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閑話:七夕祭り

このお話の前に今日は一話投稿しているのでぜひそちらから!

 山頂へわざわざ人が集まっていた。枯れ草の匂いをスープの香りがかき消していた。私はコーンスープよりもかぼちゃスープが好きでわざわざボトルに入れて持って行って貰っていたのを思い出す。コポコポとスープを器に入れてそれを口に含むだけで寒さが和らいでいた。走り回る子供たちを見守るのは今日だけ親の役目だった。


「ほら見て、お空に浮かぶお星様。あなた達に祝福を与えてくれるのよ」


 母さんは星が好きだった。大学の知り合いのコテージに毎年行く。その母さんの話を聞きながら星を見る時だけはたった一人、自由になれた気がした。


「姉ちゃん!!」


 前世の私には兄弟がいた。もう、名前を思い出すことは出来ないけど。会うことなんてもってのほかだ。毎年毎年、私たちは何か大切なことをお願いしていたはずなのに。神様ってやつは残酷だ。織姫と彦星は真面目だったから許されたのかもしれない。


 こうして城の上から見る夜空はあの時と変わっていない。今日は風が凪いでいる。あの星の川で繋がっていればいいのに。


「……それでも、逃げ出さないと決めたから」


 こんな世界にも、救いはあるし終わりはある。


「こんな所に居たんですねマルシェ様」

「あぁ、ごめんなさい。もう時間だものね。ついうっかりしてしまったわ」

「無理もないです。今日はこんなに素晴らしい天気なのですから」


 この世界にも七夕はあるのだ。リザーブ領は特に七夕を大切にしている。髪を留め、私は久方ぶりの下駄に足を通した。


「お綺麗ですよ織姫(ヴィーガ)彦星(アルティア)に会えることをお祈りしています」


 ドレスと同じ素材で作られた高級品。白から桃色へ、そして紫に変わるこの三十の衣装は私の本当の祖国を思い出させる。鏡に映る自分を見ると、ここが日本ではないなんて思えないほどだ。


 支度を手伝ってくれた年配の侍女がいなくなると、途端に涙腺が緩みそうになる。いけない。これからこの街を回るというのに。神輿に乗って街を一周する間に自分の彦星を見つけるという儀式なのだ。今日は街のみんなが織姫と彦星の格好をしている。彦星の格好をしている相手なら誰でもいいと言うけど、誰を選ぼうかな。


 本来の織姫が怪我をして急遽背格好が似ている私が選ばれたのは、本当に偶然だった。ユーリェが選ばれるべきだったんじゃないかな、と今でも思っている。


 織姫と彦星。七夕祭りの風習は、例え乙女ゲームの中だとしても引き継がれていた。この世界では七夕祭りのことをティソンテ・エトゥイと呼ぶ。星織姫のことだ。星織姫は七夕とは少し違う。乙女ゲームらしく変わっている。


「星織姫は神々の服を織る唯一の役職にして巫女。宮殿に(こも)り真面目に仕事をしていた星織姫の前に突然牛引きの青年が現れる。その青年は幾度も星織姫の元へ通いつめやがて二人は恋仲に。


 しかしさる高貴な方が好奇心から星織姫を見に行くとたいそう気に入ってしまった。そして自分の屋敷に閉じ込めてしまったそうな。その屋敷は大川の向こう、牛引きの青年と同じ側にあった。


 星織姫に会うために大川を渡ったばかりの牛引きはそれを知ると慌てて大川を渡ろうとするが何週間も続く大荒れに見舞われていた。牛引きは川沿いで飲まず食わずのまま川が静まるのを待っていた。


 それを見て不憫に思った神々は彼に声をかける。『牛引きの青年。この大川を渡らせてやる。その代わり、無事に星織姫を連れて戻ってくるのだ』神々の力が結晶になり星となって川の流れを押し留める。


 牛引きは星の川を渡り無事に星織姫を助け出した。神々との約束通り反対側へ星織姫を返そうとする牛引き。離れたくないと泣く星織姫をどうにも押しのけられない。


 星織姫は神に仕える巫女。決して宮殿から出ることは許されていなかったのだ。どんなことがあってもこれからは外へ出ることは許されない。『このまま貴女と逃げてしまいたい』と本音を吐露する牛引き。それでも二人は朝が来る前に決断を下した。


