第六話 令嬢、村にお泊りする
村に戻ってきた。子供達は各々の家へ向かい、新参の二人も新築の家へと帰った。なんでも、当初は誰も使っていない古家に住んでいたらしい。それが、村人の信頼を得た後は、村の男連中が張り切って新築の家を建てたとか。優遇し、他の村へと流れていかないように飴を与えたのだろう。
「彼らには既に子供がいるのですね」
三人の子供が、彼らの後を付いて行くのに気付いた。彼らの向かう先には一軒の家しかないので、行き先は同じだろう。
「いえ、彼らにはまだ子供がおりません」
タリアの言葉に村長のロブスが答えた。
「私達も早く子供を成して貰い、この村に腰を落ち着けてほしいのですが、こればかりは授かりものですからね」
「え、ではあの子達は他の家の子供ですか?」
「いえ、実は―」
村長曰く、レオンとレナの夫婦は定期的に街に出向き、両親や家がない子供を招いているらしい。かつて、彼らが幼い頃に冒険者に助けられた恩を、今度は自分たちが返しているのだとか。冒険者として生きていく為の技術や心構え、生活の最低限の技術を教え込んでいるそうだ。中には漁に夢中になる子や、畑を世話することに専念する子供もいるらしい。そんな子らにも分け隔てなく支援し、親のように接している。
一般的に、村に住む人々にそんな余裕はない。慈善活動をするにしても、教会関係者か貴族の人気取りが普通だ。それを元冒険者とはいえ、村人である夫婦が行っている。村長は感嘆と尊敬の眼差しで彼らの後ろ姿を見ている。その目には薄っすらと涙すら浮かべていた。
「彼らは我が村の誇りでもあるのです」
だから、余計な心配は無用です。
そう言い含められた村長の言葉を聞きつつ、タリアは黙って件の二人を見送った。
◆
一泊するのは必然的に村長の家にある、来客用の部屋となった。村や街の代表者の住居には程度の差があれど、来客用の部屋が用意されている事が多い。何処から出た話か定かではないが、その部屋を見ればその地域の状況が分かるなどと言われており、それはあながち間違ってはいない。
突然のタリアの宿泊宣言に村長は帰宅すると、慌てて妻と共に掃除を開始した。過去の視察でタリアが泊まったことは一度たりともない。今回も同様だと判断して掃除を怠ったと思われる。
「アティ、アティ」
「なんでしょうか、タリア様」
慌ただしい物音を聞きながら、夕食を食べる二人。部屋の用意ができるまでの時間稼ぎとして、村長の妻が用意したものだ。時短のため、メニューはそれなりの物だ。サラダ、スープ、蒸かし芋。肉はない。貴族に平民の一般的な食事を出すのは、ある意味暴挙なのだが、村長の頭からはすっかり抜け落ちている。今はただ、部屋の用意を終えることに全身全霊を掛けているのだろう。
「このサラダ、味付けを忘れちゃったのかな?」
「タリア様、サラダに濃い味を付けるのは貴族のみです」
「そっか…」
味のない新鮮な生野菜をフォークで突いているタリア。どうやら、サラダはお気に召さなかったようだ。
「このスープ、お湯に細かく切った野菜が浮いているだけだよね? 出汁とかは…」
「出汁を贅沢に使ったスープなど、祝い事の際にしか出ません」
時間が経ち、生暖かくなった温水野菜スープも、タリアを満足させるには至らなかった。
「この蒸かし芋、本当に芋の味しかしないね」
「芋を蒸しただけの様ですから」
急いで蒸したので、中がまだ固い蒸かし芋に、タリアは泣きそうになりながら、噛り付いている。ある意味、食べることが生きる目的の三割を占めるタリアにとって、これは拷問にも匹敵する状況だった。彼女が捕虜となった兵士だったら、最初のサラダで機密情報を話していたに違いない。
「働け、私の脳細胞。記憶にある味を今引き出すのだ!」
結局、タリアは文句を言いつつも、キレイに平らげた。出された食事は極力残さない。それがタリアの食事に対する陳儀なのだ。
◆
食事が終わる頃には、村長夫婦の方も片付いたようで、早速部屋へと案内された。小さな窓に、一つのベット。物を書く机が申し訳程度に置かれた部屋。教会の視察の際にも、同じような部屋を見た覚えがある。質素な部屋となると、何処も同じようになるのだろうか。掃除をしたばかりなので、埃っぽい気がするが、仕方がないので我慢しよう。
