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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第一章
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第十話 令嬢、お見合いする

 目を覚ますと激しい空腹と軽い頭痛、そして体の節々が筋肉痛で悲鳴を上げていた。特に足は重症だ。力を入れるだけで痛みが走る。慣れない運動はするものではないと思った。

 首だけを回して周囲を確認した。薄暗いが、目を凝らせば何とか朧気に見えてくる。


「私の、部屋?」


「はい、タリア様のお部屋です。お早うございます、お体は大丈夫ですか?」


 広いベット、脇に飾られた名も知らぬキレイな花。寝転んでも開放感が得られる高い天井。堅苦しく、外出時にしか活躍しない正装が数多く収まっている収納部屋への入り口。長年見知った光景だった。

 そして、呟いた言葉をベット横に椅子を置いて座っていたアティが肯定した。いつも澄ました表情をしている彼女にしては珍しく、とても疲れているようだ。


「アティ、目の下にクマができてる。ちゃんと寝てる?」


「何処かの誰かが、倒れたきり丸二日も目を覚まさなかったものですから、食事も喉を通らない程心配しました。おかげで、私も体調不良かと心配された程です。普段から美容にも気を使っていたのですが、これで婚期がさらに伸びてしまう可能性があります。どうしてくれましょう?」


「気にしないで、アティはアティだから」


「本来なら、その意味を小一時間問い詰めたいところですが…お食事はされますか?」


「うん、お腹が空き過ぎてちょっと気持ち悪いかな」


「すぐに用意いたします」


 一礼し、足早に部屋を去るアティ。

 彼女を見送った後、ゆっくりと体を起こす。目が暗さに慣れたため、起きた直後よりも良く見える。なぜか、足元にはメリッサが寝入っている。ベットが大きいのでまったく気付かなかった。さらにはその隣にはエメリアも寝ている。二人とも、自分を見守っていたのだろうか。そうなると、自分はアティ、エメリア、メリッサと妙齢の綺麗どころな女性に囲まれて寝ていたことになる。男なら涙して喜ぶ状況である。


「お待たせいたしました」


 アティが手にお盆を持って戻ってきた。それ程時間が経っていない。いつ目覚めても良いように、準備はしていたのだろう。


「あれ、ちょっと少ない…よね?」


 お盆を覗き込むと、小さな皿におかゆ。おかずは少量の緑の野菜だけが乗っている。飲み物も白湯となんとも味気ないメニューだ。


「肉とか、デザートとかは…」


「ありません。丸二日食事を抜いたのです。いくらタリア様の胃袋が馬鹿みたいに丈夫でも、さすがに看破できません」


「うぅ…」


「はい、口を開けて下さい」


「…あーん」


 アティが譲る気持ちがないことを理解すると、タリアは大人しく食べることにした。ここでゴネても無駄に時間を食うだけだ。腹の虫は痛いほど鳴いている。普段なら、タリアが食べさせて欲しいなどと冗談を言おうものなら、チクチクと嫌味が返ってくるのだが、今回はアティから食べさせて貰えるらしい。やはり、自分が感じている以上に周囲には心配を掛けていたようだ。

 一口一口、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。薄味だが、お腹の中から温まっていくのを実感する。


「あれから、どうなったの?」


 食事を続けながら、気になっていた事を聞く。アティは話そうか迷ったように一瞬口を閉ざしたが、ここで聞かなくてもタリアの耳には必ず入る事だ。今か、後かの違いでしかない。


「タリア様がお倒れになった後、無事に私とメリッサ様が敵を掃討しました。その後は陣から何も出てこないのを確認し、魔族以外の死骸はメリッサ様が焼却され、遺跡は一時的に出入り口を塞ぎました。その後、村まで帰還し、翌日にハルバート様率いる増援が合流されました」


「お父様が直接乗り込んだんだ?」


「娘の危機に立ち上がらない父は居ない、と豪語されておりました」


「ふむふむ。あ、飲み物頂戴?」


 白湯を少し冷ましてから、ゆっくりと飲んでいく。


「我々は一足先に屋敷まで戻り、現地にはハルバート様が残って調査などを行われております。それと、レオンと共にいたレナですが、一応事情を聞くために屋敷に招いております」


「……生贄になった子供達は?」


「回収され、村外れに合同の墓地を立てるそうです。街の浮浪児は親元がわからないので、村の家族と一緒に埋葬されるそうです」


「そっか、皆一緒なら寂しくないね」


 悲しげに告げるタリアの表情は今にも泣き出しそうだった。


「村で犠牲になった家族に関しては、村長にハルバート様が魔族の件と一緒に説明されておりました。レオンが意図的に召喚したことは伏せるそうです。あくまでも、元冒険者の男が、ある日突然、村人一家を惨殺し、子供達と貴族令嬢であるタリア様を材料にしてグランドール家を脅迫しようとした所に、運悪く魔族が現れたことになります」


