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嫌われる勇者たち  作者: 白河ヒロ


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4/4

包帯の下

女の子がギルドに運ばれてきたのは、夜も遅くなってからだった。

親戚の女の人に抱かれて、眠っていた。


「ようやく寝ついたんです。馬車の中では、ずっと起きていて」


女の人が申し訳なさそうに言った。

話を聞くために待っていた男の騎士は、広げた紙を閉じた。


「では、朝にしましょう」


騎士の名はロダンという。


王国騎士団から派遣され、南領地の誘拐事件を調べている。


「よろしいんですか?」

「寝かせてあげてください。部屋は用意してあります」


グレンが先に階段を上り、扉を開けた。

私は水差しと、きれいな布を運ぶ。

ヴェルズはどこかへ行ってしまった。

こういうときに何をしているのかと思ったら、食べ物を買って戻ってきた。


「あとで食べられるように」


紙に包まれた、小さな豆の焼き物だった。


「ウッディに、まだ売ってる店を教わった」

「……気が利くじゃない」

「もっと言ってもいいぞ」

「一回で十分でしょ」

「惚れたか?」

「バカじゃないの」


ヴェルズは笑い、包みを寝台のそばに置いた。


◇◇◇


翌朝、女の子は食堂へ下りてきた。

手には、半分残った焼き物を持っている。

座る場所を探していたので、私は隣の椅子を引いた。


「ここ、空いてるわよ」


女の子は座った。

髪を結ぶ紐が、片方だけ緩んでいた。


「結び直してもいい?」


少し迷ってから、頷いた。

私には妹がいた。

こういうことなら、慣れている。


「きつくない?」

「うん」


結び終わると、女の子は手を伸ばして確かめた。


「お母さんは、もっと引っぱる」


笑っていいのか迷っているうちに、女の子の方が小さく笑った。

ロダンは、向かいの椅子に座った。

大きな声では話さなかった。


「弟と妹のことを、教えてくれるかな」


「……トトと、ルウ」

「どんな服を着ていた?」


女の子は、膝の上の包みを握った。


「ルウは、私のお下がり。袖、縫って短くしたの」

「色は?」

「青。でも、薄くなってる」


ロダンが書き留める。


「トトは?」

「茶色の服。でも、手を見れば分かるよ」


女の子は両手を脇に挟んだ。


「真っ赤なの。いつもこうやって隠してる」

「どうして赤いの?」


私が聞くと、女の子は少し困った顔をした。


「お母さんに内緒だから」

「じゃあ、それは聞かない。真っ赤な手の男の子ね」


女の子が頷いた。

ロダンはそれ以上、質問しなかった。

今度は私が尋ねた。


「残り、食べないの?」

「……あとで、お腹が空くかもしれない」

「それなら、取っときましょう。朝ご飯は別に出るから」


女の子は紙を丁寧に折った。

私が何か言う前に、ぽつりと呟いた。


「糸車、借りに行っただけだったの」


誰も口を挟まなかった。


「すぐ帰るつもりだった。おばあちゃんが、お茶飲んでいきなって」


私は膝の上で、拳を握った。

あの日、私も考えた。

お父さんを呼びに戻っていれば。

お母さんの手を、もっと強く握っていれば。

何か違うことをしていたら、二人は生きていたんじゃないか。


「借りに行ってくれて、お母さんは助かったと思うわ」


女の子が私を見た。

うまい慰めなんて言えなかった。


「頼まれたことをしたんでしょう。叱られることじゃないわよ」


女の子は俯いて、頷いた。

私はそれを見てから、もう一度髪の紐を直した。

本当は、もう直す必要なんてなかった。


◇◇◇


南へ出発する前に、グレンと孤児院へ寄った。

王都シリンから少し離れた場所にある孤児院は、私と妹のクリスが暮らしていた場所だ。


門をくぐると、すぐに子供たちが寄ってきた。


「グレンだ! 剣、教えて!」

「俺が先だよ!」

「今日は挨拶だけだ。剣はまた今度」


グレンは二人の頭に手を置いた。

一人が、私の杖を見上げる。


「リナ姉ちゃんは、火、出して」

「何を燃やしたいのよ」

「勉強の紙」

「それは自分で何とかしなさい」


後ろから、ラビ院長が笑った。


「燃やしたら、最初から書き直しだよ」


男の子が顔をしかめる。

私も笑った。

懐かしい。

昔、私も計算の紙を隠して、同じことを言われた。


「元気そうだね、リナ」