部屋のドアが閉められ、村長が離れたことを確認すると、タリアはベットに飛び込んだ。自室のベットと異なり、弾まない。掃除が甘いようで、誇りが舞った。もう、このまま何も考えずに夢の世界へ旅立ちたい。そう願うタリアの肩が優しく叩かれる。のっそりと見上げると、綺麗に笑う心強い侍女がいた。
「さて、タリア様。そこに座って下さい」
「はい」
大人しくベットの上に座り直す。その際に律儀に正座するタリア。こういう時のアティに逆らうのは命取りだ。下手に刺激すると、それは長い長いお説教になる事は実体験済みなのである。回避するには、ゆっくりと心から申し訳無さそうな表情で行動することだ。
「日帰りだった筈の予定を、事前に相談無く変更されたことは問題です。本来ならば、問答無用でお説教をするところです」
「…うい」
「しかし、私はタリア様をそこそこ信頼しております。何か、大切な理由があってあのような事をされたと。少しだけ信じております」
「うう、心が削られるよ…」
胸に手を当てて震えるタリア。アティはコホン、と一度息を整えると、意を決したように聞いた。
「本日、こちらに泊まることは、タリア様の予知夢に関する事象と考えて宜しいのでしょうか?」
タリアはついに来たかと思った。自分で思い返しても幾度も不可解な言動をしていた。どれ程鈍い人間でも、未来視や予知夢に辿り着く位には、色々とやった覚えがある。今の今までアティが聞いてこなかったのは、侍女として一応は一線を引いていた事と、タリアが聞かれたくないと思っていたのを汲んでくれたからだ。それが、今回はアティの中の一線を超えたことになる。
「あーあ、ついにアティにバレちゃった。一生懸命隠していたのになー」
「あれで隠していると仰られても説得力ありません」
「だよねー。最後の方なんて、面倒くさいから良いかなーとか思ってたし」
はははー、と乾いた笑い。そして表情を引き締める。一瞬、覚悟を決めたように目をつむり、そして告げた。
「うん、そうだよ。予知夢で得た情報から、ここに残ると決めたよ」
「詳細をお聞きしても宜しいでしょうか?」
疑問形だが、その目は絶対に聞き出すと決意している。そして、タリアもアティには隠さないと決めていた。
「先日、馬車で教会へ向かっている時に夢を見たの」
「あの糞ガ…少女を助けた時ですね」
一瞬、憤怒の表情を浮かべたアティだが、なんとか飲み込んだ。まだ根に持っているのが見て取れた。
「あの時、私はグランドール家の没落を見たの」
「えっ!?」
流石に、その内容にアティは目を見開いて驚いた。馬車の目の前に飛び出した少女が、グランドール公爵家の没落に繋がるとは想像できない。言い方は悪いが、身寄りの無い少女一人が命を落とした位では貴族の地位は不動だ。それが貴族である。極端な話、今いる村を包囲殲滅しても正しかった行為として、上塗りできる。例えば、流行病を収束させ、逆に他の村々の人々を救った。苦渋の選択をした領主と、大義名分を掲げれば解決してしまうのだ。
「むろん、クリスのことだけが原因ではないみたい」
夢ではクリスの死後、至る所でグランドール家の悪評が湧き上がった。それ程、領民に不満が溜っているとは思えないし、思いたくない。
「根も葉もない酷い噂が蔓延し、否定しても否定しても改善されなかった。そして、お父様が中央に呼び出された時に、クーデターが起きて……」
その時の光景を思い出したのか、声を詰まらせるタリア。アティは黙って小さな体を抱きしめた。
現実ではない。夢の中の出来事だ。まだ誰もそのような目には合っていないのだ。それでも、タリアは一人で非情な未来を体験しているのだ。夢の中で親しい人間が命を落とす所を見たのかもしれない。それが、母なのか、姉なのか、従者の誰かなのか。ひょっとしたらアティなのかもしれなかった。
少しの間、黙って抱きしめていると、タリアがアティの背中をポンポンと叩いた。ゆっくりと離れると、タリアの目は少し赤くなっている。それでも気丈に振る舞おうとしていた。
