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足音の余韻──『言葉にできぬ疑念』

──沈黙は時に、どんな言葉よりも雄弁だ。


騎士団宿舎の廊下を無言で歩きながら、私はふとアポロの微笑みを思い出していた。隣を歩くウィルもまた、どこか考え込むような表情を浮かべている。


「ウィル、そういえばアポロが『二人とも気が変わったら連絡をくれ』と言っていましたが、あなたにも同じような誘いがあったんですか?」


私が静かに尋ねると、ウィルは一瞬立ち止まり、眉をわずかにひそめて答えた。


「ええ。実を言うと、あの男、君だけじゃなくて私にも声をかけていましたよ。『腕っぷしの強い奴が欲しい』とか、『騎士よりずっと稼げるぞ』とか。もっとも、私はこの仕事に誇りがありますから、すぐにお断りしましたがね」


ウィルの言葉には、少しの迷いもなかった。その誇り高さは私もよく知っている。


「“準男爵だろうがなんだろうが、俺が金を積めば国の法だって曲がる”。……なんて本気で言っています。断っても断っても“俺んとこに来いよ”って笑うんですよ」


「あの人らしいですね……」


私はあくまで感想を述べただけだが、ウィルは額に手を当てて深くため息をついた。口にこそ出さないが、あの男の奔放さに対して困惑しているようだ。


「ええっ、いいなあ!僕もアポロ様のところで働きたいってお願いしたのに、『ガキはお呼びじゃない』って追い返されたんですよ。ひどくないですか?」


イワンは本気で残念そうに唇を尖らせている。そんな彼を見て、サンゼールが静かな微笑を浮かべて優しく告げた。


「君にはこちらの仕事の方がずっと合っていますよ。アポロ様のところでは、君の才能を十分に活かせませんから」


その言葉に、イワンは照れ臭そうに微笑んで頷いた。私は二人のやり取りを眺めつつ、胸の内で静かに考えを巡らせる。


──アポロという男は果たしてどこまでが本気なのか。


私が黙っていると、ウィルが少し慎重な口調で再び話を続けた。


「アポロの表向きの仕事は不動産管理や貸金業、それに揉め事の調停役です。街ではかなり評判の良い顔役ですが」


ウィルの視線が、廊下の向こうに伸びる影を一瞬だけ追った。


「……裏では貴族や裕福な商人が集まる会員制の秘密サロンを経営しています。表面上は美男美女の接客が売りで知られていますが、実際の目的は貴族や富裕層から秘密や重要情報を巧妙に引き出すことです。騎士団が注視しているのは、その店が国外の麻薬や違法な取引と繋がっている可能性があるからなんですよ」


私は黙ってその話を聞きながら、先ほどのアポロの印象を思い返していた。


あの男が麻薬などというものに手を染めているようには、到底見えなかった。確かに油断できない雰囲気はあったが、もし本当にそんな非情な人間であれば、利用しやすい子供――例えばイワンのような存在を側に置き、捨て駒として使い捨てるはずだ。


しかし、アポロはそれをしなかった。その微妙な選択の背後に、彼の本質を垣間見た気がしたが、同時にそれがますます彼という人間を捉えにくくしていた。


ふと顔を上げると、ウィルが真剣な眼差しで私を見つめている。


「クロード、君も気をつけた方がいいですよ。ああいう手合いに一度捕まると、抜け出すのは難しい。特に、あなたのように有能な人はね」


私は微笑みを浮かべながら軽く頷く。


廊下の窓から差し込む朝日が、私たちを淡く照らしている。


──アポロの微笑の奥にある真実を掴むには、まだもう少し時間がかかりそうだ。

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