38話
家に戻った頃には、外はもう少し暗くなり始めていた。
相模原ダンジョンからの帰り道、特に会話は多くなかった。
戦闘の後特有の、妙に落ち着いた空気。
そのまま流れで帰ってきたわけだが――
「……あの」
玄関の前で、ユイが立ち止まった。
「なんでいるんだ?」
俺がそのまま聞く。
ユイは一瞬だけ視線を逸らした。
「えっと……」
「気づいたら、ついてきてました」
「無意識か」
「……はい」
少しだけ気まずそうに笑う。
相棒がくすっと笑った。
「面白いの」
「いや止めろよ」
「止める理由もないじゃろ」
確かにない。
レイカは途中で別れている。
今ここにいるのは三人だけだ。
ユイが少しだけ遠慮がちに言う。
「その……帰った方がいいですか?」
「別にどっちでもいい」
「え」
「来たなら入れ」
ユイが少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「じゃあ、お邪魔します」
そのまま中に入る。
靴を脱いで、いつも通りの部屋。
ユイは少しだけ周囲を見回す。
「なんか……落ち着きますね」
「変わらん」
「そうなんですけど」
相棒がソファに座る。
「戦いの後じゃからかの」
ユイも少し遅れて座る。
そのまま、ふぅと息を吐いた。
「今日……すごかったです」
「どれが」
「全部です」
即答だった。
俺は水を用意して、テーブルに置く。
ユイが「ありがとうございます」と言って受け取る。
「相模原のあれ……」
「初めて見ました」
「俺も初めて見た」
「え」
「種類が違う」
相棒が補足する。
「土地ごとに変わることもある」
「そうなんですね……」
ユイは少し考えるようにしてから言う。
「でも、なんか」
「東京の時と違いましたよね」
「違ったな」
俺も同意する。
「歪み方が違う」
ユイはその言葉を反芻する。
「歪み……」
「よく分かんないですけど」
「なんか嫌な感じでした」
「感覚は間違ってない」
相棒が言う。
「良い目をしておる」
ユイが少しだけ照れたように笑う。
「ありがとうございます」
少し間が空く。
静かな時間。
外の音もあまり聞こえない。
ユイがぽつりと言う。
「……なんか」
「こうやって普通に話してるのが不思議です」
「何が」
「だって」
少し笑う。
「さっきまであんなのと戦ってたのに」
「今普通に家にいるじゃないですか」
「そういうものだ」
「そういうものですかね……」
納得はしていない顔だ。
相棒が言う。
「慣れる」
「慣れたくないです」
即答だった。少しだけ空気が緩む。
ユイが水を飲みながら、こちらを見る。
「……あの」
「なんであんなに強いんですか?」
またその質問か。俺は少し考える。
「長いだけだ」
「時間がですか?」
「そうだな」
それ以上は言わない。
ユイも深くは聞かない。
少しだけ間を置いてから。
「……いいな」
ぽつりと呟く。
「何が」
「その感じです」
「余裕あるというか」
相棒が小さく笑う。
「余裕ではない」
「そうなんですか?」
「ただ、生き残ってきただけじゃ」
ユイは少し黙る。それから小さく頷いた。
「……私も」
「もっと強くなりたいです」
その声は、前よりも少しだけはっきりしていた。
俺は短く答える。
「なれる」
「簡単に言いますね」
「事実だ」
相棒が続ける。
「素質はある」
「魔力も多いしの」
ユイが少し驚く。
「本当ですか?」
「ああ」
ユイは少し嬉しそうに笑う。
そのまま、少しだけ体を預けるようにソファに沈む。
「……なんか」
「安心しますね、ここ」
「そうか」
俺はそれ以上は言わない。
静かな時間がまた流れる。
戦闘の緊張も、少しずつ抜けていく。
ユイが目を閉じる。
「……少しだけ」
「このままいていいですか」
「好きにしろ」
相棒が横で言う。
「寝るなよ」
「寝ませんよ……」
数秒後。完全に寝ていた。
相棒が小さく笑う。
「寝たの」
「だな」
俺は軽くため息をつくだが、追い出す気はない。
そのまま放っておく。
静かな部屋に、規則的な寝息だけが響いていた。
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