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第一章 26話 「裏切り」

 


「――――すいません、先輩」


 衝撃と共に、聞き覚えのある音が耳に入ってきた。


 体を、肉を貫く音だ。

 ナヤギが何度も聞いた、奏でた、死の音色。


「――――がっ!」


 短い悲鳴が口から漏れる。


 痛い、熱い、痛い――――‼

 胸に強烈な痛み。

 手足の力が抜け、叫ぶことすらままならない。

 かすれる視界に入ってきたのは、自分の胸から生える刀。


 背後から急所を刺された。

 HPがみるみる減っていく。


「……な、なんで……!」


 かろうじて言葉にできたのはその程度。


 理解が追いつかない。

 いや、理解が追いつかないのではない。

 何者の仕業か、頭では分かっている。だからこそ分かりたくなかった。

 信じたくない自分がいた。


 HPの減少はレッドゾーンで止まった。

 かろうじて命を失わずに済んだ。レベル差や堅牢の指輪、スキル「根性」などのおかげだろう。

「根性」はHPが一定以下になった時に、防御力が上昇するスキル。


 刀が引き抜かれると、ナヤギは力なく地面に転がった。


「――――ライトニングバインド――――」


 魔法を唱えるミフユの声。

 これは麻痺の状態異常魔法だったはず。


 ナヤギのHPバーの横に麻痺状態を表すマークが表れる。

 ただでさえ力の入らない体が、さらに動かなくなった。


「あれ、おかしいな。 殺したと思ったんだけどな~」


 いつもと変わらない声。

 ナヤギを刺したであろう人物はそう呟いた。


 地面をひっかいて何とか首を持ち上げ、ナヤギはその人物を睨みつけた。



「なんで……! なんでなんだよ……! トラ‼」


 目を震わせ叫ぶ。

 怒りや悲しみを混ぜたような、何とも言えない感情が溢れ出す。


 だが、それでも心の隅では目の前の光景を否定したい自分がいる。

 嘘だと疑いたくなかった。

 あの夜の約束を、仲間だと言ってくれたことを。


 それでも、裏切られたという現実はどうしようもなく襲い掛かってくる。


「なんでって……そりゃ、先輩が人狼だからでしょ」


 地を這う虫でも見るような目。

 こいつは何を言っているんだ、とでも言わんばかり。


 その態度に、怒りがこみ上げる。


「ふざけんなよ……! 誰にも言わないって約束しただろうが‼ 俺が人狼でも仲間だって言ってくれたのはお前じゃないか……!」


 激情が溢れ出し止まらない。


 薄笑いを浮かべたその顔を殴りとばしたい衝動に駆られ、地面を蹴って飛び掛かろうとするが足に力が入らず、少し地面を這うだけに終わった。


「そんなの嘘に決まっているじゃないっすか」


 悪びれもせずトラは答える。


「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな‼ 俺がどれだけお前を助けたと思ってんだ! お前のレベルが上がったのは、金を貯められたのは、ボス戦に挑戦できたのは、誰のおかげか言ってみろよ‼」


 膨れた怒りが爆発する。

 飛び出した感情をすべてトラにぶつけるが、彼の表情はかわらない。



「――――でも、ああ言わなかったら先輩は俺を殺したでしょ」

「それは……」


 ナヤギの激昂は、トラの一言で鎮火した。

 彼から視線を逸らす。


 トラを殺そうとしたことは紛れもない事実。

 言い訳の仕様がない。

 だが、それを差し引いても裏切られたショックは大きい。

 人狼でも、人殺しでも仲間だと言ってくれて嬉しかった。この世界の居場所がようやくできたと思っていた。

 だからこそ、嘘をついてほしくなかった。


「違うとは言わせませんよ。……まあ、それでも先輩に助けられたのは事実っすからね。 部活でも世話になりましたし。 それに、大切なメンバーの一人だとも思っていました。 だから、嘘をついたことは申し訳なく思ってます」

「それなら……!」


 縋りつくような目で見上げる。

 だが、そこにあったのは見下すような嘲笑を浮かべた顔。



「……でも、しょうがないっすよね。――――先に嘘をついたのは、先輩なんですから」


 

