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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
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24/54

睦月と雪五

ちちちちちっ


雀のさえずり


パンの焼けるにおい。


「睦月!いい加減に起きなさい!学校でしょう?」


お母さんの声で目を覚ます。


「………はーい。今起きるから……」


なんか、お腹が痛い。


制服に着替えて、対面のキッチンのカウンターに座る。


お父さんはもう会社に行ったみたい。


「早く食べなさい。今日はお兄ちゃんが車で送っていくから」


「………うん。お兄ちゃんまだ、春休み?」


「何言ってんの?あんたのことが心配で、今日までいてくれたんでしょう?あんた送ってそのまま、大学に戻るって話してたじゃない?」


「そうだっけ?」


「やっぱり、まだ後遺症があるのかしらね?お医者様はどこにも異常はないって言ってたのに………」


ミルクティーをすする。


お腹が痛い。


「こいつは、昔からぼけっとしてただろう?早くいくぞ」


お兄ちゃんがリビングのドアから顔をのぞかせて玄関に歩いて行った。


「ちょっと待ってあげて。はやくパン食べなさい」


「………うん」


パンを一口かじってミルクティーを飲む。


ごくり


やっぱりお腹が痛い。


「学校終わったら、お迎えに行くから電話してね」


「うん」


もしやこの痛みは


「お母さん、生理かも………」


「あらあら、早く着替えてきなさい。お兄ちゃーん、ちょっと待っててね!」


お腹痛い


頭もくらくら


貧血かな?


「おはようさん。どないしたん?青い顔して」


お珠ちゃんが覗き込んでいた。


もう、驚かないよ。


いきなり夢の世界で目覚めるなんて慣れてきたもんね!


布団から体を起こそうとして、お腹の鈍い痛みに気付く。


え?もしかして夢の中でも!?


「………お珠ちゃん、アレになっちゃった」


「あらあら大変。用意してる?」


首を横に振った。




勿論、生理用品なんて幕末にあるわけもなく………


お珠ちゃんから布切れを貰った。


生理用品も手作りしないといけないな………


家庭科の時間に布ナプキンを作ったことがあったから、すぐに出来るし、何度も洗って使えるからエコだよね!


「うちは先に行っとくで。ゆっくりしとき」


お珠ちゃんは布団を上げて、部屋を出ていく。


えーっと、取りあえず生理用品作って、汚してしまったものを洗って………


「………お腹痛い………」



襖を閉めたお珠ちゃんの声が外から聞こえてきた。


「おはようさん。井上様、お雪ちゃん具合悪うて、今朝は部屋で休みますから」


「え?どんな具合ですか?お雪さん?」


わーー!入って来ないで!!


「入らんといてください。女の子の病ですから」


お珠ちゃん!男の人になんてことを!!


「………あ、分かりました」


分かったんかい?!


そうか………お姉さんがたくさんいるって言ってたから分かるよね………


「では、私がお手伝いいたします」


「ホンマに?!助かります」


でもここで生理になってよかった。


屯所だったら大変だった。


「もう、夢か現かよく分かんなくなってきた。土方副長の言ってたみたいに、目開けて夢でも見てるのかな?やっぱり、頭打っておかしくなってるのかな?」


舞台から落ちなければ、今頃楽しい高校生生活を送っていたのに。


演劇部で主役演ってたのに。



……………でも



本当は主役なんて演りたくなかったんだ。



高校だってみんな行くからとりあえず進学校に進んだだけで。



本当に楽しい高校生活送ってた……………?


「………やばい。考えれば考えるほど、ドツボにはまって、さあ大変!状態だ」


土方副長の知り合いみたいに、現実から逃げ出したくって夢見てるわけじゃないぞ!!


