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私の目の前に優美な微笑を浮かべ、姿勢正しく背筋を真っ直ぐにして立つその主は、アスターニェと並ぶ程の美貌の主でもある。青い髪と柔らかな黄色の瞳を持つ美丈夫。ロケールナ・バルー公爵。
外見は35歳ぐらいで、温和な微笑を常に浮かべているその姿は、見る者全てを癒してしまいそうな程の威力を持つ。
昔の私だったら、遠目から見ているだけで目が潰れてしまいそうなイケメンさんだ。
ここに来てから、美形だの美貌だのイケメンさんという言葉をよく使うようになったなぁ。本当にそれしか表現のしようがない、思いつかない。何でこんなに言葉を知らないんだろうか。それでちょっとへこんだのは内緒だ。
今の所は、そんな美形か美人にしか会ってないんだけどね。
ディンティは美女さん。他は美形。
美人は3日で飽きるっていうけど、あれって嘘だよね。だってもう半月以上経っているのに、まだ見飽きてないし、これからも見飽きる事はないだろうし。ちなみに、アスターニェの事ではない。ディンティの事だ。アスターニェの美貌には時々ドキッとさせられるのは否定しないけど、残念な美形である事にも変わりはない。
自分の顔ですら、未だに見慣れないっていうのは大問題でもあると思うけど。
本当に美少女。自画自賛になるんだけど、何をしていても、どんな角度から見ても見惚れる美少女って凄いよね。
そう言った意味ではキィラも美形の中でも、一線を駕した美形なんだけど、行動が 残念すぎて 、どうも美形様って感じがしないんだ。
おっと思考がずれた。
けど、やはりいつまで経っても美形には慣れないな。緊張する。
もう少し経てば慣れるのかどうかもあやしい所だけど。
「これはフィナ様。このロケールナ・バルーをご指名との事、この上ない喜びに胸がいっぱいになっております。言葉には言い表しようのない喜びをどう表現すればいいのか……。
しかしフィナ様。相変わらずお美しい。フィナ様……フィナ様さえ宜しければ、不肖ながらこのロケールナ・バレーをお傍に控えさせて頂きたく──……」
「……」
あれぇ?
机を挟んだ場所に立っていたはずの距離を、いつの間にか近距離まで縮められていたんだけど。
出会ってから2度目には、既にこの距離感だったんだけどね。恐ろしい事に。
「下がれ、バルー」
ロケールナ公爵の言葉を遮ったのは、私の横に控えていたアスターニェだ。
……五大公を紹介されてから何度か顔を合わせているけど、何となくはわかっていた。空気を感じ取っていた。
アスターニェとロケールナ公爵は、仲が悪いって。
なんだろうなぁ。
基本ランドディアの魔族は女王様が大好きなんだけど、ロケールナ公爵は何ていうのかな……。
それより3歩4歩は距離を縮めたがっている、と言えばいいのか。
そんなロケールナ公爵と、女王様のお傍には自分が、のアスターニェの相性は、頗る良くないらしい。
アスターニェにとってみたら、自分が女王に一番近いって自負があって、それを脅かされたくないっていうのかな。ロケールナ公爵がこうして距離を詰めようとしてくると、すかさずアスターニェが阻むからあまり気にしてはいなかったけど、本当にロケールナ公爵は好意が明け透けで、見ていて本当にわかりやすいね。
自分に向けられているはずの好意なんだけど、未だにこの身体が自分の身体だって実感がないから、何処か他人事な感は否めない。
アスターニェと 、ロケール ナ公爵のやりとりを、そんな事を考えながら見ていたんだけど、うーん、どうしようか。
「近いというならお前だろう。オールウェイル」
「私は側近だから、当たり前だろう」
「ならば変われ」
「断る」
何度目のやり取りだったのか。まさしく耳にタコが出来る程、幾度となく見てきた。そう、目の前で繰り広げられた、全く同じ一言一句変わらないやりとりに、どうしたものかと正直思うんだけど、この場には問題のアスターニェとロケールナ公爵。そして私しかいない。
