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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第一章
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第五話 令嬢、村の畑を視察する

 目を覚ますと見慣れた天井が視界に入る。普段なら呆れ顔のアティと最初にご対面することが多いため、珍しいケースとなる。アティがまだ起こしに来ていない。つまり、今日は寝坊せずに起きることができたのだ。こんな事は月に数えるほどしかない。

 寝ていた間の夢を思い返す。しかし、いくら頭を捻っても思い出せない。寝起きで体調が悪い事もないので、単なる普通の夢だったのだろう。寝る度に予知夢を見るわけではないのだ。


「朝日が眩しいなー」


「いつも、この位寝起きが良いと私も助かるのですが」


 見ると苦笑したアティが部屋に入ってきた。手にはタリアがいつもの身支度に使用する洗面道具がある。


「毎日、畑の視察があればもっと頑張れるよ?」


 そう、この日は領内にある村の田畑を視察する予定になっていた。これはタリアが好きな数少ない仕事で、それを就寝前に知らされたため、いつもなら早寝遅起な彼女が、遅寝早起となったのだ。

 なぜタリアが好むのか。それは食事に関するからだ。彼女は寝る食べる遊ぶに関する事には、情熱の九割を傾けることができる人種なのだ。


「ご朝食後に出発いたしますので、準備いたしましょう」


「お仕事がんばるぞー」


 張り切るその姿は、子供らしく歳相応に見えた。

 この日の朝食はふわふわの白いパンに、贅沢に卵を使用したスクランブルエッグ。カリカリに焼かれたベーコンもあり、パンにこれらを挟み込むのがタリアのお気に入りの食べ方だ。

 食事を終え、父母に出発の挨拶をした後、今日は体調が悪い姉の様子を見てから、タリアは屋敷を出発した。





 教会へ向かった時よりも質素な馬車で目的の村まで向かっている。具体的には街と村を行き来する定期便の馬車なのだが、タリアとアティはそれに乗っていた。むろん、普通は貴族が利用するようなものではない。実際、他の冒険者や出稼ぎ労働者らしき人間と乗り合いとなっている。服装も違和感がないように質素なものを着ていた。

 これは、豪華な貴族の馬車で乗り付けて村民が威圧されることを防ぎ、普段通りの生活を視察するためである。また、貴族を襲うような極稀にいるおバカさん達の目を反らし、本来必要な大勢の従者や護衛の手間を省くことも目的としている。付き人がアティだけならば、本来の性分をさらけ出す機会が多いため、タリアがほぼ無理やり押し通したとも言える。

 実際は乗り込んでいる人間はすべてハルバートの息の掛かった優秀な護衛なのだが、知らぬはタリアのみだ。流石に昨日の今日で手練な女性の護衛は手配が間に合わなかったようで、普通にマッチョな中年男他数名が素知らぬ顔で乗り込んでいる。


「ト・マ・ト、ミョ・ウ・ガ、枝っ豆、オ・ク・ラ~」


 妙な歌を歌いながら、機嫌の良いタリア。歳の割に酒飲みのような食べ物を好むが、好きなので仕方がない。前回の視察では順調に育っていたのを確認しているので、そろそろ収穫時の作物も幾つかある。成果の確認と称して持ち帰り、夕食用として調理してもらう気満々だった。


 道中、何も問題なく進むと、やがて見慣れた村の入口が見えてきた。村は獣の侵入を防ぐために壁に囲まれている。壁は大人の背より少し高く、荒い作りとなっていた。壁の途切れ目が村の出入り口となっており、その場所に一人の老人が立っている。


「皆さん、ようこそ。村長のロブスと申します。特に何もない村ですが、どうぞお寛ぎ下さい」


 普通はこのように村長が出迎えるようなことはしない。仮に村長が呼び出した人間でも、代理が迎えに来た後、村長の家で対面するのが普通だ。それをしないのは、村長がタリアの身分と到来を事前に把握していたに他ならない。村人全員に訪問を事前に知らせることはないが、流石に村の責任者には話が通っているようだった。突然貴族が訪れ、その際に村長が不在だと不評を買い、不祥事があれば村存続の危機に陥るのだ。タリアとしても、村の中で最も貴族の応対に慣れている村長と話を進めたほうが早いので助かる。慣れているといっても、動きも表情も硬いが、これでもマシな部類である。

