第五話
「犯人……?」
そばにいたペットショップ店員の森山が、ポカンと口を開けた。
「犯人って何だい? だって、蛇はこうして捕まえて……蛭間会長はヴェルムの毒にやられたんだろ?」
「いいえ」
羊は頭を振った。それから蛇使い同好会の面々を眺めて、力強く宣言した。
「蛭間さんは、殺されたんです。あたかも蛇に噛まれて死んだかのように見せかけて……ね」
「どうしてそう思うんだ?」
「ここが船の上だからですよ」
神狩の問いに、羊が答えた。
「ネットも使えない、外界との接触を一時的に封鎖された……ある意味密室な環境だからこそ、犯人は此処で殺人を決行したんだ。凶器を特定されないために。全ての罪を蛇に擦りつけるために、ね」
「凶器?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
森山が慌てた。
「昨日、あの時、君もその場にいたじゃないか。僕らは全員部屋の前にいた。鍵がかかっていた。君も確かめただろ?」
「単純なトリックだったんですよ。僕らはあの時、物音を聞いただけだ。中で何が行われているか、直接目にしたわけじゃない」
「良いだろう」
バイヤーの香鳥が怖い顔をして凄んだ。
「つまり、俺たちを疑ってるわけか。君がそこまで言うのなら、聞かせてもらおうじゃないか。会長が殺されたって根拠を。もし間違っていたら……分かってるだろうな?」
羊は肩をすくめた。
「順を追って説明しましょう。まずあの夜、僕らは音だけで、蛭間さんが蛇に襲われていると判断した」
「…………」
「だけどそんなものは、録音機の一つでも使えば十分偽装可能です。おそらく被害者のスマホから、録音されていたものを流したんでしょう。実際には、あの時点で既に蛭間さんは死んでいた。僕らはその後で、あたかもリアルタイムで襲撃が起きているように錯覚させられたんです」
「何のために?」
「アリバイ工作です。0時にミーティングと行って集合させたのも、犯人の仕掛けた罠だったんです。各自バラバラに行動してたら、殺害時刻に身の潔白が証明されないかもしれないですからね。『蛭間さんは蛇に噛まれて死んだ』。みんなにそう思わせることが重要だったんです」
「でも待ってよ。あの日ミーティングしようって言い出したのは、蛭間会長だったのよ」
ベッドに横になっていた清水が、少し苦しそうに、驚いたように目を丸くした。
「そうだよ。会長からスマホに連絡が来てて……」
「あれは蛭間会長から届いたんじゃない。犯人が、被害者のスマホを使って皆さんに連絡したんですよ」
「何?」
香鳥が驚いた。
「あの夜……20時ごろまでは僕らが部屋にいました。それから次に皆さんが部屋の前に集まったのは0時ちょっと前。その4時間の間に、蛭間さんは殺されていたんです。いや、殺されたに近い状態……と言った方が良いのかな?」
「何だって?」
「さっきから何が言いたい?」
「その4時間の間、どうやって過ごしていました?」
羊は蛇使い同好会の面々に尋ねた。3人は顔を見合わせた。
「俺は……風呂に入って……後は部屋で音楽聴いたり」
「私はラウンジでお酒飲んでたわ」
「僕は、持ち込んだゲーム機で遊んでたかな」
「……このように、各自バラバラに行動していた。これでは死体を調べられて、犯行時刻が割り出されたらアリバイを証明できない。だから犯人は偽ミーティングのメールを流した」
「ちょっと良いかな?」
神狩が羊の推理を遮って目を光らせた。
「だったらスマホに証拠が残ってるはずだろう。録音にしろ、メールにしろ。さっき調べた様子じゃ、そんな証拠は見つからなかったんじゃなかったか」
「ええ。僕も最初不思議でしたが、分かれば簡単な話です。スマホをすり替えたんですよ」
「すり替えた?」
「犯人は僕らが被害者の死体を確認した後……部屋に忍び込み、証拠の残ったスマホを回収し、新品のものとすり替えた。だから真新しい、履歴の残っていないスマホが部屋に残されていたんです」
「でも……そのスマホは蛭間さん本人のものだったんでしょ?」
照虎が口を挟んだ。現場に残されたスマホは、確かに蛭間の指紋認証で開錠されたのだ。羊はほほ笑んだ。
