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長い旅路を夢みる 後編

 翌日、朝食の席に人は少なかった。

 宿泊客はそれほど多くないようだ。


 俺は、エレナに挨拶をして、席に着く。

 昨日、彼女が冒険者である事を聞いたと前置きして、話しかける。

 この辺りによく出る魔物の種類や、報酬の多い魔物の出そうな場所。

 地元の冒険者の方が、当然良よく知っている筈だ。


 自分がAランクである事も告げる。

 彼女はBランクだそうだ。彼女のステータスからすれば十分なランクだが、思うように稼げないと少し悔しそうだった。


 俺も今世はそれほど強い訳ではない。

 だが、2回分の前世で覚えた魔法は全部使えるし、ユーリの時の冒険者の経験もある。

 学生時代も、身体を鍛える事に余念がなかった。


 ああ、今まで覚えた魔法は使えると言ったが、一つ訂正する。

 リーリアに協力させて開発した大規模な魔法は、俺単独では使えない。

 数人がかりか、魔石を大量に用意する必要がある。

 単独で使えるのは、リーリアぐらいだ。あとは龍族でも連れてくるしかない。



 朝からギルドに向かい、エレナの話と依頼内容を合わせて確認していく。


 此処は地方にしては大きな街だが、王都、いや(この国は王政では無かった)、首都に物も人も集まる。

 此処のギルドも、Aランクは数名いるが、殆どはBランク以下で構成されているようだ。


 自国を旅していた時、国境付近の街や村もしらみつぶしに回った。

 その時に倒した魔物と、この付近で確認されている魔物は大体同じようだ。


 地元冒険者の仕事を取り上げてしまっては、恨みを買う。

 だが、初日から状況の分からぬ現場に突っ込む程、命知らずではない。


 …丁度良い依頼があった。

 短距離転移で到着する程度の距離で、国境の森よりはかなり手前での目撃情報。

 つまり、森から突出した個体という事だ。


 これなら、1日で済むだろう。

 彼女に毎日会うために、泊まりの必要な依頼はうけないつもりだ。



 そうして、毎日宿に戻り、エレナと言葉を交わして5日程経った。


 俺にはエレナが〝彼女〟というだけで愛しいが、それは彼女に説明できるものではない。

 だから、淡々と話す。

 普通の挨拶や、この街の事、冒険者としての経験を。


 この街で生活し、ギルドで仕事をするのに必要な情報を得る為であるかのように。

 一番聞きやすいのは彼女だから聞いているかのように。


 その中で少しずつ、相手の事を聞き出し、自分の事を話す。

 不自然でない程度に最大限。


 彼女は今世も素直なタイプのようだ。

 こちらが自分の事を話せば、彼女も自分の事を話さないといけない気がするようだ。

 内心、こんなに素直で騙されたりしないか心配になる程だ。


 俺がそろそろ休日を、と思ったタイミングで宿を手伝いに来ているという女性が復帰したらしい。

 冒険者に復帰するのか聞いてみると、「1日休んでから」と言うので、買い物ついでにこの街の案内を頼んだ。


「午前でも午後でも良いから、半日付き合ってくれないか。」

「私も買い物に行きたかったし、半日ぐらいなら良いよ。」


 と軽い了承をもらい、朝食の後出かける約束をした。

 喜びについ笑顔になってしまったが、不自然では無かっただろうか。



 翌日、エレナは随分可愛らしいワンピースを着て、現れた。

 素直に褒めたら、「休日しか着る機会がないから」と言う。照れ隠しの言葉も可愛らしい。


 彼女は、リーリアに比べると少し華やかな容姿をしている。派手という程ではないが。