 村長に思い思いの挨拶をして村へ入っていく他の乗客達。最後に残ったタリアとアティに、再び村長が頭を下げた。心なしか表情がいつもより硬いように見える。


「お久しぶりでございます。タリア様、アティ様」


「こんにちは、ロブス。前とは何か変わったことはありましたか?」


 タリアはこの村への訪問は初めてではない。何回か村長とは顔を合わせている。

 毎回のやり取りに、いつもならロブスは肯定する場面なのだが、今回は異なった。視線を宙に這わせて落ち着きが無い。言わなくてはいけないが、出来ることなら言わないでおきたい。そんな感情が垣間見える。

 タリアの把握している限り、この村周辺で大きなトラブルは起こっていない筈だ。天候不順で作物の実りが悪いとも聞いていない。村で病が流行っているようには見えない。この場所からでも元気に働き、元気に遊び回る人々の姿が見える。


「ロブス?」


「実は…、畑に問題が少々」


「ほう」


 タリアのヤル気メーターが一段階上がった。さり気なくタリアの暴走を押さえる位置にアティが陣取った。


「見たところ、問題が起こっているようには見えませんが。むしろ、収穫の時期で前回より皆、忙しそうです」


「……我々の畑ではありません」


 その言葉にタリアが一つの懸念に思い至った。そして、顔色が悪くなり、唇をワナワナと震わせる。


「ま、まさか」


 村長は決断したようで、真剣な表情でタリアに告げた。


「タリア様専用の畑に被害が出ました」


 聞いた途端、タリアが全力で走りだした。が、それも数歩のことで、控えていたアティに両肩を抑えられた。令嬢は取り乱して走るような姿を見せてはならない。抗議する時間も惜しいので、可能な限り早足で目的の場所へ向かう。

 タリア専用畑。文字通り、タリアが好きなように作物を植えることができるスペースで、村人たちが耕している畑のすぐ近くに数年前に作らせた場所だ。試験的育成の名の下、タリアの好み(食べたい物)を中心に植えられてきた作物は、世間一般では食さないものも含まれており、村長は村人にお金の余った商人の戯れ事と説明していた。最低限の世話を村人が持ち回りで行うため、手数料と土地代が定期的に支払われるので、誰も文句なく手伝いを受け入れてくれた。村人の畑がメインなので、タリアの畑は日当たりは問題ないが、位置が隅の方で村を囲う柵のすぐ近くとなっていた。

 そんなタリアの理想郷の一つである専用畑。辿り着くと無残に荒らされた光景が目に入った。


「な、なんという事でしょう」


 外面モードは辛うじて継続中だが、崩れ落ちそうになるのをアティが支えることで、やっと立っているタリア。そんな様子を見て、貴族の不評を買ってしまったと思い、ますます青くなる村長。唯一冷静なのはアティのみだった。


「見た所、柵を破壊して侵入した形跡があります。畑も見事に食べられる物のみが消えていますね。この足跡は…恐らく近くの森の動物でしょうか? くっきりと足跡が残っております」


「ぶ、無事な私の野菜たちは?」


「…お嬢様。野菜たちも、これほどお嬢様に思われて幸せだったかと」


「あああぁあぁぁ………」


 今度こそ、タリアが地面に両手を付いて項垂れた。その姿は戦場で友を亡くし悲観する人間の姿だったが、単に育てた野菜が動物に食われただけである。しかも、村中の畑が被害に合ったわけではないので、食料危機に陥ることもない。タリアと村長の胃が絶賛絶望中なだけであった。


「村長、安心して下さい。タリア様はご自身が大切に育てた野菜を失って悲しんでおられるだけです。決して、あなた達を罰するなどとは思っておりません」


「ほ、本当でしょうか?」


「グランドール家の次女であるタリア・グランドール様はそんな狭量な方ではございません」


「有難うございます!」


 村長の胃が開放され、タリア一人が絶望に取り残された。苗を植えてから何度も視察を繰り返し、収穫を今か今かと待ち望んでいた日々。最上の調理方法を調べ、絶対に後悔のないようにするつもりだった。その目処も立っていた。そして今日。収穫し、ついに食すことが出来ると心が踊った。それが踏みにじられた。これまでの日々が走馬灯のようにタリアの脳内を駆け巡っている。ここが自分の部屋だったら本気泣きしている所だ。

