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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
零章 廃墟の子

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31/202

廃墟の子_03 vs放浪者『お袋』

 隊商キャラバンが襲撃を受けたのは、北での取引を終え、クロスの砦を出て三日目の昼だった。


 思い返しても、隊商キャラバンは充分な備えはしていたと思う。隊商長であるオーは経験豊富な旅商人で、ボルトアクション式ライフルを持った狙撃の名手であり、信用できる傭兵も雇っていた。他に拳銃を持った随員が二名。辺境フロンティアならいざ知らず、街道に出没する小規模な野盗バンディットや、数頭の変異獣ミュータントくらいなら容易く追い払えたし、これからも追い払える筈だった。


 緊張を強いられる軍閥の支配領域を抜け、街道筋で用心棒たちに堅く守られた中立の宿駅ウェイステーションまでおおよそ2日。


 よく準備された待ち伏せだった。最初の斉射で護衛の傭兵が倒されたのが痛かった。マークは油断せずによく周囲を視線を配っていたが、腕利きの彼にしてからが変異獣ミュータントが跋扈する丘陵一帯を無事を通過した事で、少しだけ気が抜けていたのか。いや、身を伏せた十人近くに狙い定めて斉射されては、変異獣ミュータントのレザーアーマーを着込んだ傭兵であろうともひとたまりも無かっただろう。隣で歌を歌って歩いていたシャーロットと共に、傭兵マークは血だまりに倒れ込んだ。



 不意を打たれて仲間を失ったけれど、隊商キャラバンの皆はよく奮戦した。興奮する駄獣を宥めながらすばやく積み荷の縄を切り落とすと、厚手の木板や食料のぎっしりと詰まった頑丈な箱を盾に円陣を組み、襲撃者相手に一時間近く応戦を続けた。


 頑張った。誰もが必死に生きようとした。襲撃者たち(あいつら)は沢山の弾薬に倍の人数を用意して、包囲してきた時点できっと勝った心算だっただろうけど、少なくとも五人は正当な理由のない襲撃に対して命で代償を支払ったはずだ。


 ゾーイは仲の良かったシャーロットが死んだにも拘わらず、冷静に拳銃を撃ち続けていた。彼女ゾーイの古い錆びたオートマチック拳銃と安物の再生弾は、よくシャーロットにからかいの種にされていたが、被弾しても怯まずに包帯をきつく巻いて出血を抑え、少なくとも一人は友人を殺した相手を地獄への道連れにした。


 何時も優しかった大男のマディソンは、最後に刃物を持って飛び出した。彼は襲撃者の死体を盾にしながら敵へと突っ込んで、大ぶりの刃物を振り回し、怯ませることで残りの皆が脱出する時間を稼いだ。

 

 寡黙なディランは、敵の人数と尽きない弾薬から、きっと勝ち目がない事を悟ったんだろう。家族持ちのオリヴァーさんと年少の皆にお金と積み荷を持たせると、クロスボウを持って逃げる皆の背後に立ちはだかった。


 大胆不敵なオーは、最後まで綽名の通りに振舞った。愛用するライフルの弾が殆んど尽きるまでもっとも危険な位置で敵を牽制しながら、徐々に隊を移動させ、逃げ込めそうな廃墟の町が見える場所まで引っ張ってきた。

 ライフルに使用する32口径リムファイア弾が、零細の商人にとって入手しづらい代物でなければ、大胆不敵なオーに弾薬がもっとあれば、連中の死傷者はさらに増えていたに違いない。


 ミーシャは死ぬわけにはいかない。老オーが急いで記した手紙を託された。なにがなんでも【町】(ズール)へと帰還して、オーの身内や残った者たちに隊商に何が起こったのかを伝えなければならない。


 襲撃者たちに混ざっていたのは下働きのレギン。それに同業の交易商人である(反吐が出そうだが)同名のミーシャ。北の砦で親しげに話しかけてきて、奇妙に此方の予定を聞き出そうとしてきた。




 老オーの商会は、商品を仕入れるために少なからぬ金を同業者たちの組合ギルドに借りていた。

 隊商は、手紙や積荷も託される。保証金や手数料も受け取っている。失敗したらそれも返さなければならない。

 普段であれば問題にならない金額だ。仮に交易がそれほど上手くいかなくとも、行って帰ってくればそれで黒字となる見込みであったし、通常の交易ルートを使っていれば、十人からの武装した隊商が壊滅するなど早々あり得ない出来事だった。