ちょっと頭打ったからこんな夢みてるだけで


夢みてるだけ………



でも


布団の経血と生理痛はあんまりにリアル過ぎて




「ここは、夢の世界だよね?」



お母さん


お父さん


お兄ちゃん


久美ちゃん



………こいつはどうでもいいや



学校のみんな



何だかとても遠くに思える。






ああ


お腹痛いなぁ………



布団洗ってこないと………




畳にころり横になる。


生理の時ってどうしてこんなに眠たいんだろう………………



お珠ちゃん忙しいだろうな。


土方局長に死ぬ気で頑張れって言われたのに。


生理痛ぐらいで寝てたら怒られそう。


うん、怒られるよ。


素振り千回とか絶対言われるよ。


土方副長かっこいいのに怖いオーラ全開だもんね。


副長が笑うときって何だか不吉な事が多い気がする。


笑ったら逆にもっと怖いか?




「笑ったら逆に怖くて、悪かったな」



寝ころんだまま目を開けると、すっと襖が開いて黒い足袋をはいた足が見えた。


「女は大変だな。これ飲んどけ」


目の前に小さな紙の包みが置かれた。



「お前考えてること、全部口に出てるぞ。ああ、それから、ここは公事宿だ。不逞浪士まがいの相談も持ち込まれるだろうから、気にかけておいてくれるか?」


寝ころんだまま恐る恐る声の主を見上げる。


「………土方副長、これは夢でしょうか?いや、夢であってほしいです。笑顔が怖いなんて言ってませんから」


土方副長はにっこり笑って、そのまま、襖を閉めて出て行った。


どきどきするほど素敵な笑顔で







素敵な笑顔の土方副長から貰った薬を飲んで、とりあえず洗濯しないと。


ばたばた廊下を走る音がしてお珠ちゃんが襖を開けた。


「はい。朝餉。今朝はごちそうやで!井上様すごいな!お侍にしとくのもったいないわ~!お料理の手際もよろしゅうて、うちにずっといてほしいわ」


御膳を二人分置いて


「うちは、もう一仕事してから頂くさかい、先食べといてな。あ!さっき見えた浪士組の副長さんも、素敵なお人やな~。浪士組の局長はんは、乱暴で、店の金を脅して取り立てるって、ええ噂聞いたことないいんやけど。あ!お雪ちゃん髪ぐちゃぐちゃやから、そこの鏡見て直しとき!」


「え?局長って近藤局長?!」


それには答えずお珠ちゃんは慌ただしく部屋を出て行った。


乱暴でお金を取り立てる?


あの心配性の近藤局長からは想像できない。


ってことは芹沢局長か新見局長?


そういえば芹沢局長がお金の話してたな。


そんなことを考えながら、部屋の隅に立ててあった鏡の布をめくる。


「なんじゃ、こりゃ!!」


鏡の中に、髷は崩れ、お化け屋敷の一枚二枚って皿数える幽霊にそっくりな町娘が一人いた………



さっき土方副長に会ったよね?


この頭で


嫌あああぁぁ………


笑ったのってこの頭見て笑ったのか?



おでこのポンパだけ残して、後は全部くずして、いつものポニーテールにする。


これで良し!


「ああ、井上様のおかげで、今朝は楽やわ」


と部屋に入ってきたお珠ちゃんは、私を見るなり駆け寄ってくしを握った。


「何してんねん!向こうお向き!」


「だって、幽霊みたいだったから………」


髪結いみたいに上手には結えてないけど、また時代劇の町娘の出来上がり。


「お雪ちゃん、ちゃんとしたら別嬪さんなんやから、少しおしゃれに気い付けなはれ」


髪が結いあがって、お珠ちゃんは着物の帯から大事そうに小さな貝を取り出した。


「紅、お客さんの貰ったんえ」


そう言って唇に指でぬってくれた。


「ほら!色が白いから、ちょっと紅、使こうただけでお顔が映えます」


鏡を見ると私の後ろで、お珠ちゃんが得意げに微笑んでいた。


本当だ。


顔が明るくなった!


「ほな。朝餉、いただきましょうか?あ!朝餉済んでから、紅、使こうたらよかった。ま、ええか!」


二人で手を合わせた。


「いただきます!」





土方副長のお薬が効いたのか、昼には腹痛もいつの間にか治まっていた。


朝餉が済んで、お珠ちゃんは私の顔に紅をもう一度塗って仕事に戻って行った。




洗濯をしようと、井戸端で洗濯物を桶に入れたまでは良かったけれど………


さて困った。


どうやって水汲むんだろ?


