第14扉 鏡の館
昨日、ゆっくり眠ることが出来たために今日は快調だった。
週末で疲れのピークの日にもかかわらず朝は問題なく起きられたし、午後一の会議も眠くならずに済んだ。
定時での退社とはならなかったが、ご機嫌な男はスーパーマーケットに寄り、プレミアムビールを手に取る。
それから、自分の食事とは別に猫用にチュールを、鳥用にバナナを買い物かごに入れ、レジに向かった。
帰宅した男はさっそく買ったそれらを猫と鳥に与える。
猫と鳥も嬉しそうにそれらを口につけ、それを見た男は満足そうに缶ビールを開けた。
缶を呷るとゴクンゴクンと喉を鳴らし、胃にビールを流し込む。
ぷはぁ…と息が漏れると、口からホップとアルコールの臭いが流れる。
ひと息ついたところで部屋着に着替え、買ってきた惣菜をテーブルに並べた。
そんな落ち着いた一日だった。
そして、翌日。
土曜日だ。
夜更かしをしなかった男は朝と呼んで差し支えない時間に目覚める。
お湯を沸かしインスタントのみそ汁と昨日のうちに準備しておいた炊き立てのご飯をよそって、昨晩の残りの惣菜をテーブルに並べた。
そうしてダイニングであれこれやっていると猫と鳥がやってくる。
エサの催促の様だ。
自分の食事の前にエサを用意してあげると揃って食べ始めた。
その様子を見届けることなく、男はテーブルに着いて自分の朝食を食べる。
そして、食べ終わった男は扉へと向かう準備をする。
タッパーに残りのご飯とレンジで温めた冷凍食品を詰め込む。
いつものリュックサックにそれと飲み物、それにタオルや着替えを入れて担ぐと扉に向かった。
今日の扉は金属製の扉枠に一面の鏡がはめ込んであり、自分の姿が見える。
その枠にコの字状の金属棒が取っ手として溶接してあるようだった。
下部にレールがあり、スライド式の扉だとわかる。
取っ手に触れると金属の冷たい感覚が掌に伝わり、少し手を引いてしまう男。
再度握り直すと先程感じたよりは冷たさを覚えなかったので、安心して握り、扉を開いた。
開いた途端、冷たい空気が吹き込んできた様に感じた。
しかし、風は吹いていない。
落ち着かない雰囲気が、そう感じさせたのだろう。
その先を見てみると、どこを見ても鏡面だった。
廊下の様だが、壁、天井、床…すべてが鏡であり、あちらこちらに自分の姿が見えた。
一歩踏み出すのを恐れた男。
かなり迷ったが、進まなければ何もならないと思い、思い切って扉をくぐり抜けた。
カツーン、カツーンと男の足音が廊下に響く。
壁に映る自分に見られているようで若干気持ちが良くないが、それでも歩みを進める。
そうして進んでいくと、入った時の造りと同じ扉にたどり着いた。
違う点は扉枠の上部に①と書いてある。
今まで扉をくぐった場所には文字に関するものが一切なかった。
それだけに警戒する男。
男は探るようにゆっくりと扉を開いた。
そこは正方形状の部屋だった。
廊下と同じく、全面が鏡で作られている部屋だ。
壁にはひとつずつ同じ造りの扉があり、それぞれ右から②③④の文字が見える。
部屋の中央に視線を移すとテーブルと手前に椅子があった。
そのテーブルと椅子も鏡で出来ている様だ。
落ち着かない場所が続き、少し疲労を感じた男はそおっと椅子に座る。
不思議なことにその椅子は金属やガラスといった質感はあったものの冷たくは感じなかった。
テーブルにも触れてみる。
それも椅子と同じ感触だった。
男はリュックサックから飲み物を取り出し、一口つけるとほっとため息をつく。
思っていた以上に緊張していた様だ。
休憩したことで落ち着きを取り戻し、この場所について考えてみる。
まるで自分を見透かされているような空間に感じた。
最近は余裕があって、自分の生活を見直す様に考えることが増えている。
この場所はそのためではないか?と考えると妙な納得感を覚えた。
そういう考えに至ると、不思議とこの場所に不快感が消えていく。
それならば…と立ち上がる男。
次の扉に向かった。
まずは…と、②と扉の前に立つ。
ひと息入れ、よし…という気合と共に扉を開いた。
開いたと同時に眩いばかりの光が溢れ出した。
進めないことも無さそうではあるが、これ以上は目を痛めそうで、そっと閉じる。
②の扉を閉じて、次に向かうのは③の扉。
先程の扉の状況に警戒心を持ったのか、男は慎重に扉を開けた。
先程は打って変わって暗い廊下。
若干の下り勾配にも見える。
暗いが進めそうな明るさがあり、造りが鏡で出来ていることもわかったが、その壁はただの平面ではなく凹凸があり、壁に写った自分の瞳は淀んで見えた。
その廊下はなんとなく気味が悪く感じ、こちらもそっと閉じた。
そして、最後に④の扉の前に立つ男。
②、③とあまり良い思いをしなかった経験から、更に慎重になって扉を開く。
その扉の先は…最初に家の扉から通った廊下と代り映えがしない造りだった。
ただ、違う点は先の方が左右二手に分かれていたこと。
そこで男はそこまで進むことに決め、足を踏み出した。
歩みを進め、問題なく分岐点までたどり着く男。
その左右の廊下を見てみると、どちらも更に分岐がある。
この廊下は鏡だし、これ以上進むと迷うな…と思い、引き返すことにした。
それ以外は何もない場所だ。
そう思い、もうこの場所は用がないからと引き返して、家の扉までたどり着いた。
感慨はなく扉をくぐり抜ける男。
廊下の床に写った自分が一瞬、ぎょろりとこちらを見た気がした。
…そして、男は気を失った。
男は気が付くと担いでいた筈のリュックサックを抱えてベッドの上に座っていた。
猫が隣で丸くなって寝ている。
ふと、時計に視線を移すとまだ正午過ぎ。
そして、時計に鳥が止まっていて、毛繕いをしていた。
リュックサックからタッパーと飲み物を取り出し、タッパーの中身を口に入れた。
空になったそれらの容器を机において、ごろんと寝転がる男。
鳥が下りてきて、男の腹の上に止まる。
男はそれを気にせず、考えに耽っていった。