 人間が意図的に魔族を呼び込むことが出来る。しかも、それを国や組織のような規模がある集団ではなく、個人が単独で成し遂げた。余計な混乱を生むことしか想像できない。情報を提供しなければ、誰も疑いはしないだろう。


「…村の人達は怒ってなかった?」


 ある日突然、村の一家が全員殺された。そんな事を聞かされれば、誰もが悲しみ、戸惑い、そして怒るだろう。しかも、その原因は貴族との交渉という、村人とは全く関係のない理由。巻き込まれた側としては、既にレオンが死んでいるとなれば、グランドール家に矛先が向かっても不思議はない。貴族相手に直接物申す者がいるとは思えないが、不満は溜まる。溜まり続ければいつかは爆発する。


「ハルバート様が魔族の遺体を公開したので、皆怒りよりも恐怖と悲しみに包まれていた様子でした」


「そっか…」


 話にしか聞いた事のない魔族が自分達の村近くに出現した。場合によっては、村が全滅しても不思議ではない。その衝撃が他の感情を上書きした。そして、その脅威を防いだのが、タリア達グランドール家の人間だった。その事実を皆が良い印象として受け取ってくれたのだろうか。

 一家は魔族という自然災害の一端に巻き込まれた。一家は運が悪かった。そう納得できるのだろうか?


「もし、私がもっと上手く予知夢を見ることができれば、防げたかもしれない」


 もしの話は無駄である。既に現実として起こり、過去の出来事となってしまった事象を、変えることはできない。振り返り、反省し、学習し、次に繋げる。それが最も建設的な考え方。それは頭で分かっている。しかし、心まで割り切る術を幼いタリアはまだ持ち合わせていなかった。僅かでもその考えに至ると、途端に罪悪感が胸の底から湧き上がってくる。

 アティは手にしていたスプーンを置くと、タリアの手を優しく包み込んで、首を振った。


「タリア様、それは望み過ぎです。今回だけのことではありません。過去もタリア様は他の者が知らぬ所で、様々な人の命や運命を救って来られました」


「そう、タリア様は、たくさんの人を、救った」


 アティの言葉を、いつの間にか目を覚ましていたメリッサが引き継いだ。


「魔族が世に放たれれば、討伐は困難。軍を揃えても、逃げられたら、戦いにすらならない。あそこで倒せたのは、非常に重要」


「そうですわ」


 そして、最後の一人であるエメリアも目を覚まし、タリアを優しく抱きしめる。最近、色々な人に抱きしめられたり、手を繋いだり、食べさせてもらったりしている。結構、嬉しい。


「貴方様は褒められはしても、叱咤される謂れはございません。もしも、そんな輩がおりましたら、義姉である私とお祖父様がお相手致します」


「私も、やっつける」


「ハルバート様もタリア様の強力な味方です。むろん、私も」


 エメリアが笑い、メリッサが頷く。アティはいつも通りの澄ました表情で肯定した。いつの間にか、自分の中にいたピーちゃんとスーさんもベットの上に現れ、アティ達の言う通りだ、と言いたげにチョコチョコと走り、飛び回っている。

 もしも、すべての事実が公になればタリアを責める声は一定数必ず生まれるだろう。悪意がある、ないに関わらず、人間という集団はそういうものだ。だから、取り敢えずタリアは目の前の自分にとっての大切な人にさえ嫌われなければ良いか、と思い直した。時間が経ち、美味しいものを食べ、眠ればきっと、底知れぬ罪悪感と不安は消え去ると信じて。





 しばらく、取り留めのない話をしていた。メリッサもいつの間にか正式にタリア付きとなっていた。村でハルバートに直接進言し、了承されたらしい。思いの外、行動が早い。

 それならばと、タリアは自室バージョンの振る舞いを見せたが、思ったよりも反応は普通だった。立派な公爵令嬢として振る舞うタリアも、自室でゴロゴロと怠慢に過ごすタリアも、メリッサにとっては貴重な予知夢という異能を持つ一人の少女に過ぎないようだ。むしろ、堅苦しくなくて良いとさえ断言していた。

 そうして、回復明けのタリアが眠くなり始めた頃。部屋のドアが控えめに、それでも何処か焦った雰囲気でノックされた。アティが眉を潜め、応対する。怪我などはないが、まだ本調子には遠いタリアの部屋を尋ねるのは余程の事だ。ベット上のタリアからは尋ね人の姿が見えないが、声は女性。そして、やはり何処か焦っている口調だ。しばらくアティと会話を交わすとパタパタと立ち去る足音。戻ってくるアティから、それまでの穏やかな表情が消えている事から、良くない事態が起きていると予想できた。