「タリア様。クリスは生きております。悪評は立ちません。そして、グランドール家の没落など私が許しません。退職金も出ないまま、無職など御免ですので」
「結婚もしてないしね」
「しかし、その夢と明日釣りに行くことに何が関係しているのでしょうか?」
タリアの言葉はキレイに流された。
グランドール家の没落と、明日の村での釣りに参加すること。普通なら、関連性は感じられない。
「夢はね、クリスの死を嘆いている両親がいたの」
「それは…妙ですね」
アティはクリスとの会話を思い出す。少女は天涯孤独の身と話していた。自分が死んでも、悲しむ人間などいないと。一方のタリアの予知夢では、死んでいる筈の両親がいた。完全に矛盾している。
「私もクリスと話した時に、違和感を感じたわ。だから、所在をはっきりさせる為に、孤児院に受け入れてもらった。一応、予知夢が間違っているとも思っていたから。でも…」
タリアは憂いた表情で壁を見た。そこには何も無いが、その先は先程別れた男女の家の方向だ。
「この村で、その両親と出会った」
「…彼らがクリスの両親ということですか」
クリスは十四歳と話していた。レオンとレナの夫婦はそれぞれ二十代後半に見えた。実年齢は三十を過ぎているかもしれない。年齢的にも大きく隔離してるわけではない。もちろん、何らかの事情でクリスが両親は死んだと勘違いしている可能性もある。
「夢でもクリスの肉親を探すのにかなり手間取っていたわ。保証金目当てに、名乗り出てくる者も多かった。クリスが孤児だけに確認が困難だったのも一因だって、夢のお父様が仰っていたわ」
「どのようにして、彼を両親と判断したのですか?」
「孤児達よ」
「孤児、ですか?」
「ええ、クリスと仲の良かった孤児達が、二人がクリスの両親で間違いないと断言したわ。会って話している姿を見ているし、紹介もされたことがあると。もちろん、一人や二人じゃない。クリスとは年齢、性別、普段の生活エリアの違う子供までもが証言したらしいわ。それこそ、クリスと仲の悪かった子までもが証言して、流石にお父様もお認めになられたわ。二人はクリスの両親だ、と」
それでも懸念は残るが、そこで関係を認めないと、逆に領主は責任を逃れようとしていると受け取られる可能性があった。結果、ハルバートは親子として認め、保証金を支払った。
「誰も彼もがクリスの両親に関しては全員が同じ意見なの。それ程認識されていたのに、なぜかクリスの死後しばらくは名乗り出なかった。なぜかしら? 現実では助かったクリスも、自分から馬車に飛び出すような真似をする子ではなかった。しかも、その時の事を覚えていないと言っていたわ。そして、クリスの両親と名乗った人間がこの村で生活し、子供達を連れて世話をしている。そもそも、あそこまで子供達が簡単に例外なく懐くものなのかしら?」
村の大人が仕事に忙しい間に世話をしてるとはいえ、短期間でこれほど信頼を得ることができるものなのか。中には思春期で多感な年頃の子もいるのだ。それが、例外なく二人には笑顔で全幅の信頼を置いている様に見えた。
一つ一つが偶然でも、重ね合わせると気味の悪いくらい事象が噛み合っていく。
「夢の一連は子供から始まっている。そして、この村にはクリスの両親らしき人間が居て、彼らは子供に対して異常な信頼を得ることができる。ねぇ、アティ。魔法が使えない私だけど、知識はしっかりとメリッサから学んでいるわ。その中には、精霊使いという力を持つ人間がいるらしいわね」
一般的に、魔法のような事象を発生させるには、その手段は限られている。自らの魔力を用いて魔法を使うか、魔法具を使って発生させるか、精霊と契約して精霊に発現してもらうか。大きく分けるとこの三つになる。
精霊との契約は誰でも出来るわけではない。精霊は気まぐれで、契約する術者を非常に寄り好みする。そのため、精霊の恩赦を受ける人間は殆どいない。しかし、契約さえできればその力は強力だ。条件があるものの、魔法は精霊が発動してくれるので、精霊と意思疎通するための僅かな魔力消費で魔法発動が可能となる。連発すれば枯渇し、回復に時間がかかる術者自身の魔力を使ったり、何度か使えば壊れてしまう魔法具を使うよりもずっと強力だ。