つるべを落としたらいいんだよね?


井戸を覗き込むと底で水がゆらゆらしている。


ゆらゆら………


見下ろしていると、何だか吸い込まれそう………


つるべがカラカラ落ちていく。


からから………ぼちゃん!



「危ない!」


急に後ろから抱きしめられて引っ張られた。


そのまま尻もちついた。


「そんなに覗き込んで、落ちたらどうするんだ?!」


引っ張られた人の腕の中で顔を上げると、すぐそこに見覚えのあるかわいい顔があった。


「………馬越さん?」


「………え?」


馬越さんは大きな目をもっとまん丸くして、顔を覗き込んだ。


「………福………田さん?」


馬越さんも公事宿で仕事をするように頼まれたのかなと質問しようとして、重大な過ちに気が付いた。


これ以上女の子だとバレたら浪士組を追い出される!!


腕を振り払って逃げようとすると


「女装して何してるのですか?局長が井上さんと二人で特別な任務を任せたと言われてましたが………このことか………」


馬越さんは一人で納得して、視線を上下させた。


え?女だってバレてない!?


馬越さんは失礼なくらい顔を覗き込んで


「………ふーん」


「何?今のふーんって?」


「違和感がなくて」


「………どういう意味ですか?………っていうか、ちょっと、顔近いから!手が………」


二人でしりもちついたままの姿勢で、後ろから胸に回ってるんですけど!


「あれ?どこか怪我しました?洗濯物に血がついてますよ?」


!!!!!!!!


「大丈夫です!大丈夫ですから!あっち行ってください!」


「でも、唇切りました?血で赤くなってますよ。ちょうど、傷薬持ってますから………」


ごそごそ懐から小さな巾着袋を取り出す。


「いいです!血なんて出てませんから!あっち行って下さいってば!!」


「でも、すごい血ですよ。尻もちついたときに、どこか切ってるのでは………」


いいから!どっか行ってくれ!


「何か用事があるんでしょう?行って下さい!」


「ああ。明日から局長ら上の方が、大阪に行かれる準備で、人が足らなくて、俺も原田さんの隊で、巡察に駆り出されあのです………近くだったので、ついでにこれを届けに来ました」


袖から紙袋を取り出した。


「土方副長から、腹痛の薬だそうです。ご実家で、昔から薬を作られているそうですよ。井上さんへ届ければ分かると言われて………」


さっき貰った薬だ。


私にってこと?副長やさしいじゃないですか………


「渡しておきます!じゃあ!巡察頑張って下さい!」


馬越さんは早く帰って!


「あ!井上さん!」


馬越さんが笑顔で手を挙げた。


馬越さんの肩越しに、たすき掛けした井上さんが見えた。


その横にお珠ちゃんが御膳を抱えている。


「………何二人でくっついてるんですか?」


井上さんの明らかに動揺した声。


あ!女だってバレたと思ってるかな?大丈夫だよ。女装してると思ってるから!


お珠ちゃんが御膳を地面に置いた。


そのままつかつかこっちに歩いてくる。


「井戸に飛び込みそうだったので、捕縛した所です」


馬越さんはのんきに答えた。


「違います!井戸のぞいてただけです。馬越さん離して下さ………」


側まで来たお珠ちゃんが、前掛けの下からしゃもじを取り出した。


それでいきなり馬越さんの頭を………………


殴った!


