の恒例行事「ブーケ投げ」は花嫁の的確な投擲で乙女騎士の手に渡り、友人や侍女達にまんべんなくブーケの花がいきわたった。花嫁と花婿が領館の大広間に戻ると、そこには大勢の招待客が盛大な拍手と陽気な祝福の声を上げて出迎えた。

フィア・シリス王国からは女王と王太子一家祝いの品を携えてやってきたバハルト将軍とその細君。フェアバンクス公爵、メイユ公爵一家、ヴィルーズ公爵夫妻。ルッツとクラリッサ。それからユリシーズの友人でもある西方諸侯達。ごく親しい人達が満面の笑みで「おめでとう」と寿いだ。


 セラは照れ笑いを浮かべて「ありがとうございます!」と応える。母なる精霊の前で行う誓いの儀式は血縁者だけが立ち会うしきたりなので、結婚式の本番はこれからだ。大広間は人いきれで息苦しいほど。領館の周りにも領主夫妻を一目見ようと集まって来た領民に黒騎士達、西方諸侯達の随伴達で大賑わいだ。

 招待客にもみくちゃにされながら大広間の中央まで来ると、ユリシーズが組んでいた腕を緩めてセラの背中に添え、集まった人々の顔をぐるりと見回した。


「今日は私達のためにお集まりいただき、本当にありがとうございます。無事に母なる精霊の御前で夫婦の誓いを立てることができました」


 孫の言葉を頷きながら聞いていたテオドールが卓に置かれていたグラスを手に取った。それを合図に招待客たちもグラスを手にする。セラとユリシーズにグラスが手渡されたのを見計らい、テオドールは「新しい夫婦に祝福を」と良く通る声で乾杯の音頭を取った。


「花婿に!」


「花嫁に!」


 集まった招待客たちが互いにグラスを合わせると、賑やかな弦楽器の演奏が始まった。セラは隣に立つ夫とグラスを軽く合わせて微笑みあった。そこに新旧の友人達がドレスの裾をもどかしげに払いながらやってきた。親し気に笑いあう様子はすっかり昔からの友人同士のようだ。真っ先にセラの所にきたラミラとテレシアが「とっても綺麗です……!」と年頃の娘さんらしく感激している。


「おめでとう、セラ。とても綺麗よ。ルチアも来たがっていたわよ。後で来られなかった皆からのお祝いの品を渡すわね」


 マーシアが微笑みながらセラの手を取り、珍しく鮮やかな緑のドレスを纏ったオルガが傍に立った。ユリシーズはというと、ジューリオに引っ張られて西方諸侯達の輪に巻き込まれていった。


「嬉しい、どうもありがとう! みんなもすっかり仲良しさんみたいね」


「ご両人が戻って来るまで時間あったからね」


 オルガが笑いながら頷くと、マルギットが「こっちに来てからのセラのことを聞いたりとか」と隣にいたエマと笑いあい、クラリッサが「子供の頃のセラがどんな子だったのか聞いたりとか」とニヤリと笑う。人見知りするマイラも満面の笑みでハンナと手を取り合ってはしゃいでいる。完全に結託した友人達の様子にセラは声を立てて笑った。


「おやおや、セラの旦那様が冷やかされて切れる寸前のようだよ」


「あ、こっちに来ますわ」


 クラリッサとマルギットがサッと避けると、真っ直ぐにこちらにやってきたユリシーズがセラのそばで立ち止まり頬を両手で包んだ。


「?」


 何だろう、と思う間もなくユリシーズの整った顔が近づいて暖かく柔らかな感触が唇に合わさった。


 キャー! と友人達の大騒ぎする声、少し離れた場からヒュー! という囃し声と口笛が耳に飛び込んできた。皆の前でキスをされたのだ、と理解すると顔に一気に血が集まって来た。


