♢読者への挑戦状♢
部屋をもっと調べなくてはならない。羊はもぬけの殻になった水槽へと視線を向けた。
蛇はいない。分かっていても動きが慎重になる。ゆっくりと彼は水槽に近づいて……そこでようやく異変に気がついた。
「あれ、これって……?」
「何?」
「鍵がかかってるよ」
「え?」
良く見ると、ケージの蓋部分には、しっかりと鍵がかかっていた。自転車やバイクのU字ロックと同じもののようだった。蓋には呼吸用の小さな穴がいくつか空いていたが、本当に鼻の穴ほどの小ささで、さすがに此処から蛇が抜け出したとは考えにくかった。
羊はますます混乱した。密室の謎を解くどころか、部屋の中に新たな密室が出来てしまった。
「そんなの簡単だろ」
神狩が得意げに鼻を鳴らした。
「被害者が鑑賞するためにケージから出したんだよ。ほら、良く首に蛇を巻きつけて記念写真撮ってる奴いるじゃん」
「……でも、それでわざわざ鍵を閉めますかね?」
普通はケージに戻せるように、鍵は開けっぱなしにしておくと思うけど。それから羊はエアコンを見上げた。密閉された部屋の中。風呂も洗面台もないから、唯一の蛇の抜け穴と言えば、このエアコンだが……。
「通気口は外に繋がってるんでしたよね?」
神狩に尋ねると、彼は少し眠そうに頷いた。
「嗚呼。だからこの中に潜っていったって、海にドボンだよ。まぁ蛇なら、隣の室外機にニョロニョロ飛び移るくらいは出来るかも知れないけど」
羊は何も言わなかった。世界を見渡せば木から木へ、滑空する”空飛ぶ蛇”もいないことはない。しかしどうにも非現実的だった。多分、10回やったら9回は海にドボンするはずだ。だったら1回は成功するはずじゃないか。そう言われてしまえば、それはそうなんだけど。羊は尋ねた。
「神狩さん、部屋割り……誰がどこに泊まっていたか、分かりますか?」
「嗚呼。それならデータに残ってる」
神狩が手持ちのスマートフォンを操作した。
部屋割りなどをまとめると、こうなった。
304号室 蛭間恵介……定年退職。司会担当。
303号室 清水明美……獣医。飼育担当。
302号室 森山翔……ペットショップ店員。笛担当。
301号室 香鳥圭太郎……バイヤー。器具担当。
羊はまとめたメモをジッと見た。一番端の部屋が蛭間で、後は4人が横並びに泊まっていたようだ。壁はそんなに厚くない。これだけ近いと、不審な人物がいたり、争った音などが聞こえれば誰かが気づきそうなものだった。実際昨日の夜、部屋の中の物音が、扉の向こうの羊たちにしっかりと聞こえたのだ。
羊は目を細めた。
職業……たとえばこの中に蛇を上手く操れたり、あるいは密室を上手く作れる仕事はあるだろうか?
獣医やペットショップ店員なら蛇の扱いに慣れているだろうし、それは爬虫類専門のバイヤーだって同じだろう……何だか考えれば考えるほど、どれも怪しく見えてしまう。
ふと気になって備え付けの小型冷蔵庫を開ける。空だった。ゴミ箱を見ると、大量の缶ビールの空き缶が山積みになっていた。やはり昨晩被害者は、相当呑んでいたようだ。
「このエアコンから毒を流せないかしら?」
ふと、エアコンを見つめていた照虎が、真顔で怖いことを言った。
「だったら密室も関係なしに外から毒殺できるわ」
「船の外にへばり付いて、か?」
神狩が噴き出した。
「そりゃ、さすがに命知らず過ぎるだろ」
それだと蛇も死んでしまう。それに、扉を開けた瞬間に自分たちも、だ。待てよ。だから犯人は蛇をケージから持ち去ったのか? しかし一体どうやって……羊は口元に手をやった。
カードキーで開閉する部屋。
世界最強の毒。
着信履歴も、Wi-Fi履歴も残っていない真新しいスマートフォン。
はめ殺しの窓。
鍵のかかったケージ。
横並びの宿泊客。
いなくなった蛇。
エアコンの通気穴。
判断材料は揃った。後は頭の中で論理を完成させるだけだ。
「待って」
すると、照虎が目を輝かせた。
「そんな手間かけなくても、そうだわ、夕食の時に毒を仕込んでおけば良かったのよ」
謎は全て解けた、そんな表情をしている。
「被害者は夕食の時点で毒を盛られていた。犯人だけがそれを知っていたはずよね。だから0時に集まろうって決めたのよ。毒が回るタイミングを見計らって。どう?」
「司法解剖してもらう必要があるね」
羊は頷いた。
死体を調べれば、蛇の毒で死んだのか、それとも他の毒だったのかははっきりするだろう。
「やだ。当たっちゃったかも」
照虎が少し嬉しそうにはにかんだ。
確かに、今のところ照虎の推理が一番筋が通っているような気がした。
しかし、だとしても一つ疑問が残る。
蛇はどこに行ったのか?
