本編第4話 岡山城岡山城主のはなしから人間の集団や相続に関する話になっていく(2)宇喜多直家の説話と真実
二郎くんのお嬢様接待のプレゼンテーションが続きます。
本編第4話 岡山城岡山城主のはなしから人間の集団や相続に関する話になっていく(2)宇喜多直家の説話と真実
現在では様々な研究から説話と実情が異なることが明らかにされつつあります。
重野作品では軍記物や従来唱えられてきた説話に基づいて展開しているところが多いと2026年段階では感じます。
直家が多く用いた手口は、自身の息女や姉妹、それに親類の娘を養女として相手との縁組を成立させ、時節を見計らって相手を毒殺・暗殺する、その際、嫁いでいた息女や姉妹らも大抵の場合は死を迎えた、というものです。
暗殺の手段として鉄砲を導入した最初期の人物の一人とも伝わっています。
ボルジア家の毒薬伝説なみに、いろいろ膨れあがっているようには思われます。
お兄様、ボルジア家の毒薬伝説はお嬢様がたはご存じなのでしょうか。
また、美羽がお兄様呼ばわりしてきた。『魔法科高校の劣等生』のアニメでも見たのだろうか。『負けヒロインが多すぎる』だともっと悪いかもしれない。兄を慕う妹なで現実の世界にはいない。兄を陥れる妹ならすぐそこにいる。
犬山が机の下からメモを渡してくる。
「妹にお兄様よばわりさせているの?サイテー」
このメモ絶対女性陣全員みているぞ。
カトリック系の学校だから教皇の事績とかは、ならっているんじゃないかなあ。
教皇アレクサンドロ6世とボルジア家については簡単に説明するかな。
時代的には佐藤賢一『王妃の離婚』新潮社・1999年はフランスが舞台だけど、背景にフランス王対教皇との対立があります。
教皇アレクサンドロ6世は1431年1月1日生まれ、1503年8月18日にマラリアでなくなります。アラゴン連合王国バレンシア王国ハティバの出身。アラゴンとカステーリャが合邦するのは1492年でここでスペインになるから、スペインになる前のアラゴン出身になります。1492年8月11日に教皇に就任しています。
『王妃の離婚』ね。中学生にははやいかもしれないけど、弁護士を目指すなら読んでおいてもいいわね。もろにやるなら塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』新潮文庫もあるわね。政治学が好きなら『我ともマキャヴェリ』もいいわよ。
チェーザレ・ボルジア(1475年9月13日(※14日説も一部に存在)~15077年3月12日(ナバラ王国ビアナにて戦死)の生涯をまとめると、教皇の庶子として生まれ、若くして枢機卿となり、のちに武将・政治家として中部イタリアに独自の国家を築き、最後はナバラで戦死したというものです。急上昇と急転落のジェットコースターみたいなグラフを描く、ドラマに満ちた人生です。
お兄様、カトリックだと嫡出子(結婚した男女から生まれた子)でないと枢機卿になれないはずですが、なぜ枢機卿になれたのですか。
ネポティズムという身内びいきを意味する英語がありますが、甥をかわいがることからきています。実子を自分の甥だとして嫡出子としてあつかっているわけです。当時は公然の秘密だっちょうです。
絶対的権力は絶対的に腐敗しますから、こんなこともおこりますね。
『法の支配』が意識されだすのは何世紀もあとのことです。
ここでもチェーザレ・ボルジアの妹ルクレツィアが政略結婚のコマとして使われます。
何度も結婚させ、チェ-ザレの地位はあがっていきます。
1953年のイタリア映画ではアレクサンドル6世の実子、公的には甥のチェーザr・ボルジアが敵を殺しまくります。兄チェーザレがルクレツィアの恋人や夫を次々殺す、動機は禁じられた愛とかになっています。ルクレツィア自身も毒殺に関わる描写もあります。
しかし、これは16世紀以降の反ボルジア宣伝(特に敵対勢力(反教皇覇やらプロテスタントやらフランス側やら)のプロパガンダに基づく伝説で、一次史料では確認されてないとされています。
実際、近年の研究では、ルクレツィアは政治的に利用されたが、毒殺の証拠はない、ルクレティアの悪名は後世の創作が大きい
後半の崩壊過程の流はシェイクスピアの『マクベス』や『リチャード三世』を思いおこさせるものがあります。絶好のチャンスに父とともにマラリアにかかり、父は病死、b自分は動けなくなり、失墜していきます。
枢機卿でもこどもはいましたが男子が夭折したため、イタリア・ボルジア家は断絶しています。
そのため悪く言われやすい状態になっていました。
シェイクスピアは英国国教会べったりですから、お嬢様がたは知らないも知れないわね。
何か別のものにしたほうがいいかもしれないわ。
あと、大事なことを忘れてるわね。
え?