 罠を仕掛けられた。と老オーは言っていた。あのニコニコ顔の悪党は、きっと【町】(ズール)でもなにかしら仕掛けてくるに違いない。なんとしても包囲を抜け、報いを受けさせてやる。


 脇腹の出血を両手で抑えたミーシャは、壁に寄り掛かった姿勢で転がり込んだ隙間を見上げていた。上では、まだ騒いでいる。

「探せ!何処に行った?」

「なんで見失ってんだよ!俺は顔を見られてんだぞ!」

 お前は賞金首確定だよ、裏切者のレギン。お前みたいな屑でも、オー老人は面倒を見たのによくも恩人を裏切ったものだ。必ず、殺してやる。

 痛みに呻きが零れそうになったミーシャは、震える手でハンカチを取り出すと、涙目になりながら咥える事で声が漏れるのを防ぐことにした。

 自分が逃げ込んだ場所を見回す。古い排水溝の跡だろうか。水が無くて助かったが、昇るにはいささか難儀しそうだ。

 だけど、まあ、此処なら簡単には見つからないだろう。何しろ傍目には瓦礫の隙間に細い亀裂が走っているだけで、その下に人間が隠れられる空間があるとは思えない。ミーシャの背にした壁には血の跡がべったりとついていた。先刻まで撃たれた痛みに気を失いそうになっていたが、今は痛みも弱くなってきた。立ち上がって抜ける道を探さないといけないけれど、その前に少しだけ休もう、とミーシャは目を閉じた。






 ニナが思わず感心する程に、勇敢で格好いいお姉さんだった。

 曠野に佇む廃墟や無人の町は、得てして怪物の巣と成り果てているもので、迂闊に踏み込んだ廃墟探索者スカベンジャー密猟者ストーカーが、無惨な亡骸を晒すのは珍しい事ではない。充分な装備を整え、用心深く振舞っても、廃墟に潜り込んで生きて帰れる保証はないのだ。


 【住宅街】も例に洩れず、数は多くないとは言え、ゾンビや変異獣ミュータントが街路を彷徨っているが、逃亡者のお姉さんは俊足を活かし、今のところは無事に立ち回っていた。


 ゾンビに囲まれても伸ばされた鉤爪を掻い潜り、道を阻んだ巨大な瓦礫をよじ登り、鉄製の階段を駆け上ってそのままキャットウォークから袋小路の塀を見事に飛び越える。

 それでも追っ手を振り切ることが出来ないのは、放浪者ワンダラーたちの銃撃を回避するために動きに緩急をつけているのと、多数の追っ手に包囲されない為、余計な運動を要求されるからで、高みの見物と決め込んでいたニナは、多勢に追われる状況の恐ろしさと放浪者ワンダラーたちの執拗さに戦慄した。


 無論、ニナなら追われても振り切る自信はあったし事実、性質の悪い廃墟漁り(スカベンジャー)変異獣ミュータントに見つかった時も、追跡を振り切っている。

 だが、それはニナが【住宅街】の地理に詳細まで熟知しており、小柄な体で抜けられる抜け穴などを多数、設置しているから出来たことで、初見の(全く見知らぬ!)廃墟の町で大勢の追っ手から逃げ延びろと言われたら、きっと心折れていただろう。


 発砲を避けるためにお姉さんは度々、遮蔽物に駆け込んでいる。

 余計な運動を強いられてるにも拘わらず、息を切らしつつも絶対に諦めようとしない。この状況で、追っ手に捕捉されないのは、よく体を鍛えているのみならず、不屈の精神力を保ち続けていることを示している。

 他人に対して敬意を抱くと言う気持ちをその日、初めてニナは体験した。


 このお姉さんを出来れば助けたい、と言うのがニナの考えだった。

 人としてニナは善良な部類であったし、【住宅街】の外を知る知己が欲しくもあった。何かしらのお礼も期待している。

 しかし、目に見える範囲でも三人か、四人。恐らくもっと大勢の放浪者ワンダラーがしつこく追跡している状況下にて、疲労している大人を連れて追撃を振り切れるかと言えば、並大抵の困難ではない。

 逃走経路も相当に練らなければなるまいし、なによりニナとお姉さんは、顔見知りでもなんでもない。下手に前に飛び出して、誰だ!お前!と、お姉さんに拠ってニナが害されてしまうなんて結末もあり得なくはないのだ。