「あんた!お知り合いの許嫁に何してんねん!とっととその手離しや!!」


「お!お珠ちゃん!!」


「………痛っ、誰が許嫁………」


慌てて馬越さんの口を押えて


「わあーーー!!お珠ちゃん!大丈夫だから!井上さん!!!」


あっけにとられてた井上さんも我に返って


「お珠さん!いいんです!その!もう!」


井上さんは私と馬越さんの間に入って


「………すみません。そういう事に、ここではなってるんです。お雪さんは連れて行きますから」


ひょいっと抱きかかえられて、そのまま部屋に連れて行かれた。




部屋の襖を閉めると井上さんは、がっくり肩を落とした。


「………申し訳ありません。近藤局長にくれぐれも頼まれていたのに、こんなことに」


「大丈夫ですよ?馬越さん私が女装してると思ってますから」


「は?どういう事ですか?」


「私が女装して、井上さんと特別任務に就いてると思ってますから」


井上さんはしばらくフリーズして、長いため息をついた。


「そうなんですか。よかった。そうか。でも、どうしてこんな所に馬越さんが訪ねてきたのだろう?」


「ああそれは、土方副長に頼まれて、この薬を井上さんに持ってきたそうです」


紙袋を井上さんの前に差し出す。


「私さっきこれと同じもの副長にもらったんです。意外とやさしいですよね、副長」


井上さんは眉を寄せて


「………私が取りに行くと申し上げたのに。馬越さんを寄越したらあなたがここにいることが分かって…………」


「え?」


「いや………」


井上さんは気まずそうに紙袋を開けた。


私がいることが分かる。


馬越さんに女だってばれる。


追い出される。


「………そう………そういうことか………」


一瞬目の前が暗くなった。


薬持って来てくれたのは、やさしいんじゃなくて、私が女だってばれて出て行けばいいと思ってるの?


「ですが、福田さん!」


「………もういいです。私やっぱり………」


邪魔者なんだね………迷惑なんだね………知ってたけど………


「頑張りましょう。医術も剣術も」


うつむいて泣きそうになっていたけれど、顔をあげると井上さんは笑っていた。


「その前に、家事ですね。女だとばれても、飯が上手ければ、賄で置いてもらえるかもしれないですし………どうかしました?」


「………井上さん、私泣きそう………」


「ええ?大丈夫ですよ!近藤局長が追い出したりはされませんから!」


「はい!」


笑って返事をした。


泣きそうだったのは、土方副長がショックだっただけじゃなくて、井上さんの言葉がうれしかったんだと言うのは、恥ずかしかったので黙っておこう。


薬の袋から井上さんは紙切れを取り出して、ぷっと吹き出した。


「はい。土方副長から。絵心がおありなんですね」


受け取った紙切れに、女の幽霊が描いてあった。


「腹痛のお岩へ渡してくれ………ってこれやっぱり私か………」




井上さんと入れ替わりにお珠ちゃんが戻ってきた。


怖い………顔が怒りの形相………


「あの、さっきはごめんね」


「なんで、お雪ちゃんが謝るん?謝るようなことしたん?」


「………してません」


お珠ちゃんは半分泣きそうな顔になって


「お雪ちゃん!もっと、しっかりせなあかん。井上様以外の男に、あんなことさせたらあかん!井上様にあんな顔させたらあかん!!井上様は、ほんまにええ人なのに!優しいお人なのに!うちがお雪ちゃんなら!許嫁なら!絶対あんな顔させへん!悲しいお顔なんてさせへん!!」


お珠ちゃんはまくし立てると、真っ赤になって襖も開けっ放しで部屋を出て行った。


「………えっと、これって、これって、井上様井上様って………」


多分、間違いなく


「井上さんのことが………好きなんじゃないよね?」


私には愛の告白に聞こえたのは間違い?


いや、好きではなくても、好意を持っている?ってことだよね?!


えーっと、どうしよう。


許嫁はうそだよって教えた方がいいかな。


井上さんにそれとな~くお珠ちゃんのことどう思う?って聞いてみようかな。


うん、聞いてみよう!


「その前にトイレ……厠だった」


厠にいく途中でお風呂の方から蒔を割る音が聞こえてきた。


馬越さんが小さい斧で蒔を割っていた。


「巡察の途中でしょう?戻らなくて、大丈夫ですか?」


井上さんが隣で蒔を拾っている。


ちょうどいいや!お珠ちゃんのことどう思っているか聞いてみよう………


「馬越様!お客様どす」


お珠ちゃん乱入?!