チェーザレ・ボルジアはイケメンがったのよ。
そうだそうだという小声が聴こえる。
イケメン・イズ・ジャスティス! 3人が言う。
ごめんね、二郎ちゃんには正義はないわ。
いや、謝られてもどうしようもないんですけど。
猪木なら何をしても許されるのか、という40年前の名レスラーの抗議を思い出す。
あら、猪木がイケメンなら許されるbに決まっているじゃない。
あのう、法律の勉強をしたひとと勉強中のひと二人も同調していますけで…、それルッキズムで差別じゃないですか。
公的なことがやってたらそうだけど、個人的な好き嫌いはしょうがないわね。いい男を選んで、その言に従うのは社会生物学的に集団のメスの本能なのよ。
うわわわ、すごい正当化。
宇喜多直家にもどります。
直家の評判は、江戸期以降は、同じく謀略・計略に長けた毛利元就や尼子経久と並んで中国三大謀将とも称されていました。
また、主家を追い落とし下剋上を成し得た事から松永久秀・斎藤道三等と並ぶ大悪人と呼ばれていました。
江戸期だと下剋上が大悪人なのよね。明治以降はまた変わっていくわ。
身内からも直家の所業は恐れられていたようです。
直家の異母弟で、直家を古くから補佐していた宇喜多忠家でさえも、直家の前へ出る時は常に鎖帷子を着込むほどの警戒ぶりであったという話がつたわtっいます。この話は忠家が、後年豊臣秀吉の御伽衆として仕えていた際に披露した話であり、話を面白くするためにエピソードを盛っている可能性が高いと思われます。忠家自身にも道理に合わぬ人斬りなどといった短慮がしばしば目立っており、兄から成敗されてもおかしくはない立場にありました。それに起因しての猜疑心を物語るものではないかとも指摘されています。自分としては、鎖帷子で十分防御ができたかは疑問ではある。だいたい手鬱のときは首を斬るだろうし、帯や襷で首しめられたら終わりだろう。当時はワイヤーロープやブルロープはなかったのかな。
楽な殺し方については、本家が教えていいのは16歳すぎてからね。そのへんは、お嬢様がすぎていたらまったく興味示さない場合もあるから相手をみてプレゼンテーションをしてね。
竜の口家って、何をやってるんですか。
警備保障をするにしても、そのへんの知識が必要なレベルの仕事もありうるわね。あとは16歳になってから学んでちょうだい。
物騒な一面がクローズアップされがちです。
直家自身は忠家や家臣らを終始大切に扱い、暗殺を実行した者も使い捨てる事無く厚遇しています。一貫して家中の結束に腐心し続けています。乙子城主時代には兵糧の欠乏状態が常であった中、家臣らと共に耕作に励むと共に自ら節食にも努めるなど、苦境にありながらも結束を深めていった逸話も数々残されています。敵将扱いされた江戸時代を考えても、真実であったと思われます。
竜の口家もこのへんの家臣の流れなのよね。
このへんについて話すのもいいかもね。ただ、飽きるほどきかされている場合もあるから、お嬢様がたの態度をみながらのはなしね。
竜の口公園もいいところですよ。以下にはなす古戦場跡を楽しまれてはいかがでしょうか。
あそこはお嬢様には難しいわ。トイレが水洗でないの。
近所の旭川荘のトイレを使わせてもらえるコネがお嬢様にあるかしら。
公園往復でトイレをがまんできるようなら竜の口公園もありね。
お嬢様への気遣いも大変だ。
思い出したわ。お嬢様がいつでも歩くことができるとおもっているでしょ。
しんどいときもありうるからね。
宿泊先からのアクセスについては意識しておいてね。
美羽ちゃんは、倉敷駅からのアクセスをちゃんとプレゼンテーションしていたわよ。
いえ、わたしが一番足が遅いだろうから気にしていただけですわ。
健脚なかたが自分以外も健脚と思うのは当たり前ですし、中二病男子が女子の体調に気配りするなんてこと、一切期待してませんし…
自分、いま、だいぶ妹にディスられています。
直家は、敵対する勢力の弾圧を受けていた寺社の再建を手助けしています。
さらには暗殺の対象となった相手も手厚く葬っています。
あれだけのことをしておいて、まだ、極楽にいけると思っていたのでしょうか。
