三人の帰路──『再会は騒がしく、温かく』
──人は結局、場所よりもそこに誰がいるかで居心地を決める。
サンゼール、イワン、そして私。
伯爵邸は煌びやかな装飾とどこか張り詰めた空気に満ちていたが、門をくぐった途端、胸に重たく沈んでいたものが、少しだけ解けた気がした。
玄関ホールの奥から、ばたばたと慌ただしい足音が響いてきた。その音を聞いただけで、誰なのか察しがつくあたり、私もずいぶんこの人のペースに馴染んでしまったものだ。
「クロードぉっ!!」
男爵様は私の姿を認めるや否や、まるで迷子になった子供が親を見つけたかのように両腕を広げて飛びついてきた。
私の胸元にしがみつき、肩を震わせている。そっと視線を下ろすと、その目には薄っすらと涙が滲んでいた。
「お義父様……」
私の胸にも温かなものがじんわりと広がった。
「良かった、本当に良かった……!お前が無事に戻ってきてくれて……!」
その言葉に、私の視界も少し滲んだ。
サンゼールとイワンが遠慮がちに少し距離を取るのを横目に見ながら、私は男爵様の背中を軽く叩いた。
「……もう、大丈夫です」
それでも男爵様は離れようとしなかった。まるで、このまま手を離したら私がどこかに消えてしまうかのように。
男爵様は嗚咽まじりに私にすがりつきながら、震える声で続けた。
「お前がいなくなったら、誰が領地を黒字運営するんだ……!税金の手続きも、屋敷の維持も、使用人の管理も……!私は無理なんだ……クロード、お願いだ……行かないでくれ……!」
その悲痛な訴えを聞いて、私はふと過去の出来事を思い出していた。あれは、お嬢様──今の私の妻──の幸せを壊すまいと、ひっそりと男爵家を去ろうとした日のことだった。密やかに荷物をまとめ、誰にも気づかれずに立ち去ろうとしていた私を引き留めたのも、この方だった。
あの日の男爵様も、やはり涙ぐんで私にこう懇願してきたのだった。
「お願いクロード、行かないで……!」
まったく同じ言葉を、同じような涙声で告げられたあの日。そういえば、あのときも男爵様は同じ理由を口にしていた。領地の運営、税金の管理、屋敷と使用人の統率……あの頃から変わらぬ彼の切実な訴えに、私は少しだけ苦笑した。
「お義父様……もう少し働いてください」
私が冷静にそう告げると、男爵様はびくりと身体を震わせて顔を上げた。
「クロード!そんな冷たいことを言うなよ!私はね、お前がいなければ何もできないんだ!お前がいるから、私は安心して趣味の時間を楽しめるんだ!」
趣味、という単語のあたりで、私は小さく咳払いをして視線を逸らした。
彼の趣味とは、昼寝と読書と、領民との世間話。どれも領地運営とは程遠い。
──どこまでも素直な人だと、心から思う。悪びれる様子もなく正直に自分の本心を吐露する男爵様に、私は呆れながらも笑みをこぼしてしまった。
「いい加減、ご自身で何とかしようという気持ちはありませんか?」
「ないよ!」
男爵様は胸を張り、自信満々に即答した。こんなときにだけ見せる揺るぎない決意には、ある意味敬服するしかない。
「まあ、いいでしょう。いずれにせよ、私は男爵家を離れたりはしませんから、ご安心ください」
「本当に?本当に離れない?約束だぞ!」
男爵様はまだ私の胸元を掴んだまま上目遣いで確認してきた。その真剣すぎる表情に、私は苦笑する。
「はい、約束いたしますよ。ですが、少しはご自分でもやれるよう努力してくださいね」
「それは難しい注文だなあ……」
男爵様は心底困ったような表情を浮かべつつも、ようやく安堵の笑みを見せた。その様子を見ながら、私は改めてこの人の純粋さに心が温かくなるのを感じていた。
「さて、そろそろ着替えさせてもらえませんか?」
私が穏やかに促すと、男爵様は慌てて後ろを向き、手の平で目を拭った。
「そ、そうだな!早く着替えなきゃな!」
彼の背中を見ながら、私はまた小さく笑った。
──人は簡単には変わらない。
けれど、それでもいいのかもしれない。
変わらないものがあるからこそ、帰る場所にも、守る意味にも、なるのだから。
私は静かに、伯爵邸の奥へと歩みを進めた。




