第12話
悶えるような苦しみと、一方的に与えられるストレスの連続。
俺はその長い長い拘束時間を終え、やっと一息つくことができていた。
「はぁ、今日も何とか乗り切れた……」
今日で三日目。三日目にして俺は疲労に困憊し、そこから立ちあがれないほど枯渇してしまっていて。
「おー、タクヤ殿も無事でござったか」
そんなとき背後から声が。独特のイントネーションと、独自の言い回し。
首だけで振り向くと見知った人影が立っていて。
「……キモオタか」
「オウフwww タクヤ殿、何度も言うように拙者はオタクではござらんのでwww コポォwww」
頭に巻いたバンダナと大型のリュックサック、完全にズボンの中にインしたチェック柄のシャツ。加えて、穴あきグローブを惜しげなく身に着けるその様は、まさに時代錯誤。今の流行的に、この手の身なりはオタクでも避けるはずだ。
「……キモイの方は否定しないのかよ」
「フォカヌポウwww 失敬、失敬www 拙者、つい目先のことにとらわれがちでwww 誤解なきよう言っておきますが、拙者キモくもござらんwww 以後、気をつけてくれたまえwww」
しかしこいつは既に廃れたテンプレ通りのオタク像を追い求める。その決して軸のぶれない姿勢は、もはやオタク仲間の間ですら浮いているというのに。
「すげえな」
いや、だからこそこいつは群雄割拠の秋葉原でも孤高の強者たりえたのだろう。俺はその生き様に、誰にも聞こえないよう小さな声で尊敬の念を捧げた。
「いや、タクヤ氏、我輩照れてしまうでござるよwww デュフフwww」
聞こえていた。
「……」
俺は激しい恥辱と後悔に耐えながら話し始める。
「……それよりも、例の件はどうなってる?」
「クククwww 万全でござるよwww 決行は明日www 皆にもそう伝えてござるwww」
「そうか……これでやっとここから抜け出せる……」
安心するような溜息交じりの言葉。そうして俺はこの地獄のような施設に入った日のことを思い出した。
「あそこが……」
じろりと建物を観察する。外観はシンプルでそこらのビルよりも割と地味だ。だが、その壁に描かれた社名が口にするのをためられるほどの異臭を放っていて。
「……強制職業斡旋所」
俺はただ震えて声も出せず。今にも恐怖で押し潰されそうに。
「……」
作家の言っていた通りだった。あそこからは「ううう……」だの、「嫌だあああ……」だの、仲間達の怨念めいた声がここまで聞こえてくる。いったいあの中ではどれほど残虐な行為が行われているのだろうか。いや、考えたくもない。
けれど。
「やるしか……ねえよな」
拳を握る。そう、あの場所がどんなに過酷な施設だったとしても俺は行くしかないのだ。捕えられた仲間達を救うために。
「……」
そこで俺は一度冷静になって思考を展開した。
「あそこに、どうやって侵入するか……」
方法、あるいは手段。建物の周囲は襲撃を警戒してか、職員が。気付かれずに進入するのは難しそうだ。
「くそ……」
俺は近くの壁を横殴りしながら、そう吐き出して。
しかし、そのとき。
「ねえねえ」
「ん、何だよ? 俺は今、あそこにどうやって入るか考えてて……」
「うん、そのことだよー」
「は?」
何か名案でもあるのだろうか。ビッチの言葉に俺は振り向く。
すると。
「……何だよ、それ?」
「え? 何って、スーツだよー。バックの中に入ってたのー」
そこにはスーツ姿の彼女が。いや、Yシャツの胸元が大きく開き、スカートもぎりぎり。あの作家のよこしたものだ。やはりそれも一般的なものではなく、コスプレの部類で。
「……そうか。それで?」
「え?」
「だから、あの建物に入る方法だよ。何か思いついたんじゃないのか?」
「うん、そうだよー」
ビッチはどういう訳か俺の手を掴む。
「え?」
次いで、ぐいぐいと建物に向かって進み始めて。
「ふっふーん」
「な! おい、ちょっと待て!」
「大丈夫だよー。これなら怪しまれないってー」
そこでやっと彼女の魂胆が読めた。
「お前まさか、これって……!」
「ふんふーん」
「職員に連行されるニートってことか!?」
「うん」
「……っ!」
予想的中。あろうことかビッチは、その露出の激しいスーツで上手く扮装したつもりたったらしい。だが、そんな無茶が通るはずもなく。
「おい、無理だって! お前のその格好じゃ! 二人とも捕まるぞ!?」
「いいから、いいからー」
けれど彼女は制止も聞かず、その光景は職員達の目にも止まり始めていて。
「どうなっても知らねえぞっ……!」
そして俺達は。
「……はぁ」
見事に潜入に成功した。
「な、な、なwww 溜息www 何か悩み事でござるか?wwww」
「いや、何でもない」
どうしてあんな無鉄砲なやり方が通用するのだろうか。突然、訪れた怪しい二人組を疑うこともせず。ビッチの「ニートの人、連れてきましたー」という言葉で、俺はここに収容されて。
「……」
ぐるりと視線を回す。すると、すぐに彼女は見つかった。
「はいはーい。アルバイト希望の方はこちらですよー」
いくつかある窓口の一つ。ビッチはそこに座り、任された仕事をこなしている。それまで誰も彼女のことを知らなかったはずだったが、「うち、新人だからー」の一声で何ら支障なく受け入れられて。
「何か補正でも付いてやがんのか、あいつは?」
飛び出す愚痴。しかし、俺は今の状況を鑑みて。
――けど……まあ、実際に潜入はできたし。ビッチと協力すれば、たぶんいつでもここを出られるし。
「……」
そう、おそらくビッチに「職業訓練に連れて行きますー」とでも言ってもらえば、ここを脱出することは可能なのだ。この鬱積した状況下では、そういう手段を持っているという事実があるだけでも、実は上出来で。
「とりあえず。今度何か甘いもんでも買ってやるか」
俺はそんなことをふと考えた。
「ドゥフフwww それじゃ拙者はここらでドロンするでござるwww」
「おう、じゃあ明日な。絶対、皆でここを出ようぜ」
「承知www」
時代錯誤のルビである「オールドボーイ」は、あの傑作映画のタイトルから頂きました。