あ、それは宇喜多家関係者がきいたら怒るからやめておくように。
直家の目的が「没落した自家を再興する」事であり、なおかつその成就のため手段は選べない立場にあった事、また当時の価値観なども含めて考えれば、上記した所業の数々も必ずしも「非道」の一語で片付けられるものではないと言えるのかも知れないかもしれないかもしらな…
まあ、ここは言葉を濁しておいたほうがいいわね。
なんだか、くねくねと進むわね。エピソードを出しなさい。
備前松田氏の配下として直家と敵対関係にあった穝所職経(元常)は、「その男色好みなところを利用されて直家の謀略の前に散った」と語られてきました。
BLマンガにもなっています。
なんだかごくりと唾をのむ音が聴こえた。いやだなあ。
BL好きならいけるかもね。
うわ、言いたくなかったのに。しょうがない。このエピソードを少し詳しめにはなします。
職経は松田氏配下の勇猛な武将として知られた。直家は砥石城や沼城を落城させ浦上氏家中で勢力を伸ばしつつあったが、職経が備前西部侵出を食い止めていた。
永禄4年(1561年)、直家は臣下の宇喜多忠家を総大将として龍ノ口城へ兵を差し向けます。この報を聞いた職経は竹田河原に布陣します。合戦は引き分けとなり、職経は居城へ退却します。龍ノ口城は城の北側と西側が絶壁、山麓を旭川(西の大川)が流れ、南側は深い谷、東側に僅かに山が続くといった強固な山城だった。
大砲以前の時代です。
力ずくで落とすのは無謀と判断した長船貞親は、直家に計略を提案します。職経は男色好みとして知られており、特に美少年には目がないという話が知られていました。直家は小姓の岡清三郎を刺客として送り込むことにした。
ある時、川で綱を引かせるのを職経が見物していました。これを好機とみた清三郎は川辺で笛を吹き職経の注意を集めようとしました。すぐに職経の目に留まり、清三郎は龍ノ口城へ連れて帰られ城への侵入にまんまと成功します。職経は清三郎を気に入って側に置こうとしたが、それを危険と見た家臣らはやめるよう諫言します。しかし職経は完全に清三郎に陶酔し、清三郎一人相手に酒盛りをしたり、そのまま寝込んでしまうこともありました。一発やったあとの睡眠だったのでしょうか。
いまのところはだめね。
ある夏、職経は旭川に設けた避暑所で清三郎を相手に酒盛りをしており、いつものように職経は寝込んでしまいます。周りに家臣が居ないことを確認し、清三郎は職経の脇差を抜き取り胸に突き刺して殺害して、首を取って逃げます。家臣はすぐに気付き、捕えようと後を追ったが振り切られてしまいます。清三郎は無事帰還し、直家に職経の首を差し出した。その後、これを機に直家は龍ノ口城を攻め立てて陥落させ、備前国西部侵出への糸口を掴みます。
人口には膾炙しています。幅広く知られています。
たが、実際には毛利氏の手の者によって暗殺された、もしくは直家による暗殺ではあるがその手法に大きな食い違いがある事が、同時代の資料から明らかにされている。また直家の娘婿に当たる浦上宗辰(浦上宗景嫡男)も、同様に直家によって毒殺の憂き目に遭ったとされているが、こちらはそもそも宗辰の存在そのものが疑問視されつつある、という具合であります。
さらに言えば、直家の仇とも言うべき島村盛貫(盛実)や、彼と連座して誅殺された直家の舅・中山勝政(信正)など、直家の立身出世を語る上で欠かせない者たちについても、軍記物で語られてきたような因縁や謀殺などを裏付ける記述は一次資料には存在せず、共に浦上宗景・政宗間の和睦に伴う政治的変化の責任を取らされる形で殺害された事が、令和年間に入って発見された書状などから有力視されつつある段階です。
まあ、弁護士のいない時代なんで、宇喜多家側の弁護をするひとがいなかったせいもあります。
美少年と美中年で演じてもらうのもいいかも…
誰の声だったんだろう。美羽の声でないと信じたい。
宇喜多秀家のほうがイケメンとしては大河ドラマのイメージがあってもいいかもしれまsんが、なにぶん岡山県内での活躍がすくないのであとまわしになっています。