 アティは主の様子を見る限り、しばらくは立ち上がることはできないと判断し、小さな畑を見渡す。タリアの趣味栽培された食物は見事に無くなっている。苗を植えた時から収穫を楽しみにしていた主を思うと、少々気の毒に思うが、これも自然の摂理である。納得してもらうしかない。

 外版タリアならば絶対に言わないことだが、今のタリアはショック状態だ。勢いで次からは私兵を配置するとか言い出しそうだ。そうなった場合、どのように収めようかなどと思っていると、アティは僅かな違和感を感じた。


「……綺麗すぎる」


 確かに、見渡す限り食位部分が根こそぎ無くなっている。しかし、それ以外の部分である根や茎、葉などは綺麗なままだ。獣の足跡がある地面にも食べこぼしなど一切ない。獣が荒らしたならば、少なくない量の食べこぼしが必ずあるはずだ。それが全く無い。

 一旦違和感を感じ、矛盾を見つけると全てが怪しく思えてくる。

 獣の足跡が綺麗すぎる。通常、獣が荒らした畑ならば、畑内を行き来して足跡自体も崩れるが、それもない。なぜタリアの畑だけ被害にあったのか。隣には村人が管理しているもっと大きな畑があるが、被害は皆無だ。柵の壊れ方も気になる。足跡からして四足歩行の中型サイズの獣と思われる。中型の獣にしては、柵の穴が大きすぎる。


(まるで、人間が柵を破壊し、隅にある人目に付きにくいタリア様の畑のみを収穫。偽装するために獣の足跡を残したようにしか……)


「タリア様! こちらに生き残りが!!!」


「どれです!? どの子が!」


「こちらです」


「ああ! 青じそ太郎、青じそ次郎。それに他の皆も! 良かった、彼らは無事だったのね!」


 考え込んでいるアティの横で騒ぐ二人。見ると、確かにタリアが育てていた青じそは被害がないようだ。これも、アティの人間による偽装工作説を憶測から確信へと変える。

 青じそとタリアが呼んだ植物は、通常食卓には乗らず、ただの雑草の一種で、獣や家畜が食べるものだと世間では認識されている。それを育て食すと言い出した際には、村長もアティも疑問を抱かざるを得なかったが、今回はそれが幸いした形になる。意図的に青じそを避けるような知能を獣は持たない。

 となると、次は誰がこんな事をしたのかになる。盗賊や浮浪者が食材を狙ってやったのだろうか。いや、盗賊ならば一気に全ての作物を回収して、この地を離れるだろう。浮浪者が盗みを繰り返すために偽装工作をした? それも違和感がある。時間のかかる偽装工作よりも、気付かれない程度の量をコッソリと頂戴するほうが発覚し辛い。これを行った誰かはある程度のまとまった食材を必要とし、その上で自身の存在を知られたくないと考えているように思われる。

 尤も、偽装工作にしては詰めが甘い。騙せても責任追求を恐れて周囲が見えなくなっている村長と、自分達に直接の関係はないと思っている村民。そして、寝る食う遊ぶが思考の大半を占める何処かの貴族令嬢位だ。

しかし、現在の情報だけではこれ以上の特定は難しい。一応は本当に獣に荒らされた可能性もあるのだ。


(しかし、このことはタリア様には内密にしておきましょう。もし知られれば、本気でハルバート様にお願いして兵を派遣する事態になるかもしれません。タリア様はご自分の欲望には忠実ですし、ハルバート様はタリア様のお願い事になると盲目的になりますから)


 そうなれば、ハルバート家のストッパーである母イリスの出番だが、絶対にハルバートを止められるとは限らない。面倒になる可能性は極力避けるに越したことはない。

 しかし、馬車に飛び込んだクリスや聖女エメリアに続き、再びタリアの周囲でトラブルが起きた。一応、この件も屋敷に帰宅後、ガーディー経由でハルバートに伝える必要がありそうだ。最近は色々な事が主の周囲で起こるものだと、ある意味感心したアティだった。





