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ナギの青磁

焼き物が盛んな村、ロクロ村。



この村には、一軒の有名な焼き物屋があった。



その店の当主の名前は、トキ。



近隣の大名から依頼が来るほどの有名な焼き物師で、その作品は大量の銀で取引された。




彼女には一人の弟子が居た。


名前はナギ。




年の頃14,5の少年である。



戦乱で幼い時に身内の者を亡くしたらしく、7年ほど前からトキの家に住み込んで修行している。



なんでも、「昔見たトキ様の青磁の色が忘れられなかったんだ」とか。





* * * * * *





「掃除終わりましたー師匠ー!」



朝7時。


トキとナギが住む家兼作業場に声変わりの途中の少年の声が響く。



その数瞬後、ドタドタという足音が響く。


「だーかーらー!!「師匠」言うのはやめろって言っておろうがーーー!!!」



中から出てきたのは中年の女性。


彼女がトキである。




「いえ、師匠は師匠です!」



キリッとした無駄にいい顔で答えるナギ。




そのやり取りに、畑仕事に出掛ける村人や、同業者たちは「またいつものやり取りか」と生暖かい視線を向ける。




「はー、頭が痛くなってきたな・・・毎度のことながら」



ため息を吐きながらこめかみのあたりを手で押さえるトキに、


「師匠大丈夫ですか!?」



と大仰に心配するナギ。




「・・・誰に原因があると思ってんだ・・・」



トキの呟きは、




「朝餉の用意をしますね!」


というナギの声に消された。




ナギの面倒をなんやかんやで見続けるトキには、子供がいない。


夫が居たには居たが、病弱であったために今は他界している。



子供やら夫のことを考えることもなく何かに取りつかれたかのように焼き物を作っていたのだ。




そんな折に、転がり込んできたのがナギと言う少年。



7年前、まだトキが35だった時に、錦の着物の所々が擦り切れた少年が、親も従者も連れずに一人、やってきたのである。



住んでいた地を聞けば、トキの住む村から山三つは東の城下町だとのこと。



その城下町も現在では攻め滅ぼされ、荒れ地と化しているが。




いきなりやってきたナギは第一声で、更にトキを驚かせることになる。


「弟子にしてほしい」



村の者たちも驚き、ナギに理由を聞くも、ただ「弟子にしてくれ」の一点張り。



トキが折れるのに時間はかからなかった。




それからというものナギはトキの使い走りをしたり、作業を手伝ったり、自分で焼き物を焼いてみたりとトキや村人の毎日を彩る存在となっていった。



同年代の子供たちともすぐに打ち解け、また焼き物のスジも悪くない。



ナギもこの村に居られることが心底嬉しいようであった。




「師匠~何にやけてるんですか~?」



朝餉を二人で食べている途中に、ナギがトキの頬が緩んでいるのに気が付いた。



「いや・・・お前がここに来てからもう7年も経ったのかと思ってな・・・」



月日の流れは速いもんだな、としみじみと呟くトキに、



「師匠でも昔を振り返ったりするんですね~」


とナギが珍しそうに言う。



「っだから「師匠」はやめろと言っただろうが!!というか「師匠『でも』」ってどういうことだ!!」



「朝から師匠怒らないで下さいよ~。いや、何と言うか、師匠ってあんまり昔のことを気にしないような雰囲気があったので・・・」



そんなことを言うナギに



「・・・まあ、昔はそれほど過去のことは気にしなかったな。・・・お前が来てからは月日の振り返りを時々ではあるがするようになった」



トキがそう返す。




そして、数瞬の間。




「・・・・・・なんだ?」



トキがナギを見ると、目を丸くして箸を取り落していた。



「何固まっているんだ?」



飯が冷めてしまうぞ、とトキが忠告だけはすると、



「・・・それって俺のおかげで師匠が昔を想うようになったってことですか!?」




ナギがどことなく嬉しそうな顔でそんなことを言ってのけた。



「・・・そんなに喜ぶようなことか?」


トキは不思議に思いながらも、朝餉を食べ終えた。



* * * * * *



普段はおちゃらけた雰囲気のナギではあったが、焼き物のこととなると真剣であった。



ただ、



「ナギ。・・・どうしてお前は青磁ばっかり作ろうとするんだ?」




なぜかナギは青磁ばかりに執着し、他の焼き物には目もくれなかった。



「青磁は焼の技術も難しい上に、釉薬も厚くしなきゃならない。他の焼き物の作り方も学んでおいた方が良いぞ」



トキがそう言っても、



「・・・師匠。俺はこの青磁の色が好きなんですよ。・・・なんだか、世を諦観しているようでいて、そのくせ希望を見出そうとしているみたいな、この色が」



そう言うばかりで、ナギは他の技術を学ぼうとしなかった。





* * * * * *



そんな、ある日。



「ロクロ村に東の象限(しょうげん)大名一家が来られるらしい」



そんな話が村中に広まった。



話の出所は、武士の従者をしている者。




象限大名は東の方面では有力な大名で、国を治める天王の遠縁にあたる。



