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実家に帰らせていただきます

 ──王都から馬車で半日。


 緑深き山を抜けた先、木々に囲まれた谷あいに、それはあった。


 丸太で組まれた大きな屋敷。門の左右には草木が生い茂り、庭先では羊とヤギがくつろぎ、遠くでキジが鳴いている。貴族の“邸宅”というよりは、まるで童話の中の“森の館”だった。


「──ただいまー。婚約破棄されて卒業して、断罪されて帰ってきました〜」


 エステル・フィンブレイズが、手を振りながら門をくぐる。彼女は、両親のいないこの家に、何度も帰ってきた。父と母が事故で亡くなったのは、エステルがまだ五歳のころ。以降、彼女を育てたのは、ただひとりの祖母だった。


「……あれ。もう帰ってきたんか、エステル」


 縁側に腰かけていた祖母──グランマ・セレナ・フィンブレイズが顔を上げる。


「うん。卒業したよ。で、断罪されて追い返されて、婚約も破棄されて、祝福されてない帰還です」


「ようやった。あんたは、ようやっとったよ。……ほんまに」


 その言葉に、エステルは一瞬だけ目を細めた。


「……グランマ」


「ん?」


「わたし、ちょっと疲れたから──今夜は一緒に寝てもいい?」


「ええよ。今日は甘えてええ日や」


 祖母──セレナは立ち上がり、エステルの頭をやさしく撫でた。少女はその手のぬくもりに、かすかに顔をゆるめる。


 その夜──。


 グランマは、ベッドでぐっすりと眠る孫の手をそっと取った。エステルの指に嵌められた一つの指輪を、じっと見つめていた。


 細い銀の輪。その表面には、幾筋もの細かい亀裂が走っている。


「……もう、もうたんか」


 ぽつりと、グランマがつぶやく。


「あと、もう少しだけ……もうちょっと、無事に日々を過ごさせてやりたかったのに」


 机に手をつき、ぎゅっと拳を握る。その指の震えは、老いによるものではなかった。


 ──幼い娘を失い、婿を失い、ただひとり残された孫を、守るためだけに。


 彼女は“嘘”を選んだのだった。


 * * *


 翌日。


 エステルは、グランマに連れられて書斎へと向かった。


「なになに? 急にどうしたの?」


「ええから、座り」


 勧められるまま椅子に腰を下ろしたエステルは、机の上に置かれた銀の指輪に目をとめた。


「……あれ、これって」


「お前の魔力を抑えてた封印の指輪や。もう割れかけとる」


「封印……? 抑えてた……?」


 エステルは言葉を失った。


「ええか、エステル──お前はな、“人間”やない」


「……は?」


「お前の母親は、“白銀の咆哮”と呼ばれたフェンリル族の女や。魔獣の最上位、最強種。うちの血筋の中でも飛び抜けた存在やった」


 空気が、ひたりと変わる。


「フェンリル……?」


「そ。エステル、お前の中にはその血が流れとる。……せやけど、お前が幼い頃、暴走しかけてな。魔力も感情も未熟やったし、このまま育てば周囲に害をなしかねんと思うた。だから──“抑制の指輪”をはめた」


「……あれって、ただの飾りじゃなかったんですか……?」


「違う。“おまえは無能でいい”という設定で育てたんや。目立たず、人に害もなく、静かに過ごせるようにな。けどもう限界や。この三年で、指輪がひび割れてしもた」


「……待ってください。“無能”だったのって、設定だったんですか!?」


「せや」


「いやいや、もっと早く言って!? わたし、魔法の授業で“風よ舞え”って言ったのに、授業中ずっと静電気で髪の毛立ってただけでしたよ!?」


「よう頑張ったな」


「頑張っただけじゃ報われない系の事実なんですけど!!」


 思わずエステルは叫んだ。


「もうすぐ完全に壊れるやろ。そのときが、“おまえの目覚め”や」


「ちょっと待ってください。じゃあ、今までの“魔力量ゼロ”って……」


「ゼロどころか、測定不能や。ただ、装置のほうが爆発しないように測定時だけ魔力が自動遮断されるようになっとった」


「それで“無能”って笑われてたわたしの立場は!?」


「……無能のほうが生きやすいことも、あるやろ」


 グランマ──セレナは苦笑した。


「もう一つ、大事なことを話さなあかん」


「……まだあるの?」


「エステル、お前は本来──王家と婚姻を結ぶ定めの血や」


「……は?」


「フェンリル族と王家は、古の契約で結ばれとった。力と統治の均衡を守るため、代々の王族とフェンリルの娘は婚姻を結ぶことになっていたんや」


「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、わたしと王子の婚約って……」


「政略や。けど、形ばかりになってしもうた。今の王家はその契約を軽んじて、ただの『魔力のない名家の娘』としか見てへんかった」


「…………」


「だからこそ、今度は“力”をもって、思い出させてやればええ。お前が何者かを」


 * * *


「グランマ、ちょっと聞いてください。なんか、朝起きたら耳がふわって動いてたんですけど」


「ふむ」


「あと、しっぽらしきもふもふがパジャマから出てきた気が……」


「ついに来たな」


「いやいや、ついにとか言わんでください! 現実味がすごいんですけど!?」


 軽くパニックになるエステルを見ながら、セレナ──グランマはにっこり微笑んだ。


「大丈夫や。あんた、ちゃんと育った」


「これ、育ってよかった系!? もしかして魔王ルートとかじゃないですよね!?」


「ふふ、それはどうやろ?」


「答えてくださいグランマあああああ!!」

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