31話 婚約者役をこなすため
カランカランと鈴を鳴らしてパン屋へ入れば、私に気づいたケイティがぱっと顔を綻ばせて私の方へやってくる。
「来てくださったんですね! ミシェ――」
「ミラでお願い」
ライオネル殿下も「レオだ」と短くケイティに言うので、ケイティはこくこくと何度か頷いた。
「素敵なお店ね。美味しそうな匂いがするわ」
「ふふ、自慢のパンですからね! ミラさんは何か好きなものはありますか?」
「クルミとか好きよ」
私がケイティと話していると、ライオネル殿下がラルフさんを見つけて話しかけにいく。
「ラルフ」
「レオさん、来てたんですね~。このお店どのパンもおいしいですよ」
にこにこしながら応えるラルフさんにライオネル殿下はパンをお勧めされているようだ。私とライオネル殿下は勧められたパンを買い、ケイティにまた来ると告げてパン屋を後にした。
ライオネル殿下がラルフさんをそのまま連れて来て、私の後を歩いている。
「ケイティちゃん可愛いですよね~。看板娘なんですよ。彼女目当てのお客さんも多くって」
「よく行くのか?」
「結構な頻度で行きますよ。あそこのパンは美味しいですから」
仲が良いのがよくわかる。たしかラルフさんは魔法が使えるケイティを気づかって警備がてらにパン屋へ行っており、エピソードの中にもケイティが危ない時に助けてくれたという話があったはずだ。
「ミラ、止まれ」
名前を呼ばれて私は足を止める。ライオネル殿下がこっちだ、と学校とは別の方に手を引かれる。少し歩いた先には馬車が止まっており、紋章から王家のものだとわかる。え、何?
「具合悪かっただろ、迎えを呼んでおいたからこれに乗って帰れ」
「…………」
ライオネル殿下の言葉に何度か目を瞬く。
「ライオネル殿下、女性にはもう少し優しく言わないとダメですよ~」
ラルフさんにダメ出しをされたことに、ライオネル殿下は舌打ちを返す。いら立ちをラルフさんに向けるものの、再度手を引いてくれる手は強くはなく、馬車の中へエスコートされた。
「ケイティは言わなかったが、心配してたぞ。婚約者役をこなしてもらうためにも、しっかり療養しろ」
馬車の中で顔を近づけられて小さな声で忠告される。私の返事は待たずに、ライオネル殿下は馬車を降りて、御者に指示をする。ほどなくして馬車が動き出し、私の思考停止していた頭はやっと気遣われたことを遅まきに理解した。
経験のない事にどっと手に汗が滲んで、落ち着かない。
「……いやいや、婚約者役をしっかりさせるためだって」
呟いて、そうだゆっくり療養しようと心に決めた。しばらくは落ち着かなくて、家に着いた途端私は熱を出した。
昨日からずっといろいろとあったから、無理が祟ったせいだ。結局次の日は学院を休まざるを得なかった。
面白い、楽しい、と感じて頂けたら、
下の星マークから評価やブックマークをいただけますと、今後の活力になります!




