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5.彼の遠慮がなさすぎる愛

「もしかしたら私の普段の振る舞いで、君に無理をさせてしまっていたのだろうか……。ほら、私は悪評が服を着ているような人間だから」

「ま、まぁ……いくつかの理由のうちの一つ……かもですが」


 どうやらレオナルドは、自身が冷酷貴族と呼ばれていたり、死に一番近い人だと言われていたりするのは知っていたようだ。

 だからといって、素直に「はいそうです」と言えるほど、リアに勇気はない。

 ただ彼の前で嘘をつくのも嫌だったので、十二分に濁した。

 しかしなぜかレオナルドは、ムッとしたような表情になった。まるで拗ねているような……


「私は物事をはっきり言わず、誤魔化す人間とわかりにくい人間を好まない。他人である以上、相手の考えることなんてわかるはずがないのに、無駄な労力を使いわざとわかりづらくしているのだから」


 そこでハッとする。

 リアが今したことに対して、怒っているのだ、と。


「君にそれを強制するつもりはないが、少なくとも私の前では、隠さずに本来の君であってほしい」


 真摯な眼差しでレオナルドは、そう言い切った。


 ――なんて、まっすぐな人なのかしら……


 そう思わざるを得なかった。

 彼の視線があまりに眩しすぎて、リアは視線を逸らした。

 これまでリアは男爵家の令嬢として貴族教育を受けてきた。

 当主を引き立てるために他の家人は一歩後ろに下がり、当主の言うことには必ず頷き、間違っていることを聞いてもにこやかに肯定する。

 それが家のためになるのであれば、自身の考えにはしっかり蓋をして、家に利をもたらすのが最優先だ、と。

 ふと、この家に来てすぐのときに受けた授業を思い出す。


 ――そういえば、そんなことは学ばなかったわ……


 まだその段階には行っていない、という可能性もあるが、少なくとも侯爵夫人としての心構えという授業において、自分の考えは二の次、だなんて習っていない。

 むしろ侯爵夫人として、侯爵が誤った道に進みそうになったら何をしてでも正しい道に戻せ、最終的にそれが家のためになる、とまで言っていたと思い出した。

 もしかしたら、このオーデムランツ侯爵家だけで習うものかもしれないが、少なくともレオナルド自身は、そうであることを願って家庭教師にそう教えるよう伝えたのだろう。


 ――本当に、まっすぐだわ。


「旦那様、私、謝らなければいけないことがあります」

「……聞こう」


 リアはレオナルドに視線を戻す。

 彼はかすかに顔を綻ばせて、リアを見返した。


「私は旦那様の悪評だけを聞き、それを信じてしまっておりました。だからなるべく旦那様を怒らせないようにしようと……」


 噂だけをひたすらに信じ込み、目の前の当人を見ることはなかった。

 たしかにレオナルドは、何もかもを決して遠回しに言うことはなくまっすぐ言うし、相手にどう思われようと自分の意見をしっかり話す。

 でも、彼は人から聞いたことを妄信することなくしっかり調べ上げ、それをもとに判断する。

 目の前の紅茶がその最たる証拠だ。


「これからはちゃんと人となりを見て、人からの伝聞に左右されることなく、自身で判断していこうと思います」

「そうか。オーデムランツ侯爵として、君がそうであることを願おう」


 レオナルドが紅茶を一口飲む。その口角はあがっていた。

 リアはホッと一息つく。これから頑張れそうという安心とレオナルドへの信頼が、胸にじんわりとしみ込んでいた。


「だが君の夫として言うなら、そんなに肩肘張らずにもっと気楽にしてくれたほうがいい」

「……へ?」


 レオナルドはカップを置くと静かに立ち上がり、リアの隣に座る。

 そしてそっと手に触れると、まるで恋人がするように指同士を絡ませてぎゅっと握った。


「だ、旦那様!?」

「この結婚はたしかに政略結婚だが、私は君のことを心から愛している。」

「っ!」

「君は、どうだ?」


 とても美麗すぎる容貌から放たれた静かで低く甘い声が鼓膜を震わせ、リアの体がひくりと震える。

 彼の手は温かく、親指で手の甲を撫でられると、なんとも言えないような感覚に襲われてしまう。


 ――急にそんなこと、言われても……!


 リアにしてみれば、レオナルドに対して愛情など考えたことがなかった。

 政略結婚として彼に嫁ぎ、侯爵たる彼がしっかりと仕事ができるようにそばで支え、夫人として彼の後継を為すこと、それしか考えていなかった。

 その間に愛があろうとなかろうと、それが貴族の結婚なのだから。

 ふとレオナルドに視線をやると、彼の熱っぽい視線がリアを射貫いていた。


「ふっ、……顔を赤くして、可愛いな」


 限界のあまりリアが顔を逸らすと、レオナルドは笑いながらそっと手を離してくれた。

 まだ手のひらに彼の温かさが残っているようで、その熱だけでもなんだか顔が火照ってしまう。


「きっと君は、これは貴族の結婚だから愛があろうとなかろうと関係ないと思ったのだろうが、私は違う」

「そ、そんなことは――きゃっ!?」

「私は君だから、結婚した。君と愛し合いたいんだ」


 ちょうどリアの顔の火照りが幾分収まったというのに、レオナルドがリアを急に横抱きするものだから、リアの顔はふたたび真っ赤になってしまう。

 自身よりも一回り以上大きな体に抱かれてしまえば、そこから抜け出すことは難しい。

 武芸の腕に秀でたレオナルドなら、なおのこと。


「どうやら君は、言葉や行動で示してもまっすぐ伝わらなそうだから、しっかりと伝わるように教えてあげないとな」

「そ、それは……」


 ひくりと顔が引き攣る。

 レオナルドはまったく危なげなくリアを抱き上げ歩き始める。

 向かったのは、夫婦の寝室だ。

 なぜか甘い香が焚かれていて、そばのシェルフの上には香油などが用意されていた。

 リアはそっと宝石を扱うような手つきでベッドに下ろされる。

 安心したのもつかの間、彼女の上にレオナルドが覆いかぶさった。

 舌で唇を舐める仕草は色っぽく、リアを射貫く瞳はただひたすらに熱を滾っている。


「――さて。()の愛を、しっかりと感じてもらおうか」


 病み上がりだから手加減はしてやる。

 そう言い、レオナルドはリアの服に手をかけた。


 その後、リアは途切れることなくレオナルドに甘く囁かれ、蕩かされて、愛を教え込まされた。


 ――まっすぐすぎると、それはそれで、恥ずかしいわ……!


 一緒に浴槽で汚れた体を清め、顔を両手で覆うリアに、レオナルドはまだ愛を囁いている。

 レオナルド・オーデムランツ侯爵は、言葉を選ばずに思ったことをすべて言う。

 その噂は間違っていない。

 しかしその実、甘い言葉と柔らかな表情で妻をこよなく愛する、愛妻家だ。

 妻のすべてを愛し、至らないところもすべて慈しみ、愛し尽くす。


 リアは今日それを知ったのだが、これから毎日のように彼の愛を実感するのだった。




   ― 完 ―

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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