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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第一章
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第四話 令嬢の午後

 屋敷に帰宅した。クリスに関する思わぬアクシデントの気疲れと、味は兎も角、満腹にはなった昼食で自室に入った途端ベットにダイブする。タリアが外出中の間に部屋の掃除が終わっているため、真新しいシーツの心地よさが肌から伝わってくる。


「このまま夕食まで寝ていたい」


「この後は魔法学とマナーのお勉強の時間となります。そろそろお着替えをいたしましょう」


 アティの言葉に、力なく立ち上がる。手際よく外行きの服を脱がされ、あっという間に着替えが完了した。

 魔法学とマナーを教える講師は年齢不詳の女性で、変わった性格をしているが、父から太鼓判を押されるほど優秀な人物である。しかし、優秀だからこそ外面モードの勤勉なタリアは努力する。勉強に置いてかれまいと。そんなタリアの姿に、講師も更にレベルを上げる。以下、エンドレスという負のスパイラルに陥っている状況だ。そのため、最近はいっその事、本性出してしまおうかとも思ってしまう。


「もう無理だよ、アティ。これ以上頑張ったら私死んじゃうよ」


「さぁ、時間がありませんよ、タリア様」


 アティにとっては、タリアの怠け台詞は「おはよう」とか「こんにちは」と脳内変換されるのだ。そして、飴も十分に理解している。


「夕食にはお嬢様のお好きな明太パスタと聞いております」


「…………ちょっと頑張るよ」


 少しだけ元気がチャージされた、食いしん坊お嬢様だった。





 魔法学、マナーと続いた勉強の時間が終わり、次の勉強日時を告げると講師はタリアの部屋から退出した。アティは講師の見送りのため屋敷の出口まで案内する。部屋の扉を閉める際に、それまで令嬢モードだったタリアが机に突っ伏すのが見えたが、それはアティのみが気が付いた。


「お嬢様の学習進捗は如何でしょうか?」


 道すがら、いつも通りの確認をする。勉強中はアティも同室に待機しているが、全体的な進捗は講師が把握しており、確認する必要がある。それをアティがガーディーに告げ、ハルバートへと伝わるのだ。


「タリア様、とても優秀。頑張り屋さん。私もつい、張り切ってしまう」


 この講師の女性。名をメリッサといい、父ハルバートが雇った人物である。タリアの講師以前の経歴や年齢など詳しいことは話さないため、一切が不明なこの上なく怪しい人物である。ハルバートが雇ったので危険はないと思うが、いまいち掴めない人物ではある。

 授業中などタリアが、


『メリッサ様、この問題が解けました。添削をおねがい致しますわ』


『……』


『……』


『……』


『メリッサ様?』


『…良いね』


 などという光景は当たり前だった。内モードのタリアなら性格が合いそうだが、外モードの時のタリアには、心情的に非常に相性が悪い相手だった。常に眠そうな表情と相まって余計にペースが崩される。それでも、教える内容に間違いはないので、父の見る目は確かだったのだろう。


「ただ…」


「ただ?」


「タリア様の魔法体質、未だに原因不明。要調査」


 メリッサの言うタリアの魔法体質とは、タリアが魔法を使えないことである。

 この世の全ての生物は魔力を有しており、その絶対量は千差万別である。道端の蟻にも、川底の魚も。秘境に住むと言われているエルフや火山にいる火竜、母親のお腹に宿る胎児も例外ではない。そして、魔力を元にして生物は魔法を発動する。火を起こしたり、大気から水を生成したり、風を起こしたり。物語に書かれている伝説級の魔法使いは一瞬で遠方に移動したり、夜を昼間に変えたりと眉唾ものな魔法を扱っている。

 人間に限っていえば、成長すればどれほど下手な人でも指先から小さな火を灯したり、水滴を発生させるくらいは可能になる。魔法使いと呼ばれる人種はそれらのレベルが非常に高い人々のことを指す。魔法を使えれば魔法使いならば全人類が魔法使いになるだろう。むろん、相性で使える魔法の属性や、センスと魔力量で継続時間には個人差が生じる。