 ナヤギは雷にでも打たれたような衝撃を受ける。

 確かに人狼ではないと、最初に嘘をついたのは自分だ。


 自分から人狼だと打ち明けるべきだったのか。そうすれば信頼を勝ち取れたのか。

 でも、今みたいに裏切られておしまいじゃないのか。

 何が正解だったのか分からない。


 答えを、救いを求めるかのように、他のメンバーを見る。


「ミフユ……!」

「こっち見ないでよ、気持ち悪い。 マジ最低、私たちを騙していたなんて、死ねよ」


 ゴミでも見るかのような目。

 出会った時以上の嫌悪を向けられた。


「ナツキ……!」

「……お前みたいな奴を尊敬していたなんてな。 俺の時間を返してくれよ、ナヤギ」


 失望と侮蔑をまぜた視線。

 いつもの敬いなど微塵もなく、口調もタメ語である。


 最後、アキヒコに視線を向ける。


「アキヒコ……お前は違うよな……?」


 何度もアキヒコを助けた、だからこそ自分を助けてくれるのではないかと希望を託す。


「…………――――いだった……」

「え……?」


「……僕はあんたのことが嫌いだった……!」


 残った希望も打ち砕かれた。


「……いつも自己満足ために僕を助けるふりをして、心の中で蔑んでいたことは知っている。 ……それに、あんたが入ってきたから余計に僕の役目が無くなった! あんたは僕にとって邪魔でしかなかったんだよ!」

「そんなつもりじゃ……!」


 他のメンバーとは違う、憎悪に染まった目。

 鋭い視線でナヤギを射抜き、普段のおとなしい性格からは考えられないほど感情を露わにしている。


「分かったでしょ先輩。 誰も先輩を仲間だなんて思ってないんすよ。 当然っすよね、嘘つきの殺人鬼がギルドに居るのは恐怖でしかないですから」


 ナヤギの目の前に腰を下ろし、トラは口の端を上げて彼を嘲笑う。


「……俺は……俺は、どんなになってもお前らのこと仲間だと思っていたのに……」


 自然、涙が零れた。


 仲間だと信じて疑わなかった全員から拒絶され、今から彼らに殺される。

 世界の全てから拒絶されたようにも感じた。

 絶望、心の奥からこみ上げてくる熱いものが、瞼を通って頬を伝う。


「何、泣いているんすか。……まあ、俺も本当は先輩を殺したくはないですよ。 でも、先輩を生かしておいたら人を殺すでしょう。 仕方がない、しょうがないことなんですよ。 すいません」


 いかにも申し訳なさそうな言葉を並べてくる。


 嘘だ。ならなんで、お前らそんな楽しそうな顔で笑っているんだよ――――‼

 薄笑いを浮かべ、これから起こることに期待している元仲間たち。

 どうしようもない怒りが湧き上がってくる。


「そうだ、先輩! 指輪とその剣、渡してくれませんか? これから死ぬ先輩が持っているのは勿体ないですから」


 厭らしく、殺す相手に物を強請ってくる。

 怒りを通り越して呆れた。


「……――――そうだよな、分かった。 指輪はくれてやるよ。 だけどこの剣は渡せない」

「そうっすか。 ドロップするかもしれないですからまあいいですよ。 とりあえず、指輪ありがとうございます」


 アイテムストレージを開き、指輪の装備を解除。

 差し出された手の平に、指輪を置く。


 指輪を受け取り満足げなトラは、立ち上がりナヤギから距離を取る。

 代わりに、片手斧を携えたナツキがナヤギの前に立つ。


「先輩、最期に言い残す事ありますか? 遺言くらい聞きますよ」

「……お前らに言い残すことなんてねえよ……!」


 最期に、そうナヤギは言い放った。



「そうっすか……現実に戻れたら墓参りくらい行きますよ。 さよなら、先輩」


 ナツキが、ナヤギの頭に向けて片手斧を振り下ろす。



 

 命を絶つ音が一瞬、辺りを支配した。




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