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続きを書いて。
## 騎士団長の「上書き」宣言
翌朝。エレナが目を覚ますと、公爵家の自室には山のようなバラと、一通の手紙が届けられていた。
「昨夜の宣戦布告、しかと受け取った。今日から貴女の時間はすべて私が買い取る。一刻後に迎えに行く。――アルリック」
「……買い取るだなんて、相変わらず無作法な人」
エレナは文句を言いつつも、昨夜、彼の胸の中で感じた熱い鼓動を思い出し、顔を赤らめた。彼女はクローゼットから、カシアンが好きだと言った淡いパステルカラーではなく、アルリックの瞳の色に近い、深いネイビーのドレスを選び取った。
### 第一の上書き:思い出の「森」にて
アルリックが彼女を連れて行ったのは、あの日、彼女が駆け落ちをしようとした例の森の入り口だった。
「……ひどい嫌がらせですわ。わざわざこんな場所に来るなんて」
エレナが不満げに唇を尖らせると、アルリックは彼女の手を引き、迷いのない足取りで森の奥へと進んでいく。
「嫌がらせではない。記憶の『浄化』だ」
彼が足を止めたのは、月明かりの下でカシアンが待っているはずだった、古びた礼拝堂の跡地だった。カシアンはここを「愛の逃避行の出発点」と呼んでいたが、今のエレナには、湿った土と腐敗した木の匂いしか感じられない。
アルリックは、その礼拝堂の祭壇に無造作に腰掛けると、エレナを自分の方へ引き寄せた。
「あの夜、貴女はここで奴と愛を誓うつもりだったな」
「……ええ、そうですわ。それが何か?」
「今日、この場所は別の意味を持つ。――見ろ」
彼が指差す先には、騎士団の工兵たちが手配したのだろうか、礼拝堂の周囲を埋め尽くすほどの白いリコリスの花が植え替えられていた。さらに、彼が合図を送ると、周囲の木々に仕掛けられていた魔導具が起動し、柔らかな光の粒が蛍のように舞い上がる。
「ここはもう、裏切りの待ち合わせ場所ではない。私が貴女を『奪還』し、改めて求婚した場所だ」
アルリックは彼女の指に、公爵家の家紋ではなく、騎士団長個人の紋章が刻まれた重厚なリングを嵌めた。
「過去を消すことはできない。だが、その上から私が新しい記憶を塗りつぶしてやる。……どうだ、少しは上書きされたか?」
「……強引すぎますわ。これでは、忘れようにも忘れられないじゃありませんか」
エレナは呆れながらも、薬指に宿る重みに、カシアンの時のようなふわふわとした不安ではなく、確かな「重力」を感じていた。
### 第二の上書き:食事の「毒」抜き
その後、二人は街で一番の高級レストランに向かった。
そこは、かつてカシアンが「君をいつかここに連れて行けるような身分になりたい」と、エレナの財布を当てにしながら語っていた店だった。
アルリックは席に着くなり、メニューも見ずに最高級のワインと料理を次々と注文した。
「……ここも、彼が語っていた場所です」
「知っている。だから選んだ。奴が『いつか』と口先だけで語った夢を、私は『今』現実にしてみせる」
アルリックは、給仕が持ってきた最高級の肉料理をエレナの皿に取り分けた。
「奴が貴女に与えたのは、甘いだけの毒だ。私は、貴女が飽きるほどの現実と、それを支える確かな富を与える。……エレナ、奴の名を思い出す暇もないほど、私の与える刺激で頭をいっぱいにしろ」
「アルリック様……あなた、本当はものすごく執念深い方なのね」
エレナは思わず吹き出した。冷徹な騎士団長が、一個人の過去の男に対してこれほどまでに対抗心を燃やし、全力を尽くしている。その姿は滑稽で、けれど、愛おしかった。
### 宣戦布告の返答
食事を終え、バルコニーで夜風に当たる二人。
アルリックは、背後からエレナを包み込むように抱きしめた。昨夜のような悲壮感はない。そこにあるのは、獲物を決して離さないという捕食者の静かな意志だ。
「……認めてあげますわ」
エレナがポツリと呟いた。
「何をだ」
「あなたが、あの方よりずっと……手強い男だということ。そして、私を惚れさせるというあなたの挑戦が、案外、成功しつつあるということ」
エレナが振り返り、アルリックの首に腕を回す。彼女の瞳には、過去の感傷ではなく、目の前の男を翻弄してやろうという悪戯っぽい光が宿っていた。
「でも、まだ『完璧に上書き』とはいきませんわよ? 私を満足させるには、一生かかりますから」
「望むところだ。……一生かけても足りないほど、貴女を追い詰めてやる」
アルリックは深い口付けで、彼女の言葉を塞いだ。
強情な令嬢と、独占欲にまみれた騎士団長。二人の「愛という名の戦い」は、過去を塗りつぶし、より鮮やかな色彩で未来を描き始めていた。