「見たか! 二度とやらんぞ!」


 少し耳の赤いユリシーズがやんややんやの大騒ぎの集団に向かってびしっと指をさす。


「熱いねー!」


「セラフィナ様の顔真っ赤!」


 大はしゃぎのご両人の輪から離れた所から「ぬおー!」と叫ぶバハルト将軍とフェアバンクス公爵の声がして、上座で笑いあう母とクレヴァ、大喜びで手を叩いて笑う先生の姿が目に入った。セラは恥ずかしさでその場に蹲りたくなったが何とか踏ん張った。


「す、するなら言ってよ……」


「する前に言ったら逃げるだろ」


「確かに」


 片手に高級発発泡酒のボトルを持ったリオンがいつのまにか横にいて、西方諸侯達をけん制しながら葡萄酒のマグナムボトルを手にしたアルノーがやって来た。


「お前ら、それ何? ラッパ飲みでもするのか? 行儀が悪いってしばかれるぞ」


「ユーリを皆で潰しにくるから、今から先制攻撃に出るんだよ」


「察しが悪いねユーリ様、大事な日に足腰立たなくなったら大変でしょ」


 一瞬だけ鬼の形相を浮かべたアキムに正面から頭を鷲掴みされてリオンは沈黙した。周りの皆は彼の麗しい笑顔に見惚れているので気づいていないが、アキムのこめかみに青筋がビキっと浮くのを、セラは確かにみた。


「いつもの煎じ薬なら飲んだよ。俺がもてなす側だし失礼があったらいけない」


「さすがユーリ様。アルノーは俺達の代わりにお二人についてくれ。これが失礼いたしました」


 アキムはアルノーからワインのボトルをひょいと取り上げると、リオンの襟首を捕まえて下がっていった。




「アキムさん、皆がユーリにお酌したいって聞かないんだけど」


「いま行く。花嫁のご友人方と歓談中だから、これをユーリ様からだと言って注いで回って」


「了解っ」


 びしっと敬礼するフーゴにもっていたバカでかいボトルを手渡すと、アキムはリオンの騎士服から手を離した。


「アキムちゃん優しい」


「ユーリ様の結婚式をお前の血で染めるわけにいかないからな。セラちゃんの精神的外傷トラウマになったら大ごとだ」


 げんなりした顔でリオンはアキムから一歩距離を取った。


「真顔で言わないでくれない? 冗談に聞こえないから。お酌、わざと代わったろ?」


「お前こそ連れてくるなんて気が利くじゃないか。やり手のお見合い婆になれるぞ」


 ニッと笑ってアキムはリオンの腹に軽く拳を入れる。


「いてっ。そこはジジイにしてよ。あー、でも俺、じいやがやりたいんだよね。ディルクじいちゃんの後釜狙ってんの」


「お前、騎士辞めて学校の先生に転職したいんだろ? だったらそれは俺のお役目だな」


「何言ってんの、悪さをした小さい主君のお尻をぶつのは俺だよ」


 ニヤリと笑いあうと側役二人は大宴会場と化しつつある大広間の中心へと歩き出した。




「ヘクター、その格好良く似合っていますよ。騎士に叙任してあげましょうか?」


 香り高いフィア・シリス名産の赤葡萄酒を楽しみながら、クレヴァは傍らの護衛役に笑いかけた。


「遠慮します。晴れ着なんかもってねえからアキムの借りただけですって」


「再三入ってくれんかと頼んでいるのだがなぁ。傭兵の方がいいとぬかしおる」


 同じように赤葡萄酒を舐めながら、テオドールは大げさなため息をつく。


「おや、テオドール様のお誘いを断ったんですか? 毎月きっちり給金のでる生活も悪くないと思いますよ」


「俺は毎月貴方から定額報酬を受け取ってますが、それには言及しないんですか」


「でもヘクターさんがそばにいてくれたら、ユリシーズ様嬉しいんじゃないかしら。お年もそんなに離れていないし、叔父様だけどお兄様みたいに思っているってお話しされてたわ」


 セラの母フェリシアがニコニコ笑いながら口を挟む。初対面から何くれと気遣ってくれる、心優しい義理の息子とは色々な話をしてすっかり打ち解けた。幼い頃母を亡くしたユリシーズから照れながら「母上と呼んでもよろしいでしょうか?」などと言われては義理の息子びいきにならざるを得ない。


