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7.一緒

    ◇    ◇


 周りを山で囲まれた小さな村。

 夜の村は真っ暗で、心もとない街灯が寂しげに照らしている。ぽつん、ぽつんと離れた人家からも、温かな光が漏れていた。

 そんな村の、唯一の診療所。その前に――玉緒は倒れていた。


「……いやぁびっくりしたよ。君、どこからやって来たんだい?」


 ベッドに腰掛け、玉緒は黙ったまま点滴を受けている。


 あの後急に意識を失い、気が付くとこの目の前にいる声の主に揺り起こされた。

 聞き覚えのない声色に身を強張らせたが、村の医師、と告げられなんとか落ち着いている。が、なぜ村にいるのかわからない。


「まさか山から降りて来たのかい? あそこは昔から主がいるって言い伝えられているからね。……まぁそんなわけないか。古い言い伝えだし、そうじゃなくても人は寄り付かないしね」


 はは、と医師は一人笑った。


 ――どうして? 主様まで……私を、捨てたんですか……。


 涙を堪え、俯く。

 黙り込む少女に、医師は優しい笑顔を向けた。


「……何があったかは知らないけど、ゆっくりするといいよ。服もボロボロだし、身体のあちこちが擦り傷だらけだ。点滴が終わったら交番に行こう」


 ビクッと身体を震わせる。


「その前に、着替えが必要かな? 同じぐらいの娘がいるから、服を借りて来よう。ちょっと、待っていなさい」


 ――交番……!


 動悸が激しくなる。

 もしかすると、連れ戻されるかもしれない。


 ――逃げなきゃ!


 耳を澄まし、医師が階段を昇って行く音に神経を研ぎ澄ます。

 ドアが開いたその瞬間――玉緒は刺さっている点滴をはぎ取った。

 周りに何があるかわからない。だが、逃げなければ、再び地獄へと戻る。

 音を立てずに周りに何かないかと探る。すると――手に長い棒のようなものが収まる。

 松葉づえだった。

 玉緒は立ち上がると、連れてこられた時のことを思い出し、頭の中に図面を広げる。

 

 ――こっちから入って来たはず! 早く……逃げなきゃ!


 慣れない松葉づえを使い、玄関まで行く。

 そして――外へ出た。冷たい風が吹きつける。

 自分が今どこにいるのか、どこへ行けばいいのか、どんな村かもわからない。

 だが――足は止まらなかった。前へと踏み出す。

 

 ――主様!


 と、その時だった。

 目の前に車が止まる音が聞こえたかと思うと、何者かが玉緒の腕を掴み、無理やり中へと押し込む。

 わけのわからない玉緒は、混乱し車の座席に倒れ込んだ。

 すると、運転席の方からドアが閉まる音がした。と思うと、エンジンを乱暴に吹かし、車が急発進する。


「……よお。探したぞ」


 声色に一瞬で身体が強張る。身体中から冷や汗が出て、鼓動が早くなる。

 震える身体から声を絞り出した。


「ど……して」


 最も会いたくない人物。

 恐怖で震えが止まらない。


「あ? 決まってるだろ。てめぇを始末するんだよ」


 伯父だった。

 顔を知らない伯父だったが、悪魔のような顔が暗闇に浮かび上がる。

 探し回った獲物を見つけ喜んでいる――そんな風に見えた。


「どうやってあの山から麓までやって来たかは知らねぇが、糞手間を取らせやがって! てめぇはやっぱりしつけが足りねぇみてぇだなぁ……!」


 しつけという言葉に、胸から不快感がせり上がる。咄嗟に口を押さえ堪えた。

 身体の震えも止まらない。否応なく、過去受けてきた暴力が頭の中で再生される。

 すでに生きた心地がしない。このまま事故に遭ってほしいとさえ思った。

 だが、無情に車はエンジン音を轟かせ、どんどんと進んで行った。



 漆黒の闇が山を包む。そんな中、一台の車がエンジン音を轟かせながら山道を走っている。


 運転席に座る中年の男――玉緒の伯父は、目をギラギラと見開きハンドルを握る手に力を込める。口元を歪ませ、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 玉緒は後部座席で倒れたまま、吐き気と恐怖をひたすら堪える。身体の震えは止まらない。


