53話
夜。
シエルはソファで眠ったまま、動かない。
完全に力を抜いている。
俺と相棒は少し離れた位置に座っていた。
静かな時間。その中で、相棒がぽつりと口を開く。
「『なあ』」
「『何だ』」
「『言葉、どうする』」
短い問い。だが、内容は重い。
俺は少しだけ視線をシエルに向ける。
静かに寝ている。
「『教えるか』」
「『悩んでおる』」
相棒が腕を組む。
「『今でも困ってはおらん』」
「『だが、この世界では不便じゃ』」
「『ああ』」
確かに俺たちがいれば問題ない。
だが、いない時はどうする。
ユイやレイカとも、まともに話せない。
「『覚える気はあると思うか』」
相棒が聞く。少し考える。
「『あるだろうな』」
「『必要ならやるタイプだ』」
「『じゃろうな』」
相棒も納得する。
少しの沈黙。そして。
「『教えるか』」
「『ああ』」
結論は早かった。
シンプルに、それが一番いい。
ちょうどその時。
「……ん」
シエルが目を覚ます。ゆっくりと起き上がる。
少しだけぼんやりした目でこちらを見る。
「『起きたか』」
「『ああ』」
短く返す。まだ眠そうだ。
だが、意識ははっきりしている。
俺はそのまま言う。
「『言葉、教えるか』」
シエルの動きが止まる。
「『……こっちのか』」
「『そうだ』」
少しだけ考える。視線が横に流れる。
そして戻る。
「『必要か』」
「『多少はな』」
相棒が答える。
「『不便な場面が増える』」
「『お前一人で動くこともあるだろう』」
シエルは数秒黙る。
そして。
「『……分かった』」
短く頷いた。
「『やる』」
即決だった。俺は軽く頷く。
「『じゃあ簡単なとこからだ』」
そのまま、近くにあったコップを持つ。
シエルに見せる。
「水」
はっきりと言う。シエルがそれを見る。
「……ミズ」
少しぎこちない発音。
「いい」
「合ってる」
相棒が少し笑う。
「覚えが早いの」
「『当然だ』」
シエルが軽く言う。少しだけ得意げだ。
次に、俺は自分を指す。
「俺」
シエルがこちらを見る。
「……オレ」
「まあいい」
意味が通じれば問題ない。
そのまま、シエルを指す。
「シエル」
「……シエル」
これは完璧だ。
当たり前だが少しずつ進める。
簡単な単語。短い音。
繰り返し。
シエルはすぐに覚えていく。
「……ユイ」
「……レイカ」
名前も覚える。相棒が言う。
「筋がいいの」
「『当たり前だ』」
また同じ返し。だが、実際早い。
シエルがぽつりと言う。
「……コレ、タノシイ」
少しだけ不自然な発音だが意味は伝わる。
俺は短く答える。
「そうか」
相棒も頷く。
「続けるか」
「……アア」
シエルが答える。ゆっくりだが、確実に。
言葉が増えていく。
戦いではないだが、これも必要な積み重ね。
シエルが小さく呟く。
「……ハナセルヨウニ、ナル」
「なるな」
俺が答える。
その言葉に、シエルはわずかに笑った。
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