第25話 最初の記録 Part3 説明のないまま
十二時を少し過ぎて、自席へ戻った。
岸本は昼食へ出ているらしく、隣の席は空いていた。
悠真は午後の予定を確認する。
《十三時 設備保守契約確認》
《十四時三十分 相川市更新工程共有》
《十六時 地域需要月次整理》
いつもの予定だった。
午前中の確認支援には、
《完了》
と付いている。
悠真は一度閉じた。
そのまま昼食へ行こうとして、もう一度開く。
《急落事象調査》
《初期記録整理》
今日確認した七件が履歴へ移っていた。
《Case-01》
《Case-02》
《Case-03》
《Case-04》
《Case-05》
《Case-06》
《Case-07》
悠真はCase-04を開いた。
《担当確認 完了》
《設備記録対応 確認済み》
《現行補正 既存範囲内》
設備側の作業は終わっている。
その下に、以前の照会履歴が残っていた。
《代表管理事例 Case-04》
《代表指定理由》
《照会済み》
悠真は開く。
《変更前後の行政・生活・設備記録が連続して保存されている》
《通信障害、入力欠損、重大な記録不備が確認されていない》
《再計算結果が一致している》
《区分変更後に複数の通常支援が実施され、支援後の生活行動変化を確認できる》
《関係機関向けの匿名化・限定共有形式が整備されている》
以前読んだ回答だった。
その下の補足も変わっていない。
《代表指定は、急落原因の典型性を意味しません》
《他の急落事象と同一原因であることを示すものではありません》
《生活支援区分変更の妥当性を証明するものではありません》
悠真は画面を送る。
比較資料として使いやすい。
それが代表指定の理由だった。
少なくとも、共有されている範囲では。
そのさらに下に、今日追加された記録があった。
《初回調査記録 追記》
開く。
《再計算結果 一致》
《急落要因 確認できず》
《初回要因説明 生成されず》
並べて見ると、少しだけ読み方が変わった。
記録は揃っている。
欠損もない。
再計算しても同じ結果になる。
それでも、最初の説明文だけが作られていない。
悠真はCase-01を開いた。
《初回要因説明 あり》
詳細。
《複数要因候補》
《生活行動変化》
《就労条件》
《支援必要性予測》
その下には、
《確定要因ではありません》
とある。
Case-02。
《初回要因説明 あり》
《複数要因候補》
《生活時間帯》
《社会接点変化》
《健康関連予測》
《確定要因ではありません》
Case-03も同じだった。
文章はある。
原因が分かったわけではない。
予測変化に寄与した可能性のある項目を、説明用に並べているだけ。
Case-04。
《初回要因説明 生成されず》
候補もない。
「まだ見てるんですか?」
声がして、悠真は振り返った。
岸本が紙袋を持って戻ってきた。
「昼行ってたのか」
「はい。佐伯さんは?」
「まだ」
「十二時過ぎてますよ」
「今行く」
岸本が椅子へ座る。
「午前の確認?」
「ああ」
「何かあったんです?」
「七件並べただけ」
「だけ?」
「設備側は全部処理済み」
「じゃあ終わりじゃないですか」
「終わったよ」
「なのに見てる」
悠真は画面を閉じなかった。
「一件だけ、最初の説明がない」
「設備の?」
「違う。急落の」
岸本の表情から少し笑いが消える。
「理由が分からない?」
「七件とも原因は分かってない」
「じゃあ同じでは?」
「ほかの六件は、要因候補の説明文がある」
「候補?」
「ああ。原因確定じゃない」
「Case-04だけない?」
「初回記録では」
岸本は少し考えた。
「説明できなかったのに、結果は出た?」
「ああ」
「再計算も?」
「一致」
「それって」
岸本が言いかけて止まる。
「何?」
「いや」
「言えよ」
「分からないなら、分からないって出したんですよね?」
「そう書いてある」
「じゃあ、その時はそれで調査にした?」
悠真は画面を見る。
《調査区分 Level-4》
「たぶんな」
「なら変じゃなくないですか?」
「変とは言ってない」
「でも気にしてる」
「説明が作れなかったのに、何を根拠に区分が変わったのかと思っただけ」
岸本は紙袋を机の端へ置いた。
「判定と説明は別なんじゃないですか?」
悠真は少し黙った。
「かもしれない」
「予測はできたけど、人に説明する文章にはできなかったとか」
「それなら行政で使っていいのか?」
岸本が悠真を見る。
「私に聞きます?」
「聞いただけ」
「知りませんよ」
「だよな」
岸本が笑う。
「でも、調査中なんですよね?」
「ああ」