「アティ、何があったの?」


 アティはタリアの問い掛けに直ぐに答えない。話すべきか迷っているようだが、状況的には誤魔化すのは難しい。諦めて、それでも嫌々口を開いた。


「隣領の領主頭首が来訪されたそうです」


「えっ、お父様はいないよね? もしかして、事前に約束があって、お父様が忘れちゃったとか?」


 あの父親がどれほど忙しくても、領主同士の面会を忘れるとは思えない。仮に、そうだとすれば色々と不味い事態だ。


「いえ、そもそも会合が開かれるという話も聞いておりません。予定にもなかったと思われます。そのため、ハルバート様が屋敷に戻られるのは明日のご予定です」


 ハルバートは王への状況報告のために、現地で詳細調査を行っている。魔族の遺体の扱いや、遺跡に残してきた陣の解析なども父にしかできない。下手に下の人間が責任者となれば、どこから情報が漏れるか分からない。父が直接指揮を行い、本当に信頼できる者を選別して必要な調査を行うしか無いのだ。


「じゃあ、事前の約束もなしに突然来たってこと?」


「はい、あまり考えられないことですが、そうなります。そして、さらに悪いことにイリス様はハルバート様が王への謁見前に、王都での根回しに行かれました」


「お母様も…」


 グランドール領で何か不測の事態があったと噂が広まれば、領内での人や物の流通に影響が出る。それは直ぐに領民の生活へと影響を及ぼす。噂の元が貴族間ならば尚更だ。だからこそ、ハルバートの妻であるイリスが事前に王都で主要な貴族に面会し、さり気なく領での出来事を漏らす。事件があったが、解決し王への報告のために調査をしている、と。下手に接触をするのは勘ぐられるが、イリスにはタリア発だが、王国一の流行の先駆者としての認識が強い。妻同士のファッションの話から、夫を巻き込み、その中で話を漏らす。彼女にしかできない、グランドール領主の妻としての役割だ。


「アネッサお姉様も、宜しくないし…」


「アネッサ様は、ご家族や屋敷の者はまだしも、外の貴族と面会をされるのは厳しいかと」


 グランドール領の貴族家である両親、姉が動けない。そうなると、必然的に次女タリアのみが唯一の貴族となってしまう。


「困ったなぁ。お父様が帰られる明日に再度来てもらうのは駄目なの?」


「それが、ハルバート様と事前の約束は交わしたと頑なに譲らないそうです。しかも、タリア様とも話をされたいとか」


「はっ!? なんでさ、私、隣の領主なんて知らないよ?」


「はい、タリア様はお会いしたことも、話をしたこともありません」


「え、本気で意味が分からないよ。私以外の貴族が居ない時に、突然やってきて、会ったこともない子供に会って話をしたいとか…」


「ですので、ここまで話が上がってきたようです。普通なら叩き出しています」


「…叩き出しちゃえば?」


 腕を組み、頭を捻り考えていたタリアが、結局妙案が思い浮かばずに匙を投げた。


「叩き、出す?」


 それにメリッサが便乗した。エメリアはあらあら、と笑っている。止めるつもりはないらしい。


「仮にも相手は貴族です。冗談でも止めて下さい。領主の子供に侮辱されたと言いがかりを付けられて、ハルバート様の仕事が増えます」


「お父様なら、娘に手を出しおってー、って激怒して相手領に殴り込みを掛けそうだけどね」


「どうされますか? 現在はガーディー様が時間を稼いでおりますが、それも長くは持ちません。もし、面会を避けるのでしたら、我々が何とか致します」


 タリアの冗談はキレイにスルーされた。それほど状況的には余裕がないらしい。


「うーん…」


 正直、会うのは避けたい。見知らぬ貴族の大人と対面するなど、考えただけで胃が痛くなる。自分と会って話をしたいと言っているので尚更だ。しかし、会わないと、それはそれで面倒が起きるだろう。本当か怪しいが、ハルバートとは事前に約束をしたと言い張っているのだから。それに、会いたくないと言った場合にアティ達がどう行動に出るのかも心配だ。メリッサやエメリアなどは良い感じに暴走して場を乱しそうな予感がある。片や教会の有力者、片や精霊使い。ある意味怖いものなしだ。