「そっちこそ。また子供が増えた?」

「ああ。南から来た子がね」


院長の目が、一瞬だけ曇った。

私は子供たちが離れるのを待って、声を落とした。


「クリスのことで、何か分かった?」


院長は首を振った。

妹は、私が冒険者になって間もなく、この孤児院から姿を消した。

まだ、行方は分からない。

失踪してすぐに教えてもらえなかったことを、私は今も少し恨んでいる。


「何かあったら、今度はすぐ教えて」

「分かった。約束するよ」


私は頷いた。

グレンは何も言わず、そばで待ってくれていた。

私が顔を上げてから、院長へ袋を差し出す。


「多くはないが」


ラビ院長は受け取り、重さを確かめた。


「自分たちの食い扶持は残したかい?」

「ああ」


私は横から、袋の口を少し開けた。

思っていたより多かった。

グレンを見ると、彼はまた目を逸らした。


「……本当に残してるんでしょうね?」

「残してる」

「本当に?」

「おまえの分も」


ラビ院長が笑った。


「リナが見張ってくれるなら、少し安心だね」

「少しだけよ。目を離したら、すぐこうなるもの」

「二人とも、いつもありがとうよ」


そう言われて、私は少し照れた。

稼いだのは、ほとんどグレンなのに。


奥から孤児院の会長、スラン・ヘルガが来た。

受け取りの書類を用意してくれた。

新しく雇った護衛の給金にも使えるそうだ。

子供を狙った事件が続いているから、夜も人を置いているらしい。


「これで、安心して眠れます」


スラン会長の言葉に、グレンが頷いた。

ほんの少し、嬉しそうだった。

私は、その横顔が好きだった。

役に立てたと分かったとき、彼はいつもこういう顔をする。


◇◇◇


孤児院を出ると、荷車のそばにいた商人がグレンを呼び止めた。


「ちょうどよかった。そこの箱、載せてくれ」


グレンは迷わず箱を持ち上げた。

重そうな箱だった。


「そっちも。あと二つ」


二つ目を載せたとき、私は口を挟んだ。


「待ちなさいよ。自分は何してるの?」


商人は手綱を持ったまま、私を見た。


「こっちも忙しいんだ。グレンなら慣れてるだろ」

「慣れているなら、何を頼んでもいいの?」

「いいんだ、リナ。もう終わる」


グレンは三つ目を載せた。

商人は箱を確かめると、そのまま馬を進めた。

礼の一つもなかった。

私は荷車を睨んだ。


「次に頼まれたら、断りなさいよ」

「困ってる人が助かるなら、それでいいじゃないか」

「あの人は困ってたんじゃない。楽をしたかったの」

「それでも、荷物は運べた」


そこで話を終わらせようとする。

私はますます腹が立った。


「何で、あんたばっかり」


グレンが、私を見る。

怒ってはいなかった。

その顔を見ていると、私の方が意地悪に思えてくる。


「……せめて、お金くらい取りなさいよ」

「昔、それでゴズに怒られた」

「取って怒られたの?」

「安すぎるって。ほかの冒険者の仕事も安くなるからやめろと」


呆れて笑ってしまった。

いかにもグレンらしい。

笑うと、彼も少し安心したようだった。


「今日は、報酬の出る仕事だ」

「そうね。私もいるし」


門の外では、ヴェルズが馬に乗って待っていた。


「準備できた?」

「ええ」

「よし。じゃあ、途中であの荷車を追い越そう」

「どうして?」

「お前がまだ睨んでるから。見えなくなれば、少し落ち着くだろ」


いつの間にか、呼び方が『君』から『お前』になっている。

不思議と、嫌な気持ちはしなかった。

私は返事の代わりに、馬に乗った。


◇◇◇


南へ向かう一行には、ウッディとサザも加わっていた。

ガルスは護衛の仕事を兼ねて、荷馬車に乗っている。

騎士のロダンと、衛兵たちも一緒だ。


これだけいれば、何とかなる。

そう思いたかった。


なにせウッディ、サザ、ガルスはギルド内でも勇者候補と呼ばれている。

そしてロダンも、正義感を持ち合わせた王国の騎士だ。


でも、私はグレンこそが勇者なのではと思っている。

魔王が復活して、グレンが勇者になったときを考える。

きっと彼は魔王を討伐に行くのだろう。

そのときも、隣にいられるのだろうか。


街道を進みながら、サザが下手な歌を歌った。

ウッディが途中から違う歌詞をつけた。

ロダンに注意されると、二人とも急に真面目な顔になる。

ヴェルズだけが、まだ笑っていた。

私はグレンの隣で、同じ速さで馬を進めた。


彼の手元を見る。

手綱を持つ指には、小さな傷痕がいくつもあった。

一月ほど前、そこに包帯が巻かれていたことを思い出した。