今会うのは気まずいから表の屋敷の厠かりようと


こっそり屋敷の間を抜けて門へたどり着いた。


何で私がこんなこそこそしないといけないんだっけ?


何にも悪いことしてないのに。


大体、馬越さんが勘違いして………でも、馬越さんを寄越したのは土方副長か?ってことは、副長のせいで私はお珠ちゃんに怒られなければならなくなったってこと?!


「おい!」


表の門の前を通り過ぎると声を掛けられた。


振り返ると浅葱の羽織りの………


「………原田さん」


その後ろにも三人浪士組の皆さんがいるし………


しまった!これ以上女だって知られたらヤバイ!


気づかなかった振りして屋敷に入ろう。


「おい!そこの桃色の着物の女!お前だ!」


背中を向けたまま


「……何でしょうか?」


原田さんはつかつか私の前に歩いてきて顔を覗き込んだ。


「昨日、うちの副長の土方といなかったか?」


「………いません。失礼します」


「まて………お前、どっかで見たような………福田睦月の妹か?」


へ?


顔を上げると原田さんは頷いて


「おお!そっくりだ!瓜二つ!俺が浪士組に入れてやったんだ。医者だろ?兄貴は」


どうしよう!違うって言った方がいいのか?


そうですってこの場は流すか………


「原田さん!お待たせしました」


馬越さんが走ってきた。


「お前の用って福田の妹か?土方さんに何頼まれた?」


にやにや笑う原田さんに、馬越さんきょとんとして


「妹?この人は………」


だめ!言っちゃだめ!


空気読め!!


そうだ!コイツは空気が読めない男だった!!


