第6話:聖域の浸食
第6話:聖域の浸食
1. 約束と再訪
六本木のきらびやかな夜景を背に、湊は結衣の肩を抱き寄せた。
「……わかったよ。次は結衣の望み通り、スカイツリーの天辺まで連れてってやる」
「本当!? やった……!」
結衣が子供のように瞳を輝かせる。そんな彼女を眩しそうに見つめた後、湊は少しだけ声を落として付け加えた。
「でも、その前にもう一度だけ行かないか。あの、最初の……レインボーブリッジに」
「……うん。私たちの、特別な場所だもんね」
二人は夜の闇に紛れ、再びあの場所へと向かった。
跳躍を繰り返し、辿り着いた欄干の上。吹き抜ける風、遠くに見える街の灯り。初めてここへ来た時、恐怖に震えていた結衣は、今はもう湊の「黒い翼」の温もりの中で、穏やかに微笑んでいる。
「ここに来ると、全部が嘘みたいに思える。大学のことも、みんなのことも……」
「ああ、ここは俺たちの聖域だからな」
二人はその場所で、自分たちだけの閉じた世界に酔いしれていた。この時間が永遠に続くと、信じたかった。
2. 震える警告
デートを終え、竹芝の桟橋近くに降り立った湊は、結衣を駅まで見送った。彼女の姿が見えなくなるまで手を振り、一人になった瞬間。
ポケットの中でスマートフォンが、今までになく長く、執拗な振動を始めた。
湊が画面を開くと、例の匿名チャットから、叩きつけられるような文字列が並んでいた。
『――お前に、警告していただろう』
湊の指先が冷たくなる。
『目立つなと言ったはずだ。お前はついに「監視対象」になった。遊びは終わりだぞ』
湊は周囲を見渡した。深夜の埠頭。街灯の下には誰もいない。だが、闇の至る所にレンズが、あるいは銃口が向けられているような錯覚に陥る。
『いいか、よく聞け。もし何かに襲われたら――いや、襲われると「殺気」を感じた時点で、迷わず先に殺せ。躊躇するな』
「……先に、殺せ?」
湊は自嘲気味に呟いた。喧嘩から逃げ回る「鼻につく大学生」に、何を言っている。
『一瞬の隙、たった一度の迷いで、お前の命も、その隣にいる女の命も終わってしまうぞ。……来るぞ』
3. 剥き出しの牙
その時だった。
背後のコンテナの影から、空気が歪むような気配が立ち上った。
湊の背中の「黒い翼」が、主の意志とは無関係に、逆立ち、鋭く毛羽立つ。
今まで結衣を暖めていた柔らかな羽毛は、一瞬にしてカミソリのようなエッジを持つ鋼鉄の刃へと変貌した。
闇の中から、人間ではない「何か」の視線を感じていた。