 実は覆面完全装備で相手を奇襲し、拷問の末に何もなかったことに持ち込もうと、アティがネジのぶっ飛んだ考えを持っていたとは、幸いに誰も気付いていなかった。


「それと」


「まだあるんだ」


 ここまでで十分にお腹一杯なのだが、まだ追加情報があるらしい。


「タリア様は気付いておられない様子ですが、相手はタリア様にお見合いを申し込んだ貴族です」


「ふぁっ!?」


「数日前の朝食の際に、ハルバート様がお伝えされておりました」


 アティの言葉に記憶を呼び起こす。しかし、寝ていた時間が長かった為か、なかなか思い出せない。とりあえず、食べた料理を逆順に思い出していく。これなら確実だ。


「ああ、あれは確かウインナーが美味しかった朝食の時かな。お父様からお断りをしたって聞いたから、完全に記憶から抜けてたよ。というか、隣の領主が私にお見合いを申し込んだの? 領主の息子じゃなくて?」


「はい、領主自身でした」


 確かに貴族の夫婦には年の差があるケースが多い。タリアは十二歳。相手が仮にハルバートと同じくらい優秀で、若くして領主の座を譲られたとしても三十代後半位。ひょっとしたら、五十代なんてことも十分あり得る。歴史を紐解けば例はあるかもしれない。それでもこれは無茶だ。ハルバートが事前に断ったのは当然といえる。娘可愛さのみで断ったわけではないのだ。きっと。

 これは無理だ。父には悪いが、自分には荷が重すぎる。今度、『お父様、疲れてるの? タリアが肩叩きしてあげるー』と言って労ってあげよう。そう決断し、アティに断りを告げようとしたが、


「スタブ・ヴックヴェルフェンという男も、貴族なのに何故こうまでハルバート様と振る舞いが違うのでしょうか」


 アティのその言葉に、タリアの体に緊張が走る。


「スタブ…なんて?」


「スタブ・ヴックヴェルフェンです。隣領の領主の名です。爵位は子爵だったかと」


 やはり、聞き間違いではなかった。あの時、遺跡で自分がレオンに捕まった時。彼が口をすべらせた名だ。間違いない。先程までの萎びた心に力が戻る。


「会うよ」


「えっ、会われるのですか!?」


「会います。アティ、支度をお願いします」


 令嬢モードに切り替わったタリアにアティが息を飲む。相手の名を出した途端の豹変ぶり。これは、身支度を整えながら、主から事情を聞き出す必要がありそうだ。


「承知いたしました」


 この時の身支度に要した時間は過去最短だった。そして、タリアが口を割られるのも最短だった。





 応接の間にタリアとアティが入る。中央に置かれたテーブルと、それを挟むようにして置かれたソファー。片方に一人の男が座っていた。そして、その傍らには壮年の執事服を着た男、タリア付きのガーディーが頭を下げている。訪問からこれまで、ひたすら説得と謝罪をしていたのだろう。タリアが来たことに感謝をしつつ、自らが事態の収束に至れなかった無力さから、顔を複雑にしかめ一礼した。そして、飲み物を用意すると告げて部屋を退出した。


「おお、これはこれは美しい姫君が舞い降りたものです。一瞬、話中に出てくる妖精が現れたのかと思いましたぞ」


 にこやかに、そして大げさに褒めちぎりながら話す男。ハルバートよりも低いが、一般的な男性の平均と思われる身長。そして、貴族にありがちな豊満な腹回り。タリアにとっては丁度良い室温だが、目の前の男は息苦しそうに呼吸をし、手にしたハンカチで流れる汗を拭っている。どう見ても肥満体だった。

 そもそも、世の貴族にはこのような輩が一定数存在する。親から受け継いだ子供世代の者など、それの筆頭だ。子供時代から栄養のある食事と、不足する運動。大人となり、領主を拝命してもその生活サイクルに変わりはない。過剰なエネルギー摂取。それが彼らをこのような風貌へ変貌させるのだ。目の前の男も、その例から漏れないようだ。

 以上がタリアから見たスタブ・ヴックヴェルフェンという貴族の印象だ。つまりは、やはり本来なら関わりたくない人間だ。そんな感情を表には出さずに、タリアは対面のソファに腰を下ろした。アティは後ろに控える。


「はじめまして、スタブ・ヴックヴェルフェン様。ハルバート家次女のタリア・グランドールと申します」


 いつもなら、この後に『宜しくお願い致します』と続けるのだが、そんな気分にはなれない。父も母も社交場ではこのような感情を抱くことが多いのだろうか。だとしたら、自分は将来上手くやっていけるか不安になってくる。

 そんなタリアの感情を知る由もなく、男は満足そうに頷いている。


「ふむふむ、これはなかなかですな。母君と同様に将来有望かと思っておりましたが、その年でこれ程の美しさと、貴族としての礼儀を兼ね備えているとは。国広しといえど、あなた位なものです」


