第二章 5話 「誰かと同じ」
漆黒にぽっかりと空いた洞の奥から覗く紫の輝き――――黒仮面とナヤギの視線が交差する。
死――――――――――――
ナヤギの体は、頭は、心は、もうすぐ“それ”が訪れることを理解していた。
頭からは血の気が引き、手足は小刻みに震えだす。
息切れが徐々に大きくなり、歯がガチガチと鳴る音が頭蓋の中を木霊する。
圧倒的な恐怖。
これまでも何度か命の危機はあった。
その度に策を巡らせ、賭けをして、心を削り、乗り越えてきた。
だが、今回はそれらとは違う。
今までとは比べ物にならないほど、終わりが目の前にある。
目の前に居るのは死神。
ナヤギの命を刈り取ろうとする、不気味な殺意の化身だ。
どうする……どうすれば生き残れる―――――――――!?
それでもナヤギは恐怖で支配されている頭の中で、何とか助かるため考えを必死に巡らせていた。
これが初めてだったら諦めていただろう。
迫りくる死に抵抗もせず、迎い入れていた。
だが、これまでの経験を彼の心と身体はしっかりと覚えている。
みっともなく生にしがみつき、他者を踏みにじっても死からの誘いを拒み続けてきたことを。
だからこそ、こんなところで終わるわけにはいかない。
体の異常を無理矢理抑え込み、脳をフル稼働させていくつかの選択肢を絞り出す。
考えられる選択肢は3つ。
1つは逃亡。
影に背を向けて一目散に逃げる。
幸い、ここは大森林。1度見失えば、強力な索敵スキルでもない限り再び垣間見えることはまず無いだろう。
しかし、敵の能力は未知数。
ナヤギの知らないスキルを持っている可能性は高く、そもそも影の方が速い。見失う前に後ろから殺されるのがオチだろう。
なので、この選択肢は却下。
次に考えられるのは戦う。
殺すまではいかなくても、影に命の危機を感じさせ引かせることが出来ればいい。
まあ、この選択肢は無いにも等しいが。
そんなことが出来るなら、ナヤギはこんな恐怖を感じてはいないだろう。レベルも技量も圧倒的に差がある相手にどうやったら勝てる、勝てるわけがない。
却下だ。
最後に考えられるのは、命乞い。
シンプルに見逃してもらう。
影が何者であるかは分からないが、対話出来ないということは無いだろう。快楽殺人鬼でもない限りは。
金やアイテムを全部渡してでも、自分の命を助けてもらえるよう取引をする。
渡した後で殺されることも考えられるが、3つの選択肢の中で一番助かる可能性が高いはずだ。
一瞬で、そう考えたナヤギは地面へと剣を差し、両手を上げて降伏を示そうとする。
その時、彼はあることに気づいた。
自身の眼に映る影の紫紺の瞳。
俺はこの目を知っている――――――――?
どこかで見た瞳。
この色の眼を持つ人物に心当たりがあるわけではない。
影から送られてくる視線。
その感じが誰かに似ている。
確かに見たことがあるはずだ。
しかも何度も。
これまで会った人物を順番に思い出していく。
すぐにナヤギは分かった。
ああ、俺だ……――――――――
最初にPKした男の目に映った自分の眼。
殺意が込められた、さっさと死んでくれとでも言いたげな瞳。
誰かを殺す度に見てきた。
よく知っている。
この目を持つ者が、標的を逃がすはずがないと。
もう無理だ……――――
心が真っ暗な絶望に染まる。
諦めが体を覆い、力が徐々に抜けていく。上げようとした両手は、ぶらんと垂れ下がる。
「ははは……、ここでお終いか……」
微かに漏れる空虚な声。
因果応報。
これまで百を超える命を奪ってきた。そのツケを支払うのが今だっただけの話。
影もナヤギが諦めたことを感じ取ったのだろう。
ゆっくりとナヤギに近づいてくる。
影が踏む草が折れる音を聞きながら、ナヤギはこれまでのことを思い出していた。
このゲームに閉じ込められ、人を殺すことを強要された。
いや、自分で選んだ。
そのせいで、多くの葛藤、悲しみを味わってきた。特にトラたちに裏切られた時は、怒りや後悔、様々な感情がぐちゃぐちゃに潰れてどうしようもなくなっていた。
そんな時に会ったのがソウキだった。
彼は自暴自棄なっていたナヤギに、新たな趣味を与え、共にこの世界を脱出することを誓った。
面白い奴で紛れもなく彼には救われた。
そして、救われたと言えば彼女のことを忘れてはいけない。
彼女がいなければ、ナヤギはすでにこの世にいないだろう。間違いなく彼女には命を、そして心を救われた。
孤独なまま死ぬしかないと思っていたナヤギに、1人じゃないことを教えてくれた。
2人との約束を果たせないことだけが心残りだ。
死神の足音が近づいてくる。
最期にせめて自分が殺してしまった人達へ黙祷を捧げようとナヤギは目を閉じる。
犠牲になった人々の顔を順番に思い浮かべる。
なんて多くの命を奪ってきたのだろう。
自分が「死にたくない」というだけで、目の前の他者を殺してきた……
ん―――――――?
ナヤギはパチッと目を開くと、地面に差した剣を引抜きそのまま影に向かって投擲する。
漆黒の仮面の中心に吸い込まれるように剣は飛んでいく。
影は体をひねりスレスレで避け、再びナヤギの方を向いた。
そこには紅い水晶が柄に埋め込まれた白剣を携えるナヤギが立っていた。
「何を……何を勝手に諦めていたんだ……そうだ、今までと変わらない。 死にたくなければ――――――――――――」
――――――――殺せ!




