表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の烙印  作者: 日野枝 弥
53/53

第伍拾参話 永遠

 夏休みも終わりに近づき、日本へ戻った結子は平凡な毎日を過ごしていた。

 変わったことといったら、幼なじみが傍にいないことだけだ。

 すべてが終わっても、結子の記憶は失われていなかった。

 天壱の代償には結子の記憶も含まれていたはずだったが……。理由はわからないが、結子は結衣姫としての前世も忘れてはいないのだ。


 暁神社の境内では、蝉が鳴いている。

 なんとなく部活動の帰りに寄ってしまうのだ。未練がましいこと此の上ない。

 割れてしまった神鏡は、町内会で新しいものが買われたらしい。

 取替え可能な神鏡なんて、やはり何が祭られているのかよくわからない、と結子は思う。

「そうだ……新しい携帯買わなくちゃ」

 もちろん防水機能がついているものを買うつもりだった。

 制服のスカートには彼にもらった誰が袖が二つも入っている。そして、宝玉がついたままの金色の腕輪も。

 境内に風が吹きぬけた。


(……帰ろう)


 石柱から表へ出ると、ちょうど見覚えのある八人の不良が歩いてきた。彼らも結子に気づいたらしく、こちらへと近づいて来る。

 今の結子にしてみれば、いつも八人で一緒にいる彼らが羨ましくて仕方がなかった。

 彼らが怖いわけではない。淋しいのだ、と結子は思う。

 自然と涙が浮かんできた。


(あれ…? 私こんなに泣き虫だったかな)


 真っ先に喧嘩を買ってくれる左近は、もういない。

 優しく見守ってくれた白蓮も万里もいないのだ。

 そばで支えてくれた幼なじみの郁巳もいなかった。

 そして──好きだと言ってくれた人も。

 涙をぬぐった時だった。

「ああ──っ、てめェら、姫さん泣かせやがったなっ!」

「うっきー! うっききぃ!」

「女性を泣かせるとは感心しませんね。この方たちには反省の色が見えません」

「こやつらの気配、覚えておるぞ……まだ懲りていないとみえる」

 背後から聞こえた声に震えてしまう。

 眼前の不良たちの頬は、何か悪いものでも見たかのようにひきつっていた。

 振り返ると、そこには左近、万里、白蓮の三人と夜叉丸がいた。


(嘘っ……! 信じられない……)


 心なしか左近と夜叉丸の顔は赤く、酒臭かった。

 万里は白装束を着て木箱を背負っているが、頭に白布を巻いてはいなかった。彼の頭には短くのばされた髪がある。

 そして、琵琶を背負った白蓮は、開かれた瞳で……結子の顔をジッと見つめていた。


「こっ、こいつら祭りの時のっっっ、コスプレイヤーっ!?」

「にっ…逃げろ──ッ」

 不良どもが逃げ出すと、左近と夜叉丸が追い始めた。

「待ちやがれっ!」

 民家の屋根を跳びながら追っているのだが、左近の足もとが少々おぼつかない。


(あ、コケた…)


 その様子を見ていた万里と白蓮は呆れ顔だ。

「ウリ坊め…また突進して行きよった」

「昼間からお酒を飲むなんて……仕方がありませんね。我々も追いましょう。姫様、また後で」

「うえっ? ちょっと……!」

 感動の再会もそこそこに、彼らは屋根や塀を軽々と跳躍して走り去った。


(そういえば……電線とか自動車に注意しろって言うの忘れた)


 突然現れて、突然いなくなるので、結子はしばらくのあいだ放心していた。




「あいつら何者だ? 野朗ばかりで八人も」

 上の方から聞き覚えのある声がした。


(この声……まさか)