 互いにさよならを伝えて別れる二人の決断に敬意を表して、神々は星織姫への罰を軽減する。それが──


「一年に一度、彼らが会える日を設けること。彼らは死んだあと下級神となり織姫と彦星という名前を与えられた……」


 軽やかな声が耳に入る。振り返ればよく知っている人がいた。柔らかな笑顔で私を見ている。


「ユーリェ」


「綺麗よマルシェ。私には着こなせない服だわ」


 そんなことない。きっとユーリェの方が綺麗だ。そう言おうとしたマルシェを制して、ユーリェは手を引いた。そうだ。ユーリェは星織姫に仕える織女の役だった。


「彦星を探しにいってらっしゃいませ!」


 ユーリェの笑顔に見送られて私は屋敷から出発した。


「織姫様! 織姫様ー!!」


「こっちを向いてくださいー!」


「俺彦星ですよ!!」


 たくさんの声援に取り囲まれて私は進んでいく。


「本当の天の川伝説には教訓が含まれていることを、きっと知らないんだろうな」


 幸せに守られる女の子のための話。女の子のための祭典。それが七夕祭りこと星織姫伝説(ティソンテ・エトゥイ)なのだ。


 そろそろ半周にさしかかるといったところで私は彦星を探さなければ、と気合いを入れた。


「おいこらそこの織姫ー!!!」


 視線の先にいるのはロディオ夫妻とカイだった。三人ともよく似合っている。カイは私を見て叫んだ。


「乗ってやるから手を出しやがれ馬鹿!」


 丁度カーブの位置にいる彼らに向かって豪勢な神輿は進んでいく。視線を集めていることに気付いていないのか。いや、奥二人は気づいている。あんなふうにお腹を抱えて笑っているのならカイのあの顔の赤さも納得だ。


 神輿から乗り出すようにして私はカイへと手を伸ばした。そしてその手を取って、神輿に乗った。



 ルエラが。



 あれ、と思ったのも束の間。難なく着地したルエラが私の片手を取って跪く。


「私の愛しい織姫。どうか、そのベールを私にください。そのベールに誓って幸せにしてみせましょう」


 心臓がどくどくと早鐘を打つ。いつもの服とは違う、彦星の服は最近やっと慣れてきたルエラの美貌を桁外れに美しく見せる。掴んだ私の片手にルエラが口付けを落とした。


「どうか、私を──


 最後まで言い終わることは出来なかった。突然ルエラが後方へと吹っ飛んだ。ぶわっと浮いて後ろの窓へ落ちる。


 ガタン! ゴトッ!! ドンッ……。


「……はへ?」


 氷の槍が地面からルエラの顎へと刺さったのだと気付くのに少し時間がかかった。霧散する氷が霧となって視界が遮られる。


「織姫」


 氷は神輿の当たりを囲んで中を見えなくしている。そして私の前には、真剣な顔をしたカイが立っている。


「え、っと……」


「貴女が好きだ。織姫」


 真っ赤な顔の癖をして冷静にカイは私を手元に引き寄せた。熱い。顔に熱が集まる。右腕を取られた私の腰に片手を回すと、カイは私へと顔を近付ける。


 甘い香り。それを感じた時には額に唇が当たっていた。


「ぁ、あああああの!?」


「私に、ベールを」


 流れるまま渡そうとした時、霧が晴れていることに気づいた。そして、歩み寄るもう一人の彦星も。


「何を、してるんですか……?」


「っ!? おま、霧が……!」


「分解しましたけど、なにか」


「はぁ!? チートかよ!」


「霧の陰に隠れて何かをやらかすような貴方とは違いますから」


「やらかしてねぇし!! 合意の上だし!!」


 喧嘩が、始まった……。幸い掴み合いですんでいるけども、これはいいのだろうか。というか、壊さないで欲しいものだ。絶対。壊したら弁償してもらうからね。


 どこか微笑ましいと思うのは、これがいつかどこかで見た光景だからかもしれない。懐かしい、あの故郷の。



「織姫様モテモテー!」



 そんな言葉どこで覚えてくるんだ!? その言葉に思わず振り向く。子供が私を見ている。そうだ、霧が晴れていたってことは……見られていた。あの、キスシーンを! 恐る恐る他へと視線を向けると女の子たちからやけにキラキラした目を向けられている。ああ、ダメだこれは。噂は避けられない。吟遊詩人、頼むから仕事はしないでくれよ……。私は頭を抱えた。

いつかこういう星織姫伝説も小説に出来るといいなぁって思ってます。小説の中の小説を形にして……。エンドレスですね!!

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