 取り敢えず、無事だった青じそを収穫してから村長の家へと移動してきた一行。普段は食事の時にしか使わない手狭なテーブルを囲って休みを取っていた。タリアは僅かでも収穫できたことが嬉しい様子で、令嬢スマイルで手に持ってる竹籠に入った青じそを愛おしそうに眺めている。アティはタリアが静かなうちに確認することにした。


「村長」


「なんでしょうか?」


「最近、変わったことはありましたか?」


「変わったことですか…」


 アティの漠然とした質問に顎に手を当てて考え込む村長。

 時折訪れるタリアやアティと違い、村の人間は毎日の少しずつの変化には非常に気付きにくい。村の近くにある、目立つ巨大な岩を毎日少しずつならば、移動させても気付かれないだろう。仮に違和感を持っても確信までは持てないはずだ。だとしても、村長から話を聞くしか今は情報源がない。村に泊まり込めば他の村人から聞き出したり、前回の視察との違いからタリアかアティが気付くかもしれない。が、そんな時間はない。なんせ、タリアのお腹の都合で本日中の屋敷への帰宅は絶対だ。

 村長が考え込んでいると、三人の前に静かにカップが置かれた。見ると、お盆に紅茶とお菓子を乗せた村長の妻が立っていた。残りのカップを置くと、最後にお菓子をテーブルの中央に置いた。


「あなた、最近は村の子供達が魚を取ってきてくれるので、食糧事情が助かると仰ってたじゃないですか」


「おお、そうだった! そう言われてみれば、そうだな。肉と野菜しかなかった食卓に魚が乗った時には感動したものだが、意外と忘れてしまうものだな」


「魚ですか? それも子供達が取ってくるのですか?」


 確かに村の近くには川が流れており、そこには魚も生息していることは把握している。しかし、以前の視察の際には大人の働き手が肉と野菜の確保で手一杯で、漁にまで割ける人的余裕がないと嘆いていた。魚を取っても、不定期に個人が釣りをする位なので、村全体としては取っていないに等しいと。

 水を運びこむため、川の近くに作られた村とはいえ、子供が川に行き、それなりの量を確保するのは至難の業だ。万が一人に害をなす獣、モンスターにでも遭遇したら、目も当てられない。

 そんなアティの懸念を感じ取った村長が慌てて首を振った。


「流石に子供達だけではありませんよ。我々もそこまで考えなしではありません。元々、旅人だった男女がこの村に住居を構えましてね。彼らが子供が大勢乗れるそれなりの船を所持しておりまして、子共達の面倒を見ながら、釣り指導もしてくれているのです。我々も仕事がありますので、子供を常に見ることはできないので、非常に助かっております。魚は副次的なおまけでしたが、最近は皆それも楽しみになっております」


 村長もかつては川に注目し、一部大人を割り当てて食料確保を試みたが、結果は芳しくなかった。人数を増やせば多少はマシになったが、それも畑作業や狩りと比較すれば微々たるもの。そして、村には釣りのための船もなく、それを買うための金もなかった。

 それが、既に船を保持している若い男女が村に住み着いた。提案を受け、半信半疑で待っていると、自分たちが到底確保できない量の魚を持って帰ってきた。喜ばない筈がなかった。


「彼らが居着いたのは前回の視察後のことですか?」


「ええと、確かその筈です。もちろん、大切な子供達をいきなり最初から託したわけではありませんよ? 村人を目付けさせ、時間をかけて見守りました。特に問題もなく、今では子供達に非常に懐かれたようです。目付をしていた村人の話では、悪ガキ共も彼らの言うことは素直に聞くようですし、今や我々の大切な家族ですよ」


 村長が庇護する台詞が出るほどに、兼の二人は信頼を得ているようだ。信頼を寄せられ、かつ今では頼られる存在になっている。だとすると、ここで無理に村長から情報を聞き出そうとすれば、警戒して口が固くなる可能性もある。


「非常に優秀な方々なのですね」


「それは、もう」


「一応、顔合わせをしたいのですが」


「……」


 予想通り、渋い顔で押し黙った。貴族のタリアならば強制的に聞き出せるだろうが、アティはただの付き人である。それでも一介の村長よりは、それなりに影響力はある。突けばいずれは口を割るだろう。しかし、この村にはタリアの大切な畑があり、無駄に反感を買う必要もない。聞き出せないならば、直接会うまでだ。


