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天秤の上の忠誠──『黄金より重いもの』

──人を信頼するということは、自分の一部を相手に託すことだ。


忠義とは黄金よりも重く、どんな甘い言葉よりも強い。それはただ黙ってそこにあり、私の選択を静かに見つめている。


伯爵邸の広間に差し込む午後の陽光が、柔らかく私の背を撫でる。さっきまで張りつめていた空気も、今は随分と和らいでいた。


だが、目の前のアポロが不敵な笑みを浮かべている以上、気を抜くことはできない。


「クロード、俺のところに来る気になったか?」


飄々としたアポロの声は、軽く私を試すかのようだった。その誘いは魅力的に聞こえるが、私には譲れないものがある。


「申し訳ありません、アポロ様。私はすでに仕えるべき主を決めておりますので」


静かな拒絶を口にすると、背後でわずかにそわそわした気配がする。振り返らずともその主が誰かはわかる。案の定、男爵様がまるで子どものように舌を出している姿が目に入った。


──全く、お義父様は……もう少し威厳を持っていただけないものでしょうか。


私は小さくため息をついた。だが、その無邪気さを心底嫌いにはなれないのだから、私もたいがい甘い人間なのだろう。


そんな私たちの様子を楽しげに眺めていたアポロは、再び口を開いた。


「まあ、そう固いことを言うなよ。お前ほど優秀な奴なら、給料は倍でも三倍でもいいぜ?」


その破格の条件に私が反応する前に、男爵様が慌てふためいて私の横に飛び出した。


「ちょっと待ってくれ、アポロ殿!そんな額、うちの領地じゃ到底出せないぞ!頼むから冗談はやめてくれ!」


男爵様の訴えがあまりにも真剣で、私は苦笑を抑えきれない。領主という立場にもかかわらず、ここまで狼狽える姿がどこか滑稽で、しかし愛らしくもあった。


アポロは興味深げに男爵様を眺め、口元に楽しげな笑みを浮かべる。


「ほう、貴族のくせにずいぶん面白いことを言うじゃないか。気に入ったぜ。どうだ、クロード。この面白い男爵様とセットで俺のところに来ないか?」


男爵様は「セット」という単語に大いに反応し、私の袖を掴んで真剣な顔で訴えてきた。


「ク、クロード!セットだってさ!どうする? 私たち、一緒に売り込んでみるか? 実際、条件は悪くない気がするぞ……?」


真剣な眼差しで問いかけてくる男爵様を見て、私は額に軽く指を添えた。──まったく、この方の天真爛漫さは度を越している。貴族としての自覚はどこへ行ったのだろうか。しかし、この無邪気さがあるからこそ、私はこの方を放っておけない。


「お義父様、そのような冗談を真に受けてはいけません」


穏やかな口調で宥めるように言うと、男爵様は僅かに安心したように息をついたが、それでも未練がましく呟いた。


「そうか……まあ、君がいてくれないと私は本当に何もできないしな。しかしあの報酬は惜しいな……」


素直すぎる男爵様の本音に、私は内心呆れつつも微かな笑みを浮かべてしまった。──やはり、この方には私がついていなければならない。


再び視線を上げると、アポロは何も言わずにただ微笑みを浮かべたまま私を見つめ返していた。その瞳には静かな理解と微かな挑戦が宿っている。


私は胸に湧き上がる静かな決意を感じ取りながら、穏やかに微笑み返した。


──この勝負はまだ終わっていない。だが私は決して自分の信念を曲げることはないだろう。


私が選ぶ道は、豪華な報酬よりも遥かに価値があると信じている。この騒がしくも愛すべき日常が、私にとっての真の報酬だから


そんな思いを胸に抱きつつ、私は静かに息を整えたのだった。

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