 神社のまわりにはたくさん木が植えてあるので、見上げても何処にいるのかわからない。

「天壱っ、どこなの!」

 次の瞬間、制服の襟が何かにつかまれて、思いきり引き上げられた。

「うきゃあぁぁっっっ!」

 釣り上げられた先は、樫の木の上だった。男は幹に背をあずけて座っていた。

 菅笠をついとあげると、

「もう少し色っぽい声、だせないのかよ」

「ちょっと……また人のこと魚みたいに……っ」

 呑気にあくびをした男は、結子の視線に気づくとニヤリ、と笑った。

「腕がいいからな。ひっかけた獲物は逃がさない」

「獲物って…」

 結子はそれ以上言うのをやめた。男が襟の釣り針をはずしてくれる。

「また……会えたね」

 視線が重なると、彼は苦笑した。

「あぁ。俺たちは宝玉を失って死んだとばかり思ってた。だが、実際は獣としての魂が消滅しただけだった。それで代償もなくなったわけだが───」

 天壱はそこまで話すと、腕輪を見せた。

 ええぇっ!? 結子は驚きのあまり仰け反った。

 落ちそうになるのを慌てて天壱が抱き寄せる。そこには青い宝玉が燦然(さんぜん)と輝いていた。

「なぜか宝玉がついている。しかも、暁から日本にこれた…」

「はあ〜? でも…そういわれてみると私の腕輪にも宝玉はついたままだよ。ところで……暁は今、どうなっているの?」

「妖鬼の類は消えたが、半妖鬼はしぶとく残っている。人間たちは北から戻ってきている」

「よかった……」

 結子は半妖鬼でも優しくしてくれた薬売りの禄絽(ろくろ)のことを思い出していた。そして、駒屋の猫鬼たちのことも。

「そういえば……駒屋の猫さんたちは? 彼女たちはどうなったの?」

「あいつらはもともと暁に古から居ついている妖だから、妖王とは関係ない。さっそく土産の八つ橋を催促された。ここいらに八つ橋は売っているか?」

「その……京都まで行けばあると思うけど」


(猫鬼なのに……八つ橋が好きなのかな?)



 顔に疑問符を浮かべていた結子は、天壱の眼差しに気づいて、黙りこんでしまった。

 彼はもともと険のある目つきをしているが、暁にいた頃に比べるとだいぶ穏やかな顔つきになっていた。

 二人が見つめあっていると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきて、神社の前を通り過ぎた。

「やかましいな」

「パトカーだから。緊急車両だし」

「……よくわからねぇ。それより結子」

 天壱が身体をグッと近づけて、顔を覗きこんできた。


(こ…これはもしかして………キスの予感っ!?)


 ファーストキスはすでに奪われているのだが……。それでも結子の胸は高鳴った。

「俺が最期に言った言葉の、返事が聞きてぇな」

 天壱の目が優しい。結子はおどおどして視線をそらした。

 彼が辛抱強く待ってくれたので、勇気をだして想いを言の葉にのせる。

「わ、わわわわ、私も…………好き…」

 真剣な眼差しに、結子はドキドキしながら瞳を閉じた。

 遠くで聞こえていたパトカーのサイレンが次第に大きくなってきた。

 先ほど通り過ぎたばかりなのに。しかも数台にふくれあがって、こちらへと戻ってくるような気がする。

 結子は嫌な予感がして、目を開いた。

 正面の天壱は、邪魔が入ったと、サイレンの方角を険のある目つきで見ていた。

「大変だあ〜、鉄の(かたまり)が追いかけてくるっ!! 夜叉丸もはね返されたぁぁぁ!!」

 左近がものスゴイ勢いで駆け込んできた。


(跳ね返されたってことは、つまり……仕込み刀で切りつけたってことじゃ…)


「あの音はなんでしょうっ、赤い光も禍々しいです」

「ここは万里、お主の火薬と毒薬で…」

 銃刀法違反に、危険物爆発物所持、おまけに毒劇物違反か…と結子は冷や汗を掻いた。

 うっかり注意するのを忘れていたのだ。彼らは……これでもかってくらいに武装している。

「逃げるわよっ!」

「姫様、戦わずして逃げるとは……」

 戸惑い顔の万里の隣で、ここは作戦会議だろ! と左近の顔が輝いている。

 尋常ならぬ結子の様子に、天壱はなにかを察して同意してやる。

「よくわからねぇが、逃げるぞ! 結子、来い!!」

「逃げるなんてぜってぇ、いやだぁぁぁっっっ!」

「ウリ坊、おいて行くぞ」

 天壱は結子を横抱きにして、駆け出した。

 万里、白蓮に続いて左近も夜叉丸を肩にのせて走り出す。

 五人と一匹は住宅街を屋根から屋根へと跳躍し、逃亡しはじめた。

「だぁーっ、しつけえっ! ここはやっばり夜叉丸で……」

「うっきぃ!」

「ダメ───っ、ずえったいに駄目ぇっっっ」

「姫様、ご安心ください。私の独鈷で雷撃を…」

「それもダメ───っ!」

「ならば、わしが水底に──」

「やめて──っ!」

 天壱が苦笑しながら訊ねた。

「なら、どこまで逃げればいい?」

「ずっと、ずっーと遠くまでよ!」

「「「「承知」」」」


 警察に追いかけられても、なぜか結子は嬉しくて仕方がなかった。

 パトカーのサイレンは、青い空の下、いつまでもいつまでも鳴り響いていた。


 はうぅ〜! ついに最終回となりました。江戸っぽいものを書いてみようと大風呂敷を広げてしまい、途中、筆が止まった時は、やめてけばよかったかな……と悩みましたが、無事、風呂敷をしまえて安心しております。

 最後まで読んでくださった優しい皆様、ありがとうございました。よろしかったら、感想聞かせてくださいね。それでは失礼いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