「あなたの懸念されているような事はありません。実は、ここだけの話、他の村で食糧事情が良くない場所がありまして。彼らに魚を得るコツをご教授いただければ、と思ったのです。他意はありませんし、彼らを引き抜くようなことはしません」


 出任せである。他意はあるし、引き抜く云々はアティが決めるようなことではない。それでもアティの堂々とした風格。そして、ここまでタリアがアティの言動を止めなかったことが、村長を信じさせることになった。単にタリアは未だに手元の青じそに向けられており、話を聞いていないだけだったが。

 万が一、嘘がバレたとしても彼らにはそれを非難する力はないし、ハルバートがアティを咎める事になったとしても覚悟は出来ている。


「分かりました。そろそろ子供達と一緒に戻ってくる時間です。出迎えに行きますが、共に如何でしょうか?」


「是非」


 不自然にタリアの畑が荒らされ、村に突然移住してきた優秀な住人。関連性があるとは普通は考えない。

 村長から話を聞く限り、村に溶け込むのも非常に早く上手い。つまり、人心掌握が巧みだ。関係なければ、それで良い。領地が栄えるのに文句はない。しかし、問題があった場合を考え、動くのがグランドール家のタリア付き侍女であるアティの役割と誇りだった。


「ふへへ、青じそ~。他の皆も美味しく食べてあげるからね~」


 例え、アティだけに聞こえる大きさで囁く主の姿が、どんなにも情けなくても。





 村長に連れられて川へ向かう。彼の言った通り、川岸には一隻の船が止まっており、そこからゾロゾロと子供達が降りている。彼らは釣った魚を誇らしげに掲げていた。

 話を聞いた時には手こぎの船を大きくした物をイメージしたが、実際はそれを上回る船だった。背の高い船壁と、操舵室のような屋根付きの部屋が一つ存在している。今は折り畳まれているマストも展開すれば風の力を利用して速度を相応に出すことが出来そうだ。今は多くの釣り竿と、釣果の魚を収めておく生簀が場所をとっているが、これを軍事機材に置き換えれば威力偵察に使えそうな軍船になるだろう。普通の旅人が保有できるような船ではない。

 見渡すと、子供達に混じって二人の大人がいる。子供達をまとめている女と、最後に船から降りてきた男だ。どちらも若く、おそらくは二十代後半。つい振り返るような容姿をしている男女ではない。何処にでも居そうな二人だ。


「おや、村長さん。こんな所までお出迎えですか? 本日の釣果もなかなかのものでしたよ」


 村長に気が付いた男が声を掛けてきた。女も気付いたようだが、今は子供達の面倒を優先しているようだ。男の話すように、各々が楽しそうに自分が釣った獲物を自慢し合っている。毎日がこれ程ならば、家々の食卓はさぞ充実したものになっているだろう。


「実はレオンさんとレナさんにお話がありまして」


 言いつつ、横目でタリアを見る村長。彼女達の身分を何処まで話して良いのか判断が付かないようだ。

 令嬢思考に戻ったタリアは考える。絶対に隠しておきたい事でもないが、あまり広まっても面倒が増えるだけだ。今後も定期的に畑を視察することを考えると、無駄に言いふらさない程度に釘を刺す必要があるかもしれない。

 それよりも、タリアは彼らを見た瞬間、内心かなり驚いていた。まるで、幽霊を見たような気分だ。


「はじめまして、タリア・グランドールと申します。こちらは従者のアティ。以後、お見知り置きを」


 内心を押し隠し、通常の外面モードでタリアが綺麗に一礼した。一方の男は、グランドールの名を知っているようで、目の前の少女がそのような身分の者と知り、驚いたようだ。しかし、直ぐに驚きは消え、代わりに友好的な表情となった。


「はじめまして、レオンと申します。あちらは妻のレナ。こちらの村に少し前に移住した者です」


「村長から話は聞いております」


 本当はアティ経由で聞いたのだが。


「非常に優秀で、この村の発展に貢献されているとか」


「いえいえ、私たちは出来ることをやっているだけです。それがたまたま、皆さんのお役に立てているだけに過ぎません」


「謙虚なのですね。こちらの船はレオンさんのものですか? かなり立派な船ですが」


「見かけ程は高くないですよ。以前は二人とも冒険者をやっていまして、当初の目的はパーティーの本拠地兼移動手段だったのですが、色々あって引退する時に贈られたものです。おかげで、村の人々の助けになってます」