 そして、現在のところタリアに至ってはそれらの一般常識が適応外となっている。どれだけ頑張っても煙も発生せず、水滴はおろか湿らせることすらできない。本人は必死に使おうとするが、まったく現象が改善されないのでメリッサは当初、タリアがサボっているではないかとすら思った程だ。


「魔力量は非常に豊富。この国でも、上から数えたほうが早いくらい。まだ幼いのに、これから楽しみ」


 体が成長するのと同様に、魔力量の最大値も一定年齢までは増加し続ける。十二歳のタリアは少なくともあと五、六年は伸び続けると思われる。だからこそ、魔法を行使できない現状が歯がゆいのも事実だった。


「こちらも、国立図書で調べる」


「承知いたしました。ハルバート様にお伝えいたします」


 アティは深々と頭を下げ、去っていくメリッサを見送る。頃合いを見て頭を上げると、遠目に歩いて行くメリッサの後ろ姿が見えた。

 これで、この日のタリアの予定はすべて消化された。あとは夕食を待つのみだ。恐らく、今も自室で突っ伏しているだろう姿を思い浮かべ、疲れを取る紅茶を入れようと考えながら部屋へと向かう。

 タリアが魔法を使えないことは、この屋敷どころか、ある程度情報収集力を持つ貴族ならば知っている。やはり、一般的な常識から外れる事は、逃避の原因となり得る。現にタリアには年齢と外見、貴族の位の割には見合いを申し込まれる数は少ない。中には変わり種を好む人種もいるにはいるが、タリア本人よりも公爵家との繋がりを欲しているだけの輩だ。そのためハルバートも下手に情報を隠蔽せず、うまい具合に利用して立ちまわっている。タリア本人も魔法を使えないことを気にしている様子もないので、完全に放置状態だ。

 そして、魔法を使えない理由。こちらについては、アティやハルバートはある程度予測が付いていた。


 予知夢。


 ほぼ間違いなく、これが原因と考えられる。ハルバートに命じられてアティは過去の歴史書や著名な魔法家の著書を調べたが、どこにも予知夢なる魔法を見つけることはできなかった。ハルバートのコネを使って通常は閲覧できない書物にまで目を通したが、結果は同じだった。しかし、流石に教会が隠していた書物までは手を出せなかった。

 昨日のエメリアとの会話で判明したこと。教書には予知夢の事が書かれており、さらには、それを守護する者まで存在した。タリアがエメリアに『お願い』をして聞き出した事だが、教書にはあくまで予知を可能とする人間の存在と、それを守る者についてしか明記されておらず、その存在理由や過去に存在したかも不明だそうだ。つまり、確認されている限りでは人類史上初の魔法といえる。

 予知夢についてはタリア曰く、夢なのか現実なのか判別できないくらいリアルな夢という。精神面で疲れるし、望んだ未来を見ることはできないので、使い勝手が良いわけではない。それでもその利用価値は計り知れない。そんな強力な魔法が、他の魔法を使える余力を無くしているのか、タリア自身の魔法相性が予知夢のみで、他のセンスが皆無の可能性もある。

 メリッサには無駄足を踏ませている感もあるが、あくまでも予想の範疇なので、ハッキリとした原因を探る目的で調査は継続となっている。当然、手数料はその分弾んでいるので勘弁してもらいたい。

 考えているうちに、タリアの部屋の前にたどり着いた。控えめにノックし、声をかける。


「タリア様、失礼致します」


 返事はなかったが扉を静かに開いた。その先には予想通り、未だに机に突っ伏す令嬢の姿。部屋を出る時とまったく変わらない姿に笑いを堪える。


「お疲れでしょう。今、リラックスできる紅茶をいれます」





 父からグランドール家当主の座を譲られてから十年以上経つが、それも昨日の事のように思える。父の背中を追い続けた日々は長く、それでいて短くも感じる。ある日、父の書斎に呼ばれて突然告げられた当主の譲渡。最初にその言葉を聞いたときには我が耳を疑った。なんの冗談かと。

