第四話:はいはいあまえんぼだなぁ
結局私が公爵の二番目の娘だと明かした後、顔を赤くして青くして引き笑いしたカイは、今はもうずっと黙って考え込んでいる。私が公爵令嬢なんておかしいかな。
人目を集めながらギルドへ向かう私たちの間には、いつもでは考えられないほど会話がなかった。
ギルドの扉を押し開ける。むわっとエールの強くくせのある香りと、血と汗の混じった独特の匂いがする。そのまま右側の受け付けカウンターへ突き進み、私たちは顔馴染みのお姉さんに声をかけた。
「あらあらまぁ! これは久しぶりな組み合わせ。いつもと同じ通常依頼ですね?」
「おう、血抜きはしてねえぞ」
一応このパーティの代表であるエギル(年功序列で決まった)は、お姉さんと共に隣接する施設へと向かった。昔は私たちもそこへ行っていたけど、意味もなくそこへ向かうと帰ってこれなくなるので……。それに、カイとしても形が見えていない状態で氷が消せるから良いらしい。そんなカイはといえば、まだ私と一言も話してくれてなかった。
「いつまでフリーズしてるのさ!」
隣で黙りこむカイへ明るめに声をかけても、カイの表情は暗い。まったく……耳に息でも吹き掛ければ起きるか? そろり、とカイの真横へ近づき、「ふっ……!」と息を吹いた。
「ひぁ!?」
カイの反応は……なんか、すごかった。腰が砕けて赤面しながら睨んでくる姿にはそそるものがあったし、なにより女として負けた気がした。
「……なんで、そんな?」
もう、私から言えることは何もない。知ってるか? 回りの男が今振り向いたことを。そうして皆がちらちらこちらの様子を伺い始めたのを。
「お、おおおお前、いま、え、なにっ……!?」
いや生娘か。首都にいたなら少しくらいヤっててもおかしくないだろ。心がすさんだ。
わたし は うつじょうたい に なった 。
「おい、ヴェリス」
「なんですかお姫様」
「すっげー腹立つからその呼び方止めろ」
「嫌です。なによ」
「……その、あれだ」
もじもじとして、一向に話が始まらない。なんなんだ急に。っておい、頬染めるな!? 裾クイすな! え、なに!?
私もカイのとなりにしゃがみこむと、微かな声でカイは呟いた。
「……立てない」
「は?」
「腰、砕けた……」
「……一生お姫様って呼んでやろうか」
なんだ、こいつ! なんだこいつ! すごくイラついた。
「……なにしてんだお前ら」
「あらあらまぁ……!」
だから、ふたりが帰ってくるときまでお姫様抱っこで愛を囁き続けてやった。うん、可愛かった。わたし結構こういうの好きなのかもしれない。
「はい、オーク47体欠損部分なしでいただきました! 相変わらず見事ですね~。これだけの数をすべて一撃で仕留めてくるなんて!」
わざとらしく胸前で手を叩く彼女は、にこっと笑うと依頼達成のデータが組み込まれたギルドカードを手渡してきた。
「ふふ、すごいでしょ? どう、この後食事でもいかない? おごっちゃうよ~?」
「あらあら、ナンパですか? こんな若い人に誘われるなんて私もまだ捨てたものじゃあ無いですね」
「お嬢さん。こんな馬鹿な娘より、俺と飲みにでもいかないか? 白百合のように美しい貴女に、朝まで愛をささやきたい」
「いやいやいやいやいや!?!? 通常営業に戻りすぎだろお前ら!?」
なんだ、今度はどうした。別に私たちはおかしなことはしていない。エギルとともに、私は大きく声をあげた。
「「美人がいたら口説く。これ、常識」」
「なんで!?!?」
もうカイの名前は「ツッコミ系清楚お嬢様」に変える? わたし今良いこと言ったかも。
「……っ、いや、エギルはいいとしよう。百歩譲って! でも、お前はだめだろヴェリス!」
「なぜ? 美しさを前にして感動することの何が悪いのか、わたしに説明してくれたまえ!」
カイはそこでなにかもじもじとし始め、目を背けた。……なるほど。
私はカイの手を取り腰を引き寄せ、またしても耳元に口を近づけた。
「安心しなよ。君のことは忘れてなんかいない。他の男に取られないように、朝まで君の可愛らしいところを見せてもらおうかな」
腕の中でカイがびくっと震える。それからして、私の肩にカイの頭が乗った。
「おま、お前なぁ……!」
うん、かわいい。ギルドの入り口周辺にいた女の子達からエールを送られたからウインクしておく。あとでサービスしにいこう。
「ほら、いつまでそうしてんだよ。邪魔になるからずらかるぞ」
「はーい! ほらカイ、いつまでもぼけっとしてないの」
カイをひっぺがし、私はその場を後にしようとする。が、左腕が捕まれた。そのまま後ろへ引かれ、ぎゅっと熱いものに抱き締められる。カイの体だ。
「……だめ。ヴェリスは、女の子だからだめ。他の男にも、女にも、取られたくないから、そういうことしないで。……おねがい」
「……ぇ」
いや、待って恥ずかしい。後ろから抱きつかれているこの状況も。優しく、でも確かに捕まれている腕も、熱い吐息とともに吐き出される言葉も、良くない。
「はいはい、あまえんぼだなぁカイは」
ごまかせた、だろうか。私は腕から抜け出し軽めにターンする。
「ほら、シルビアさんとこ戻ろうよ~」
だってこんなの、家族の距離感じゃない。
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