「まだまだ知るべき事が多い身です。日々、母を目指して奮起しております」


「いやいや、結構なことです。これからは、私の妻として共にヴックヴェルフェン領を栄えさせていきましょう」


「…………はっ?」


 タリアは自分の耳がおかしくなったかと思った。


「おや、聞いておられませんか? うむ、ハルバートの奴め娘を喜ばそうと内密にしていたのだろう、まったく柄にも無いことをしおって」


 冗談ではなさそうだ。目の前の男は本心から話しているようだ。タリアの聞いている話とは随分と隔離している。思わず、後ろに控えるアティに視線を送ると、静かに首を振っている。やはり、そんな話は通っていない。通っていたら困る。というか、泣く。


「ち、父からはお見合いの話をお断りしたと聞いております。何かの間違えではないでしょうか?」


「いえいえ、この通り書状を認めて連絡を頂きましたぞ」


 懐から出し、タリアに手渡される。生暖かく、スタブの体温が伝わってくるかと思うと鳥肌が立つ。見ると、確かにハルバートが使うグランドール家の封蝋が使用されている。中身を見る許しを得て手紙を取り出す。アティに聞かせるために声に出して読み上げていく。冒頭の挨拶から、貴族特有の遠回しな表現。そして最も重要な部分。


「『娘のタリアを是非、娶って欲しい。こちらは何時でも良いので、そちらの都合の良い日に娘を迎えに来て頂きたい』ですか」


「間違いなかろう?」


 ニヤニヤと笑うスタブ。対して、タリアは心が冷える。なぜ、スタブがこんな事をするのか。明らかに、手紙は父が書いたものとは異なる。父の字はこんなにもミミズがのたうち回った様な字体ではないし、なにより内容があり得ない。手紙を入れていた封筒は確かに、グランドール家のもので間違いない。封蝋は偽造が困難な上、国が不正使用の禁止を厳命している。しかし、その中身までも本物とは限らない。タリアが手渡された時には封が切られていたので、すり替えなど容易だ。領地が接している以上、父が何らかの手紙をスタブに送ることが考えられる。ひょっとしたら、お見合いの断わりの手紙の中身を替えたのかもしれない。


「申し訳ありませんが、父も母も現在は不在でして。明日にでも戻られるので、それから再度ご挨拶を―」


「それには及ばん。私が責任を持ってタリア嬢を我が家へお連れしよう。その後、二人揃って義父上に挨拶をしようではないか」


 もはや、無茶苦茶である。ひょっとして、強引に事を進め、タリアを手篭めにしてしまえば、ハルバートも認めざるを得ないとでも思っているのだろうか。安直過ぎる。確かに、子爵であるスタブが、公爵令嬢であるタリアを迎え入れれば、相当な後釜を得る事になる。タリア自身にも相当な価値があるのだが、それを知らぬ者からしても、タリアを娶ることは頭の上がらない低位貴族が一発逆転を狙える大きなチャンスなのだ。随分と舐められたものである。

 タリアが迷っていると勝手に判断して、自分とハルバートがいかに親しいかを延々と語っているスタブ。その中には、かつては冒険者で、二人でライバルとして切磋琢磨したとまで言っている。この体格からは信じられない。


(アティ、本当?)


 こっそりと、アティに聞く。スタブは語るのに忙しく、まったく気付いていない。


(はい、かつてはハルバート様も冒険者として活躍されたそうです。貴族として、色々な経験を得るために、先代様が領主をしている間に一時期だけのようですが。剣も魔法も一流で、様々なパーティーから誘いがあったと聞いております)


(流石お父様)


(スタブ・ヴックヴェルフェン…様も、同じく冒険者として活動されていたと聞いたことがあります)


(へぇー、以外だね)


 てっきり、眉唾物かと思っていた。


(ハルバート様同様に経験の為と言ってましたが、パーティーに入れば、自分が目立つポジションを欲しがり、危険な事はすべて他の者任せ。装備は金にものを言わせて一流だが、使い手は超ド素人。その横暴さから、段々と誘われることがなくなり、ついにはパーティーを丸ごと買い取る暴挙に出たのですが、それも最後はどこも相手にされなくなったようです)


(おおう)


(さらには、器量の良い女冒険者を断れない状況で強引に床に誘い、子を成せば僅かな手切れ金で捨てられた者が何人も出たそうです。最終的に国とギルドが話し合って、強制的に冒険者を引退させられたと聞いております。これを、本人は他の者が手柄を立てられなくなるため、仕方なく引退したと自慢げに話すそうです)