そして、精霊使いはただ魔法を使えるだけではない。
「精霊使いは精霊自身が持つ特殊な力を得ることができる。その中に、人間を操る存在が居ても不思議ではない。私はそう思っているわ」
精霊使い自体が数が少なく、自身が精霊使いと公言している者は更に少なくなる。そして、精霊自身の力を周囲に知られる者は数える程だ。メリッサから聞いた話では、植物の育成を急激に早めたり、まるで本物のような幻を作り出したりする精霊が過去に確認されたらしい。通常の火や水、風などの属性とは明らかに乖離した力だ。
つまり、人間には不可能な現象を精霊の力を借りて行うことは理論的には可能なのだ。
「私も魔物を使役する魔法を使える人間がいると聞いたことがあります。それでも多くて二、三匹が精々です。しかし、精霊ならば同じ力を何処まで伸ばせるのか未知数ですね。対象を人間に置き換えることも可能かもしれません。そして、子供のように魔力が成長しておらず、抵抗力が低い者となれば容易に支配下におけるかと」
「では、彼らがこの領地で最終的には反乱を起こそうと企んでいる前提で話しましょう。なぜ彼らはこの村にいるのかしら?」
タリアの夢では、村ではなくタリアの住む街で活発な情報操作が行われていた。人間の数が多く、人口密度が高い街のほうが、情報工作には適している。それが、なぜか外れの村で慈善活動的なことをしている。機を伺っているのならば、新参者が目立つ村よりも顔を覚えられにくい街に行くだろう。
「彼らが村から離れれば、村人に気付かれます。毎日村の子供と行動をしている事を考えると、子供達に何かさせているのではないでしょうか?」
「釣りの間に何か、ね。子供に出来る事なんて、たかが知れていると思うけど。そういえば、アティ。少し聞いても良いかしら?」
ニヤリと意地悪そうにタリアが笑う。アティは嫌な予感を感じつつ、頷いた。
「もし、アティに子供がいた場合。自分の子供と他人の子供。どちらを気にする?」
「それはもちろん、自分の子供かと」
他人の子供に無関心になるわけではないが、あくまでも最優先なのは自身の子供だろう。子供を産んだことはないが、それ位は考えつく。
「そうね、きっと大部分の親がそうなのでしょうね。それじゃあ、次ね」
そう言い、机を指差した。その先には、村長の妻が気を利かせて置いてくれた、お茶受けの菓子が幾つか並んでいる。所々が黒ずんでおり、触れていないにも関わらず、皿の中でボロボロと崩れている様子から、恐らく麦を粉末にして練った後、焼いただけのシンプルな菓子だろう。街の高級菓子店ならば、使っている麦も高級でしっとりとした食感になり、中に蜂蜜を練り込んだ上品な味となるが、一般的な家ではこの位だろう。
「このお菓子、食べた?」
「いいえ」
「私もだよ。一応は貴族だから、外で口にする物には注意が必要だからね」
「先程、あれほど食事を召し上がった方の台詞ではありませんね」
普通の貴族は、たとえ友好的な人間の家でも、簡単に物を口にすることはない。毒を知らぬ間に仕込まれている可能性もあるし、普通に傷んでいることもある。どうしても食べたい時や食べる必要がある時には、最初に従者が毒味を行ってからになる。お互いに無用なトラブルを避けるためのルールだ。
タリアは手を伸ばし、菓子を一つ一つ摘んで手の平に乗せていく。アティはタリアが、いきなり食べ始めるのでは、と内心ハラハラしたが、そのような暴挙に出る様子はなかった。
「ここに四つのお菓子があるわ」
「はい」
「それじゃあ、このお菓子は最初から四つだった? さぁ、アティ。答えてちょうだい」
もちろん、四つだった。と思う。部屋に入ってからタリアはもちろん、自分自身も机には近づいていない。そう確信を持っているが、聞かれると途端に不安になる。なによりも、目の前の主がニヤニヤと笑っている様子から、何かしら罠を仕掛けている可能性が高い。
「どうしたの? 普段から私の身の回りに注意を払っているアティなら、簡単だと思っているけど」
