表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

「我慢の果ては豹変の始まり」

昼休みに私は屋上で琴音とお弁当を食べていました。

食べている途中、琴音は私を励まそうとしてか、スマホからコスプレの写真を見せてくれました。

そのコスプレ姿の琴音を見て、私は少し元気が出た気がします。

昼休みが終わり、私たちは教室へ向かって歩いていました。

「ねぇ、転校生」

「なに?」

「転校生の妹ってどんな子? ノリはいい方?」

「えっと……たぶんノリはいい方だと思うけど……ちょっとウザいところもあるかな……」

「そうなんだぁ。今度遊びに行ってもいい?」

琴音のその言葉に私は少し考えました。

「いいよ……いいんだけど……」

「どうしたの?」

「うち、あんまり遊べるものないよ? 人生ゲームしかないし……」

「えぇ〜? そんな都会っ子なのにゲームも持ってないの? まあ、私も持ってないけど……」

琴音は肩をすくめてからかうように笑いました。

その笑顔につられて、私は思わず小さく笑い返します。

教室のドアが見えてくると、胸の奥がきゅっと締めつけられました。

(また……あの人たちがいるかもしれない……)

足が一瞬止まりそうになりましたが、琴音が軽く背中を押してくれました。

「ほら、行くよ。授業始まっちゃうぞ?」

「……うん」

教室に入ると、斤上さんの鋭い視線がこちらを射抜きました。

笑っているはずなのに、その目は氷のように冷たく、私を鋭く睨みつけていました。

私は自分の席に座り、すーちゃんを起こさずに昼休みを過ごしました。

ふと気になってチラッとすーちゃんの方を見ると、彼女はずっと体勢を変えずに寝ていました。

5時間目のチャイムが鳴っても、すーちゃんはまだ起きません。

(……チャイム鳴ったのに、なんで起きないの?)

心の中でツッコミを入れながら机の中から教科書を取り出すと、そこには信じられない光景が広がっていました。

教科書はハサミか何かで切り刻まれたようにボロボロになっていました。

国語の教科書も数学の教科書も、すべてが切り刻まれているのです。

「え……なんで……?」

小さく呟きながら周囲を見渡すと、ちょうど斤上さんと目が合い、慌てて目線を逸らしました。

斤上さんは冷たい笑みを浮かべながら手を挙げて大声で叫びました。

「せんせー。鈴藤さんが教科書を雑に扱ってるんですけどぉ〜。やっぱ都会の人って物を大切にしないんだぁ〜」

教室中に響き渡るその声に、私は慌てて反論しました。

「違います! 私はそんなこと……」

「はぁ!? 嘘つくんじゃねえよ! その教科書見れば一発だろ!」

針のように鋭い言葉が胸を抉るように刺さり、私は堪えきれずに泣き出してしまいました。

「嘘泣き? そういうのいいから、なんか言ったらどうなの?……」

「す、すみません……」

「声が小さい!」

「すみませんでした!」

私の声が教室中に響く中、すーちゃんはまだ起きていません。

「鈴藤さん、放課後、職員室に来てください」

先生の声が、さらに私にとどめを刺すように冷たく響きました。

授業が終わり、机に俯いていると琴音が私の背中をポンと叩きました。

「気にすんなって。私は転校生がそんなことするやつじゃないって知ってるからさ」

「あ、ありがとう……琴音……」

琴音の優しさにほんの少しだけ救われた気がして、また涙があふれてしまいます。

「おい、泣くなって! 明日から教科書見せてやるから」

「うん……ありがとう……」

「お礼はいらないから、コスプレ教に入らない?」

「えっと……考えとくね……」

袖で涙を拭いながら、私は放課後の職員室に呼び出されました。

(あとで謝らなきゃ……すーちゃんとカズミ待たせちゃってる……約束したのに……)

「鈴藤さん! ちゃんと聞いてるんですか!?」

「あ、はい……すみません……でも本当に私じゃないんです!」

「じゃあ誰がやったんですか?」

「えっと……それは……」

「答えられないんですね。お母さんに連絡しますから!」

先生の言葉は両親のいない私に刺さるようで、ボロボロになった私の教科書を投げつけてきました。

私は床に落ちた教科書を拾い、職員室を出ます。

(早く行かなきゃ、2人とも待ってるし……)