「なら、分からないから調べてるんでしょう」
「そうだな」
「佐伯さん、お昼行かないと午後始まりますよ」
時計を見る。
十二時十八分。
「行ってくる」
「遅いです」
「まだ休憩時間だろ」
「戻る時間も考えてください」
悠真は画面を閉じた。
*
十四時三十分。
相川市の工程共有は、十一分で終わった。
設備更新規模。
相談窓口。
公共交通。
新しい確認事項はない。
最後に、基盤運用統括室から午前中の記録整理について一件だけ通知が入った。
《急落事象調査》
《初期記録整理 反映完了》
《追加確認 なし》
その下。
《関連技術資料》
《判定説明記録》
悠真は開いた。
業務上の補足資料だった。
《予測判定を行政運用へ使用する場合、判定根拠の説明可能性を確認します》
《説明可能性が不十分な場合、原則として追加確認を行います》
原則。
悠真はその言葉を見る。
続き。
《確認項目》
《入力記録の完全性》
《再計算可能性》
《判定根拠の説明》
《運用後の見直し可能性》
その下に、
《詳細手順》
がある。
悠真は開いた。
《現在の担当範囲では概要のみ表示します》
《詳細確認が必要な場合は、基盤運用統括室へ照会してください》
赤くもない。
警告もない。
普通の業務表示だった。
悠真は概要へ戻る。
《判定根拠の説明》
午前中に見たCase-04の記録を思い出す必要はなかった。
画面の履歴欄に、同じ資料への関連表示が出ている。
《関連事例》
《Case-04》
その下。
《初回要因説明 生成されず》
さらに、
《運用状態》
という項目がある。
悠真は押した。
《調査継続中》
《生活支援 実施済み》
《再評価 継続》
それだけだった。
説明文は作れなかった。
調査は続いている。
支援も、すでに始まっている。
悠真は画面の一番下を見る。
《関連手順》
《説明可能性・再検討可能性に関する運用基準》
《閲覧可能》
押す。
資料名だけが表示された。
《行政予測運用基準》
《Explainable》
《Reversible》
《現行版》
その下に、
《制度導入期からの改訂履歴があります》
と書かれていた。
悠真は開かなかった。
十五時の予定まで、あと十二分だった。
《後で確認》
を押す。
《関連資料を保持しました》
画面が通常業務へ戻った。
第25話 完
Part3 説明のないまま
十二時を少し過ぎて、自席へ戻った。
岸本は昼食へ出ているらしく、隣の席は空いていた。
悠真は午後の予定を確認する。
《十三時 設備保守契約確認》
《十四時三十分 相川市更新工程共有》
《十六時 地域需要月次整理》
いつもの予定だった。
午前中の確認支援には、
《完了》
と付いている。
悠真は一度閉じた。
そのまま昼食へ行こうとして、もう一度開く。
《急落事象調査》
《初期記録整理》
今日確認した七件が履歴へ移っていた。
《Case-01》
《Case-02》
《Case-03》
《Case-04》
《Case-05》
《Case-06》
《Case-07》
悠真はCase-04を開いた。
《担当確認 完了》
《設備記録対応 確認済み》
《現行補正 既存範囲内》
設備側の作業は終わっている。
その下に、以前の照会履歴が残っていた。
《代表管理事例 Case-04》
《代表指定理由》
《照会済み》
悠真は開く。
《変更前後の行政・生活・設備記録が連続して保存されている》
《通信障害、入力欠損、重大な記録不備が確認されていない》
《再計算結果が一致している》
《区分変更後に複数の通常支援が実施され、支援後の生活行動変化を確認できる》
《関係機関向けの匿名化・限定共有形式が整備されている》
以前読んだ回答だった。
その下の補足も変わっていない。
《代表指定は、急落原因の典型性を意味しません》
《他の急落事象と同一原因であることを示すものではありません》
《生活支援区分変更の妥当性を証明するものではありません》
悠真は画面を送る。
比較資料として使いやすい。
それが代表指定の理由だった。
少なくとも、共有されている範囲では。
そのさらに下に、今日追加された記録があった。
《初回調査記録 追記》
開く。
《再計算結果 一致》
《急落要因 確認できず》
《初回要因説明 生成されず》
並べて見ると、少しだけ読み方が変わった。
記録は揃っている。
欠損もない。
再計算しても同じ結果になる。
それでも、最初の説明文だけが作られていない。
悠真はCase-01を開いた。
《初回要因説明 あり》
詳細。
《複数要因候補》
《生活行動変化》
《就労条件》
《支援必要性予測》
その下には、
