目覚めの朝と野菜スープ
「……グランマ、これ、どうしたらいいんでしょう」
エステルは、真剣な表情で問いかけた。彼女の頭には、見事な銀の獣耳がぴんと立ち、腰のあたりからふさふさの尻尾が生えている。毛並みは柔らかく、光を受けてきらきらと輝いていた。
「毛並みは合格やな。母親譲りや」
「いや、そんな遺伝的審査じゃなくて! これ、どうやって生活するんですか!? 普段の服とか、椅子に座るとか!」
軽くパニックになる孫を、グランマは落ち着いた様子で眺めながら、野菜スープをかき混ぜていた。
「まず落ち着いて座って、朝ごはんを食べる。話はそれからや」
湯気の立つスープと焼きたてのパン。いつも通りの朝食。しかし今朝だけは、エステルの尻尾が椅子に挟まり、ピクピクと跳ねていた。
「で? これ、今後どうなるんですか。まさかこのまま生活しろって?」
「そろそろ“制御”の練習を始める頃や。魔力も、身体の変化も、ちゃんと自分で扱えるようにならな」
「制御って……スイッチみたいに耳と尻尾を出したり引っ込めたりできるんですか?」
「できるようになる。訓練すれば、やけどな」
グランマは、パンをちぎってスープに浸した。
「本来、王家で受けるはずの鍛錬も全部うちでやるしかあらへん。ちょっとばかし、きつくなるで」
「……ふ、不安しかないですけど、もうやるしかないんですね」
その日から、エステルの訓練が始まった。
身体能力を高める呼吸法、魔力の制御訓練、そして獣耳と尻尾の“収納と展開”の基本動作。毎日汗だくになりながらも、エステルは全力で取り組んだ。
「グランマ〜、実はちょっと困ったことがあるんですけど……」
「なんや?」
「わたし、今、笑っただけでガラスが割れるようになってるんです……」
「おお、ええ感じやな! 覚醒進んどる!」
「ええ感じ!? これ、悪役令嬢どころか、やっぱり魔王ルートじゃない!?」
* * *
そして、一週間が経った朝。
扉の向こうから、甲高い鳥の鳴き声とともに、使いのフクロウが飛び込んできた。
くるりと宙を旋回したのち、エステルの目の前に一通の巻き紙を落とす。
「……これは」
エステルは巻紙を開き、グランマと顔を見合わせた。
──王都より召喚。王城にて急ぎ面会を求む。
「これは魔物やろなぁ。五年に一度出るか出ないかのクラスなんかな。……まあ、うちの庭に出たら虫扱いやな」
「庭にヒュドラ出るって、どんな家……」
祖母との会話の最中、エステルはもふもふのしっぽを撫でながら考え込んでいた。
卒業して、婚約破棄されて、耳としっぽが生えて──
なんかガラスも割るようになって──
で、今度は王都に魔物騒ぎ。
「……これ、もしや“出番”ってやつ?」
「せやな。しかも“主役の出番”やで」
「う―ん……でも、目立つのちょっと……できれば静かに、ひっそり、生きていきたいんですが……」
「耳としっぽ見えてる時点で無理や」
「確かに」
というわけで、エステルは仕方なく祖母の手配した魔導馬車に乗り、王都へ向かった。
* * *
その頃、王都では。
「……おかしい。魔物の気配が、王都近郊まで来ているなど……」
王宮の騎士団長が額に汗をにじませていた。
「しかも、あの“封印区域”から漏れ出しているような反応です。なにかが、目覚めようとしている……?」
王太子エドワルドも、この報告を受けて蒼白になる。
「聖女がいながら…まさか……あの“フィンブレイズの娘”と関係が……?」
「不明です」
「でも、あの女は無能だったはずだ! 魔力もゼロで、魔法障害コースも立ってるだけで終わったレベルの!」
だが、騎士団長は苦い顔で首を振った。
「“真の最強種”は、目覚めるまで力を隠す。そんな伝承もあります。まさかと思っておりましたが……」
「……馬鹿な……!」
王子が震える声で呟いた。
「まもなく、魔物暴走の兆候があります! 前線の聖女軍、退却しました!」
「なにぃ!? 聖女カトリーナは!?」
「“気分が優れないので、先に王都に戻る”と……」
「逃げとるやないか!!」