小走りで生徒玄関に向かい、校門に行くと2人が待っていました。

「お姉ちゃん、遅い! お姉ちゃんのせいでずっと気まずかったんだから!」

いつもならちょっとムカつくような言葉でも、今の私の心には突き刺さりました。

「ごめん……ちょっと自習してて……」

「もう真面目だなぁ。受験勉強なんて3年の夏でもいいのにぃ〜」

私は笑えませんでした。

でも、その優しい背中にまたすがってしまいそうになります。

「ねぇ、ねぇ、すーちゃん……」

「どうしたの?」

「今日、なんでずっと寝てたの?」

「寝てたんじゃないよ。俯くと集中できるんだよね……」

今日のすーちゃんは何かを抱えているようで元気がありません。

「す、すーちゃん……」

「なに?」

「せっかく5限目で学校終わったから、私の家で遊ばない?」

そう言うと、すーちゃんはさっきの元気のない様子から急に笑顔に戻りました。

「うん、遊ぼう! カズミとも仲良くなりたいし!」

元気になったすーちゃんを見て、私は思わず呟きました。

「よかった……」

「もう風海ちゃん、そんなに心配してたのぉ〜?」

すーちゃんはからかうように顔を近づけて言います。

「う、うん……友達だもん……」

そうして私たちは3人で話しながら家に向かいました。

空を見上げると雲ひとつない快晴で、太陽の光が眩しくてとても綺麗でした。

「ただいま……おばあちゃん……」

「あれ? おばあちゃん、来ないね。お出かけかな……」

「とりあえず上がろっか……」

靴を脱いで階段を上がると、2人もついてきました。

「ここが私たちの部屋だよ……」

「風海ちゃんの部屋!? 」

「私の部屋でもあるけどね!」

部屋に入り押し入れから人生ゲームを取り出して床に置きました。

「えぇ〜、風海ちゃん、テレビゲーム持ってないのかよぉ〜。ぶーぶー」

すーちゃんは口を尖らせて拗ねた様子です。

「ごめんね……」

「許しません! 罰として私の得意なトランプをやってもらうよ!」

すーちゃんは鞄からトランプを取り出し、手慣れた様子でシャッフルします。

「いいね、お姉ちゃんには負けないから!」

「わ、私だって負けないから……」

そう言っている間にすーちゃんはカードを配り終え、私は手札を確認しました。

そこにはいてはいけないカードが混ざっていました。

もちろんジョーカーです。

(嘘でしょ……ジョーカーある……)

「順番は年下順ね」

「じゃあ私が最初確定だね。私の次は?」

「風海ちゃんだね、絶対!」

「え、なんで……そうなるの?……」

「だって私、1967年産まれだから!」

順番はカズミ→私→すーちゃんの順に決まりました。

「じゃ、いくよー!」

カズミが1枚引いて、軽快に笑います。

「よし! ハズレ!」

続いて私の番。すーちゃんの手元から1枚、慎重に選び、カードを確認。ジョーカーじゃありませんでした。

(よかった……!)

緊張で手が少し汗ばんでいることに気づきます。

「さぁ〜私の番ね〜♪」

すーちゃんは歌うようにカズミの手札から1枚抜きます。

「あ、これいいカードかも♪」

「うわ〜やられた! でもまだ勝負はこれからだよ!」

3人で次々にカードを引いていきました。

途中、カズミが手札を落として「あ〜!」と叫んだり、すーちゃんが「風海ちゃんの表情、バレバレ〜!」と指摘したりして、笑い合いながらも、誰がジョーカーを持っているのか探り合いが続きました。

やがて手札はどんどん減っていき__

「やったー! 私あがり!」

最初に勝ち抜けたのはすーちゃんでした。

「お姉ちゃん、あと何枚〜?」

「えっと、2枚……」

私の手にはジョーカーとダイヤのエース。カズミに手札からどちらか引かせるしかありません。

「引くよ〜」

カズミが私の手札から普通のカードを引きました。

(あ……!)