 人生、何が幸いするかわかりませんね。と、タリアも同意した。話を聞く限りでは、あり得ない話ではない。引退時に所属していたパーティーから品を送られることもある。稼ぎの良い冒険者パーティーならば、このレベルの船を購入することもできる。

 引退後は仲間であり、妻でもある女性と田舎に引っ込む。そこで村人兼護衛として重宝されることなど珍しくもない。レオンが貴族のタリアに対して慣れた対応をしている事から、貴族や大商人などから依頼を受けた経験があることが伺える。つまり、それなりの腕を持つと思われる。下級の冒険者では、どれだけ隠しても粗暴な雰囲気までは消すことは出来ない。


「以前はどこで冒険者をされていたのですか?」


「アストールという国です。イーセットには引退後に訪れました。向こうでは、少々名が売れ過ぎましたので、折角なので妻と心機一転して再出発しようと思いまして」


 アストールは大陸の南に位置する国で、四大国のうちの一つだ。タリアの住むイーセットと国境を面しており、かつては何度か剣を交えている。現在は可も不可もない外交関係になっている。

 今は戦時中ではないので、流通や人の出入りも厳しくは制限していない。目の前の二人のように移住することも不可能ではない。当然、国境には検問所が設けられており、犯罪者のすり抜け防止や禁品の持ち込みをチェックしているが、あくまで主要道路のみ。両国の領土をまたぐ森や川にまでは目が届かない。犯罪者に関しても、情報が迅速に伝わらず越境を許すことも珍しくない。

 過去アストールの冒険者で、本人曰く名が売れ過ぎた者となれば、父の情報網で調査が可能だろう。本当はまだ色々聞きたいが、レナという女性が構っている子供達が早く帰りたいようで、しびれを切らしそうだった。


「なるほど、色々と有難うございます。領主の娘として必要な質問でした。どうか、ご納得頂けると幸いです」


 謝ってはいる。しかし、その意味は苛烈だ。不快に思っても黙って納得しとけ。こちらは領主家だぞ、と。言外の脅しだ。レオンと名乗る男は恐らく理解している。


「いえいえ、村のためならば、喜んで協力させて頂きますよ」


「本当ですか!? では、明日の釣りに私も同行させて頂けないでしょうか?」


 社交辞令のつもりだった台詞にタリアが食い付いた。それには、レオンだけでなくアティや村長も驚いている。特にアティに至っては他の二人より驚きが大きい。当初の予定では日帰りで屋敷に戻る筈だった。それを覆しての泊まり宣言。領主であるハルバートの予定が前後することは多々あっても、タリアの予定が前後することはまずない。仕事と言っても、難しいことではないし、時間が押せば途中で切り上げるのが普通だからだ。

 そもそも、食事と寝床事情が良くない村に泊まるなど、余程の理由がなければあり得ない。つまり、タリアは今の会話の中で、その余程があった事になる。アティも注意深く話を聞いていたが、妙な点などは気付かなかった。村の規模にしては優秀な人間が居着いたとは思うが、何処にでも変わり者はいる。

これは後ほど、タリア自身に確認することが必要だとアティは判断した。


「え、ええ。もちろん良いですとも」


 ここに来て、初めてレオンの表情に戸惑いが見えた。ただの社交辞令に真面目に返したのだから、当然といえば当然だった。しかし、今更自分の発言を撤回する事はできない。ここで拒否すれば貴族との約束を違えることになってしまうのだから。


「それと、実は私達は以前から定期的に視察でこの村を訪れているのです」


「ほう、領主様のご子息様がわざわざですか。それは村人達の励みになることでしょう」


「いえ、実は私の身分はあまり公言していないのです。今後もこの村への視察を続けたいので、商人の娘が来ていることにして下さい」


「なるほど、承知いたしました」


 その後、翌日の集まる場所や時間を、アティとレオンが調整して村に帰ることになった。道中、子供達の持つ魚を見たタリアが『フライにしたら美味しそう…』などと放った言葉は、幸い誰の耳にも届くことはなかった。





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