「へぇ……。初耳です。俺と顔合わすたびに軽口ばかりで、とてもそうは思えませんが」


 ヘクターは思わず遠い目になった。年の近い甥とは色々ありつつもそれなりに打ち解けているが、会うたびにおちょくられている気がする。


「照れ隠しだろう。懐かれて良かったなヘクター。もーう少し早く名乗り出て居ったら、あれのかわいい盛りをともに過ごせたものを」


 さりげなく名乗り出なかったことをチクリと咎めるテオドールにヘクターは苦笑する。


「近くにいながらあえて接触を避けてきた叔父を責めることもせず、純粋に慕ってくれる甥の姿を見て君は何も感じないんですか?」


 笑顔なのにどこか威圧感のある主君に水を向けられてヘクターは息をつめた。心を的確に抉ることにかけては世界最高峰だ。


「それについては申し訳ないと思うこともあります。が、それと俺が黒騎士になるかは別のお話では」


「まあ。フェリシアも私も、こちらに着くまでヘクター殿のことを黒騎士だと思っていましたのに。それくらい違和感がないのだからいっそ仕官してはいかが?」


 トラウゼン自慢の甘藷の蒸留酒を楽しみながらシーグバーン女史も口をはさんだ。


「そうね。フレデリクもジェラルドも師団長の座を用意していますって言ってたし、なってみたらどうかしら?!」


 ぱちんと両手を打ってフェリシアも笑顔で頷く。


「やめてくださいよ、お二人とも。俺を背中から撃ちまくってます。師団長の座って何なんすか。あいつらが師団長ですよね? 辞めるんですか?」


「辞めはせんよ。いま師団を五つにするという構想があってな。団や領内に限らず人材を探して居るのだ」


「ああ、以前ユリシーズが言っていた地方分割統治の話ですか」


「左様。侵略で奪われていた領地が戻っただろう。そのせいで僻地には手が回り切れておらんのだ。わしが辺境伯だった頃は亡き息子とライツェント家が領地を守っておったが、儂も年だしな…。できればセラと共にユーリを支えてくれる、近い身内がおってくれたらなと」


「なるほど。目の届きにくい地方に執政官として師団長を据えるのですね。トラウゼンは領邦というだけあって広大ですもの」


 執政者の顔になった親友と恩人クレヴァがああでもないこうでもないと話し合うのを横で眺めつつ、フェリシアは友人達に囲まれた一人娘をじっと見た。しまりのない顔でキャッキャと笑っている。


「うちの娘、大丈夫なのかしら。そんなご立派な領主様の奥方務まるかしら。あのお気楽娘、軽く考えてそうで……」


「はっはっは! それは心配無用というものだ。セラはとても良くやっている。毎日笑顔でな」


「お、恐れ入ります、テオドール様」


「明るくてしっかり者で。ちゃんと自分の考えを持っていて。うじうじ考える性質たちのユーリのお尻を叩いてくれる、理想の奥さんになりますとも」


 ぽんぽんとフェリシアの背中を優しく叩いて、白髪の老婦人はにっこりほほ笑んだ。


「エステル様……。ありがとうございます」


「さ、立ちっぱなしも疲れるでしょう。お祝いは十分受けたし、私達親族は奥の控えの間に行きましょうか」




「ユリシーズ、約束通りワインを樽で用意して来たぞ!」


 ジューリオは樽ワインをどすんとテーブルに置くと、がははと笑った。


「おいおいジューリオ、花婿を完全に潰す気だな!」


西方諸侯達がどっと笑った。


「俺は牛を一頭連れて来た」


「セルジュ、牛だけ先に送るという考えはなかったんですか?」


 苦笑するルッツから指摘されて、セルジュははっと口に手を当てた。


「奥方に頼んでおけばよかったのに」


 ユリシーズの冷静なツッコミに周りの諸侯達はゲラゲラ笑う。笑いながら樽ワインに殺到した。温暖なメイユ領も葡萄酒の名産地なのだ。


「……出がけにべこ車の手配がどうとか言っていたから変だなと思ったのよ。ごめんなさいね、セラ。牛舎に空きはあるかしら? 運搬中にちょっと痩せちゃったから、もう少し太らせてから召し上がって?」