ほっておくと、何時まで経ってもこれを繰り返すのだから、本当にどうしようもないとしか言えない。フォローは出来ないし。というか、しないが正解だと思う。した所で、やはりキリもな い。
しかし止まらないからどうしたものか……。
腕を組み、目の前で繰り広げられている見慣れた光景を、呆れを含んだ眼差しを向けながら考える。キィラの手紙と同じぐらい、仕事が進まない。
キィラの場合は、しっかりと読んで返事を返さないと、面倒な事になる。一度、わざとではないんだけど、返事を忘れた時があったんだよね。その時は本当に大変だった。心底大変だった。
ランドディアまで乗り込んできて、いかに自分が返事を待っていたかという事を、くどくどと、間にティータイムと食事を挟みながら、3日程続けてくれた。私の周りには、そんな残念な美形ばかりか。がっかりだわ。
そんなわけで、日々ディンティに癒されておりますとも。
現実逃避で余計に頭痛がするような事も考えていたんだけど、未だに目の前の光景に終わりは見えない。わかってはいたけれど。
さて……と、そろそろ止めないとね。仕事が全く進まないし。
私は意識して、両の瞳に冷たい光を宿すと、凍えるような声で名を呼んだ。
「アスターニェ。ロケールナ」
意識していた以上に、低い声が出た。予想外の低さだったなぁ。苛立ってきているから仕方ないと思っておこう。
私の声にびくりと、アスターニェとロケールナ公爵は身体を震わせた。そんな2人を見ながら、唇に指先をソッと触れさえ、下から凍えるような微笑を向けた。
寧ろ見つめた。
その間は当たり前のように、無言のプレッシャーを与 えておく。
2人の、どうでもいい言い訳を聞く気分にはなれない。
そうして、言い切る。
「仕事をしないなら出て行け」
微笑を浮かべたまま、目の奥に宿した苛立ちをそのまま言葉に乗せる。
私は怒っています。それが伝わればいい。
「アスターニェ。邪魔をするならば自室に戻れ。
ロケールナ。やらないのならば、クライスに頼む」
前に、穏便に場を済ませようとしたら、口喧嘩に拍車を掛けるだけだった。だから、2人の喧嘩については、強めに言うように心掛けている。
私が、静かな声で淡々と言い切った、この怒りに気付いたのだろう。気まずそうに2人が押し黙った後、迷わず私に向かって頭を下げてきた。なんだろう。わかってはいたんだけど、総合してやはり残念な美形だなと思ってしまう。
しかしこれも慣れないなぁ。大の大人からこうして頭を下げられるって。
これが初めてではないんだけど。
「申し訳ありません。フィナ様」
「申し訳ありませんでした。フィナ様」
2人の言葉が被る。嫌そうに肩を揺らしたけど、私に怒られた手前、それを口に出す事はしなかった。肩を揺らすという態度には出ていたけど、それはつっこまずに流しておく事にする。
喧嘩する程仲が良い。2人は力いっぱい否定するだろうけど、私はこう思ってる。似すぎていて、反発するのかもしれないけど。
「こちらの調査ですね。謹んで、その拝命させていただきます」
「うん。よろしくお願いします」
にこっと、今度は普通に笑った。
怒るのは疲れるし。
ロケールナ公爵があのままだったら、本当にクライス公爵に頼む気だったんだけどね。
クライス公爵は、ロケールナ公爵と同じ五大公の魔族で、カナーヌ領の領主でもある。
緑の髪と瞳を持つ、外見は30歳ぐらいかな。りりしい感じで、また美形。今まで会った魔族は全員美形だけど。中身は兎も角。アスターニェは美人さんだし。ロケールナ公爵は温和な感じの美形だし。美形の種類ってこんなにあったんだね。
ここまで美形が揃っていると、いっその事普通の人が恋しい。そういう普通の人──魔族だけど、会ったら感動しそうだなぁ。
一般人が居たって。ある意味失礼な事を言いながら。
でも、良 いじゃん一般人。
素敵でしょ一般人。
あぁ……一般人が恋しい。
「「フィナ様。今、何をお考えで??」」
そんな時、2人の声が被った。その直後に嫌そうな声を漏らしたけど……。
「本当に気が合うね。2人とも」
2人が嫌がる事はわかっていたけど、思わず本音を漏らしてしまった。




