祭りの日だけど(本編前)
本格的な冬の到来を前にして、人々の間では昔からこの時期に祭りが行われる。
国や地方それぞれで名称や内容は少しずつ違うが、白箔国の場合は『冬迎えの祭り』と呼ばれ、文化事業に熱心な国柄もあって様々な催し物が開催されることになっている。
白箔国の王都のはずれに住むファムは催し物好きな性分もあってこの祭りを楽しみにしており、とりわけ恋人のヴィルヘルムスと出かけるのを待ち遠しく思っていた。
思っていたが……
「ごめんなさい、今日は無理」
顔を赤くし、ファムは玄関先でヴィルヘルムスに断る。
ヴィルヘルムスは一瞬驚いた顔をするが、それからすぐに察して法術を起動させてファムの額に手を当てる。
「……風邪ですね。何時から発熱したんですか?」
「たぶん、昨日の朝から……ずっと調子悪かったし。帰宅してから悪化したみたい」
そう言ってファムは潤んだ瞳で鼻をすする。
「ここのところ寒かったからですね。だいぶ熱が高い。すぐに休みましょう」
そう言うとヴィルヘルムスはファムを押し戻すようにして室内に入ると扉を閉める。
「うつるわよ……」
ファムは厚手のショールを羽織りなおし、呆れた様子でヴィルヘルムスをにらむ。
「他人にうつしたら治るといいますよ。私が倒れたらファムが看病してください」
「呑気なこと言うわね。本当にうつったらどうするのよ」
「実は予防できる法術があるんで風邪はめったに引かないんです」
ヴィルヘルムスの告白にファムは顔をしかめ、ショールの端でヴィルヘルムスの腕をはたく。熱のせいでぼんやりしているらしく、いつもと違って言葉よりも先に手が出るらしい。
「ずるい」
「法術使いの特権ですよ。食事は?」
「朝にハーブ入りのスープを飲んだわ」
「もう少し栄養を摂った方がいいですよ。台所を借りていいですか?」
「……好きに使って」
どうやら本気で看病するつもりらしいとわかると、ファムは反論するのを諦めて寝室へ向かった。それなりの付き合いを経てヴィルヘルムスが言い出したらきかない性格なのを知っているためだ。
ファムが寝室で眠りについたのを確認すると、ヴィルヘルムスはこっそり部屋を暖める結界を敷き、それから台所に向かった。
ファムの家は平民仕様といえど、元々家族で住んでいたものなのでそれなりの広さがある。そのせいか、常に他人の気配がする宿舎住まいのヴィルヘルムスにとってかなり静かな場所に感じられた。ここに病気のファム一人を置いておく気にはなれない。
台所にはスープに使った鍋と皿が置かれており、それ以外はきちんと片付いていた。食料庫をざっと見ながら、ヴィルヘルムスは自分にできる事と今必要とされている事を頭のなかで整理する。間食や夜食程度なら自分で作ったりするので、簡単な料理はできる。それに台所の物の配置や道具の使い方ならファムが家で手料理を披露してくれた時によく眺めていたので覚えている。
しばらく台所でごとごとと音を立てていたヴィルヘルムスは、完成したものを椀によそうと盆に載せてファムの寝室へ運んだ。
枕元のテーブルに盆を置いて、寝ているファムの額に手を当てて熱を測っていると彼女の目が開く。
「まだ熱がありますね。喉の痛みや咳はありますか?」
「咳はないけど、喉は痛いわ。風邪の引き始めはいつもこうなの」
「なら悪化しない内に治しましょう」
ヴィルヘルムスはそう言って微笑むと、盆から湯気の立つ椀を持ち上げる。
「昔風邪をひいた時に学院の食堂で作ってもらった粥です。見よう見まねですが再現してみました。薄味なのであまり美味しくないとは思いますが、栄養はあると思います。食べられますか?」
「食べるわ。ヴィルが作ってくれたんだもの」
ファムはそう言ってゆっくり起き上がる。
椀を受け取ろうと手を伸ばすが、ヴィルヘルムスに遮られる。
「食べさせてあげますよ」
「それくらい自分で出来るわよ。もう」
ファムはヴィルヘルムスを軽くにらんで彼の手から強引に粥と匙を受け取ると、冷ましながら口に運ぶ。
「うん、味がわからないわ」
「発熱してますからね」
ハーブを入れた水差しとコップ、汗を拭くタオルなどを用意しながらヴィルヘルムスが言う。
「ごめんね、こんな事になって。せっかくお祭りがあるのに」
「身体が疲れていたんですよ。気にしないでください」
「広場に屋台が出るらしいし、楽団も来ているんでしょ? ヴィルだって街の飾りを見て回るのを楽しみにしていたのに」
それはファムが案内してくれる予定だったから楽しみにしていたのだと、ヴィルヘルムスはあえて説明しなかった。
珍しく彼女は弱気になっており、落ち込んでいる。
「またの機会がありますよ」
この頃のヴィルヘルムスは国の細々とした運営に関わる立場になっていたため、理由をこじつけて街の催事企画を増やそうとこっそり心に決めつつ、優しく言葉をかけてファムを慰める。
「しばらくここにいてもいいですか?」
「えっ?」
「貴女一人残しておけません。嫌がられても居座ります」
「なによ、それ」
ヴィルヘルムスの強引な言葉に思わず吹き出すようにしてファムが笑う。
「帰れと言われない限り、帰りません」
そう断言しつつ、ヴィルヘルムスはファムから空になった椀を受け取る。
ファムはヴィルヘルムスから視線をそらし、何か考える様子で毛布の端をつかむ。
「それならその……熱が下がるまででいいから、近くにいて欲しい……かも」
もじもじしながらそう言うと、ファムは顔をさらに赤くして布団にもぐる。めったになく甘えてくれていると分かり、ヴィルヘルムスの内にくすぐったいものが広がる。
「喜んで」
ヴィルヘルムスは笑みを浮かべると、布団から覗くファムの頭をやさしく撫でた。
2018/03/03:少し加筆しました。