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【第2話】イライラするよ。♀

〝雄介のバカ雄介のバカ雄介のバカ雄介のバカ雄介のバカ!〟


 旧校舎を出て、バッグを取りに戻るため、足早に教室へ向かう美月の頭の中は、雄介への叱責の言葉でいっぱいだった。


 すっかり忘れられていた。


 自分の事も、約束の事も。


〝雄介の、ばかっ〟


 腹立たしさの他にも、何とも理解し難いもやもやとした感情が沸き上がってきて、美月は床を踏み抜きそうな勢いで廊下に足を踏みつける。


 久しぶりに会った雄介は背も伸びて、想像していたよりもちょっとカッコよくなっていた。


〝オドオドするところは相変わらずだけど、優しい目は、変わってなかったな……〟


 雄介に言った通り、美月は本当に一日も雄介の事を忘れた事はない。


 美月は右手を目の前に掲げ、ぴんっと立てた小指をじっと見つめる。


『私が大きくなったら、雄介の血を分けてね』


『うん、いいよ? じゃあ指切り』


 あの時、雄介は優しい笑顔で、迷う事もなく約束してくれた。


 それなのに……。


〝ばかっ、ばか雄介っ。ばかばかばかばかっ雄介のばかっ雄介のばかっっ!!〟


 幼稚園児だったあの頃のように、美月の頭にはもう語彙が『ばか』しか出てこない。


 多少は覚悟していた。


 雄介は約束の意味を分かっていないかもしれないと。


 なにせ、約束を交わしたのはお互いが五歳の時だ。意味を理解していなくても、それは仕方がないと思っていた。


 だが、まさか思い出しもしないとは。


〝初めての相手は、雄介だって心に決めていたのにっ〟


 それ以外の男など、考えられなかった。


 忘れられているとしても、それは絶対に変わらないし、絶対に譲れない。


〝初めて飲む血は、雄介のだもん!〟


 ガラっと、少し乱暴に教室の扉を開けると中にいた男子が三人、驚いたように美月を振り返った。


「お、やっぱり戻ってきた」


 教壇に座っていた男子が、ひょいと飛び降りてにやりと笑う。


 男子のうち教壇に座っていた一人は黒髪だが、あとの二人は茶髪。


〝この学校、茶髪OKだったかしら?〟


 二人はベルトを緩めて若干下げぎみのスラックスから、第二ボタンまで外したシャツを少しだけ出し、一人はボタンを全部外して、グリーンの英字のTシャツを全開に見せている。


 髪も自然にセットされ、綺麗な眉は毎日しっかりと整えているのだろう。


 さりげなく『ゆるめ』で小奇麗な恰好だ。当然、本人たちもおしゃれには自信があるようだ。


〝ネクタイはしてないのね〟


 男女とも、夏服のネクタイは自由なため、していない生徒が多かった。


〝残念だけど、雄介に比べたらぜんぜんカッコ良くない〟


 長袖の袖を捲り、しっかりシャツインして第一ボタンだけを外し、ネクタイをちょっと緩めていた雄介の姿を思い浮かべてそう思ったが、口には出さなかった。


 わざわざ関わりになるのも面倒だと思った美月は、教室の中央にある自分の席に置いてあるバックを手にとり、男子たちに軽く会釈してそのまま立ち去ろうとした。


「ああ、待ってよ西條さん」


 黒髪の男子が声を掛けた。


「あの、何かしら?」


 仕方なく、美月は立ち止まって相手を見る。


「俺たちさ、今から遊びにいくんだけど、西條さんもどうかと思って」


 人好きのする笑顔を浮かべて、黒髪の男子が美月に歩み寄る。


「ごめんなさい、遠慮しておくわ、今日は用事があるから」


 なるべく事務的にならないよう、美月は答えた。


「あ、じゃあさ、明日はどう? 何なら土曜とかでもいいけど?」


「そうそう、俺たちいつでも時間空けるし?」


「街も案内してあげるからさ」


 なんとも陽気に、馴れ馴れしく話しかけてくる。


「本当にごめんなさい、あなたたちと行く気はないわ」


「まあそう言わずにさ? な?」


「絶対楽しいって」


「そ、俺たち学校でも割と有名なんだぜ?」


 三人とも、なかなかのイケメンで、女子の扱いにも随分慣れているようだ。


 だが……。


「あ、俺、田上真司。真司って呼んでよ」


「俺、佐伯陽い……」


「あんたたちの名前なんてどうでもいいのよ……」


 イライラしているところに、さらに追い打ちをかける不愉快さに、美月の我慢も限界を迎える。


「へ?」


 男子たちは、目を丸くして呆けている。


〝まったく、どうしようもないわね〟


「意味が分からなかった? あんたたちに興味はないって言ったの、目障りよ」


「はあ? てめっ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


「二度と学校にこれなくしてやろうか?」


「おいっ屋上連れてこうぜ!」


〝ほらね、すぐに本性出した〟


 三人の男子が美月を取り囲み、美月の制服の肩を乱暴に掴んだ。


「お前らウザい」


 美月の目が鋭い光を発した直後、激しい風が巻き起こり、机を吹き飛ばし、男子たちの服を切り裂いたかと思うと、そのまま空中に放り投げて天井にぶつけ、くるくると回転させながら床に叩きつけた。


「ぎゃ」


「ぐぇっ」


「びゃっ」


 情けない悲鳴をあげて床に這いつくばる男子は、三人ともパンツ一枚の情けない姿だった。


 ずかっ!。


 美月は、黒髪の男子の股間を踏みつける。


「ぎゃあああ」


「黙れ、つぶすわよ」


 男子たちを睨みつける美月の瞳が赤く染まり、血も凍るような波動を放つ。


 その圧に当てられた三人は、黒髪の男子は当然の事、他の二人もぶるぶると震えて押し黙った。


「いい? 二度と私に話しかけないで。私の視界に入らないで。守らなかったら、次は挽肉にするから。わかった?」


 美月は氷の彫像のように冷たい表情で、三人を見下ろす。


「は、はい」


「それから、この事を誰かに喋っても挽肉よ、理解できる?」


「は……はい……絶対……喋り、ません……」


 美月は男子の股間から足をどけて、まるで犬の糞でも踏んだかのように床に足を擦り付ける。


「いい心がけね、長生きできるわ。それを残してあげたのは情けよ。体操服ぐらいは持ってるでしょう?」


 実際、美月にとってそんな事はどうでもよかったので、返事も聞かずに颯爽と身を翻して教室を後にした。


「うくっ」


 だが、教室から階段に向かう途中の廊下で、激しい眩暈と頭痛と吐き気に襲われ、美月は口元を押さえながら、ふらつく足取りで女子トイレに入った。


「また、やっちゃった……ああ、気持ち悪い……ダメ、死にそう……」


 力を使った後はいつもこうだ。そして回復までに二、三日かかる。


「ああ、ムリ……これ……」


 雄介の事で気が立っていたせいで、力のセーブができなかった。


 美月はトイレに座ったまま、気を失った。



企画ものです。

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