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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第7話 同じ高さ Part2 違う窓

Part2 違う窓

最初の住宅を出たところで、訪問予定が二つに分かれた。

《佐伯悠真・相川市担当者》

《訪問対象 二世帯》

《岸本遥・相川市説明担当者》

《新規訪問 一世帯》

《前日訪問世帯への追加確認 一件》

岸本側の二件目は、昨日訪問した住宅だった。

仮設表示を実際に見たうえで、最初の意見を変更するか確認する。今日の四世帯には含まれない。

「じゃあ、あとで」

岸本が言った。

「昨日の方、意見変わりますかね」

「変わっても、変わらなくても記録するだけだろ」

「分かってます」

「誘導するなよ」

「佐伯さんよりは柔らかく聞けます」

「それは否定しない」

岸本は少し満足そうに頷き、別の担当者と歩き出した。

悠真たちの次の訪問先は、建設予定地の北側にある平屋の住宅だった。

距離は現行案から約二百八十メートル。

十二世帯の中では比較的近い。

ただし、住宅と予定地の間には二階建ての共同住宅があり、道路から仮設表示を見ることはできなかった。

玄関を開けたのは、六十代ほどの女性だった。

「どうぞ。中からの方が分かるんですよね」

「はい。普段過ごされる場所から確認していただきます」

相川市の担当者が答える。

通された居間は、建設予定地とは反対の西側にあった。

大きな窓からは、小さな庭と道路が見える。

東側の壁には窓がない。

「こちらのお部屋からは、現行案でも施設は見えません」

悠真が説明した。

女性は少し意外そうにした。

「じゃあ、うちは対象じゃなかったんですか?」

「主要な生活空間からの眺望影響は小さいと予測されています。ただ、住宅敷地の一部から設備上部が見える可能性があるため、説明対象に含まれています」

「敷地の一部?」

「裏手です」

女性は二人を廊下の奥へ案内した。

洗面所の横にある扉を開けると、細い通路と物干し場があった。

そこだけ、東側が開けている。

共同住宅の屋根の向こうに、橙色の帯が少し見えた。

「あれですか」

「はい。現行案の設備上端です」

女性はしばらく眺めた。

「ここには、洗濯物を干す時しか来ないですね」

「一日にどのくらい使用されますか?」

相川市の担当者が尋ねる。

「晴れていれば、朝に十分くらい。取り込む時にも来ますけど」

実景合成を表示する。

共同住宅の屋根の上に、設備の上部が重なった。

見えるのは屋上部分と防音壁の上端だけだった。

代替配置案Bへ切り替えると、施設は完全に防風林の後ろへ隠れた。

「見えない方がいいとは思います」

女性が言った。

「でも、ここだけですよね」

「この住宅では、現在確認できている範囲ではそうです」

「音も変わらない?」

「どちらの案でも基準を下回ります。日常生活で差を感じる可能性は低いと予測されています」

「それなら、今の場所でいいです」

女性は迷わず答えた。

確認画面が表示される。

《現行配置案による影響は許容可能》

《理由候補》

《主要生活空間から見えない》

《確認頻度が低い》

《安全性・騒音に差がない》

女性は最初の項目へ触れた。

続けて、自由記述欄を開く。

「何か追加されますか?」

担当者が尋ねる。

「見えないというより、見えても困らないです」

画面の文章が変わった。

《主要生活空間からは見えない》

女性はそれを消した。

代わりに、自分で入力する。

《物干し場から一部見えるが、生活上は支障がない》

「こっちの方が近いですね」

「そのまま保存できます」

《原文を保存しました》

《分類候補 現行配置案を許容》

《分類確認をお願いします》

女性は画面を読み、確認を押した。

昨日までなら、最初の候補だけで処理されていたかもしれない。

意味は大きく変わらない。

それでも、見えないのと、見えても困らないのは同じではなかった。

三軒目は、予定地から西へ約四百メートル離れた住宅だった。

距離だけなら、今日の訪問先で最も遠い。

二階の東側に広い窓があり、その正面には低い建物しかない。

仮設表示は、屋根の並びからはっきりと上へ出ていた。

応対した男性は、説明が始まる前から窓辺に立っていた。

七十歳前後に見えた。

「昨日の夕方から見ています」

男性は橙色の帯を指した。

「思ったより高いですね」

悠真は端末を窓へ向けた。

「現在見えているのは、設備の上端位置です。幅と外観はこちらの実景合成で確認できます」

現行案を表示する。

設備は遠い。

しかし途中に遮るものがないため、全体の上半分が見えた。

男性は画面を近づけたり離したりしながら、しばらく確認した。

「B案も見せてもらえますか」