(……お姉さんの俊足が、後どれほどに持つかな)

 単独で逃げ切れそうな節もないではないが所々、危うい瞬間もあった。手強い放浪者ワンダラーの『お袋』は、特に執念深く後を追いかけていた。



 状況を伺っていたニナに機会が巡ってきたのは、追跡劇が【住宅街】の南区画。【住宅街】でも、もっとも怪物が多い一帯へと差し掛かった時のことだった。


 追っ手の放浪者ワンダラーたちの歩調が目立って鈍っていた。隊商キャラバン一つを壊滅させ、その積荷を丸々奪ったばかりであった。興奮が覚めやれば、自分たちの踏み込んでいる町並みが危険極まりない廃墟なのだと言う事実に改めて怖気を振るったのだろう。

 怪物棲まう廃墟に好き好んで踏み込むのは、物資や機械を求める頭のおかしな密猟者ストーカー廃墟漁り(スカベンジャー)位のものだった。上手く立ち回れば、そこらの居留地コロニーで小さな商売を始められる程度の大金が入ったばかりで、命を危険に晒して廃墟で延々と追いかけっこなど大胆な放浪者ワンダラーたちとて御免だろう。無用な危険なら冒したくないのが普通の人情だった。


 いまだに熱心に追いかけているのは、『お袋』とその一団くらいで、逃亡しながらも度々、背後を確認していたお姉さんもすぐに追っ手の数が減ったのに気づいた様子だった。やや、高いところに隠れると数秒間、息を整えながら目に映る追っ手の数や周囲の気配を探っていた。


(これなら逃げ切れるかも)

 ニナも温存していた脚力を惜しみなく使い、廃屋の屋根から屋根へと区画を突っ切りながら、先回りできそうな場所を考えた。

(……この道の先。右に曲がったところで瓦礫の山で塞がれて袋小路になっている)

 それでもお姉さんが瓦礫を越えられるなら多分、追っ手も振り切れるだろう。それならそれで構わなかった。


 問題は、足を止めた場合。瓦礫以外の通り道は少し分かりづらいから、ちょっと戸惑うかもしれない。袋小路に面した廃屋の二階は、階段が崩れ落ちているものの壁や柱はしっかりと残っていて実際は其の儘、隣家の屋根伝いに裏通りへと抜けられる。

 道路の対面には人目を惹く大型店舗の遺跡も在って、怪物の巣となっているが通り抜ける方法がないでもない。ニナが潜んで様子を伺うには絶好の場所にも思えた。


 逃亡者のお姉さんは、恐ろしい勢いで曲がり角に突っ込んできた。

 すわ塀に衝突すると思いきや横っ飛びで制動に減速を掛けながら、両手で壁に手をつくことで見事に勢いを殺し切った。跳ね返るような勢いで再び疾走しようとし行き止まりに気づくと立ち止まった。


(どういう運動神経だろ?)

 廃屋の二階からニナが見下ろす中、お姉さんが振り返るのと『お袋』が追い付いてくるのは、ほぼ同時だった。

「捕まえたぁ♡!!」

 ざんばらの黒髪に醜悪な笑顔を浮かべ、お袋が刃物片手にお姉さんに飛び掛かった。顔かたちはそれなりに整っているのに、刃物を振り下ろす『お袋』の表情が酷くい恐ろしいものにニナには思えた。お姉さんは飛び退って躱すと思いきや、『お袋』向かって踏み込んだ。左腕を振り上げて、刃物を振り下ろした『お袋』の利き腕手首を阻むと、右手は自分の後ろ腰から小さなナイフを引き抜き、『お袋』の胸を切り裂いた。


阿婆擦あばずれぇ!」シャツを切り裂かれ、胸をはだけさせた『お袋』が激昂する。


(上手い……いや、運動神経はいいが、なんかお姉さん。殺し合いの経験は少ない感じが)

 見て取ったニナは、眉を顰めた。切りつけたのは悪い手だ。絶好のチャンスに刺すべきだった。出血で相手を弱らせるにしても、決着まで時間が掛かりすぎる。今にも他の追っ手が追い付いてきそうな状況において、時は黄金のように貴重だった。


 『お袋』から距離を取ったお姉さんは、ナイフを順手に構えると腰を下ろした姿勢でじりじりと後退している。息が荒い。整えようとしているが、隠しようもなく呼吸は乱れ、前髪は額に汗でべったりと張り付いた。