「いま畜舎をたくさん増やしている所だから大丈夫。お気遣いありがとうマーシア。牛をどうもありがとう、セルジュ様。ユーリお肉大好きだから喜ぶわ」


「春先の新緑祭で食うことにするよ。ありがとうな」




 側近達はそのやりとりをみて乾いた笑いを上げた。


「金持ちのすることって……」


 フーゴはため息をついて生ハムメロンを頬張った。


「セルジュ様は天然だからな。仕方ない」


 エーリヒは肩をすくめて笑った。士官学校時代から少ないよりはたくさん、とばかりに差し入れもロット単位だったことを懐かしく思い出す。


「そっか、あの牛はセルジュが連れて来た子かぁ。ヴィルーズ牛、美味しいよね」


 厩舎の横にいる艶々した茶色の牛ちゃんは結婚祝いのお肉らしい。アルノーはニコニコしながら樽ワインのお代わりをついだ。


「貴族階級しか食えない高級牛一頭ドドンとプレゼントとか太っ腹だな。うちからはやっぱり黒馬あげんのかね」


 エール派のマルセルは樽エールから三杯目のお代わりをなみなみついだ。ついでにチーズもつまむ。


「うちの黒馬、牛の三倍の値段だよ。さすがに貰った方がびびるよ。種だけあげるんじゃないの」


 フーゴがへらへら笑うと、マルセルがハッと顔を上げた。


「種。結婚式のお祝いのお返しが種」


「何が言いたいのかな?」


「ギャアアアキムさんいたいいたいいたいたいいたた」


「アキムさん」


「アルノー、君はこっちでいいの? ユーリ様と一緒にあっちの輪にいればいいのに」


「えっと……」


「まったく。君にもユーリ様みたいに度胸があればね」


「!」


「アキムさんやめてえ頭がザクロになるよぉ」


 しくしく泣き始めたマルセルの頭から手を離すと、ニコッと笑ってアキムはユリシーズの所に行ってしまった。スラリと背の高い後ろ姿をじっと見て、アルノーはため息をついた。