 そんな彼女に、今日の鮮やかな水色のワンピースはとても似合っている。

 だが、ふと思い浮かんだ考えに感情が支配される。


 この数日彼女を見ていて、宿の仕事の合間や休憩に特定の男と会っている様子は無かったが、四六時中監視していた訳ではない。

 もしかして、今日の装いは、午後から誰かと出かける為なのか。


 だが、平静を装い彼女と街を歩けば、やはり幸せだ。

 そうだ、この数十年、ただ彼女に会う事だけを夢見てきたというのに、会えた途端贅沢になったものだ。


 そもそも、彼女を探している間、ずっと今の〝彼女〟の事を考えていた。それは、良い事ばかりではない。

 男性に生まれ変わっている可能性も考えたし、探し当てた時には結婚している可能性も考えた。


 自国もこの国も、重婚は可能だ。

 他の男と彼女を共有するなど、考えたくもないが、それでも彼女を得られない人生に比べれば、耐えられる。


 そう考えた時、テオバルトであった時の事を思い出した。

 愛したのはリーリアだけだが、一人目の妻(エリーゼ)とその子供達と不仲であった訳ではない。

 一族の運営を任せる為の信頼関係はあったし、義務感の中には、家庭を円満に保つ事も含まれていた。例えば、家族の誕生日に一緒に過ごす事や、エリーゼを伴って一族の会合に出席する事などだ。

 世の政略結婚した夫婦の中には、互いが憎悪の対象であるような者もいるが、どこにその必要があるのか理解できない。


 円満であったが故に、リーリアが問題なく受け入れられた可能性は高いが、今考えてみると、リーリアに甘えていた部分があったのだろうか。


「エリーゼが怒らないか」と何度も聞かれたが、あれば妻子がいる相手は嫌だという意味だったのかも知れない。

 リーリアを手に入れる事に必死で、考えが至らなかった。自分が反対の立場になる可能性を考えて、初めて気付くとはな。



 思考を隣を歩く彼女に戻す。

 少なくとも、エレナは結婚していない。

 先に逝ったのに、何故か彼女は2つ程年下だ。

 律儀に神に人生の報告でもしていたのだろう。


 だが年下でも、一般的な女性の婚期から言えば、まだ結婚していないのは珍しい。

 彼女の母親が嘆くのも、仕方ないだろう。



 俺は、少しでもエレナと一緒にいる為に、彼女を昼食に誘った。

 案内してくれたお礼として。


 そして入ったレストランは、こぢんまりとしているが人気もあるようで、俺達で満席になった。

 しかも、混み始めたばかりのようで、「少々お時間がかかりますが。」と店員に謝罪された。

 彼女と一緒にいる時間が増えるので問題ないが、彼女が口数少なく、ジッと見つめてくるのが居た堪れない。

 まだ、顔見知りへの親しみ程度しか出していないつもりだったが、何か怪しまれただろうか。


 内心焦りながら、平静を装って話しかける。


「今日の案内に感謝する。お陰で色々補充できて助かった。」

「どういたしまして。私も明日から復帰するのに必要な物を揃えられたから、気にしないで。」

「明日からは、冒険者仲間だな。普段はどんな依頼を受けているんだ?」

「普段は、採集とか街周辺の弱い魔物の討伐なんだけど、しばらく休んじゃったから、ちょっと足を延ばして中級の魔物討伐かなぁ。」


 俺は相手に分からない程度に顔をしかめた。

 Bランクの冒険者なら、中級の魔物は問題ない範囲だろう。だがそれは、数人のパーティーの場合だ。

 何となく悪い予感がして、一人じゃないよな?と念を押すと、目を逸らされた。


「どうしても行くなら俺も行く」と言い張って、無理矢理了承させた。


 彼女は〝前〟からこんなに無鉄砲だっただろうか?