◇◇◇


あのときは、迷子を捜す依頼だった。

卵を売って歩く、幼い男の子。

声を聞けば誰だか分かるくらい、よく会っていた。


川の下流で、片方の靴を見つけた。

私は、すぐ近くにいると思った。

急いで助ければ、まだ間に合うと。

グレンが先に土手を下りた。

少しして、私の方を見た。


「上着を借りる」


その声で、分かってしまった。

上着に包まれた子を抱いて、彼が戻ってくる。

私は何もできなかった。

家まで歩く間も、何を言えばいいのか分からなかった。

グレンは全部、自分で話した。

母親が泣き崩れると、その肩を支えた。

帰り道、私にも声をかけた。


「リナのせいじゃない」

「……分かってる」

「飯、食えるか」

「いらない」

「少しでも食べろ。明日、つらくなる」


彼は、どこへ行っても変わらない。

強い人だと思った。

私まで泣いたら、もっと困らせる。


そう思って、食べられないパンを無理に口へ入れた。

夜中、隣の部屋から物音がした。

何かが壁に当たるような、細かい音だった。

目を開けたけれど、起きなかった。

眠れば、少しは忘れられる気がした。


翌朝、グレンの指には包帯が巻かれていた。


「どうしたの、それ」

「少し切った」

「珍しいわね。あんたが?」

「ああ」


包帯の端が緩んでいたので、結び直した。

グレンは、一度だけ手を引いた。


「痛い?」

「大丈夫だ」


それ以上は、聞かなかった。

いつもそう言うし、本当に大丈夫なんだと思っていた。


◇◇◇


「リナ?」

グレンに呼ばれて、顔を上げた。


「眠いのか」

「違うわよ。少し考え事」

「無理するな。次の村で休む」


あのときと、同じ声だった。

私は頷いた。

今度は間に合ってほしい。

今度こそ、生きている子を連れて帰りたい。


◇◇◇


南領地の村に着くころには、歌も聞こえなくなっていた。

まだ明るいのに、どの家も戸を閉めている。

畑にも、人がほとんどいなかった。


ロダンたちは村の者に事情を聞き、夜の見張りを頼んだ。

私たちも、戸を叩いて回った。

三軒目の家で、父親らしい男が顔を出す。

後ろに、男の子が一人いた。


「うちは大丈夫だ。子供もここにいる」

「最近、この辺りで知らない人を見ませんでしたか」


ヴェルズが尋ねる。


「分からないよ。外に出ないようにしてるんだ」


男は、戸を閉めようとした。

そのとき、グレンが動いた。

扉に手をかけ、奥を見た。


「そっちの子は?」


玉葱の袋の陰に、小さな足が見えた。

よく見ると、男の子がもう一人座っている。

膝を抱えて、顔を隠していた。

男は、嫌そうに眉を寄せた。


「うちのじゃない。預かってくれって、置いていかれたんだ」

「誰に?」

「こいつの母親だよ。二日で戻るって言って、もう十日だ」


グレンの手に、力が入った。

古い扉が軋む。


「役に立つから、置いてくれってさ」


男は不機嫌そうに続ける。


「でも、あの図体じゃな。こっちだって、自分の子で精一杯なんだよ」


私は男を睨んだ。

子供の前で言わなくてもいいでしょう。

口に出そうとしたら、グレンが先に言った。


「連れていく。必要な手続きは、騎士様に話してくれ」


男がほっとした顔をする。


「助かるよ」


グレンは答えなかった。

男の横を通り、子供の前にしゃがむ。


「腹は減ってるか」


子供は動かなかった。


「これから飯を作る。一緒に来るか?」


細い指が、服の裾を握りしめた。


「……お金、ない」

「いらない」

「お皿、洗う?」


グレンは少し黙った。


「食べてからでいい」


子供が、そっと顔を上げた。


「玉葱は、食えるか」

「からい」

「火を通すと甘くなる」

「うそ」

「試してみよう。嫌なら、残していい」


差し出したグレンの手を、小さな手が握った。

その手は、子供が立ち上がっても離れなかった。


私たちは四人になって、家を出た。

馬を見て驚いた子供を、グレンが抱き上げる。

いつもより、ずっと慎重だった。

私はそれを見ながら、さっきの言葉を思い返した。


役に立つから、置いてくれ。

そんな頼み方をされた子は、役に立てなかったら、どうすればいいのだろう。

グレンは子供を前に乗せ、手綱を取った。


「落とさないから、掴まってろ」


小さな腕が、彼の服をぎゅっと掴んだ。


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