表示を切り替える。

防風林によって、多くが隠れた。

それでも設備の一部は見える。

「なるほど」

男性は短く言った。

「どちらの案について、生活上気になる点はありますか?」

市の担当者が尋ねる。

「見た目だけなら、Bの方がいいです」

「はい」

「でも、今の方が早く完成するんですよね」

「現行案の方が、接続工事と用地調整を短くできます」

「どれくらい違いますか」

悠真は工程比較を開いた。

《現行配置案》

《運用開始予定 二〇三九年三月》

《代替配置案B》

《運用開始予定 二〇三九年五月》

《現在の工程予測に基づく》

男性は二か月という数字を見た。

「以前、停電が続いたことがありましてね」

「こちらの地域でですか?」

「二年前です。大きなものじゃないです。半日くらいでした」

男性は窓の外を見たまま続けた。

「妻が在宅用の医療機器を使っていました。予備電源はありましたけど、残り時間をずっと見ていました」

居間の奥に、仏壇があった。

相川市の担当者は何も尋ねなかった。

悠真も、説明資料へ視線を戻した。

「今回の施設が完成すると、停電がなくなるわけではありません」

「分かっています」

「ただ、地域内の需給調整と、非常時の供給維持能力は上がります」

「なら、早い方でいいです」

男性は言った。

「窓からは見えますけど」

確認画面を開く。

《現行配置案による影響は許容可能》

男性はそれを選んだ。

理由候補が並ぶ。

《早期運用を優先》

《防災・供給安定性を優先》

《追加事業費を考慮》

男性は《防災・供給安定性を優先》へ触れたあと、少し考えた。

「これだけだと、設備を見ても平気みたいに見えませんか」

「気になる点も残せます」

自由記述欄を表示する。

男性はゆっくり入力した。

《眺望への影響はある》

そのあとに続ける。

《ただし、供給安定性と早期運用を優先したい》

《原文を保存しました》

《分類候補 現行配置案を許容》

《補足意見 眺望影響あり》

男性は確認を押した。

見た目を気にしていないわけではない。

費用が惜しいわけでもない。

二か月早いということに、男性自身の理由があった。

三軒目を出た時には、正午を少し過ぎていた。

相川市の担当者が午後の予定を確認する。

「岸本さんたちは、新規訪問を終えています」

悠真の端末にも共有記録が届いた。

個人情報と原文の詳細は表示されていない。

案件担当者向けの結果だけだった。

《訪問完了 一世帯》

《確認方法 現地確認・実景合成画像》

《意見 代替配置案Bを希望》

《理由 毎日使用する仕事部屋から設備全体が見えるため》

《費用影響については判断対象外》

《分類確認済み》

続いて、前日訪問世帯の追加確認。

《追加確認完了》

《確認前意見 判断保留》

《確認後意見 判断保留》

《補足》

《現物の大きさは理解できたが、費用を含む事業判断まではできない》

意見は変わっていなかった。

ただ、分からない理由は少し変わっていた。

昨日は実物の大きさが分からなかった。

今日は大きさを見たうえで、それでも自分たちが決めることではないと判断した。

同じ《判断保留》でも、中身は同じではなかった。

悠真は今日の記録一覧を開いた。

最初の世帯では、同じ家の夫婦が別の意見を選んだ。

次の世帯は、見えても生活上は困らないと答えた。

三軒目の男性は、眺望への影響を認めたうえで、早期運用を選んだ。

岸本側の世帯は、仕事部屋から毎日見ることを理由にB案を希望した。

《本日の新規訪問 四世帯》

《個別意見 五件》

《現行配置案を許容 三件》

《代替配置案Bを希望 二件》

《判断保留 〇件》

《説明不足による未回答 〇件》

数字だけなら、三対二だった。

ただし、世帯数ではない。

同じ家から二つの意見が出たため、個別意見は五件になっている。

画面の下部に、集約方法が表示された。

《多数決として扱いません》

《意見理由と生活条件を個別に検討します》

市の担当者が一覧を見た。

「説明条件は揃えられたと思います」

「はい」

悠真は答えた。

現地確認。

実景合成。

同じ費用。

同じ工程。

同じ安全性。

設備の高さも同じだった。

情報を揃えたことで、意見は一つに近づかなかった。

代わりに、なぜ違うのかが少しだけ分かるようになった。

端末が、次の予定を表示する。

《東央商事への帰社推奨時刻 十三時二十分》

《通常支援事例確認 十五時三十分》

《担当範囲 設備需要補正》

悠真は記録一覧を閉じた。

岸本から短いメッセージが届いている。

《同じ高さでも、窓が違いました》

悠真は返信欄を開いた。

少し考え、

《そうだな》

とだけ送った。


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