さらに挑発してくるのだから、質が悪い。
「四つです。部屋に入ってからタリア様も私も、手を触れていないのは確実ですので」
断言したアティに、タリアはとても嬉しそうに破顔した。
「はい、残念でした。正解は六つでしたー」
「なっ!?」
外れた事よりも、二個減っていた事に驚いた。タリアの言う通り、最初は六つだとしたら。二つが何処かに消えたことになる。十中八九、タリアがコッソリと食べたのだと思った。
「タリア様、あれ程外では無断で物を口にしないで下さい、とお願いしたのをお忘れですか! あなたは鳥のヒナですか? 目の前に食べ物があったら、口を開けずには居られないのですかっ!?」
「アティ、アティ。それはちょっと傷つくよ、さすがの私でも」
「タリア以外に誰が食べると言うのですか!」
「この子」
むーと頬を膨らませ、自分の頭を指差すタリア。見るが何も居ない。タリアのサラサラ青髪が流れているだけだ。からかっているのかと思ったが、一瞬タリアの頭上の空間に靄がかかった。すると、掌サイズの赤い鳥が現れた。鳥は周囲を見渡した後、興味を失ったようだ。自らの身体を突き、毛繕いのような行動を始めた。
「それは、もしかして」
「そう、メリッサ先生にお願いして彼女の精霊の分体を憑けて貰ったの。ほとんど力はないけど、知り合いの所まで飛んで行って手紙を届けてもらったり、あとは身近な軽い物を運んでもらったりできるの。あっ、名前はピーちゃん。可愛いでしょ?」
タリアの魔法の教師であるメリッサも精霊使いである。逆に、精霊使いだからこそ、ハルバートからタリアの家庭教師を頼まれたと言っても過言ではない。メリッサは自分の精霊について詳しくは語らないが、タリアに与えた分体が赤い鳥からして、本体の精霊も鳥型で恐らくは火に関連する精霊の一種だと思われる。普段の授業の様子から『あれを、容赦なく、燃やして』と命令するメリッサの姿を想像すると、あまり強そうには見えない。とてもシュールだ。
なお、タリアがメリッサから分体を譲り受けてから、まだ日が経っておらず、これが初めてのお披露目となる。実は、夜中に屋敷の食堂に送り込んで、こっそりと夜食をガメていたのは内緒である。
ピーちゃんはアティに小さな首をひょこっと下げると、やがて徐々に姿を消していった。精霊はその姿を自由に出したり消したりする事ができるらしいが、分体も同じことが可能なようだ。
「まぁ、ピーちゃんに関しては置いておいて」
脱線した話を戻す。
「お皿に置かれたお菓子なんて、数までは普通数えないし覚えない。それよりも、アティは村長や奥さんの行動に注意を払っていたから、数が減った事に気付かなかった。人間って、興味のないことに関しては意外と注意が向かないものみたいだね」
一連のタリアの言葉を繋げると、一つの結論に達する。
「つまり、村人の子供ではない外から迎え入れた子供達が、一人二人減ったとしても誰も気付かないと仰るのですね、タリア様は」
「そう。そして、彼らは子供が消えるような何かをしている、かもしれない。恐らく、釣りの最中にその何かをしている可能性がある」
普通なら、ここまで怪しむことはしない。だが、夢の出来事を考慮すると無駄足でも調べておく必要がある。
「だからタリア様は、明日の同行を申し出たのですね」
「突然想定外の人間が同行することで、ボロを出すかもしれない。慎重になって行動を控えれば、お父様に頼んで適当な理由付けをして周囲を捜索してもらうつもり。逆に、私とアティだけなら明日の段階で口封じに来るかもしれない。見た目幼い令嬢と、女従者の二人だから、簡単と思ってくるかも。反乱を起こす位だから、私達の命なんて気にもしないんじゃないかな?」
「ですが、危険です。ここはハルバート様に連絡を取って、態勢を整えてから事に当たるべきです」
ここでタリア達が何もせずに街に帰り、人数を揃えて再度来訪すれば安全に対処が可能だ。数日で反乱が発生し、取り返しの付かない状況に追い込まれるとは思えない。しかし、その安全はタリアとアティの身に限ったことであり、明日明後日の子供達の身に起こるかもしれない事は考慮に入れていない。公爵令嬢と浮浪者の子供達。従者のアティがどちらを優先するかなど考えるまでもない。