「馬越さん!」


井上さんが奥から走り込んできた。


「なんだ?井上もいたのか?」


「はい。公事宿で不逞浪士の情報を集めるように言われました。この娘は…………」


井上さんもなんて説明したらいいのか、口ごもってしまった。


ふと馬越さんは無表情で口を開いた。


「……福田さんの双子の妹です。土方副長に頼まれて、薬を届けました」


「やっぱりな!それから、土方さんに目をかけられていると……」


「それは違います」


井上さんがきっぱり否定した。


「なんだ。そうかい。てっきり、土方さんのコレかと………」


にやり原田さんは笑って


「馬越!行くぞ!皆大阪行くって、俺の隊だけで巡察に御所周辺まで行かなくちゃなんねぇからな」


井上さんとほっと目を合わせていると、ふと原田さんは笑うのを止めて門の外を向いた。


「おい!そこに隠れてる!さっきからこそこそついてくる女!出て来い!」


門の影から、昨日甘味屋でかくまってくれた娘さんが出てきた。


「何か用か?」


原田さんの声に恐る恐る顔を上げて、きっと口を結んだ。


「ああ?誰に頼まれて俺たちの後つけてんだって聞いてるんだ」


娘さんは目に涙をためて、原田さんに怒鳴りつけた。


「………誰にも頼まれたりしてへん!用って、あんたの後ついてく外に、何にもあらしまへん!!」


「?!なんだそりゃ?意味分からんぞ!」


娘さんは顔を真っ赤にして、原田さんに何か手渡した


「うち、まさいいます。この先の小間物屋の娘どす。歳は十六どす。また来ます!」


そのまま走り去って行った。



えーっと


これって


やっぱり


「………原田さんに惚れているってことですね」


ぽつり馬越さんが呟いた。



「はぁ?!何でそういう解釈になるんだ?俺、あんな娘知らんぞ!」


「春ですね~」


そう言って馬越さんはにこり笑った。


遠くでうぐいすが鳴いた。


原田さんの隊を笑顔で見送って、井上さんと同時にため息をついた。




「お珠ちゃん、ちょっとだけ井上さん借りていい?」


「何言うてんの?借りるもなにも、お雪ちゃんの許嫁やん。ほんならごゆるりと~」


違うんだけどなあ……


部屋に戻って二人向かい合って座る。


「ちょっと焦りましたね。近藤局長にくれぐれも福田さんのこと、これ以上女だって知られないようにって、仰せつかって………」


「井上さん!」


「はい?」


「たくさん確認したいことが、あるんですけど………」


いきなりお珠ちゃんの事は聞きづらいので


「勝手に双子の妹になって大丈夫でしょうか?」


「仕方がないですね。後で報告に行ってきます」


「では、次の質問。私は雪で、井上さんの許嫁って設定、やめたらダメですか?」


「だめです」


真顔できっぱり否定。


「近藤局長が福田さんに、悪い虫でもついたらいけないと、ご心配されての事です」


「心配しすぎですよ……だって嘘なのに。井上さん、あのね………えーっと………」


井上さんは疑問な?顔。


「その………お珠ちゃんの事、どう思う?」


「とても、働き者でしっかりされていて、気立ての良い娘さんだと思います」


「だよね~!私もそう思う!良い子だよね!………じゃなくて!女の子としてどうよって聞いてるんだけど………」


また?な顔になってる。


「だから!お珠ちゃんの事どう思ってる?まだ、会ったばかりで、好きとか嫌いとか分からないと思うけど、私はとてもいい子だと思う!私達が許嫁って言うのは、嘘なんだし、その…何て言うか、せっかくお知り合いになれたんだし、この機会を嘘で潰すのはもったいないかなーと。お友達になるのもいいんじゃないかなぁ~って」


「申し訳ありませんが、お友達にはなれません」


「なんで?!」


井上さんは真っ直ぐにこちらを見据えた。


私も姿勢を正す。


「べつに、付き合うとかそういうんじゃなくて、ただのお友達だよ?」


井上さんは真っ直ぐこっちを見たままため息をついた。


「私などと嫁入り前の娘が仲良くしては、お珠さんに悪い噂が立ちます。迷惑です」


「迷惑じゃないかもよ?井上さんも、お珠ちゃんのこと嫌いじゃないんでしょう?案外お似合いかも」


井上さんは目を伏せて黙ってしまった。


「ダメ?ダメならいいんだ。今言ったこと忘れて!ごめんなさい。変なこと聞いて」



「………いいえ。私がきちんとしていれば、お友達になっても良かったんですけど」


井上さんは立ち上がってたすきを掛けた。


「浪士組に入ったとはいえ、家を出た身で嫁を持つなど、大それたことは出来ません。不逞の輩と斬り合いになり、いつ命を落とすやも知れません。家出同然で、出てきた身では、私に何かあっても、実家に頼む当てもありませんし。そうなったら、妻となった人は路頭に迷うでしょう?かわいそうじゃないですか……それに、私は…………」


井上さんは顔をあげてにこり笑った。


「それに!今の私の任務は、不逞浪士の情報収集と、雪の許嫁ですから!近藤局長の期待にそえるよう、しっかり勤めさせて頂きます。もう、質問はないですか?」


「……はい」



としか言えないじゃないか。


井上さんはこんなに先の事まできちんと考えているんだもん……


「では、仕事に戻りますね」



お珠ちゃんごめんなさい。



二人が仲良くなれたらいいなぁなんて軽く考えてた。


私は脳天気なただの子供だ。


死ぬ気でお手伝いに来たのに


生理にはなるし


人の恋路には只のお節介だったし


私何の役にもたってない………


ああ落ち込むなぁ……


でも落ち込んでてもしようがないしね。


外からお珠ちゃんの走り回る下駄の音が聞こえてきた。


忙しいのに、休んでるなんて気が引ける。


とりあえず生理用ナプキンでも作ってみよう!


