娘
私の父は、幼い頃からずっと、私の言うことを否定せず、何でも尊重してくれたので、そんな返しをされるなんてまったく想定しておらず、必要以上に驚いてしまった。
びっくりしちゃったのはともかく、どうしてそう言ったのか、真意を尋ねた。
「お前が読んでいるところをあまり見ないけれど、漫画は、国内外問わずすごく人気で、高く評価されているのは知っているだろう?」
「うん」
「でも、昔は違ったんだ。あんなのはくだらなくて子どもに悪影響だというので、今や日本を代表する文化的な偉人と言える手塚治虫さんですらも痛烈な批判にさらされたんだよ」
「へー」
「例えば、歌舞伎っていうのは、私は全然詳しくないから軽はずみなことは言えないが、元々は単なる娯楽だったと思うんだ。しかし、誕生してから何十年と経って、歴史が積み重なると、立派で偉いものになるんだよ。だから歌舞伎役者は人間国宝に何人もなっているよな?」
「ああ、そうだね」
「それは、関係者からすると、評価が高まったわけで、もちろん嬉しい。だけど反面、なじみがない人たちからすると、立派で偉いものは面白くなさそうに感じてしまう。実際に鑑賞すれば十分に楽しめても、難しいんじゃないか? などと思われて、観ようと思われにくくなっちゃうんだよ」
「確かに、歌舞伎は私も知らなくて、間違っているらしいけどよく使われる意味の『敷居が高い』感じがして、積極的に観ようという気持ちはないかな」
「これは歌舞伎に限った話じゃなく、今言ったように歴史が積み重なると、何でもそうなっていくものなんだ。小説も当てはまるだろう、立派というイメージがある。だから漫画も社会的な評価が昔に比べて高くなった。でも、漫画はそうやって社会で認められるよりも、子どもをはじめとする読者に喜んでもらおうという意識のほうが強かった気がするんだ。だから、エログロナンセンスといういわゆる下品な内容の作品は風当たりが強かったにもかかわらずたいして少なくならなかったし、いまだに漫画はけしからんもので、子どもが読んでいれば『それよりも勉強をやりなさい』と言われる印象があるだろう?」
「うんうん」
「漫画関係者のなかには『もっと漫画の地位は高くあるべきだ』と思っていたり訴えていたりしている人もいるだろうし、それは当然の感情で、悪くは全然ないけども、とにかく偉くなるよりも読む人に楽しんでもらいたいという思いの書き手たちが多かった、食べ物で例えるとお菓子の立場を貫いたことで、『敷居が高い』と避けられる事態に至らず、今もすごく親しまれているんだよ。異世界ファンタジーはそれに通じるところがあると思うんだ。立派で、だから面白くなさそうと思われている面がある小説のなかで、おそらくプロの作家にも『あんなのはくだらない』と見下している人もいるだろう、それでも読む人に楽しんでもらいたいという書き手たちがいっぱいいたからこそ、今の隆盛がある。確かに本当にくだらない作品もあるに違いないが、それだけ好きな人がいるというのは、決して馬鹿にできない、あなどれない存在だってことさ。とりわけ自作が読まれないプロ作家もそうだし、他のジャンルを書くお前のような人間がいくらケチをつけたところで、言ってみれば『負け犬の遠吠え』であって、悔しかったら読む人たちをもっと喜ばせる素晴らしい小説を執筆するしかない、私はそう思うけどね」
……。
「そっか。確かに言えるね。自分の小説が読まれないからって、すごくよくできていて面白い異世界ファンタジーの作品もあるだろうに、全否定するのは、みっともないっていうか、単なるひがみだよね。ありがとう、お父さん。その話をしてくれて」
「フッ。よかったよ、そう思ってもらえて。内心はドキドキだったんだ、お前に嫌われちゃんじゃないかってさ」
「やだなー、その程度で嫌ったりしないよ。ほんと、ありがとう」
しかし——後に、私はある事実を耳にした。
父の会社の同僚で、仲良くさせてもらっている方がいるのだが、その人から聞いた話によると、密かに父も小説家なろうに書いた小説を載せていて、なんとジャンルは異世界ファンタジーだったのである。どうりでそれについて知っていて語れたわけだ。
で、ほとんどというくらい読まれずに、その同僚の人にこうグチったらしい。
「異世界ファンタジーなんてくだらねえ」