 聞く限り、良く他の冒険者から刺されなかったものだと思う。それだけ貴族という位が効いていたのだろうか。いっそ、ここまで行くと清々しい程に呆れてしまう。タリアが呆れていると、ようやくスタブの独白が終わったようで、満足気に息を吐いていた。熱を入れて話していたので、汗が尋常ではない。


「とまあ、このように私は彼と幾度となく剣を交わし、貴族としての陳儀を語り合い、好敵手として日々を過ごしてきたのだ。そんな彼が、自分の娘を私に娶って欲しいと懇願してくるのは、自然なことで何も不思議ではない。タリア嬢は令嬢の中でも群を抜いて評判が良いし、あまり社交場に顔を出さないので、私と結婚すれば話題性も抜群だ。お義母上の貴族婦人からの受けも上々。まさに、この結婚はグランドール家とヴックヴェルフェン家の発展に繋がる第一歩なのだ!」


 さあ、と言いながら立ち上がり、タリアに手を差し出すスタブ。ここでタリアが感動のあまり目に涙を溜め、手を取り合い、神聖なキスでもすれば両家と二人の未来を祝福するファンファーレが起きそうだが、あり得ない。差し出された手を冷たい視線で見てから視線を上げる。スタブの首元の皮が緩んだ顔を見て、そして深いため息を付く。令嬢らしからぬタリアの動作に、はじめてスタブの表情が曇った。


「タリア嬢、結婚において、女性は幸せの中に不安を伴う場合があるという。それでも、私の妻となるからには、そのような―」


「アティ、私お腹空いちゃった。何かお菓子とかないのー?」


「……は?」


 突然、タリアが座っていたソファにゴロンと転がり、面倒くさそうにアティに聞いた。スタブは理解できずに目が文字通り点となり、口を大きく開けっ放しの間抜け面となって固まっている。


「タリア様、先程お食事を召し上がられたばかりですが」


「だって、あんなんじゃ足りないよー。お腹すいたー、お腹すいたー。お菓子、デザート食べたいなー。食べたいよー」


「タリア様、こちらに準備しておりますわ」


 駄々をこねるタリアの声を聞きつけ、部屋のドアが開く。エメリアがお菓子の乗ったお盆を運び込んできた。実は、スタブの目的がわからなかった為、いつでも飛び出せるようにして部屋の外に待機してもらっていたのだ。万が一の準備をしていたにも関わらず、手元にタリアの好みのお菓子類を用意しているとは、流石準備万端である。


「わーい、エメリアお姉様大好きー」


「私もタリア様が大好きですわ」


 エメリアはソファに腰掛け、お菓子の乗った皿を手に持つ。タリアは当然のようにエメリアの膝に頭を乗せて、エメリアも当然のようにタリアの口にお菓子を持っていく。寝転んだまま、大好きなお菓子を食べさせてもらう。自らの手を動かさなくても直ぐに次の一口を頂くことができる。なんという贅沢だろうか。貴族の娘に産まれてきて良かった。これで、アティの厳しい視線が気にならなければ、完璧だった。


「もぐもぐ、そういえば。ヴック…なんとか領って、美味しいものあるのかなー」


 ふと思いついたように口にするタリア。口の周りについた菓子クズを丁寧に布で拭き取りながら、エメリアが答えた。


「ヴックヴェルフェン領ですわね。確か、あそこは鉱山が多い土地柄、食べ物よりも鉱物の生産が盛んな所でしたわ。そのため、グランドール領からしてみれば、それほど目を見張る料理はなかった筈ですわ」


 そもそも、国を見渡してもグランドール領よりも食べ物に関して進んでいる場所はない。それは、最も人の多い王都も例外ではない。料理人の間では、店を出すならグランドール領で修行をすれば繁盛するとまで噂される程だ。それはタリアの予知夢と、食に対する執念と、優秀な貴族かつ娘に甘いハルバートがいたからこその繁栄である。


「しかも、その頼りの鉱山も、枯渇が見られるようになり、近年は日に日に領民の生活が苦しくなっているようです」


 アティも無言で頷いて肯定している。特に間違った情報ではないらしい。

 運営が宜しくない領地の状況を打破しようと、公爵家との繋がりを求めた。正攻法では成し得ないと考えれば、非合法かつ非人道的な方法で混乱を意図的に発生させ、そのドサクサで娘を掠め取ろうとする。こそ泥の発想だが、なまじ貴族で力があるだけに面倒だった。


