執事の手際──『優雅なる迎撃』
──戦う理由は語らなくていい。ただ、誰も倒れないように、私は誰かを倒すのだ。
殺気というのは、案外鈍いものだ。
特に腕に自信がある相手ほど、事前に察せられてしまう。後ろから喉を狙われるなんて何度目だろう。
振り返るまでもない。足音、息の乱れ、ナイフの重心の寄せ方。そのすべてが甘い。だから私は、ただ一言だけ口にした。
「──遅い」
次の瞬間、私は身を翻して体勢を崩し、相手の動きを誘導するように斜めから右肘を入れる。乾いた音とともに、男は床に沈んだ。そこまで二秒もなかった。
「一人」
心の中で数を刻む間もなく、今度は左から大きな影が迫る。殴りかかるような直線の拳。こちらはパワー型か。少々面倒な類。
私は冷静にその拳を片手で掴み止めた。相手の腕が強張り、力を込めて抵抗を試みるが、私の握力には到底及ばない。
「裏格闘か、賭け試合崩れのゴロツキでしょうか。実に弱い」
掴んだ腕を逆方向に捻ると、骨があっけなく鳴った。叫ぶ間もなく、彼はその場に崩れ落ちた。私は袖口の埃を払う。
「──二人」
背後で息を呑む音がする。イワンだった。彼の目はまるで戦場に迷い込んだ小動物のように見開かれている。
「な、なんか……クロード先輩、一人だけで大丈夫そうですね! よかった!!!」
その軽い調子の言葉に、私は小さく微笑み返す余裕すらあった。
バリガが舌打ちをし、苛立った表情を浮かべる。
「何をやっている!同時に襲え!」
その言葉に従い、残った二人が左右から迫る。私は落ち着いた声で返した。
「そうさせていただきます」
一瞬で踏み込み、私は腰をひねって円を描くように体を捻りながら、両脚を伸ばし素早く回し蹴りを放つ。二人は私の脚の一撃で派手に吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられ、そのまま床に崩れて動かなくなった。
「……四人」
全員が沈黙した。イワンは開いた口を塞げず、サンゼールはそのまま動かず前を見ている。
玄関ホールに静寂が戻った。
サンゼールがバリガの方へ一歩ずつ慎重に距離を詰めていく。彼の表情は険しく、捕まったティタ嬢をなんとか救おうとしているのが見て取れた。
しかしその瞬間、バリガは冷静に懐から拳銃を取り出し、ティタ嬢の頭部に無情にも銃口を押しつけた。
「動くなよ、執事。少しでも近づけば、この女の頭がどうなるか分かるだろう」
サンゼールの動きが固まり、その場に縫い止められる。彼の目には再び強い怒りと焦燥が浮かび上がったが、拳銃を前にどうすることもできなかった。
私は静かに息を吐き、ゆっくりとバリガを見据える。
「これ以上、無駄な抵抗はおやめください」
冷静な声でそう告げると、バリガは薄く笑った。
「お前に何ができる?状況を見ろ、私がこの女を殺すことは容易いぞ。形勢逆転かと思ったが、やはり状況は私の方が有利だな。クロード、貴様も下手な真似はするなよ?」
私は冷静に彼を見つめ返した。
「ご心配なく。ただ、あなたがどんな選択をしようとも、それは無意味だと申し上げておきます」
私の言葉に、バリガの表情が僅かに揺れ動くのを見逃さなかった。
ホールを満たす重い緊張感の中で、私たちは静かに次の展開を待っていた




