59話
翌日。家の中。
「今日は、ちゃんと練習する」
俺がそう言うと、ユイが少しだけ姿勢を正す。
「はい」
シエルはソファから立ち上がる。
相棒も軽く伸びをする。
「やるかの」
俺は部屋の中央に立つ。
軽く手をかざす。魔力を流す。
空間に干渉する。
薄く、見えない壁を張るように―広げる。
ドン、とわずかな圧が空気に乗る。
それが部屋全体を包む。
「……え」
ユイが周囲を見る。
「何か変わりました?」
「結界だ」
「外に影響が出ないようにした」
「音も、衝撃も止める」
「……そんなこともできるんですか」
「できる」
短く答える。シエルが周囲を見て呟く。
「『精度は悪くない』」
「『最低限じゃな』」
相棒も軽く評価する。ユイが首を傾げる。
「今の何ですか?」
「気にするな」
「気になりますよ!?」
だが話は進める。
「ユイ」
「はい」
「今回やるのは、発動の短縮だ」
「威力は十分ある」
「問題は速度」
ユイが真剣な顔で頷く。
「……確かに、ちょっと遅いです」
「自覚はあるか」
「あります」
シエルが前に出る。
「……見セル」
手を軽く上げる。魔力が流れる。
一瞬。
風が走る。
ヒュンッ。
何もない空間が切れる。
ウィンドカッター。
発動まで、ほぼラグがない。
「……速い」
ユイが呟く。
「……これくらい」
「基準」
シエルが言う。ユイが苦笑する。
「ハードル高いですね……」
相棒が言う。
「『最初は誰でも遅い』」
「『だが慣れれば詰まる』」
俺が続ける。
「コツは一つだ」
「溜めるな」
「流せ」
「……流す」
ユイが繰り返す。
「魔力を作るんじゃない」
「すでにあるものを使う」
「……なるほど」
少しずつ理解している。
「やってみます」
ユイが構える。剣を軽く持ち、集中する。
魔力を練る。
「ファイ――」
「遅い」
「え」
「今のは作ってる」
「流せ」
「……はい」
もう一度。今度は、意識を変える。
溜めるのではなく、通す。
流す。
「……ファイア!」
ボッ、と炎が出る。
さっきより速い。
だが――
「まだ遅い」
「ですよね……」
シエルが近づく。ユイの手を軽く見る。
「……力、入レ過ギ」
「……え」
「抜ケ」
ユイが少し驚く。
「力、抜くんですか?」
「……ウン」
「流レ、止マル」
短い説明。だが本質だ。
ユイが深く息を吐く。
「……もう一回」
目を閉じる。力を抜く。
魔力を感じる。
そのまま――通す。
「ファイア」
ボッ。さっきより速い。
明らかに違う。
「……今のいい」
シエルが言う。ユイが目を開く。
「ほんとですか?」
「ああ」
「感覚、合ってる」
相棒も頷く。
「いい流れじゃ」
ユイが少し笑う。
「……なんか分かってきました」
俺は短く言う。
「そのまま繰り返せ」
「体に覚えさせろ」
「はい」
その後。何度も繰り返す。
ファイア。
ウィンドカッター。
少しずつ、速くなる。
最初の遅さは消えていく。
シエルがぽつりと呟く。
「『筋はいい』」
「『ああ』」
「『伸びる』」
相棒も同意する。ユイはそれを聞いていない。
ただ、集中している。
「……もう一回」
何度も何度も繰り返す。
やがて――
「ファイア!」
ほぼ一瞬で発動。炎が鋭く弾ける。
シエルが頷く。
「……合格」
ユイが一気に力を抜く。
「はぁ……」
「できました……」
「できたな」
俺が言う。ユイが少し笑う。
「ちょっと楽しいです、これ」
「そうか」
「はい」
そのまま座り込む。疲れているが、表情は明るい。
シエルがその隣に座る。
「……強クナル」
「……はい」
ユイが頷く。相棒が軽く言う。
「いい調子じゃ」
結界の中。外に漏れない静かな空間。
その中で――確実に、一歩進んでいた。
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