 車は、山奥の木々しかない真っ暗な場所でようやく止まった。

 ヘッドライトをつけたまま、伯父は運転席から降りる。すぐさま後部座席のドアを開くと、玉緒の腕を掴み力任せに引きずり下ろした。

 醜く口元を緩ませている。

 

「……ようやくだ」


 玉緒は痛みを堪え、声を震わせなら吐き出す。


「捨てたのに……どうして……今更……」


「うるせぇんだよ! 誰に向かって口開いてやがる!」


 伯父は容赦なく、玉緒の顔面目掛け何度も足を振り下ろす。

 玉緒は腕を盾に、なんとか頭を守ろうとする。が、今度は空いた腹目掛けて伯父が蹴り上げる。


「てめぇのせいで……俺に迷惑がかかってんだよ!」


 伯父の蹴りは止まらない。


「役所から不審がられたんだよ! ……逃げたつっても、俺が殺したとか疑いかけやがる! ふざけんじゃねぇよ!」


 強烈な蹴りが腹に当たる。

 玉緒は身体を曲げ、痛みを堪える。だが、伯父は止まることなく、頭を目掛け踏み続ける。


「だったら事故死に見せかけて……殺っちまえばいいんじゃねぇかと思ったんだよ。……てめぇが事故で死ねば疑いようがねぇよな? え? そうだろうが!」


 伯父は力を込め、頭を踏みにじる。

 頭が割れそうなほど痛い。痛さから逃げようと、靴に触れ何とかずらそうと試みる。


「触るんじゃねぇよ!!」


 が、その手を払いのけられ、すぐにその手の上に足が振り下ろされる。


「……いいか、てめぇは生きている意味ねぇんだ。俺がせっかく楽にさせてやろうとしてやってんだ。あ? わかるか、おい」


 涙を流しながら歪む顔を楽しんでいるように、伯父は口元を歪ませる。

 踏みつける足にますます力が加わる。


「……最期にしっかりしつけてやるよ」


 そう言うと伯父は玉緒の上に馬乗りになった。

 玉緒の顔に容赦なく拳が次々と振り下ろされる。なんとか腕でガードしようと試みるが、歯が立たない。


「……や……めて」


 消えそうな声。だが、止まらない。

 ガードする力もなくなり、ただ拳を顔に受ける。感覚さえもなくなり、死んでいるのか生きているのか、意識が朦朧とし始めた。


 ――こんなことなら……早く……食べてほしかった。


 思考さえも途切れそうになる。


 ――死ぬなら……主様が良かった。


 

