43話
その日の夕方。
「『来るか』」
俺が短く言うと、シエルは少しだけ目を細めた。
「『問題ない』」
頷く。
レイカが腕を組みながらこちらを見る。
「どこに連れていく」
「家だ」
「……は?」
ユイが一瞬で反応する。
「え、来るんですか!?」
「来る」
「いや軽く言ってますけど!」
相棒がくすっと笑う。
「いつも通りじゃろ」
「いつも通りなんですかこれ!?」
レイカは数秒だけ考えた後、小さく息を吐いた。
「……まあいい」
「外に放っておくよりは安全だ」
そしてシエルを見る。
「任せる」
短く言う。
そのまま俺たちはギルドを出た。
――家。
玄関に入るなり、シエルの視線が動く。
壁、床、天井。
細かく観察している。
「……なんかすごい見てますね」
ユイが小声で言う。
「『知らん場所だからな』」
俺が軽く訳す。
ユイが「なるほど……」と頷く。
靴を脱ぐ動作も、シエルは一瞬迷った。
だが、俺たちを見て真似る。
「え、ちゃんとやるんですね」
「『郷に入っては郷に従う』」
相棒が言う。
「……今の絶対意味分かってないですよね?」
「分かっておる」
そのまま中に入る。
いつもの部屋だが今日は少し違う。
ユイとシエル。
二人がいるだけで、空気が変わる。
シエルは部屋の中央で止まる。
そして。
「『……狭いな』」
「そうか」
「『だが落ち着く』」
ユイが首を傾げる。
「今なんて言ってるんですか?」
「狭いけど落ち着く、だとよ」
「え、ちょっと嬉しいですね」
ユイが笑う。
シエルはその反応を見て、少しだけ目を細める。
意味は分からない。だが、空気は伝わる。
ユイが少し近づく。
「えっと……」
手振りで自分を指す。
「ユイ」
シエルを見る。
「ユイ」
もう一度。
シエルは少しだけ考える。
そして。
「……ユイ」
ぎこちなく発音した。
「え!?」
ユイが一瞬で顔を明るくする。
「今、言いましたよね!?」
「『名前くらいは覚える』」
「すごい……!」
完全には通じていないだが、それでも少しずつ繋がる。
ユイは今度はシエルを指す。
「シエル」
シエルは頷く。
「シエル」
そのやり取りを見て、相棒が小さく笑う。
「なんとかなりそうじゃの」
「だな」
俺も同意する。
ユイがさらにテンション上がる。
「ちょっと待ってください!」
テーブルの上に置いてあったコップを指す。
「これ、水!」
シエルを見る。
「みず!」
シエルはコップを見る。
そして少し考える。
「……ミズ」
「通じてる!?」
「通じてない」
「夢壊さないでください!」
だが、シエルはコップを持ち上げる。
飲む。理解はしている。
言葉ではなく、状況で。
「『意味は分かる』」
「意味は分かるって言ってる」
「すごい……!」
ユイが完全に楽しんでいる。
シエルも、わずかにだが表情が柔らいでいる。
そしてふと、俺を見る。
「『変わったな』」
「何が」
「『こういうの、前はなかった』」
確かにそうだ。
戦って、生き残るだけだった。
こんな時間はなかった。
「『そうだな』」
短く返す。
ユイがその様子を見て言う。
「なんか二人だけで話してるのずるいです」
「仕方ない」
「早く私も混ざりたいです」
相棒が言う。
「そのうちできるようになる」
「本当ですか?」
「知らん」
「適当すぎません!?」
部屋の空気が、少しだけ賑やかになる。
言葉は通じない。
だがそれでも成立している。
そんな不思議な時間が、静かに流れていった。
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