「普通はそうだね。でも、それじゃあ間に合わないと感じるの」
何となく感じる、で納得できるような内容ではない。しかし、タリアは予知夢を見る少女であり、そんな彼女の感覚を無視するのも躊躇われる。
「それも予知夢でしょうか?」
「違うわ」
「それでは、一体……」
タリアには他にも自分の知らない能力を保持しているのでは、とアティが思考していると、タリアがしたり顔で言った。
「勘よ!」
「……」
「女の勘よ!」
「……馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、まさかここまでとは…」
「聞こえてるからね、アティ! 最近の私の勘は当たるんだからね! この前だって庭師のトーマスが、転ぶ直前に危ないかなーって思ってたんだから! 思ってたけど、言わなかったからギックリ腰で大変だったけどね!」
腰に手を当て、自慢気に語るタリアだが、それを聞いたアティはため息を吐いて、事の真相を告げた。
「あれは、トーマスが意中の女従者の気を引きたくて、わざと自分から転んだのです。その際に、勢い良く転んだため、結果あの様となっております」
「……」
予想外の展開に、タリアはそのままの姿で停止し、冷や汗を流す。転んだことには変わりないじゃない、と弱々しく反論するが、自分でも言っていて虚しくなってきた。取り敢えず、トーマスへの復讐はタリアの心のノートに書き込んだ。
このままでは不味い。アティの正論で押し切られてしまう。普通なら、正論に押し切られるのは問題ない。しかし、ここは無理をして覆すしか無い。そう感じる。アティを納得させる為、自分が持つ情報を精査していく。その結果。
「行きたいの! お願い、行かせて頂戴。タリア、一生のお願い」
両手を願うように重ね、アティに語りかけるタリアの姿。幼いながらも、可愛らしく世の男達が心踊らされる姿だった。根拠や情報などは皆無。最後は困った時のお願いゴリ押し戦法である。アティが折れるまで気合で押す。女は愛嬌と根性である。しかし、同性でかつ普段から私的なはっちゃけ具合をよく知るアティから見れば、鼻で笑う程度だ。一ミリたりとも心動かない。
だが、よく知るアティだからこそ、今のタリアが梃子でも意見を変えないことはわかっていた。
「ふー、分かりました。言っても無駄なようですね」
「うん、無駄だね」
笑顔で言い切るタリアの頬を引っ張るアティ。説得は諦めたが、ここまで開き直られるとイラつく。痛い、痛いと涙目で訴えるタリアに、これだけは譲れないと条件を付けた。
「今からハルバート様に連絡をして、人を送ってもらいます。明日もタリア様の身の安全を最優先します。場合によっては、他の子供は見殺しにします。もし、それが納得出来ないようでしたら、力づくで引っ張ってでも帰ります」
アティがタリアをよく知るように、タリアもアティを理解している。アティはタリアを簀巻にしてでも帰るだろう。そして、それは正しい。
「分かった。けど、今からお父様への連絡はどうするの? 定期便はもう出ないし、早馬もこの村には常駐していないから出せないでしょう? 何人かいた冒険者に依頼するの?」
「いえ、冒険者にしても信用が置けるかわかりません」
密かに付いている護衛も最低人数なので、これ以上減らすのは好ましくない。最悪は彼らに頼めばいいが、今はそれよりも上策がある。
「不幸中の幸いでしょうか。メリッサ様がタリア様に精霊の分体を憑けてくださったので、彼に伝達をお願いします」
「ピーちゃんは女の子だよ?」
「精霊に性別はありません。便宜上、彼と呼ぶ場合が多いのです」
「じゃあ、女の子ということで。男の子とお風呂に入っていると思うと、何となく恥ずかしいからね。まだ私には早いというか。そういうのは、もう少し成長してからということで」
「ハルバート様には、そういうことは言わないほうが宜しいかと。ストレスで吐血されてしまいます」
「分かった!」