 ぐったりとする玉緒を見下ろしながら、上がった息を整えつつ伯父はようやく立ち上がった。

 殴りすぎて手の甲が少し腫れている。が、すぐに玉緒の足首を掴んだ。


「殴ったのがバレねぇように、崖から突き落としてやる……。顔も身体のぐちゃぐちゃになりゃ、儲けもんだぜ」


 玉緒はかろうじて虫の息だった。が、身体は動かない。

 意識がなくなる手前で――地面は揺れた。

 伯父も持っていた足首を手放し、ゆっくりと振り返る。


「……な、な、なんだ……こいつは……」


 初めて聞く、伯父の狼狽する声。声が震えていた。

 そして――。


『我が山に何用ぞ』


 玉緒が望んでいた声の主。人間とは思えぬ低い声色。

 失いかけた意識を何とか持ち直し、出せる精一杯の声を出す。


「ぬ、し……さま」


 途切れ途切れの声。だが、届いた。

 男の後ろに倒れる壊れた少女――。化物は見るや否や、鋭い牙を月夜に照らした。


『貴様を食ろうてやる!!』


「ば、化物……化物のおぉぉ!」


 伯父は恐怖に慄き、背を向け一目散に走り出す。

 が、化物は地面から飛び上げると、そのまま男の右肩に牙を立てた。そのまま腕を食い千切り、と同時に血飛沫が舞い散る。伯父はそのまま倒れ込んだ。

 もぎ取った右腕を牙で挟み、絶叫する伯父を見下ろす。

 腕を森へ吹き飛ばし、にたぁと牙を見せつけるように笑う。


『貴様……楽に死ねると思うな』


 伯父は恐怖に顔を歪ませ、痛さも忘れ慌てて立ち上がった。

 よろけそうになる身体をなんとか堪え、車を目指して走り出す。


「死にたくない……死にたくない……死にたくない……死にたくない!」


 ようやく車に辿りついた――とボンネットに手をついた時、伯父に向かって風が吹きつけた。

 振り返ったその瞬間――左腕目掛け化物が牙を立てた。

 左肩から食い千切り、大量の血飛沫が車に飛び散る。

 伯父は膝から崩れ落ち、白目を剥きそうになった。が、化物は伯父の顔を牙で挟んだ。頭、顎から血が流れ始める。 


「や……やめ……」


『屑が』


 化物は牙を突き立て、頭を食い千切る。

 力なく倒れる胴体に、食い千切った頭を吐き捨てた。食う価値もなかった。

 ――ハッと正気に戻る。


『玉緒!!』


 化物はすぐに飛び跳ね、玉緒の近くに着地をする。

 見ると、顔は酷く膨れ上がり、腕や手も紫色に膨れ上がっている。捲れている腹も同様だった。

 余りの変わり果てた姿に、化物は言葉を失った。


『……せめて、見た目だけでも綺麗にしてやる』


 そう言うと黒い舌を出し、玉緒の身体を舐め始める。

 顔、腹、腕、足――舐められた箇所が元へ戻っていく。

 が、あくまで見た目だけ。折れた骨や内臓の痛みは消えないため、玉緒はなかなか身体を動かすことができなかった。


『……わしのせいだ』


 かすれる低い声。

 弱々しい声色に導かれるように、玉緒は痛みを堪えながらゆっくりと腕を伸ばしていく。


『玉緒、無理をするな。……今に人間の村へ連れて行く』


 それでも玉緒は諦めなかった。顔を歪ませながら、腕を伸ばす。 


「……私、主様に……食べられたい」


 震える手のひらが、化物の毛に触れた。

 弱々しい力で毛を掴む。腕は震え、今にも落ちそうだった。

 それでも玉緒は口元を緩める。


「……食うまでは死ぬな。……そうおっしゃった、でしょう?」


『だが……!』


「お願い。もう私、主様しか……。人間が……怖いんです」


 悲痛な叫び声だった。


「……私を、捨てないで」


 閉じている目尻から涙が頬を伝う。

 伝う涙に誘われるように舌を伸ばすと、玉緒を優しく起こし抱いた。


『わしの獲物だ。……捨てるものか』


 自らの身体に押しつけるように、ギュっと抱いた。

 すると――化物の心を反映するかのように、夜空から小さな雫の粒が降り始める。


『玉緒を食らうことができるのは、わしだけだ。……もう誰にも渡さぬ』


 雨粒が頬を濡らす。

 それを手で確かめると、玉緒は自然と頬を緩めた。


「主様。私……幸せです」


 化物は少し身体を離し、玉緒の顔を見た。

 ふんわりと柔らかい優しい顔。死に際とは思えない、安らかな笑顔だった。


「これからずっと……一緒、ですから」


『あぁ。わしと……永遠にな』


 再び舌で優しく包み込むと、化物は飛び跳ね住み家へと帰って行った。



 それから麓の村では、大きな丸い毛むくじゃらの化物を見た、という噂が広まった。

 そんな噂も、時の流れと共に人々の記憶から消え去り――やがて、化物の噂を知る者はいなくなったという。


最後までお読みいただきましてありがとうございました!


大変読みにくい、説明文のような文章で、ここまで読んだ下さった読者の方々にはお詫びと御礼を申し上げます。

もっと精進せねばいけないと、改めて考えさせられる作品になりました。


物語としては、好きな異種間恋愛を書こうという気持ちで執筆してまいりました。なおかつ、残虐なシーンも書いてみたいなぁという思いから、こんな作品となりました。

元々は短編で書く予定でしたが、私の文章力のなさでこんなにダラダラと長い作品になってしまいました。

私としては、二人の関係をじっくり書いたつもりではあったのですが(;´Д`A


小説家になろう、にもっと異種間恋愛・異類婚姻譚の作品が増えればいいなぁと願っております。


もっと頑張って、面白い作品を執筆していこうと思います。

本当にありがとうございました<(_ _*)>

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