《確定要因ではありません》
とある。
Case-02。
《初回要因説明 あり》
《複数要因候補》
《生活時間帯》
《社会接点変化》
《健康関連予測》
《確定要因ではありません》
Case-03も同じだった。
文章はある。
原因が分かったわけではない。
予測変化に寄与した可能性のある項目を、説明用に並べているだけ。
Case-04。
《初回要因説明 生成されず》
候補もない。
「まだ見てるんですか?」
声がして、悠真は振り返った。
岸本が紙袋を持って戻ってきた。
「昼行ってたのか」
「はい。佐伯さんは?」
「まだ」
「十二時過ぎてますよ」
「今行く」
岸本が椅子へ座る。
「午前の確認?」
「ああ」
「何かあったんです?」
「七件並べただけ」
「だけ?」
「設備側は全部処理済み」
「じゃあ終わりじゃないですか」
「終わったよ」
「なのに見てる」
悠真は画面を閉じなかった。
「一件だけ、最初の説明がない」
「設備の?」
「違う。急落の」
岸本の表情から少し笑いが消える。
「理由が分からない?」
「七件とも原因は分かってない」
「じゃあ同じでは?」
「ほかの六件は、要因候補の説明文がある」
「候補?」
「ああ。原因確定じゃない」
「Case-04だけない?」
「初回記録では」
岸本は少し考えた。
「説明できなかったのに、結果は出た?」
「ああ」
「再計算も?」
「一致」
「それって」
岸本が言いかけて止まる。
「何?」
「いや」
「言えよ」
「分からないなら、分からないって出したんですよね?」
「そう書いてある」
「じゃあ、その時はそれで調査にした?」
悠真は画面を見る。
《調査区分 Level-4》
「たぶんな」
「なら変じゃなくないですか?」
「変とは言ってない」
「でも気にしてる」
「説明が作れなかったのに、何を根拠に区分が変わったのかと思っただけ」
岸本は紙袋を机の端へ置いた。
「判定と説明は別なんじゃないですか?」
悠真は少し黙った。
「かもしれない」
「予測はできたけど、人に説明する文章にはできなかったとか」
「それなら行政で使っていいのか?」
岸本が悠真を見る。
「私に聞きます?」
「聞いただけ」
「知りませんよ」
「だよな」
岸本が笑う。
「でも、調査中なんですよね?」
「ああ」
「なら、分からないから調べてるんでしょう」
「そうだな」
「佐伯さん、お昼行かないと午後始まりますよ」
時計を見る。
十二時十八分。
「行ってくる」
「遅いです」
「まだ休憩時間だろ」
「戻る時間も考えてください」
悠真は画面を閉じた。
*
十四時三十分。
相川市の工程共有は、十一分で終わった。
設備更新規模。
相談窓口。
公共交通。
新しい確認事項はない。
最後に、基盤運用統括室から午前中の記録整理について一件だけ通知が入った。
《急落事象調査》
《初期記録整理 反映完了》
《追加確認 なし》
その下。
《関連技術資料》
《判定説明記録》
悠真は開いた。
業務上の補足資料だった。
《予測判定を行政運用へ使用する場合、判定根拠の説明可能性を確認します》
《説明可能性が不十分な場合、原則として追加確認を行います》
原則。
悠真はその言葉を見る。
続き。
《確認項目》
《入力記録の完全性》
《再計算可能性》
《判定根拠の説明》
《運用後の見直し可能性》
その下に、
《詳細手順》
がある。
悠真は開いた。
《現在の担当範囲では概要のみ表示します》
《詳細確認が必要な場合は、基盤運用統括室へ照会してください》
赤くもない。
警告もない。
普通の業務表示だった。
悠真は概要へ戻る。
《判定根拠の説明》
午前中に見たCase-04の記録を思い出す必要はなかった。
画面の履歴欄に、同じ資料への関連表示が出ている。
《関連事例》
《Case-04》
その下。
《初回要因説明 生成されず》
さらに、
《運用状態》
という項目がある。
悠真は押した。
《調査継続中》
《生活支援 実施済み》
《再評価 継続》
それだけだった。
説明文は作れなかった。
調査は続いている。
支援も、すでに始まっている。
悠真は画面の一番下を見る。
《関連手順》
《説明可能性・再検討可能性に関する運用基準》
《閲覧可能》
押す。
資料名だけが表示された。
《行政予測運用基準》
《Explainable》
《Reversible》
《現行版》
その下に、
《制度導入期からの改訂履歴があります》
と書かれていた。
悠真は開かなかった。
十五時の予定まで、あと十二分だった。
《後で確認》
を押す。
《関連資料を保持しました》
画面が通常業務へ戻った。
第25話 完