手元に残ったのはジョーカー1枚。

「……私、負けだね」

「はいっ、私の勝ちー!、お姉ちゃんの負けー!」

カズミが満面の笑みで手札を高く掲げました。

「やっぱり私、強いんだ〜!」

私とカズミは顔を見合わせて、一緒に笑いました。

「ていうかすーちゃん、強すぎ! チートだ、チート!」

すーちゃんは小さく舌を出して、

「だって私、1967年産まれだからね〜。年の功ってやつ?」

3人で笑いながら、夕焼けの部屋に楽しそうな声が響きました。

その時、玄関から物音がしました。

「おばあちゃんだ! おばあちゃ〜ん!」

カズミがそう叫んで階段を駆け下りました。

「あ、そろそろ私も帰らなきゃ!」

すーちゃんはトランプをそのままにして部屋から出ます。

「ちょっと待って!」

私も追いかけるように部屋を出ましたが、すーちゃんはもういませんでした。

階段を降りてリビングに行くと、

「おばあちゃん……すーちゃんもう帰っちゃった?」

「すーちゃん? カザミん、誰のこと言ってるん?」

「え、さっき階段から降りて来た女の子だよ……」

「そうかなんか? 見とらんけど」

おばあちゃんはそう言いながらキッチンに向かい、夕飯の支度を始めました。

でも今日の夕飯は、なぜかあまり味がしませんでした。

翌朝、教室で私は机の中を覗き、斤上さんに何もされていないかを確認しました。

「よかった……」

真横には犬の被り物をした人がいます。

その被り物はリアルでとても不気味でした。

「え! 誰!?」

私がそう叫ぶと、その人は被り物を取り素顔を見せました。

「じゃーん、琴音さんでーす」

「なんだ……琴音だったのか……びっくりさせないでよ……」

安心した私は胸を撫で下ろしました。

「いや、落ち込んでるかなぁって。でも元気そうでよかったよ」

琴音は犬の被り物を私の机に置き、自分の席に座りました。

私は正直こう思いました。

(え……何これ……新種の嫌がらせですか?……)

琴音の方を見ると、何か期待したような表情で私を見ています。

(被れってこと?……)

恐る恐る被り物を両手で持ち、自分の頭を押し込みました。

被り物を被って琴音を見ると、

「ぷっ……ふふっ……」

「ちょっと、なんで笑うの!?」

私が怒ると、琴音はカメラを取り出して言いました。

「写真撮ってあげようか?」

「ちょっとやめてよ!」

私は被り物を慌てて脱ぎました。

「ちぇっ、面白かったのになぁ」

「ごめん……今度妹貸してあげるから許して……」

「いや妹を貸すって何だよ! でも貸してぇ〜」

そんなやり取りをしている時、姫瑠が教室に入ってきました。

「鈴藤、話があるから来てくれ」

「あ、はい……」

私が斤上さんの方へ歩み出そうとすると、琴音が私の腕を掴み引き止めました。

「行かなくていいよ……また殴られるよ……」

その声は震えていました。

「琴音、お前そんなことしてどうなるかわかってんのか?」

「わからないね……」

琴音がそう言った瞬間、誰かが教室に入ってきました。

1人はスマホをいじりながら寄りかかっていて、もう1人はスマホで撮影しています。

「姫瑠、こいつら殴るんでしょ? 撮ってていい?」

「いいぞ、あとで私にも送ってくれ」

斤上さんは琴音と私に殴りかかり、私たちは殴られながらスマホで撮影されました。

他の生徒たちが来るまで、殴られ続けました。

そして斤上さんは私たちの耳元で囁きました。

「放課後はトイレで待ってるから来るよね?」

「はい……」

放課後も斤上さんの気まぐれでボコボコにされ、私と琴音は屋上のフェンスに寄りかかりました。

「大丈夫かい? 転校生……」

「うん……琴音は?……」

「私は慣れてるから大丈夫……」

「慣れてる?……なんで?……」

私は興味本位で聞いてしまい、慌てて取り消そうとしましたが琴音は話し始めました。

「実は私、昔さ、毎日ボコボコにされてたんだよね〜。……姫瑠に……」

「そうなんだ……こんなこと聞いてごめん……」

「別に気にすんなよ。毎日ボコされて気づくこともあるし……」

「え?……」

「痛いのは防具をつけてないからだって。だから私はコスプレという装備を着るのさ……」

そう言って琴音は犬の被り物を被りました。

「そうなんだ……」

「転校生も今度どうだい?」

「あ、えっと……今度ね……」

「もうノリ悪いなぁ。じゃあ夏休み、抜き打ちで家行くからね」

「え、あ、わかった……」

そうして私たちは支え合いながら帰りました。

琴音は私を家まで送ってくれました。ご近所さんだったらしいのです。

しかも一緒に登校する約束までしました。

(私、青春してる!……)


そう思えるのも、今だけだった。

次の日も斤上さんに殴られ、ノートも切り刻まれ、先生に怒られました。

また次の日も、そのまた次の日も殴られ続けました。

しかし、その日常は意外に早く幕を閉じました。

「あはは! 私の友達をいじめるから悪いんだよ!」

その結末は、誰にも予測できなかった。

放課後の薄暗い廊下に、血の匂いと静けさが満ちていました。

そこに立っていた一人の女の子は、ゆっくりと口角を上げて言いました。

「……あはは……だから言ったでしょ。私の友達に、触っちゃダメなんだよ」

笑顔なのに、目は氷のように冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