「おい貴様! メイドの分際で我が領地の謂れ無き話をタリア嬢に吹き込むなど何たること!」


 流石にスタブが真っ赤に憤怒してエメリアに食って掛かる。アティは実際にメイドなので、何か粗相があれば彼女の雇い主のグランドール家が責を問われるため、発言を控えていた。しかし、エメリアは違う。彼女はタリアの味方で義姉妹の誓いを立てているが、現在の教会法王の孫娘の一人であり、彼女自身も貴族と同等の位に位置する人間である。甲斐甲斐しくタリアの面倒を見ていたため、スタブが勝手に勘違いしただけである。


「あら、申し遅れました。私、エメリア・ドゥ・ロレーヌと言います」


「……はっ?」


「タリア様とはとても仲良くさせて頂いておりまして、お祖父様もそれはとても喜んでおられますわ」


 そう言い、コロコロと笑うエメリア。対して、スタブの顔が赤から青へと瞬間的に変化した。人間は、ここまで顔の色が変わるものなのか、とタリアは感心した。

 名を聞き、そしてよく容姿を見れば噂に聞く聖女と特徴が一致している。しかも、お祖父様、つまり法王もタリアとエメリアの仲を承認しているという。野良猫と判断して手を上げたら、実は毒爪を持つ野生のシルバータイガーだった。しかも振り向いたら、その親まで襲い掛かってきたような状況だ。

 実際の所、穴だらけの計画でハルバートに知られれば容赦なく潰されるだろう現状なのだが、傲慢で自分は頭が切れる人間だと思い込んでいるスタブはここに来て、ようやく計画の頓挫を予感し始めた。

 タリアはタリアで、スタブとエメリアの一方的な言い合いを気にすること無く、自身の食事情への感想を述べた。


「うーん、だとすると結婚しても、私の理想の食生活を体現する環境としてはダメダメだね」


 やれやれ、と首を振るタリアの後ろでアティが呆れていた。


「タリア様の食への欲求を満たすために、現状のグランドール家ではかなりの出費を強いられております。大体、月の金額ですと…」


 少し考えて告げられた額にスタブが腰を抜かしたようにソファに座り込む。そこに先程の自慢話をしていた得意げな面影はもはや皆無。アティが告げた金額はスタブが自身の屋敷に関係する者、自分や従者、下男すべての食に関する合計金額に匹敵する。しかも年間の。タリアは一人で、それも月単位で消費していくのだ。信じられない消費の仕方だ。もはや浪費である。

 むろん、タリアの場合は新規開拓や新メニュー開発に関する調査を含めた金額なので、冒険者への依頼料なども含まれて必然的に高額になっている。出費は多いが、それ以上の付加価値や領内での売上に貢献しており、黒字が遥かに勝っている。

 そんなことを知る由もないスタブは、目の前の少女が単なる猫かぶりで、自分以上に浪費の激しい愚かな子供にしか見えなくなっていた。震える手でテーブルを強く叩く。乗っていたお菓子が跳ね上がり、幾つか床へと落ちた。タリアは、突然の暴力に恐怖よりもお菓子がもったいないと思った。


「なにが令嬢の中の令嬢だ! 人を馬鹿にしおって、こんな礼儀もなっていない小娘なんぞ、誰が妻などにするものか!」


 自らの領地のために、タリアを強引に娶ろうとしていた人間の言葉ではない。


「そもそも、誰も結婚したいなんて言ってないしね」


「だ、黙らんか! 前か後ろかも分からぬ貧相な体つきのくせに!」


「むむ、まだ十二歳だし! アネッサお姉様と同じ十六歳になる四年後には立派に成長してるし!」


 それを聞いたアティは心の中で、それはどうだろうと思ったが、静かに秘めた。エメリアは微笑んでいる。


「それに、わざわざ私を手に入れるために色々と裏で動いてたみたいだけど、ぜーんぶ無駄だったね! 本当、時間とお金の無駄遣い。そんなだから、領地の運営も上手くいかないんじゃないかな?」


「な、何を言っている!」


「あはは、もうバレてるのにね。お父様が直接調査に行っているのだって、言い逃れができない証拠を確保して、国王様に直接持参するため。本当、救いようのないお馬鹿さんだね!」


「しょ、証拠など」


「あなたは彼を信じていなかったでしょう? だから、彼も貴方を信じていなかった。彼に何かあった時のために、保険として言い逃れの出来ない証拠を隠していた。それを貴方は見逃し、お父様が気付き回収した。もう、あなたは終わりだね!」


 当然、ハッタリである。

 タリアがスタブとレオンの関係を疑っているのは、レオンの言葉のみが理由だ。レオンの出任せかもしれないし、誰かがスタブの名を語っただけかもしれない。仮に本当だとしても、スタブは最後まで無関係を主張して隠し通せば、ひょっとしたら逃げられるかもしれない。いくら公爵とはいえ、仮にも貴族の子爵を証拠もなしに処罰は難しい。全力で後先考えずならば、公爵家のグランドール家ならば可能だろうが、その後の他貴族との関係にも影響が出てくるので現実的ではない。だからこそ、言葉で揺さぶりをかける。