 しかし、そんな自分を見るのは厳しい父親としての視線ではなく、立派に育った息子を誇る思いと、そして重圧から開放された安堵だった。それに気付き、ようやく現実と知り、感動で涙を浮かべた。その日は夜遅くまで父と語り合った。


 妻イリスとの結婚。跡継ぎの誕生。長女の病気。何回か経験した領内の大きな問題。すべてが良いことだけではなかった。今思えば他にやりようもあったと思える事象も多々ある。それでも、走り続けた年月だった。

 その中でも、やはり最も大きい出来事は末娘であるタリアの存在だろう。今ではその力を認識しているが、当初は突然娘が乱心したかと思ったほどだ。初めてアティ経由でガーディーが自分に伝えに来た時。彼が本当に伝えていいものか、珍しく迷った表情をしていたのは印象に強い。

 しかし、結果。娘の言葉通り洪水が発生し、盗賊は現れ、妻は国中の女性が憧れるデザイナーとして名を馳せ、貴族の社交界で重要な人物に格付けされている。それもすべて娘のおかげだ。


「今日はとっておきでいくか」


 隠し棚から秘蔵の高級チョコレートの箱を取り出す。夕食の明太パスタもタリアが夢で見たレシピだそうで、海に近い街からわざわざ取り寄せた食材を使用しているそうだ。当然、材料費はそれなりにするが、味は絶品だった。しかし、夕食が濃い味だったので、口直しに甘いものが欲しくなったのだ。娘の前で甘いものを要求するのも躊躇われ、結局自室でコッソリと嗜むことにした。

 箱を開けると、一部空になっている。恐らく妻がつまみ食いしたのだろう。仕方のないやつだ、と苦笑して自らも一つ口に入れる。


「苦い」


 口の中に広がる風味。甘さの中に確かな苦味を感じる。まるで自分の心にある、タリアに対する後ろめたさにも思える。

 父として甘やかしたいが、当主としてその力を利用する後ろめたさ。その力を隠したまま平穏に過ごしてもらいたいが、貴族として領地を運営するには非常に魅力的な力。今は必要最低限に利用している形になる。しかし、将来もそうだとは限らない。


「お前もどうだ?」


 手にした箱を差し出す。ハルバートが仕事を終え、寛いでいた時に訪れた男。かつては自分の右腕として、今はタリアの周囲を警戒する男として仕えるガーディー。彼は静かに首を振り、持っていた酒杯を掲げた。チョコレートをツマミに、酒を煽ることはしないらしい。


「それで、だ。我が愛する娘タリアの周囲が騒がしくなってきたようだな」


「はい。アティの報告では、聖女には害意はないそうですが、法王の真意は図りかねます。あの男は目的の為なら、孫の一人位ならば平気で贄にします」


「一応、護衛も増やしておくか」


「既に手配調査を開始しております。今後のことも考え、手練を見繕い、いつでも接触できる用意を致します」


「頼む」


 今まではタリアから見える形では護衛の配置を避けてきた。さり気なくタリアの行き先に配置したり、無関係を装わせて任に着かせていた。

 タリアは令嬢としては文句を殆ど言わない。貴族の娘としての立場や認識を非常に良く理解しているからだ。しかし、文句を言わなくても、アティ以外の人間から距離を置いている節はあった。それが能力所以なのか、それとも性格なのかは判断しづらいが、父としては余計なストレスを与えないよう心がけて来た。

 だが、状況に変化の兆しが見えてきた。聖女エメリアが言うように、法王と彼女だけがタリアの事を知っているとは限らない。万が一を考え、備える必要がある。


「できれば、護衛は男よりも女だな」


「……承知いたしました。条件に付け加えます」


 女性で腕のたつ者となると、かなり条件が限られてしまう。しかし、それでも男親としては、娘の側に男が四六時中いるのは落ち着かない。これは決して、親バカな感情だけではないのだ。


「体を張って命を救われた令嬢が、護衛の男と恋に落ちる話は巷で人気らしいからな」


「旦那様。それは物語です」


「だが、万が一ということもある。お前も子を持てば分かるようになるさ。どうだ、今からでも嫁を探したらどうだ? 俺の知り合いに丁度良い奴が――」


 男二人の夜は更けて行く。





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