大名一行の訪れに、村中が浮足立った。



ただ、トキとナギだけは淡々と焼き物を作っていたが。





* * * * * *



「ほう、これがかの有名なロクロ村の焼き物か」



「素晴らしい出来じゃな」



南狄(なんてき)の者が欲しがる気も分からんでもない」



「昔はこれを巡って争いがおきたりしたものじゃった」



大名一家が訪れた、その日。



村は総出で大名たちを歓待した。



大名たちもまたその従者たちもロクロ村の焼成技術の水準を絶賛した。




「ところで、トキと呼ばれる焼き物師の家は何処に?」


「はっ!!こちらに御座います!!」



大名たちがトキの焼き物を求めているのだろうと村人たちは思い、案内した。




「トキ!!象限様が来られたぞ!!」


村人の声にトキが玄関に出向くと、





象限一(しょうげんはじめ)――――――――――象限家の当主――――――――――が立っていた。



「遠方より遥々ようお越しくださいました。拙作ばかりですが、宜しければご覧になってください」



トキが腰を屈め、頭を下げる。



その横を象限一は素通りすると、声を張った。



無露(むろ)!!出てこい!!!」



その声に村人含めトキも、ただただ驚愕するばかりであった。





『無露とは誰ぞや?』



そんな疑問に村人たちが苛まれていたとき、











ナギがひょっこり出てきた。



「「「「ナギ!!!!!」」」」



トキを含め、その場にいた村人たちが叫ぶ。




「・・・ほう。ナギと言う名でここで暮らしていたのか」



そう言う象限一の言葉に、村人の頭の中で



「ナギ=無露」



という等式が成り立った。




「・・・何の用でございましょうか」



そう言うナギの眼は冷ややかで、普段の明るく剽軽な様子とはかけ離れすぎていることに村人たちはまた驚いた。




「・・・お前を迎えに来たんだよ。こんな薄汚いところにお前は居るべきではない」


お前ほどの聡明さを持った人間、7年前の戦乱で失ってしまったかと思っていたよ。・・・あんな城に養子に出すべきではなかったのにな。



その言葉に、村人たちはナギが実は象限家の人間であることを知った。




「薄汚いのはお前らの居城だ、象限家のことなんか知ったこっちゃねえ。権謀術数と奸臣と汚職と賄賂が蔓延る城になんか誰が帰るか」



象限家当主に対しても全く臆せずにその提案を突っぱねたナギ。



その反応は象限一にとって予測していたものであったらしく、




「・・・お前がそこまでこの村に入れ込んでいるとは。・・・・・・何なら、村を滅ぼせば気が収まるかな?」




象限家当主は顔色一つ変えずに焼き物師の聖地を滅ぼすと言った。






そんな大名の言葉に内心で驚愕且つ恐怖したのは村人たちである。





「・・・・・・それがお前らに出来ると思うか?」



村人たちが怯える中、ナギが不敵に言ってのけた。





「・・・・・・何?」



「ここの焼き物は、南狄だけじゃない、他の異民族も高く評価している。それを作っている村を滅ぼすんだ、今この国を、大名を潤わせている貿易も出来なくなる上に、下手をすれば異民族による侵入を受けることになるぞ?」




ナギの言うことには一理あった。


大名たちはこの村及び近辺の焼き物が盛んな村から焼き物を買い付け、それを南狄の武器や銀などと交換していたのである。


支払いは後払いであり、それが滞れば大名たちの立場が危ぶまれる。



ナギにとって、そのくらいのことはお見通しであった。




「現に、俺は南狄語がある程度は使える。独自に焼き物を貿易に使う手筈もある程度は整えている」



ナギの発言に、呆れたのはトキだった。



「お前、異人達とこそこそ何やっているかと思えば・・・」




「だって師匠はそういうのわからないでしょ?」



場違いな雰囲気を持つトキとナギの普段のやり取り。



しかし、村人たちにとってはそれが心の救いとなった。





「・・・兎に角、俺はお前たちの政治の道具になるつもりはない。お引き取り願いたい」




ナギの言葉に、大名一家は渋々帰って行った。



* * * * * *



彼らが帰って行ったあと、村は沸いた。


なんせ、ナギが村を滅亡の危機から救ったからである。





村人たちが湧く中、ナギとトキは二人、トキの家兼作業場の縁側で、月を見ていた。





「――――――――――そうか、お前は10年前の子供だったのだな」



10年前にも象限家がトキのもとを訪れていたことを思い出したトキは、しみじみと呟き、深く息を吐いた。




「・・・聡明な子供だと思っていたが、まさか、自ら焼き物を作りに来るとは」



そう言い、村人からもらった甘味を食べ、茶をのむ。


「・・・また懐かしむ事柄が増えたな」



薄く微笑んだトキの横には、村人から大量の品々を貰ったナギが居た。











「まあ、本名は無露だが、慣れているしナギってことにしといてくれよ、師匠♪」



「・・・だから師匠はやめろと言っただろうが・・・・・・」




・・・・・・10数年後。



ナギが作った青磁は「ナギの青磁」として有名になる。

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