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第27扉 オアシス

今日は何かとタイミングの悪い日だった。


朝から猫が毛玉をカーペットの上に吐いて、短い時間を更に狭めた。

家から出る前、急に腹痛を催してトイレに籠ることになってしまう。

そのトイレでも、紙がなくなって新しい物を出す羽目に。


駅では乗ろうとした電車の扉が目の前で閉まり、出発していく。

会社でも自販機で買った飲み物が、補充直後だったのか、ぬるくて微妙だった。

しかも直属の上司が出張で居らず、他部署の上司から大量の雑務を押し付けられて辟易した。


身体も心も憔悴しきったままで残業をしていると、後ろから気配がして、机にコトリと缶コーヒーが置かれる。

男が振り向くと、出張帰りの上司が立っていた。

奢りは有難かったが、男の机には既に空のエナジードリンク缶と缶コーヒーが山積みになっていた。

ちょっとばつの悪そうにしている上司にお礼を言い、カシュッとプルトップを引いた。


落ち着いたところで、上司に出張の話を聞いてみると、こちらもなかなかに厄介だった。

部下のミスによるお詫びと聞いての出張だったが、部下から詳細を聞いてみるとどうも違う。

改めて資料を一から見直すと、今回のミスは部下の所為ではないようだった。

それでも、客先には関係ないので、お詫びに伺う。

幸いにして客先は理解を示してくれて、部下は怒られるのではなく、逆に励まされたとのことだった。


大変でしたね、と労いの言葉をかける男。

そして、話を更に深掘りしていくと、問題点が浮き彫りになった。


あの男か!と憤る上司。

そして、その『あの男』とは、男に雑務を押し付けた他部署の上司だった。

とは言え、例の他部署の上司は退社して、もう事務所にいない。

よし…と呟いた上司は、いつもの愛嬌がある笑みではなく、腹黒い威圧感のある笑みだった。


大量に残された仕事を何とかこなし、終電前に会社を出た。

滑り込むように終電へと乗り込む。


駅から出て帰り道を歩いていたら、信号ごとに引っ掛かって待たされた。

ただ、出勤とは違って、時間に余裕があるので、多少マシな心持ちだ。


ゆとりを持って…と、考え始めたところで、ポツリポツリと雨が降り出してきた。

幸い、家まであと少し。

びしょ濡れにならないように駆けていく男。


なんとかあまり濡れずに家に着き、玄関のドアを開けて中に入ると、今度は飛んできた鳥が顔にぶつかった。

もう今日はいいや…と男は半ばあきらめて思考を放棄し、風呂場に直行した。


そして、翌日。


ろくに食事を摂らず寝入っていた男は、空腹を感じると共に目が覚めた。

髪をきちんと乾かさなかった所為か、ぼさぼさになっていた頭を掻き、ダイニングへと向かう。


猫と鳥にエサを用意してから、冷蔵庫を漁る。

納豆を見つけた男は、それを出してテーブルに置く。

それから、棚の引き出しからパックご飯を取り出すと、電子レンジで温めた。

男が朝食を摂っていると、猫と鳥も起きてきて、エサを食べ始めた。


そして、食事を終えた男は、扉に向かう準備が足りないと気付く。

足りない物はコンビニに行って用意することにし、着替えてからコンビニへと向かった。


帰ってきて、早速準備に取り掛かる。

リュックサックにいつもの道具一式が入っていることを確認すると、コンビニで買ってきた飲食物を詰め込む。

それからタオルや着替えも入れて、そのリュックサックを担ぎ、扉へと向かった。


今日の扉はどこにでもありそうに見えて、実はそうでもない不思議な扉だった。

その扉板は一面青いガラスで扉枠はなく、取っ手もガラスで出来ていた。

取っ手はフリスビーを裏から見たような形状で、押し引き両方できるタイプだと感じる。

その扉の形には不思議なことを感じないが、そのガラスは透明であるのに先が見通せない、そんな異常さがあった。


それでも気になって取っ手に触れると、ヒンヤリしたガラス独自の感覚が手に伝わる。

そして、男はその取っ手を押して、扉を開いた。



扉から流れてくる風は新緑の香りを帯びており、それでいて乾燥している。

射してくる光は強めだが、心地よく感じた。

男が扉をくぐって一歩踏み出すと、ザクッという感触が足裏に響く。

また砂漠かと警戒したが、目の前には木々が立っており、所々に雑草も生えていた。

その木々の隙間を覗くと、先の方に水面が見えている。

砂に足を取られながらも木々の合間を縫って進んでいくと、パシャンと水が跳ねたような音が時折、聞こえてくる。

林を抜けて開けた場所に辿り着くと、そこには大きな湖が目の前に広がっていた。


そのまま歩みを進めて湖畔に辿り着くと、男は水際の砂地に腰を下ろす。

両手を後ろについて空を見上げると、青い大空から乾いた風が舞い込み、額の汗を吹き飛ばしていった。

リュックサックを下ろし、中から飲み物のペットボトルを取り出すと、軽く呷る。

ふぅ…とため息をつき、湖を見つめると、小魚が跳ねていた。


ひと息ついたことで緊張が抜け、その場で脱力してリラックスする男。

強い日差しにも関わらず、この場所がこれほど心地よいのは乾燥した空気だからだろうか。

男はゆっくりと背中を砂地に預け、仰向けになる。

見上げた空は雲一つなく、鮮やかな青色は果てなく、どこまでも続いて行くようだった。



……いつの間にか寝ていたようだ。

どれぐらいここに居ただろうか。

空を見ると、茜色に染まっており、太陽はもうすぐ地平線へと潜り込もうとしていた。

拙いと感じた男は、立ち上がって全身についた砂を払う。

ペットボトルを拾い上げ、リュックサックを担ぐと、慌てて家への扉へと急いだ。

木々や雑草を避けて砂の道を進み、巣穴からひょこっと顔を出したオオスナネズミが見守っていることも気にせずに駆け抜けて、扉に辿り着く。

太陽はもう半分沈んでおり、空も半分は夜が侵食していた。

男は止まることなく、扉へと飛び込み、そして…意識を失った。



男が目を覚ますと、自室のベッドの上でうつ伏せになっていた。

ガバッと勢いよく起きた男は、辺りを見回す。

そこには猫も鳥もいなかった。

窓から外を見ると、まだ日が高い。

時計を確認すると、まだ昼過ぎだった。

男はゆっくりと立ち上がると、ポリポリと頭を掻きながら、リビングへと向かって行った。

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