第一話 門/トランジスタ
悠真が目を覚ますと、草原に門が立っていた。
「……?」
昨日まで、こんなものはなかった。
木製の大きな門。
その横には小さな詰所があり、前には一人の男が立っている。
男は悠真に気づくと、軽く頭を下げた。
「おはようございます」
「おはよう。……ここ、何?」
「門です」
「それは見れば分かるんだけど」
悠真は門を見上げた。
門の向こうには道がある。
しかし、その先に建物らしいものは何もない。
「どこへ続いてるの?」
「分かりません」
「分からない?」
「はい」
門番は淡々としている。
そのときだった。
門番の前に、一枚の紙が現れた。
空中から落ちてきたわけでもない。
ただ、最初からそこにあったかのように現れた。
門番が手に取る。
紙には短い言葉が書かれていた。
『門を開けよ』
「承知しました」
門番が動く。
重い扉がゆっくりと開いた。
悠真はその様子を眺めていた。
「……今の何?」
「神託です」
「神託?」
「はい」
「神様から?」
「はい」
門番はそれ以上説明しなかった。
悠真も聞き返さなかった。
門が開いている。
それだけ確認して、悠真は中へ入った。
しばらくすると、再び門番の前に紙が現れた。
『門を閉じよ』
「承知しました」
門が閉まる。
「なるほど」
悠真は門番を見る。
「神託が来る」
「はい」
「それに従う」
「はい」
「それが仕事?」
「はい」
実に分かりやすい。
悠真は門番を眺めた。
命令を受ける。
命令通りに動く。
それ以外の判断はしない。
「……ずいぶん融通が利かないな」
「必要ありません」
「まあ、そうか」
悠真は門を見た。
門番は再び正面を向く。
しばらくして、旅人が歩いてきた。
背中に荷物を背負っている。
門の前まで来ると、旅人は門番に声をかけた。
「通ってもいいか?」
門番は旅人を見る。
「……」
返事をしない。
「?」
旅人も門番を見る。
門を見る。
そして、もう一度門番を見る。
「通行したいんだが」
門番は答えない。
悠真は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
やがて旅人は諦めたように門の前で待ち始めた。
しばらくして。
門番の前に神託が現れた。
『旅人を通せ』
「承知しました」
門が開く。
「どうも」
旅人は頭を下げ、門を通っていった。
門番は何も言わない。
旅人が通り過ぎると、神託が再び現れた。
『門を閉じよ』
「承知しました」
門が閉じる。
悠真はその一連の動きを見ていた。
「なるほど……」
旅人が来たから開ける。
そんな判断はしない。
神託が来たから開ける。
それだけだ。
「完全に役割が決まってるな」
門番は黙っている。
悠真はそれ以上言わず、門の周囲を歩いた。
翌朝。
悠真が目を覚ます。
「……」
門が増えていた。
昨日は一つ。
今日は三つ。
門番も三人いる。
さらに、それぞれの門の横に詰所まで増えていた。
「また増えた……」
悠真が近づいても、三人の門番は特に驚かない。
最初からそこにいたような顔をしている。
「昨日からいた?」
「はい」
「そう……」
悠真は少し考えた。
もちろん昨日はいなかった。
だが、ここではそれを問題にする意味がないらしい。
新しい門番の前に神託が現れる。
『第一の門を管理せよ』
「承知しました」
別の門番にも神託が届く。
『第二の門を管理せよ』
「承知しました」
三人目にも届く。
『第三の門を管理せよ』
「承知しました」
三人が、それぞれの門へ向かう。
悠真はその様子を眺めた。
一人の門番。
一つの門。
それが三組になった。
仕事そのものは変わらない。
命令を受ける。
門を開ける。
門を閉める。
そして、また命令を待つ。
昼頃。
悠真は三つの門を眺めていた。
一つの門番は門を開けている。
別の門番は門を閉めている。
もう一人は次の神託を待っている。
それぞれは単純だ。
だが、複数のものが組み合わされると、違う動きを作れる。
悠真はしばらく考えた。
「……」
門を一つ。
門を二つ。
そして三つ。
条件によって、それぞれ違う状態になる。
「論理回路みたいだな」
誰に説明するでもなく、悠真は呟いた。
門番たちは聞いていない。
いや、聞いていたとしても、意味を理解する必要はない。
彼らの仕事はただ一つ。
神託を受け取り、その役割を果たすこと。
夕方。
悠真は最初の門へ戻った。
門番はまだそこにいる。
「今日も一日、門番か」
「はい」
「大変じゃない?」
「問題ありません」
悠真は門番の隣に立った。
遠くを見る。
草原の向こうには何もない。
門が一つ。
それだけだった場所に、今は三つの門がある。
「昨日よりは、ちょっと賑やかになったな」
門番は黙っている。
そのとき。
遠くから、何かが現れる音がした。
悠真が振り向く。
草原の向こうに、小さな建物が一つ。
その前に、人影がある。
門番とは違う格好をしている。
「……今度は何だ?」
悠真は歩き出した。
新しい役割が、この世界に生まれようとしていた。