「それにしても。出会いから結婚まで早すぎないかい? 半年だよ半年。セラは乙女な子だから色々段取りとか夢見てそうなのに」


「仕方ないよクラリィ。ユリシーズはレーヴェ家唯一の後継だし、うるさい分家筋からせっつかれて仕方なく結婚を早めたそうだよ。下手をうつと」


「ああ……どこかの令嬢をねじ込まれかねないってこと? それかセラが有力豪族に持っていかれる。レーヴェ家やクレヴァ様ですら口出しできないような」


「そういうこと。一族会議で結婚時期を譲歩してやったんだから跡継ぎについて一切口を出すなと言い放ったそうだよ」


「目に浮かぶねぇ。セラは愛されてるね」


「ふふ、そうだね。あんなに穏やかな顔のユリシーズ、子供の時以来だと思わない?」


「私、子供の頃の彼、知らないんだけど。確かに士官学校の時より優しい顔だね」


「うん。幸せな結婚ができて本当に良かった。二人の幸せにあやかりたいよね。次は僕らの番だ」


「うちも身内だけでやろうよ。それにしてもセラの花嫁衣裳、本当に見事だね。絹ってあんな白かった?」


「北方大陸の製糸技術の粋を集めた傑作だって。クレヴァ様も驚いておられたよ。クラリィも同じ工房で花嫁衣裳作ろうか?」


「い、いいよ! 素人から見てもあのドレス、目玉が飛び出す値段だってわかるし」




「マイラ、マイラ」


 セラはバタークリームケーキを美味しそうに食べているマイラを手招きした。


「なぁに、セラ?」


 ヒソヒソと声を潜めてセラは親友の耳元に囁いた。


「アルノーと話さなくってもいいの? こっちにいられるの、二日だけなんでしょ?」


「う、うん……。でも、お友達とお話しされてるし」


「あの人達いつでもどこでもお話してるから構やしないわ。呼んでこようか?」


「い、いいわよ」


「なんで! このまま北方に帰ったら絶対後悔するよ。次会えるのいつになるか……」


「……わかってるわ。でもほら、私達ただの文通相手だし」


「アルノーはぜぇったい、そう思ってないよ。面と向かって聞いたわけじゃないけど」


「え、えぇぇえ、ど、どういうこと~」


「どうもこうもないと思うぜ?」


 すぐそばで響いた低い声にマイラは驚いて後じさりした。


「ひぇっ、ユリシーズ様っ」


「んもー、ユーリってば。いきなり割って入らないで、乙女同士の話に」


 艶やかな桃色の唇を尖らせてセラは夫に向かって文句を言った。


「セラはもう乙女じゃないだろ、人妻だ」


 涼しい笑顔で返されて悔しそうに「んぐぐ」と呻く。


「ぷっ、本当に、息ぴったりですわね」


「どうも。ちょっと待ってね。おーいアルノー!」


「あわわわ」


慌てるマイラをよそに、アルノーが呼ばれてやってきた。


「何だいユーリ」


「せっかく文通相手が来てくれてるんだから話せよ。精霊騎士団領で別れて以来だろ」


「そ、そうだけど。よく手紙のやりとりしていたから、久しぶりって感じしないよね」


「ええ、そうですわね」


「わかるわかる!」


 うんうん横で頷いていたセラだったが、ユリシーズにがっちり腰を捕まれて少し離れた所まで連れていかれた。


「君はこっち」


「は、離してよ〜。また皆にイチャイチャしてるってからかわれる」


「言わせとけ。自分の結婚式でいちゃついて何が悪い」


 クスクス笑う声がして、セラとユリシーズはそちらを同時に振り返った。


「ね、ほんっとに仲良しでしょ。いつもあんな感じなんだよ」


「まぁ!」


 何やらほんわかした様子の二人に、セラはにんまりと笑みを浮かべる。引っ込み思案で殿方が苦手なマイラが自然に話せるアルノーはとても貴重な存在だ。大切な親友の恋が実るように、できる限りのお手伝いがしたい。じっとこちらを見ているユリシーズに「協力してね?」と耳打ちすると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて頷いた。





 宴もたけなわ。

 夜も更け、招待客はそれぞれの滞在先へと下がり、大広間は若者だけが残ってまだ酒宴を楽しんでいる。主催の花婿と花嫁は「後は皆で楽しんで」と領館を後にした。


「ふぅ……」


「お疲れ。寒くないか?」


「ん、平気。この毛皮のコート、すごく暖かいの」


「セラの先生が持って来てくれたやつだろ。北方仕様だからすげー暖かそう。モッフモフ」


「わ、ちょっと!」


 ユリシーズが歩きながらぎゅう、と抱き着いてきてセラはたたらを踏んだ。


「これからずっと、セラが俺のそばにいるんだな……」


「そうよ」


「今頃になってじわじわと実感がわいてきた」


「私はお式の最中から実感してるわ」


 昼の陽気が嘘のように、しん、と冷えた空気に白く息が煙る。指を絡め合うように繋いで、なだらかな丘をゆっくりと上がると、ぽわっと暖かなともし火に照らされた玄関が見えてきた。


「よ、っと」


「わ」


 軽々と抱き上げられてセラは腕を伸ばしてユリシーズの首にそろりと回した。いつかのようにお姫様抱っこで玄関ポーチにやってくると、幸福感で全身が浮かびあがりそうになる。蒼い瞳を覗き込む様にして、最愛の人に笑いかけた。


「……不束者ですけど、よろしくしてね、旦那様」


「ああ。こちらこそ、奥方殿」


 額をくっつけ合うようにして密やかに笑いあう。幸せな二人が扉を潜ると、ゆっくりと扉が閉じていった。

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