恐らくそれが、この事件を解く鍵な気がする……羊がそう思った、その時だった。
「きゃああああああああっ!?」
突然、耳を劈くような悲鳴が、3階にいる羊たちの耳にも飛び込んできた。叫び声のする方へ、羊たちが駆けていくと、2階の客室に人集りが出来ていた。
「あそこは……確か……」
走りながら、神狩が顔を曇らせた。蛇使い同好会の面々を移した区画だったからだ。
「退いて! 退いてください!」
神狩が必死に人混みを掻き分け、羊たちはその後を着いて行った。ようやく部屋を覗くと、案の定、蛇使い同好会の一人・清水明美が、苦悶の表情を浮かべて座り込んでいる。羊はギョッとした。床に、見慣れない長いホースのような生き物がいる……毒蛇。ヴェルムだ。
「蛇だ!」
「つ、捕まえろ!」
誰かが叫んだ。とはいえ誰もが怖気付いて尻込みしている。清水は体を震わせながら、右手に注射針を持ち、腕に刺しているところだった。
「この……ッ」
神狩が、近くにあった靴べらを片手に、毒蛇に向かっていった。
「乱暴しないでッ!」
噛まれたのだろうか。ベッドの上で、清水は憔悴した、しかし良く通る気丈な声で叫んだ。
「追い詰めたら逆に攻撃してくるわ……後ろから、首を掴むのよ。尻尾や胴体を掴んだら、噛まれるわよ……」
「うぅ……チクショウ!」
神狩は悪態を吐きながらも、殺傷力抜群の毒蛇ににじり寄り、何とか獣医の言う通りにヴェルムを捕まえた。通路から歓声が上がる。誰かが廊下に飾ってあった大きな壺を抱えて持ってきた。毒蛇はその中に放り込まれ、神狩がその上からしっかりと蓋を閉じた。ようやく安堵のため息が、自然と拍手が廊下に広がる。
「はぁ……はぁ……!」
「ありがとう……」
清水が少し苦しそうに笑った。
「ヴェルムが、突然エアコンから飛び出してきて……」
「あの野郎……やっぱり通気口から抜け出してやがったか」
「大丈夫ですか?」
騒ぎを聞きつけ、船長の久高も飛んできた。興奮覚めやらぬ乗客たちを宥めるように、両手を広げ声を張り上げる。
「もう後30分もしないウチに到着します! 皆様、下船の準備を!」
それからもう一度、船長は清水に大丈夫ですか、と尋ねた。清水は大丈夫、と笑ってみせ、それから大量の汗を掻いたままベッドに横になった。
「後少しの辛抱です。すでに救急車も待機してますからね。さぁさぁ、皆様、部屋に戻って!」
「待ってください」
船長の言葉を遮り、羊は一歩前に出た。帰りかけた乗客の視線が、一斉に羊に集まる。羊は少し顔が火照った。
「君は……?」
「……分かったんです。どうして此処に蛇が現れたのか。密室殺人の方法が」
「何?」
「これは事故なんかじゃない。歴とした殺人事件だったんですよ」
羊は集まった人々の戸惑う顔を……特に蛇使い同好会の面々を見回しながら、静かに、しかし力強く宣言した。
「犯人は、この中にいます!」
♢読者への挑戦状♢
はい。
ここまでちょっとお粗末かもしれませんが、ここで問題です。この挑戦状ってやつ、一回やってみたかった。
①犯人は誰なのか?
②どうやって殺したのか?
③どうやって密室を作ったのか?
ヒントは……今貴方の目の前にあるはずです。あんまりヒントを出し過ぎると分かっちゃうと思うので……ぜひ挑戦してみてください!