恐らく深くは理解していないだろう。良い返事をしたタリアが両手を胸の前に出す。ピーちゃん、と呼ぶと淡い赤色の蜃気楼が立ち上り、小さな炎が空中に発生する。それは周囲の空気を巻き込み、見る見る間に変貌を遂げ、赤い小さな鳥を象った。
「では、ハルバート様への密書を認めますので、少々お待ち下さい」
そう言うと、アティは懐から便箋を取り出す。従者たる者、備えは常に必要だ。箇条書きで、それでも失礼にならないように状況を書いていく。情報が多過ぎても、少な過ぎても読み手に混乱を与えてしまう危険がある。あくまで、こちらの状況と要望を簡素にする。筆を走らせるアティを見ていたタリアが思い出したように言った。
「アティ、私の事をお父様に伝えても良いよ?」
それはタリアの予知夢に関することを指していた。タリアは父が自分の力を、未だ知らないと思っていた。
「ハルバート様でしたら、とっくにご存じです」
「…えっ!?」
「それと、ガーディー様も」
「あれれ!? てっきり、アティは心に秘めてくれているものだと思っていたのに。ていうか、いつからお父様に?」
困惑するタリアの言葉に、アティはやれやれと首を振った。
「洪水の頃からです」
「ほとんど最初じゃないっ!」
「それ以前はお食事、お休み、お食事などに関する事でしたので、食う寝る食べるが好き過ぎる、変なお嬢様だとしか思っておりませんでした」
「食事が多い…」
「事実ですので」
書き終え、一度ザッと見直す。内容に不備がないことを確認し、封をしようとしたが、思い直して最後に一文追加した。
「『お父様、タリアはお父様が好きです』っと」
「そこは『大好きです。お父様はタリアの事好き?』が正解よ」
「なるほど」
さすが娘である。父の行動理念をアティ以上に理解していた。
封をし、ピーちゃんの足に念入りに括りつける。取り付ける際に、手紙が燃えてしまうかとも思ったが、炎の精霊といえども実際は熱いわけではなかった。通常の伝書鳩のように問題なく括りつけることが出来た。
タリアは部屋の隅にある窓に近づき、開け放つ。外は既に暗闇に包まれており、他の家々の明かりがボンヤリと漏れて見える。
「ピーちゃん、お父様に手紙を届けてくれる?」
タリアの言葉に首を傾げるピーちゃん。やがて、小さな翼を広げると、暗闇の空へと飛び立った。直ぐにその姿は見えなくなった。
これで今の二人に出来ることは無くなった。あとは明日に備えて休むだけである。部屋には粗末なベットが一つのみ。タリアは大人しく潜り込む。そして、当然のように床で眠ろうとしたアティに呼び止める。
「はい、アティも」
横に詰め、なんとか一人分のスペースを確保。ベットは小さいが、タリアも小さいので女性のアティならばギリギリ入れる筈だ。そのスペースをポンポンと叩くタリア。その意味を理解したアティは苦言を申し立てた。
「タリア様、外であまりそういう事をするべきではありません」
「最近は家でも一緒に寝てくれないじゃん」
昔の事を引っ張り出して文句を言うタリア。確かに数年前まではタリアは頻繁にアティに添い寝を要求していた。当時は頻繁に何かに対して怯えるタリアを不憫に思い、なるべく希望を叶えていたアティ。朝になれば当の本人はケロッとしており、夢の事も覚えていなかった。しかし、今思えば。それは予知夢で、子供が見るべきものではない光景を見せられたのだと今は思う。最近は怯える事も無くなり、夢の内容も覚えているので、昔よりもマシになった。それでも、タリアは時々こうして人肌を要求するのだ。
「まったく。仕方ありませんね、タリア様は」
今回の一連はグランドール家の崩壊に繋がっている可能性がある。家族や知り合いが、その時にどうなってしまうか不安に思うのは当然だ。その不安を和らげるのもアティの役目なのだ。
一礼し、静かにタリアの横に潜り込むアティ。タリアのスペースを確保するために本当に端に入ったのだが、直ぐにタリアに抱きつかれ、密着される。
(まだまだ子供ですね)
苦笑しながら、寝入るまでアティはタリアの頭を優しく撫で続けた。少しでも不安を取り除き、安心させ、目覚めたら元の傍若無人な主に戻って欲しいと願いながら。




