第1話:『泥を煮込めと言われましたが、私は究極の出汁を取りたいと思います』
数ある作品の中から見つけていただき、ありがとうございます!
この物語は、究極の「出汁」を愛する料理人、れいなが異世界でやりたい放題(?)するお話です。
「聖女のくせに料理しかできない」と追い出された先は、魔素に汚染された不毛の地……のはずが、実はれいなにとっては最高級食材の宝庫だった!?
美味しい料理と、食いしん坊な伝説の魔獣、そして胃袋を掴まれてしまう不器用な騎士たちとの賑やかな日常を楽しんでいただければ幸いです。
読んでいる皆様が、ついついお腹が空いてしまうような「美味しい」描写を全力で書ききります!
まずは第1話。
どん底からの逆転劇を、ぜひお楽しみください!
「降りろ、この無能め!」
乱暴に突き飛ばされ、私はぬかるんだ泥の上に転がった。
冷たい雨が容赦なく叩きつけ、視界が白く霞む。
「……っ、痛い……」
顔を上げると、そこには私を「聖女」として召喚したはずの、王都の騎士たちの冷酷な眼差しがあった。
「聖女召喚で現れたから期待してやれば、戦いも治癒もできず、毎日毎日厨房にこもって木の破片や干からびた草を煮出すばかり。お前のような料理バカは、我が国には不要だ」
「そんなに泥遊びが好きなら、その『魔素の吹き溜まり』で一生泥でも煮込んでいろ!」
吐き捨てられた言葉と共に、馬車は去っていく。
泥にまみれた私の手元に残されたのは、唯一持たされた錆びついた鍋と、使い古した包丁が一歩だけ。
「……泥を煮込む、か」
遠ざかっていく馬車の轍を、私は泥にまみれたまま見つめていた。
雨水が頬を伝い、口の中に入ると、嫌な苦味がした。魔素に汚染された、命を削る絶望の味だ。
王都の人々は言った。
魔物を倒せない聖女は不要だ。傷を癒せない聖女は偽物だ。
けれど。
(……失礼しちゃうわね。出汁をバカにするなんて、人生の半分を損してるわよ)
私はよろりと立ち上がり、泥を払う。
胸の奥に灯っているのは、絶望ではなく、静かな職人の怒りだった。
現代にいた頃、私は「究極の一杯」を追い求める食品メーカーの研究員だった。
一ミリ単位の配合、一秒単位の加熱。素材の声を聴き、その命を最も輝かせる「出汁」の一滴にすべてを懸けてきた。
異世界に召喚されたって、それは変わらない。
戦う力はないかもしれない。でも、私は知っている。
温かいスープ一杯が、どれだけ凍えた心を溶かすか。
丁寧に取った出汁が、どれだけ生きる力を湧き上がらせるか。
「泥を煮込めって言ったわね。……いいわ、見てなさいよ。プロの料理人を怒らせたらどうなるか、証明してやるんだから」
重い足取りで、村の奥へと進む。
鼻をつくのは、湿った土と腐敗したような嫌な匂い。
でも、その時。私の「料理人の鼻」が、わずかな違和感を捉えた。
(……え? 今、すごくいい香りがしなかった?)
腐敗臭の隙間を縫って届いた、甘く、それでいてキリッと引き締まった、潮騒のような香り。
私は吸い寄せられるように、ひび割れた大地にしゃがみ込んだ。
「これ……嘘でしょ? 『プリズム・クラム』じゃない!」
泥に半分埋まっていたのは、雨に濡れて虹色に輝く、手のひらよりも大きな二枚貝。
王都の高級市場ですら、数年に一度しかお目にかかれない伝説の食材だ。
なぜかこの村のあちこちに、ガラクタのように転がっている。
「信じられない。みんなこれを見て『呪いの石』だなんて……。これ、最高級の天然出汁が取れる宝の山じゃない!」
驚きはそれだけじゃなかった。
視線を上げれば、枯れ果てた倒木の根元に、透き通った青い光を放つキノコが群生している。
『ムーンライト・マッシュルーム』。干せば旨味の爆発が起きる、料理人の夢の食材だ。
王都の偉い人たちが「死の土地」だと忌み嫌ったこの場所は、私にとっては、世界中のどんな市場よりも輝いて見える『至高のパントリー』だった。
「……よし、まずは『出汁』を取ろう。泣いててもお腹は膨らまないもの」
私は錆びた鍋に雨水を溜めると、全神経を集中させた。
自分の中にある「聖女の力」を、攻撃でも癒やしでもなく、ただ「水の浄化」のためだけに注ぎ込む。
濁った雨水が、一瞬で水晶のように透き通る。
そこに、泥を丁寧に洗い落としたプリズム・クラムと、手で割いたキノコを投入した。
パチパチと焚き火が爆ぜ、鍋がコトコトと鳴り始める。
やがて、奇跡が起きた。
鍋の中から立ち上がったのは、黄金色の湯気。
それは周囲のドブ臭さを一瞬で書き換え、冷え切った空気を春の陽だまりのような温かさで包み込んだ。
「……あぁ、いい香り」
お玉代わりに使った木の枝で、そっとスープを掬い、口に運ぶ。
――衝撃が走った。
五臓六腑に染み渡るような、圧倒的な海の旨味。キノコの滋味がそれを支え、喉を通るたびに魔力が体の隅々まで満ちていく。
それは、王都のどんな宮廷料理よりも、ずっと、ずっと優しくて強い味だった。
「美味しい。これなら……これならやっていける」
私が自分を励ますように呟いた、その時だった。
――ズゥゥゥゥン……。
大地を揺らすような地響きと共に、霧の向こうから巨大な影が姿を現した。
銀色の毛並みに、黄金の瞳。
山のように巨大な、伝説の魔獣――フェンリル。
「あ……」
咆哮一つで国を滅ぼすと言われる存在が、私の鼻先まで顔を近づけてくる。
食べられる。そう覚悟して、ギュッと目を閉じた私に聞こえてきたのは。
「クゥゥゥン……」
まるで、おねだりをするような、情けない鳴き声だった。
伝説の魔獣は、私の持つ鍋をじっと見つめ、だらだらと涎を垂らして尻尾を振っている。
「え、……あなたもお腹、空いてるの?」
追放された聖女と、腹ペコの伝説。
不毛の地での、おかしな共同生活が始まろうとしていた。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
せっかくの聖女召喚なのに、まさかの「出汁バカ」扱いで追放……。
でも、れいな本人は目の前の高級食材(?)に夢中のようです。
ラストに現れた伝説の魔獣・フェンリル。
果たしてれいなは食べられてしまうのか、それとも……?