「バックアップを取っておけば良い。おそらく犯人は、一ヶ月前に蛭間さんと接触した。そして彼のパソコンから、スマホのバックアップデータをコピーしておいたんだ」
「バックアップ?」
「なるほど……。それで一ヶ月前の『蛭間会長のスマホ』が出来上がったってことか」
「回収した証拠は海にでも投げ捨てれば、隠滅完了です」
「待てよ。音やメールはそれで良いとして……」
香鳥が腕を組んだ。
「死体発見後、どうやって部屋に入った? いや。そもそも20時〜0時の間に殺したとして、犯人はどうやって鍵をかけたんだ?」
「ビジネスホテルのカードキーを使ったことがありますか?」
羊は尋ねた。
「あれは、カードをホルダーに差し込むと部屋全体の電気が付くようになっていて。だけど、同じカードキーじゃなくても、たとえば名刺なんかを挟んでおいても、電気は消えないままになってるんですよ」
「何……?」
「つ、つまり?」
「つまり」
羊は皆を見渡して説明した。
①20時過ぎ。羊たちが蛇を鑑賞し、304号室を出る。
②それから20時〜0時の4時間の間に、犯人が蛭間の部屋を訪れ、犯人は蛭間を殺害。この間に蛇は304号室から連れ出された。
③そして0時。スマホで偽ミーティングのメールを流しておいて、羊たちを部屋の前に集める。蛭間のスマホから予め録音しておいた物音を鳴らし、アリバイ工作とともに、あたかもその場で蛇が噛み殺したと錯覚させる。
④蛭間の死後。犯人は蛭間のカードキーを使い、部屋に侵入。カードキーを元に戻し、スマホを新品のものと入れ替える。
「……時系列としてはこんな流れです」
「待ってくれ。色々聞きたいことはあるが……」
神狩が目をひん剥いた。
「④の、蛭間のカードキーを使い、って言うのはどう言うことだ?」
「それは②の時点で、犯人がこっそり304号室のカードキーをすり替えたんですよ。これでいつでも304号室に入りたい放題です。自分の部屋のカードでも差し込んでおいたんでしょう。カードをホルダーに差し込んでしまえば、番号までは分からない。僕らもあの時、そこまで調べる余裕はありませんでした」
「それじゃあ……」
「自分の部屋の方は、ロックがかからないよう、ストッパーでも差し込んでおけば良い」
「……確かに君の推理は一見筋が通っているようだが」
香鳥は腕を組んだまま唸った。
「しかしまだ欠点があるぞ。部屋の壁は薄かった。現に扉越しに物音が聞こえたくらいだからな。20〜0時までの間、俺たちは部屋で音楽を聴いてたり、ゲームをしてたんだ。だけどそんな、争う音なんて聞こえなった。いくら何でも、自分が殺されるって時に悲鳴の一つも上げない被害者がいるかね?」
「……だから犯人は」
羊は頷いた。
「②の時間帯で、自分の部屋にいながら、鍵のかかった304号室の蛭間さんを、音もなく殺してみせたんです」
「何……?」
「そんなことが……?」
「どうやって?」
「簡単ですよ。簡単なトリックです。密室ならではの殺害方法……犯人はスイッチ一つで、被害者を音一つ立てずに殺してみせた」
神狩がイライラしたように前のめりになった。
「もったいぶらないで教えてくれ探偵くん。そんな、蛇の暗殺術みたいなことが可能なのか? どうやって犯人は、無音のまま密室の被害者を殺したんだ?」
「そもそも何で犯人は蛇を連れ出したんでしょう?」
羊はもったいぶって尋ねた。
「何で、って……」
「凶器なら、部屋に残されていた方が分かりやすい。だけど犯人はわざわざ蛇を、ヴェルムを部屋から連れ出した。それが今回の事件の鍵だったんです」
「何でなんだ?」
「それはきっと、蛇を巻き添えにして殺したくなかったから」
「何?」
それから羊は、犯人の方に向き直って告げた。
「犯人は……エアコンを使ったんです。薄い壁一枚隔てて、リモコンで304号室の空調を切った。締め切られた部屋は蒸し風呂のようになり、被害者は死亡……いや、死亡に近い状態にまで昏睡した。被害者の死因は毒殺ではなく、熱中症だったんですよ。そうですよね、303号室の、清水明美さん?」