 お姉さんが守りに転じたと見たのか、『お袋』が動いた。傷ついた怒りが身体を突き動かしたのか。思慮が足りないのか。どちらにせよ、『お袋』には仲間の応援を待つと言う考えは無さそうだ。

 『お袋』は大股に歩を進めるや、マチェットをかざして袈裟に切り込んだ。お姉さんは慌ててのけぞりながら大きく躱した。

 お姉さんの表情には焦燥が浮かんでいる。手にしたナイフは小さく、とてもマチェットに対抗できるとは思えない。躱された『お袋』は小さく舌打ちすると退路を塞ぐように数歩、横に足を運び、ついで猛烈に突進した。



 『お袋』は立て続けにお姉さんに攻撃を仕掛ける。マチェットで斬りかかり、薙ぎ払い、叩きつける。

 お袋の猛攻にお姉さんは防戦一方のように見えた。大きく躱すことで『お袋』の攻撃を凌いではいるものの、お姉さんの顔面は血の気が引いてほぼ蒼白で、呼吸も整ってきているが、速く激しくなっている。逃げ腰の獲物を逃がすまいと、『お袋』は威力の増した大振りを繰り出してお姉さんの動きを牽制し続けていた。



 激しい動きの連続に酸素を欲したか、お姉さんが大きく喘いだように見えた。マチェットをぎりぎりで躱した瞬間、足をもつれさせて地面へと転倒する。

「お仕置きだよぉ!雌犬がぁ!」

 お袋が咆哮しながら、大きく斬り込んだ。

 仰向けのお姉さんは、素早い左への寝返りで辛うじて振り下ろされたマチェットを躱した。そこからの動きはあまりに素早く、見ていたニナにもよく理解できなかった。


 横向きとなったお姉さんの身体が腰、或いは左腕だろうか。身体の一部を軸として独楽のように回転し、長い脚がまるで蛇のように『お袋』の足に絡みついた。

 其の儘、身体を跳ね上げると体当たりの勢いで『お袋』に抱き着いた。

お姉さんの腕はナイフを捨てながら『お袋』の右後ろから肩へと密着し、マチェットでの攻撃を受け難い位置を維持している。


(刃物を落として、相手に密着?刺されるぅ!)見ていたニナが口の中で小さく悲鳴を漏らした。


 お姉さんは親にしがみ付く有袋類の幼体みたいな姿勢だが、飛びつきを受けた側はたまらない。

 大振りで不安定となった姿勢に、背中から体重七十キロの急な体当たりを受けた『お袋』が、流石にたまらずバランスを崩して地面に横転した。

 うつ伏せに倒れ、顔面を土埃に塗れさせた『お袋』は凄まじい形相を浮かべた。

 怒りに満ちた声を上げながら、マチェットを振り回し、馬乗りに近い姿勢のお姉さんに対処しようと、放浪者ワンダラーが反時計回りに仰向けに寝返りを打った処で、お姉さんは『お袋』の右斜め前まで密着しながら体を移動させ、胸を押し付ける姿勢で『お袋』の右腕を封じ込めていた。


(……は?え?なにがどうなってるの?)

 見ていたニナだが、格闘術の知識が浅くて理解できない。当事者である『お袋』も、顔を真っ赤にして悶えているが、身動きできないようだ。

 何かしらの体系的な格闘術に基づいた体術には違いあるまいが、相当な手練であっても、あれ程綺麗に決められるものなのだろうか。


 固定された『お袋』の右腕は、放浪者ワンダラー自身の首を圧迫している。マチェットごと『お袋』の腕の動きを封じ込めたお姉さんは、さらに左腕も前に伸ばして、抱き寄せるような形で放浪者ワンダラーの首へと絡めた。

「ぎけっ?!へけぇッ!?」と殺される鶏のような叫びを上げて『お袋』が打ち上げられた海老の如く暴れまわるも、『お袋』の右手は自らの左肩へと密着する形となって、可動域が制限されている。口汚く罵り、暴れまわる女放浪者ワンダラーだが、お姉さんは柔軟な関節の動きで『お袋』の首に其の儘、締め上げた。


 お姉さんが腕の力を弱めず、十数秒後。じたばたもがいていた『お袋』の動きが急激に弱まり、白目を剥いて動かなくなった。




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