 案外、高い魔力にまかせて、自由にやっていただけで、本当の所はこの様なものだったのかも知れない。


 長いこと一緒にいたのに、まだ知らない所が沢山ある様だ。それが少しだけ可笑しかった。



 食事の後、エレナは友人と会うと言って別れた。

 今回は女性の様で、別れてから胸を撫で下ろした。



 翌日、彼女と早めにギルドを訪れる。

 簡単に不得意な敵はいるか確認して、同じ方面の依頼を数件まとめて受けた。


 初めはお互い遠慮し合っていたが、すぐに慣れて、どんどん依頼をこなしていった。

 彼女のステータスでは、多少荷が重いかと危ぶんだが、意外にも彼女は割と強かった。

 体力も敏捷も魔力も平均よりは高いが、突出した所は無い。しかし、その全てを上手く使っていて、中々に侮れない。

 戦いに慣れると共に、お互いの態度も気安いものになっていった。


 数日も経つと、名前で呼び合う仲になり、信頼される間柄になれたと思う。予想以上の進展に喜ぶが、ここで間違ってはいけない。友人関係が欲しい訳では無いのだから。


 そんな状態で迎えた、休日の前夜。

 俺は、彼女を食事に誘った。

 普段は昼食は共にしても、夜は宿に戻って食事をしていたから、二人で夕食は初めてだ。

 明日は休日だから、多少酒を飲んでも良いだろうと居酒屋に入った。


 食事を始めた頃は、今日の収穫や最近狩った魔物について話していたが、酒が進むうちにどうして冒険者になったかという様な話になった。

 俺は、〝彼女〟の事は省いて、色々な地域を自分の目で見て回る為、と話した。

 各地を転々とした話をエレナは興味深そうに聞いている。

 小さな村までしらみつぶしに巡った事は話していないが。


 そして、彼女の理由を聞く番になった時、何となく言い淀んでいたので、無理に話す必要は無いと言いかけたが、それを遮って彼女は続けた。


「ごめん。別に隠してる訳じゃないんだ。親も常連さんもみんな知ってるし。」


 と言って、一呼吸置くと、続けた。


「私が冒険者になったのはね、人探しの為なんだ。と言っても、どんな人か分からないんだけどね。」

「……君は、前世持ちなのか?それで、昔の知り合いを探しているのか?」


 俺は、彼女の発言に驚いたが、平静を装って話の続きを促す。


「そうじゃないの。何か覚えてる訳じゃないんだけど、誰かが寂しがってる気がして、どうしても気になって。だから、冒険者になってからは、ずっとこの街を拠点に、稼ぎながら旅をしてるんだ。」

「誰かって、どんな人物か全く見当がつかないのか?」

「うん。全然。会えば分かるんじゃないかと思ってたんだけど、最近自信が無くなってきちゃって。それに、ちょっと前までは凄く焦ってたんだけど、最近全然、焦る気持ちが無いんだ。」


 …それは、俺を探してくれていて、でもやはり忘れてしまっていて、俺に出会って焦りは無くなったと解釈して良いのだろうか?


 いや、元々誰かに渡すつもりなど無いのだ。このまま押すしか無い。

 だが、探しているのは俺だと言える訳も無い。例の「気持ち悪い」発言が恐ろしい。


 しばらく考えて、口を開いた。


「お前と出会ってまだわずかだが、俺はずっと懐かしい気がしている。お前が探しているのがどんな奴か分からないなら、俺では駄目だろうか?」


 真剣にエレナを見つめる。

 エレナも俺の中に何かを見つけようと、ジッと見つめてくる。

 やがて、フッと彼女の目が和んで、言う。


「そうだよね。やっぱり、ラウレンツさんだと思うんだ!これからもよろしくね!」

「俺で良いのか?」

「うん。何かね、ラウレンツさんを見てると不思議な気持ちになるんだよね。だから、これが正解だと思う。」


 確かに、彼女は俺を良く見ていた。

 忘れてしまった面影を、俺の中に探していたのだろうか?


 俺は、思わずエレナを抱きしめようとしたが、ここが店内であることを思い出し、急いで宿に戻った。勿論彼女を連れて。


 部屋に入って、ゆっくり彼女を抱きしめる。

 あぁ。やっとこの腕の中に帰ってきた。


 彼女に何かの確信があったのか、記憶に引っかかる程度だったのかは分からない。

 記憶の無い他人の心など、検証のしようが無い。だが、結果自分を選んでくれたなら、それで良い。


 彼女の話しぶりから、他の男の影も見えない。

 これからは、徐々に囲い込んで二度と離さない。

 大丈夫。常に彼女を観察して、束縛し過ぎないよう、怖がられないよう、だが、離れられないよう注意する。


 来世の事は、今は考えない。

 ただただ、今世の彼女を愛していく。



 腕の中の彼女を少し離して、キスをする。

 何度も繰り返し、少しずつ深くする。

 本当はこのまま抱いてしまいたい。

 だが、猛る心身を抑えて、もう一度抱きしめた。

 もっと俺の気持ちを感じてからの方が、これからずっと信じてもらえるだろう。

 あまり長くは、もたないと思うが。





 永遠に愛している。


 何度も始まる旅のようだ。


 俺の魂が無くなる迄、続く旅。

 愛しい〝彼女〟を求める旅。








お読みいただきありがとうございました。これにて終了です。


転生が終わるのが先か、世界が終わるのが先か。ずっとそばにいる為の旅。

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[良い点] 再読しました やっぱり素敵な話だった
[一言] 愛が重い だがそれが善い 続編、もしくは新作を期待しています
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