 突然のタリアの豹変、エメリアというイレギュラーな人間の登場、そして前振りのないタリアによる例の件への追求。波状的に起こる予想外の出来事に、スタブは一時的に神経衰弱へと陥っていた。


「レオンが魔族召喚に関する証拠など持っている筈がない!」


「アウト、だね」


 平常心が少しでも残っていれば、引っかかりもしないだろう誘導。しかし、そこに引っかかった。嬉しそうに笑うタリアを見て、スタブがようやく自分が嵌められたことに考え至った。


「レオンって誰かなー? 魔族召喚ってなんですか? 私、そんなこと一言も言ってないですよ?」


「私も初めて聞きましたわ。教会関係者としては、是非詳しい話を聞きたいと存じますわ。お祖父様も興味を持たれるかと思います」


「ぐっ…あっ…っ!?」


 タリアとエメリアが追い込む。

 スタブは鼻息荒く、視線をキョロキョロと動かして落ち着かない。やがて、逃げられないと覚悟したのか、一つ深く呼吸した。そして、ゆっくりと自らの懐に手を入れ、一本のナイフを取り出した。そしてそれをタリアに向ける。屋敷へは明らかな武器を持ち込むことはできないが、貴族のスタブに対して、身体検査をおこなうことはできなかった。

 エメリアがタリアを庇って体で隠す。さらにはその二人を庇ってアティが構えた。タリア、アティ、エメリア。子供と女性二人。タリアは言うまでもなく、エメリアも荒事に向いているようには見えない。アティも見た目はただのメイドだ。スタブは元冒険者としての根拠のない自信からか、自分一人でなんとかなると思ったのだろう。


「ふ、ふざけやがって! 人をコケにするのもいい加減にしろ!」


 ナイフを持つ手は震え、さらにはその頬についた贅肉も震えている。タリアからしてみれば、目を覚ます直前まで魔族や巨大な蜘蛛やらと対峙していたのだ。目の前の中年メタボがナイフを装備した程度では、危機感を感じることはなかった。


「私の連れてきた者は皆、腕の立つ人間だ。既に私の魔法を介して彼らに暴れるように伝えてある。止めて欲しければ言う通りに―」


「タリア様、終わった」


 スタブの言葉を遮るようにして、不在だったメリッサが部屋に入ってきた。


「お帰りー、メリッサ。どうだった?」


「突然暴れ始めたから、取り敢えず、ボコった。今は静かに、転がっている」


「ありがとー」


「いえ、いえ」


 世間話のような軽い雰囲気で、スタブの最後の悪あがきが否定された。

 スタブも曲がりなりにも貴族。ここに来るまで一人ではない。身の回りを整える従者もいるし、身を守る人間も引き連れている。当然、彼らが武力に出ることも考慮し、メリッサを見張りで配置したのだ。

 そして、その一行最後の一人であるスタブに対しても、タリアが断罪を下す。


「アティ」


「来なさい、スノトラ」


 アティの中から、突然巨大な尻尾が出現する。それは、躊躇なくスタブの体を弾き飛ばすと、直ぐ様アティの中へと消えていった。この程度、尻尾のみで十分ということか。飛ばされたスタブは『ぐべっ!』と潰されたカエルのような鳴き声で壁に衝突し、ズルズルと床に崩れ落ちる。手にしていたナイフは勢いで壁に突き刺さっている。


「アティ、やりすぎちゃ駄目だよ。お父様に生きたまま引き渡して、魔族の事とかを喋ってもらうからね。この人自身はどうでも良いけど、魔族に関してはどこから情報を得たのかとか重要だからね」


「分かっております」


 いつの間にか手に持っていた縄で、気絶したスタブをグルグル巻きにしていくアティ。胴体と両手をまとめ、さらには両足も拘束しておく。これで移動しようにも、芋虫のように這いつくばるしかできない。ついでに、気が付いた時に煩そうなので、口も布で封じておく。


「このまま明日まで放置しておきましょう。部屋の前には常時二名の見張りを配置しておきます」


「あー、やれやれ。これで後はお父様にお任せすれば一件落着かな!」


「タリア様、宜しければ快気祝いに近場の食べ物が美味しい宿にりょこ…視察でも如何でしょうか?」


「是非行こう!」


 命を狙われた直後とは思えぬ会話をしながら、部屋を後にする少女一人と女性二人。後には気絶した芋虫中年男一人が寂しく残され、虚しく部屋の鍵が落とされた。





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