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Lovers High  作者: ショコラ*
序章α どうして私?
3/54

衝動


「私は西崎利根。あなたの名前は?」


 利根さんは、柔らかい物腰でたずねてきた。


「藤原ユウです……」

「ユウさんね。私のことはリネで構わないから。ね、ユウって呼んでもいい?」

「は、はい」


 その空気に圧倒され、ぎこちなく一言二言返すので精一杯だ。


「こっちは尋人と誠。『ヒロ』と『セイ』って呼んであげて」

「よろしくね、ユウ」


 自分のボディーガードを紹介するかのように、さらりとそう言う利根さん――リネと、ごく自然に名前で呼んでくるセイ。私がうなずいた視界の端では、ヒロもその冷たそうな表情を一瞬和らげた気がした。


「あの……」

「あっ、ごめん。ほかの子とご飯食べてたよね」


 とまどう私に、リネはごめんなさいと笑った。


「今度、詳しい話をさせて。学科はどこ? 学年は?」

「1年で、心理学科です」

「そっか……私も1年だけど、英文科だから教室は被らないね。よかったら連絡先教えてくれる?」


 急な展開に困惑しながらも、私は言われた通りにポケットの携帯を取り出す。依然としてふわふわした状態のまま、電波に乗って飛んでいく私の個人情報。

 ……ダメだ。この人たちといると全然思考が働かない。もし彼らが詐欺師だったら、私ほど良いカモはいないだろう。


「ありがとう。じゃあ、今夜にでも連絡するね」

「はい……」

「もっと気軽に話して。同い年なんだから」

「……うん」

「ふふっ。またね!」


 花のような笑顔から目を離したくないと思いつつ、私は腰を浮かせる。

 ……ううん、この笑顔だけじゃない。私たちのやりとりをつぶさに見守っていたセイとヒロにさえ、私は言いようのない好意を抱いていた。初めて話したどころか、今日初めて知った人たちなのに。

 これってちょっと異常だと思う。


「ユウ」


 立ち上がった瞬間そう呼ばれ、顔を上げれば、セイの真剣な眼差しが目に入った。その表情は、華やかな顔にはとてもアンバランスなもので……思わず目を奪われてしまった。名前を呼ばれただけなのに、体中の血液が沸き立ったように体温が上がる。


「今度、俺たちともランチしよう」


 にこっと微笑む彼は、それだけで罪な美しさを湛えていた。でも、それだけじゃなくて……無性に抱きしめたいような衝動に駆られる。

 私、いつからこんな変態じみた思考を持つように……? 本格的にやばいかもしれない。


「……リネのメール、無視しないでやってくれ」


 それまでほとんど口を開かなかったヒロまで、そんなことを言う。彼の声も、ひどく身体に沁み入るようだった。


 ……離れたくない。私……この人たちと、離れたくない。


「あ、あの」

「うん?」

「どこかで……会ったことが……?」


 そこまで言いかけ、あまりにバカげていると途中で口を閉ざす。今までの人生で出逢っていたのなら、こんな美しい人たちを忘れるわけがない。

 ――それなのに。


「……!」


 3人は息をのんで私を見つめてきた。誰も口を開かない。

 永遠にも思えた数秒間のあと、私は思わずうつむいた。


「ごめんなさい、変なこと言って」

「……う、ううん。全然! どこかですれ違ってたのかも。同じ大学なんだし」


 リネの明るい笑顔に救われ、私はぎこちなくだけれど、初めて微笑んだ。するとリネがぼうっと見とれた表情になる。まるでさっき私が、リネの笑顔を見てそうなったように。


「……それじゃあ」


 彼女の反応を不思議に思いつつ、長居するのも悪いだろうとテーブルに背を向けた。まるで引力に逆らっているみたい。途中振りかえれば、3人ともまだ私を見ている。とっさに微笑みかければ、リネとセイは微笑み返してくれて、ヒロも少しだけ口角を上げてくれる。そんな些細なことにも、私は舞い上がるような気分になった。


 ――けれどその直後には、「現実の世界」へと引き戻される。


「ちょっと……なに、今の!?」

「誰?」

「あそこに誰か座るとか、見たことないんだけど」

「えー、超普通の子じゃん」

「なに話してたんだろ」


 自分のテーブルに戻るまでに、恐らく何百という囁きを浴びた。それはもう、ホラー映画よりも恐ろしい光景だったように思う。見渡す限り非難、嫉妬、憎悪の目。

 これほどの目に晒されていたのに、さっきまで全然気がつかなかったなんて……それほど、あの3人に引きこまれていたのだ。本当にどうかしている。


「ちょっと、ユウ!」

「さっきのなに?!」


 やっとのことでテーブルに戻ったが、そこにも目をギラつかせた涼子と百合が待ち構えていた。


「ユウ、さっきまであの人たち知らなかったよね!?」

「なんで座ったの? 何を話してたの?」

「え……いや、よくわかんない……」

「わかんないってなに!」


 なに……これ。今まで1年近く、ずっといっしょに過ごしてきた涼子と百合が、すごく遠くに感じる。あの3人と私の関係を聞かれることにも、いまだ否定的な目で私を見つめてくる無数の視線にも、言い知れぬいらだちを覚えた。


 ――入ってこないで


 これは……なに?


 ――私たちの間に、誰も入ってこないで


 そんな言葉が、私の心と脳内を侵食してくる。誰に操作されているわけでもなく、これは……紛れもない私の思考と感情だ。

 自分がわからない。何が起きているのか、全然わからない。


「……課題を手伝ってほしいんだって。それだけ」


 作り笑いでふたりそう返したけれど、昼休みの間中、生産性のない尋問は続いた。嫌な視線も然り。

 私のキャンパスライフに……平凡な人生に、亀裂の入る音がした。


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