そしたらお珠ちゃんのお手伝い出来るし




何度か指に針を刺した頃、玄関から声が聞こえた。


「ごめん!壬生浪士組の井上殿はこちらですか?」


東北なまりの声に、会津藩の秋山様かと思って部屋をでたら、違うお侍が立っていた。


「井上さんなら、表の屋敷の手伝いをしていますけど………?」


「………あ、もしや浪士組の近藤局長の………」


「はい。雪です。呼んできましょうか?」


秋山様と歳は同じくらいに見えるけれど、秋山様より人懐っこい笑顔で


「芝が来たとお伝えください。局長と全く似てませんな」


「………よく言われます」


表の屋敷に歩きながら、芝様はずっと話しっぱなしだ。


「なにせまた、公事宿で奉公を?」


「秋山様に紹介して頂いたそうです」


「そいつはおかしいなぁ。公事宿に会津のつてなどないのでは?容保様の弟君の所司代様にでもお願いしたんだか?そんなお偉い様と知り合いでもないしな………」


思案して、あ!と手を打った。


「ここの下女が暴漢に襲われそうになって、助けたのが秋山だったから、人手が足らんと、頼まれたのか?」


「そんなことがあったんですか?」


「んだ。ここの下女が不逞浪士を奉行所に届け出てお縄になったことがあって、何でも薩摩藩の浪士だったとかで、放免になったんだ。その時の恨みをかって、襲われそうになったのを秋山が助けたんだ」


お珠ちゃんが怪我をした人がいるって言ってた。


「雪さんも気を付けねば。娘が一人で出掛けてはなりませんよ。物騒な世の中だから」


表の屋敷の玄関に入ると、井上さんとお珠ちゃんが楽しそうに桶を運んできた。


なかなかお似合いだと思うんだけどなあ………


「あれが井上殿ですか?なかなかの男前ですな」


「…………そうですね。改めて見ると……うん。なかなかですね」


「雪さんはああいう旦那が好みですか?」


「え?」


芝様を見ると、にこにこ興味津々な様子でこっちを見ていた。


「…………いやぁ……今まで恋愛対象で見たことはないですね。そんな余裕もなくて」


この夢が始まってから、回りは男ばっかりだけど、本当にそんなこと考えたこともなかったな。


「では、拙者はどうですか?」


「……え?」


「芝!」


いきなり秋山様が現れて、芝様の肩を掴んだ。


「………何をしている?会津の恥をさらすな」


「秋山!はやかったな」


仏頂面の秋山様はちらりこっちを見て、井上さんの方へ行ってしまった。


言葉を交わすと、井上さんはたすきを外して私達の前に来た。


「用件は伺いました。雪は私の許嫁ゆえ、連れていきます」


手を引かれて奥の屋敷に連れていかれた。


一瞬、お珠ちゃんと目があったけれど、こちらに背を向けて屋敷の奥に入って行った。


やっぱりさ。井上さんのこと好きなんじゃないかな……


昨日会ったばかりだけど、なんというか、そんなオーラ全開な気がするんだよね。


「二人ですごく楽しそうだし……」


「……またその話ですか?」


井上さんはうんざり手を離した。


「あ……ごめんなさい……」


思ってること、口に出すクセ直さないとね。


「近藤局長から預かりました。何か上手いものでも、食べに連れていくようにと」


胸から白い紙包みを取り出して見せた。


お金?


「明日、少し暇をもらいました。公事宿が暇になる頃に行きましょうか」


「……でも、お珠ちゃんに悪くないですか?」


「……では、馬越さんと行ってきてください。その間私が手伝いをしていますから」


「何で馬越さん?局長は二人でって、言われたんじゃないんですか?」


「…………では、どうしろと言うのですか……」


珍しく、井上さんが苛立った声を出した。


「とにかく!お雪さんは何か美味しいものを食べる!局長の気遣いを無駄にしないで下さい!」


表の屋敷に戻りかけて、もう一度振り返った。


「今日は部屋で大人しくしていること!」


「……はーい」


何かイライラしてるけど、しょうがないじゃない!


私だって、いろいろ気を使うのよ!


「嘘つくのって、疲れるな……」




そう。この夢の私は最初から嘘で出来ている。


お医者さんでもなければ、越後の出身でもない。


男でもない。


「本当なのは名前だけ……」


今日は日差しが強い。


くらり、目の前が一瞬暗くなる。


貧血だ。
















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